率先垂範
殿下は構わないというかもしれないが、フェルマンさん辺りはどうお考えなのだろうか。
「司令殿。
今回は急に決まったことですし、今後についてもそう度々あるとは思えません。
何より、この艦の椅子は全て貴族の方たちがご利用いただいても失礼に当たりませんから御懸念は無用です」
どうやら大丈夫のようだ。
少なくとも食べ残しが無ければの話だが。
なら例の客人が来る前に掃除だな。
俺は殿下との話し合いを終わらせてもらい、この部屋から退出した。
その足ですぐに作戦検討室の確認に向かうと、そこには就学隊員たちが一生懸命に掃除をしていた。
あの負傷した三人もその中に混じって掃除している。
既に『鳳凰』での会議でこの艦に軍から人が来ることが決まった時点で副長のメーリカ姉さんはこの部屋の利用を考えていたようだ。
帰還後すぐに部屋の準備を始めてくれていた。
しかし、しばらく忙しく掃除していなかったようで、かなりゴミも溜まっていた。
そのゴミを一生懸命、例の就学隊員たちが片付けている。
俺は彼女たちに声を掛けた。
「もう働いても大丈夫か」
「あ、艦長」
俺の存在に気が付いた彼女たちは手を止めて敬礼をしてくる。
「ああ、楽にしてくれ。
それよりも傷口は塞がったのか」
「ええ、問題は有りません。
まだ軍医に見てもらっておりませんから激しい行動は副長より止められておりますが、だからこういったこまごまとした仕事を命じられております」
俺が彼女たちと話していると、後ろから殿下がフェルマンさんを伴って中に入ってきた。
「あら、まだ掃除中でしたか」
「で、殿下。
ご確認にいらしたのですか。
来客までに準備は整います」
俺は急に来室してきた殿下に返事を返したが、掃除中の就学隊員たちは完全にフリーズ中だ。
ひょっとしたら初めての経験かもしれないな。
殿下もそんな様子の隊員たちに声を掛けた。
「お仕事の邪魔をしてすみませんね。
頑張ってください」
とだけ言い残して艦橋に向かった。
「艦長。
あと十分下さい。
そうすれば準備は終わります」
「ああ、分かった。
邪魔して悪かった」
俺もそう言い残してこの部屋を後にした。
俺は殿下を追いかけて艦橋に向かっても大した仕事も無いので、艦橋には向かわず自室に戻った。
幸い殿下もこの艦に居るのだ。
先の艦載機の賞詞の件だけでも片付けてしまおうと溜まる一方の事務仕事を始めた。
あの後すぐにカリン先輩から艦載機チーム全体の推薦状が届いている。
俺はその推薦状に戦闘記録を添えて、司令兼艦長としての権限を持って賞詞の依頼状を作り始めた。
普通ならフォーマットに則って作れば良いだけで、それほど時間がかからないはずの事務仕事も、俺の不慣れと、そのフォーマットが軍用であることから広域刑事警察機構としてなじめない部分を変えるため、手間ばかりかかる。
俺が七転八倒しながら殿下への依頼を済ませようと頑張っていると、部屋に殿下が訪ねて来た。
俺はすぐに手を止めた。散らかっている部屋に通すのを一瞬躊躇ったが、殿下を廊下にお待たせすることなどできようがないのですぐに殿下を部屋に通した。
殿下は部屋の様子を失礼のない範囲で確認した後にすまなそうに俺に言ってきた。
「今回の件が片付いたらナオ司令に人を付けますね。
本当ならマキ部長辺りが司令には良いのでしょうが、あいにく本部でもできる人は限られておりますからできませんの。
その代わり、マキ部長とよく話し合って秘書官を手配しますからもうしばらく我慢してください」
そう言われた。
艦内勤務のカリン先輩や本部にいるマキ姉ちゃん辺りから俺の悲惨な状況が殿下に伝わったのか、その確認に来たのかもしれない。
だが、俺にとって部下が増えるのが良いかは分からないが、少なくとも秘書官の件だけは朗報だ。
俺は、感謝を述べてから、作りかけの賞詞の依頼について殿下に相談した。
「皆さんよく頑張ってくださりますからね。
本当は、皆さんの頑張りに報いるために勲章をお渡しできればいいのだけれど、皆さんはあの時に叙勲されておりますからすぐにはちょっと……
周りからの嫉妬ってバカにできませんのよ。
すみませんね。
でも、いずれきちんと賞しますから、もうしばらく我慢してくださいね」
「いえ、我々については御懸念はいりません。
既に殿下から十分にして頂いておりますから問題ありません。
しかし艦載機のチームは、チームを率いるカリン少尉も含めてそういった類のものはありませんから、できましたら殿下から賞詞を頂けたら幸いです」
「あ、そうでしたね。
後から加わった方たちについてはそうですね。
カリンもまだ勲章は貰ったことが無いとも言っていましたし、いい機会かもしれませんね。
司令、分かりました。
カリンについては情実などと言われるかもしれませんが、今回の件ではそれを言われても言い返せるくらいの実績もありますし、任せてください。
いくら友人だからといっても成果については遠慮せずに賞していきますから。
司令が貰ったような勲章は無理でも絶対に叙勲させます。
期待していてくださいね」
え、叙勲。
確かに後から加わった艦載機関係の者たちは叙勲されていない。
というか、俺たちはコーストガードとして叙勲されただけなのだが。
偉く物騒な話になってきている。
あまりに目立つから無理などせずにとも言いたいが、かといってせっかくの叙勲の機会に俺が水を差すわけにもいかない。
俺の中で新たな悩みができたと思ったら、艦橋の副長のメーリカ姉さんから連絡が入る。
「艦長。
軍の連絡艇が艦内への乗り入れを希望されております。
『鳳凰』からお約束のお客様がみえられたようです。
どうしますか」
「分かった。
俺は後部格納庫に向かい出迎えるよ。
そうだな、カリン少尉にも同席願おうか。
艦橋は引き続き副長に頼む」
「了解しました。
艦内保安員で、手隙の者も後部格納庫へ向かわせます」
俺はメーリカ姉さんとの交信を終えてから殿下に待ち人が来たことを伝えた。
「そういらしたのね。
司令はお出迎えに行きますのね。
なら私もご一緒しようかしら」
殿下は客人を出迎えに後部格納庫に行きたいといわれたが、流石に貴族たちをパーティーに出迎える訳とは違う。
作戦における指揮権にも関わることになるので、殿下にご自身の部屋か少なくとも艦橋、もしくは作戦検討室でお待ちいただけるようにお願いして後部格納庫に向かった。
殿下は俺の依頼を受け、「なら作戦検討室で皆さんを待たせてもらうわ」と言われ、フェルマンさんと一緒に隣室に向かう。
ちょうど廊下に出て直ぐに、格納庫に向かうカリン先輩と会ったので一緒に後部格納庫に向かった。
後部格納庫ではちょうど連絡艇の収容を終えたばかりだ。
整備長のトーマスが連絡艇の扉を開く指示を出している。
「ようこそ『シュンミン』へ。
皆様を歓迎します」
連絡艇からは先に会った第四席の参謀で、確かゴードン大佐だったか、その人が最初に降りて来た。
全員が下りるのを待って、ゴードン大佐が俺に乗艦の許可を求めて来た。
「乗艦を許可します。
作戦成功までよろしくお願いします」
「司令、私は第二機動艦隊旗艦『タナミ』の副長を務めますベン大尉です。
司令官から今回の作戦では指揮を任せて頂けた栄誉について大変感謝するとの伝言を預かっております」
「指揮権の任命は私でなく殿下です。
その伝言は後程殿下にお伝えします。
殿下がお待ちですので、ご案内いたしますから付いてきてください」
俺はそういうと今回のメンバーを連れて作戦検討室に向かった。
狭い廊下を移動中に連れているみんなが一様に驚いた表情をしているのが俺には面白かった。
確かに機動隊員も捜査員の方たちも驚いた表情はしたが、これほどでは無かった。
彼らはこの艦が殿下座乗艦として異常に豪華な造りであることは聞いていたために、聞いていたよりも豪華な造り程度の驚きでしかなかったが、軍やコーストガードから来た人たちには完全に場違いな場所に来たといった反応だった。
まあ、後部格納庫からして豪華客船の大広間の内装をしている。
多少は汚れがでても皆大切に使っているので目立つほどでない。
移動中の廊下に至っては豪華客船そのものだ。
みんなを作戦検討室に連れて行き、殿下との挨拶を交わした後に、殿下からここが職場になることの説明を受け、いったん解散となった。
俺は客人を各部屋に案内させた。
作戦開始までは少し時間がある。
あるといっても中途半端な時間しかないので、俺は事務仕事を諦めて、艦橋に出た。
「艦長」
副長のメーリカ姉さんが俺に気づき声を掛けて来る。
「ああ、直ぐに作戦が始まるので最後の確認に来た」
「どれくらいで始まりますか」
「あと2時間で出発することになる。
まあ、俺たちの仕事は殿下をお連れすることくらいかな。
危険はないよ」
「そうですか。
でも作戦開始まで2時間は有るんですよね」
「ああ、そうだが……
それが何か」
「乗員に食事などを摂らせたいのですが」
「ああ、そうだな。
構わないから順次休憩を与えてくれ。
艦橋にいる士官も同様だ。
俺が作戦開始までここに居るから、指示を出したら副長から休んでほしい」
「え、私は……」
「率先垂範だよ。
俺は先ほどまで自室で休ませてもらったから、順番だな」
「艦長は自室にいても仕事をしておられたのでは。
………
分かりました。
みんな、聞いたな。
艦橋にいる士官も30分交代で休憩に入る。
時間は短いがこの間に食事など、準備を整えておくように」




