食肉と人は……
『シュンミン』のほぼ中央付近、機関部に近い場所に救護室は置かれていた。
この艦に大型のエンジンを入れるために格納庫だったか倉庫だったかの場所をくりぬいて機関室を拡張した時に余った場所に救護室は作られていた。
この艦で一番安全な場所といえなくもないが、前にも言ったようにこんな小型艦ではどこも同じだろう。
中に入ると厨房長のエーリンさんが出迎えてくれた。
「あ、艦長」
「へ?
何でここに」
「私のような非戦闘員が戦闘中にできる仕事は限られていますから。
以前に副長に命じられてからは、本艦が戦闘中はここが私の職場になります」
「そうなのですか。
でも助かります。
あいつらの治療をしてくれたのはエーリンさんでしょ」
「ええ、確かに私ですが、正直驚きましたよ。
初めての経験でしたから」
「そうでしょうね。
しかし、よく傷口を縫うことなんかできましたね」
「この端末の指示の通りにしただけですが、あれ以上のことは私では絶対に無理ですよ。
いくら副長が言うように『食肉も人も同じ肉なら慣れているだろうから大丈夫』なんて艦長は言わないでしょうね」
「え、そんなことを言われたのですか」
「ええ、冗談のように言われましたが、まさか本当に人様のお肉に針を通すなんて思いませんでした。
まあ、多少の血くらいは副長の言われるようにお肉の処理で見慣れておりますが、正直これ以上は勘弁してほしいと思います」
「確かにそうですね。
傷口を消毒くらいまででしょうね、素人がして良いのは。
この艦にも軍医は必要ですかね」
「ええ、私もそう思います」
「で、三人は今どうしていますか」
「先ほどまでポッドで寝てもらっておりましたが、今は起きております。
運ばれてきたときはかなり混乱していたようでしたから、保安の方たちに無理やりポッドに入れられて寝かされましたよ。
私は寝た状態で、応急処置していましたから私でもどうにかなった感じですかね」
「苦労をおかけしました。
私は患者を見舞うとしますか」
衝立で仕切られた奥に三人はポッドに上半身だけ起こして座っていた。
「やあ、どうだ」
「艦長。
すみませんでした」
「すみません?
何がだ」
「肝心な時に怪我して」
「ああ、そのことか。
後で詳しく聞かせてもらうことになるが、そのことは構わない。
それよりも、この後も仕事はできるか。
怖くなったとかないか」
「まだ、戦闘は怖いですが、仕事だけは続けさせてください」
「まだまだ半人前なのは理解しておりますが、頑張りますから」
「良かったよ、君たちが元気で。
本来は就学隊員にこんな危ない真似はさせないのだが、この艦ではこの先もあるだろう。
もし、君たちが危険なことを嫌がっても私は君たちのことを責めないから、心の内に溜めずに必ず誰かに話してほしい。
直接私に言ってくれてもいいから、絶対に溜めこまないでくれ。
これは命令だよ」
「「ハイ、艦長」」
元気な声の返事に俺は安心して救護室を出た。
とりあえず今回もどうにかなったかな。
まだ、これで終わりではないが、このまま次に進めそうだ。
俺は救護室を後にして最後の目的地である第57ブロックに向かった。
このブロックはあの破損の後閉鎖されて、保安員が警護している。
俺はその保安員に声を掛けた。
「ご苦労様」
「艦長、わざわざここまでお越しいただきましたが、何かありますか」
「ああ、中の様子を知りたくてな。
艦橋からだと、攻撃や推進に影響があるかどうかしか情報が上がってこなくてな。
現状を見ておきたかったが、中を見られるかな」
「完全に、外壁が剥がれている訳ではありませんので極々短時間なら閉鎖隔壁を開けることはできますが、あまりお勧めはできません」
「ああ、それで構わない。
済まないがそうしてもらえるかな」
「わかりました」
保安員はすぐに艦内電話で艦橋に連絡を入れてから手動で隔壁を作動させ、俺は中に入った。
確かに大きな金属片というよりも、これ完全に船体外壁の一部が突き刺さった状態で、外から艦内に金属片の頭が飛び出していた。
突き刺さった金属片と外壁との隙間には一応の応急補修材が充填しているが、それでもシューシューと音を立てて空気が外に抜け出ている。
「艦長、そろそろ……」
「ああ、済まなかった」
俺は保安員の催促を受け、第57ブロックから出た。
直ぐに保安員は隔壁を操作してまた、ブロックを閉鎖した。
確かにブロックごと閉鎖していればこれ以上の空気の漏れは無いだろうが、流石にちょっと気にはなる。
俺は対応してくれた保安員に対してお礼を言ってから艦橋に戻っていった。
「艦長」
副長のメーリカ姉さんが俺に声を掛けて来る。
「外の状況に変化は」
「いえ、現在カスミに命じてかなり広範囲に動くものを調べさせておりますが何も発見できません」
「なら、準戦も解けそうかな」
「そうですね、大丈夫かと思います」
「なら、直ぐに艦内モードを通常に戻して、ダメコンだ。
57ブロックの修理を急ぎたい」
「了解しました」
俺はそう言ってからカスミの傍に近づく
「艦長。
周辺宙域には異常ありません」
「デブリはかなりありそうだな」
「ええ、戦闘でかなりの船を壊しましたしね」
「生存者がいると思うか」
「分かりません。
でも数人ならいても不思議の無い状況ではあります」
「なら、やるしかないか」
俺は副長の傍に行き、この辺りにある壊した船の調査と、いれば生存者の救出を命じた。
戦闘が終わったこともあり、また、艦内モードが切り替わったこともあって、隣室で待機していた捜査員の方々がぞろぞろと艦橋に入ってきていた。
俺の傍にトムソンさんが来て俺に話しかけて来る。
「艦長、俺たちに何か手伝えることあるか」
仕事なら山ほどある。
この艦の周りに漂っているデブリの処理だ。
艦内コンピュータのメモリなどが回収できれば回収して情報を取り出したい。
今できることは、それらしいものを見つけて艦内に持ち込むことだが、持ち込んだ物の仕分けなどそれこそ仕事ならいくらでもある。
あ、それらの回収や仕分けは手伝ってもらえそうだ。
俺はそのことを聞いてみたら二つ返事で了解してくれた。
ちょうどその時に艦橋にカリン先輩が戻ってきたので、カリン先輩に相談してみた。
「戻ってすぐで悪いが、艦載機を出せるかな。
今度は後部席に就学隊員を乗せてだが」
「できなくもありませんが何故ですか」
「デブリの回収だ。
それらの手伝いが欲しい。
内火艇を出して回収に当たるが、探すのに手があればいいかな」
「内火艇の操縦は誰が」
「航宙士関係から誰か出して、内火艇には捜査員にも乗ってもらい探してもらうことにしたい」
「分かりました。
直ぐに手配します」
「ああ、悪いな。
ドミニク、誰か出せないか」
「あ、それなら私が出ます。
うちの就学隊員も連れて行きますから」
「分かった、そうしてくれ。
トムソンさん。
内火艇に乗る人はドミニクに付いて後部格納庫に向かってください。
あと仕分けも後部格納庫で行いますからそちらにお願いできますか」
「ああ、そうさせてもらうよ」
そう言ってトムソンさんは捜査員全員を連れてドミニクと一緒に後部格納庫に向かった。
「副長、我々はこの艦の修理だ。
人を出して57ブロックの修理をしたい。
船外活動で、修理させてくれ」
「了解しました、艦長」
一旦通常モードになった艦内がまた慌ただしくなっていく。
艦橋ではそれら作業の監督など結構忙しい。
それから半日はそれぞれの作業が行われており、皆忙しさに忙殺されていた。
艦内の警戒レベルは通常に戻してはあるが、休息を入れるような状況では無かった。




