おまけ:ある士官のお話 後編
士官として任用されてから5年で昇進してやっと大恩ある師匠と同じ少尉になった。
歳も30になり、少尉昇進を機に同じコーストガードの事務部門で働いていた女性と結婚することができ、師匠の手紙にあった幸せな家庭を作ることができた。
そんな臨検畑一筋でここまで来た俺が、昨年臨検畑の現場トップである第一巡回戦隊第一臨検小隊の隊長に就任した。
この第一臨検小隊長は第二臨検小隊も指揮下に置く中隊長としての格を持つ、正式には中隊長補佐職だ。
しかも、3つある巡回戦隊のトップである第一巡回戦隊の中隊長補佐は現場部門の実質的トップになっている。
この上は本部の臨検部門長である臨検隊長しかいないが、この臨検隊長職は少佐階級が就くことになり、俺は多分昇進したら臨検部門を離れて機動艦隊のどこかの艦の攻撃部門長を務めることになるだろう。
そう、平和に俺のキャリアが続けばの話だ。
しかし、最近の王国は何だかおかしい。
王国のどの部門も何だか慌ただしく何かしらの事件を起こしている。
俺の所属するコーストガードも例外でなく、いい意味での事件はあった。
あの大規模海賊指定されている菱山一家から軍艦2隻を鹵獲するという快挙をなしたという。
しかし、それからがおかしい。
噂では、その快挙をなした者たちには王宮から叙勲までされたというのにその発表が全くない。
王国全土で発表されなくとも、少なくともコーストガード組織内であればあっても良さそうなのに一切されていない。
一部には緘口令まで敷かれているとか。
まあ、それだけで済めばいいのだが、そういえばその話が出る前におかしな命令を受けた。
急に艦長に呼び出されて、所属不明艦の臨検に当たれと言われて現有型航宙フリゲート艦に乗り込んだ。
あの時には同じ組織に属する人間が管理する船に臨検するという俺の経験上かつてないことを行ったのだ。
しかもあの時に出会ったのは、組織のお荷物と言われていた第三巡回戦隊の第二臨検小隊だった。
そういえば、あの小隊長は鹵獲した軍艦だと言って、処置を願い出ていたのだが、上からの命令で、海賊たちの捕虜と死体の引き取りだけをして現場を離れた。
あの少尉、最後まで俺のことを見ていたな。
俺も命令がなければ直ぐにどうにかしたかったが、鹵獲した軍艦の処置など俺にはできない大事だった。
結局本部が出張り鹵獲した軍艦2隻を引き取ったと聞いた。
しかも、あの小隊長の少尉は変わっていた。
この国一番のエリート士官養成校を卒業したばかりで、コーストガードに出向してきたという今までありえない人事で来た人だったが、やたらと腰の低い人だった。
ここコーストガードでは軍から回されてくる人には、まともな人は居ないと言われているが、特にコーストガードの要職はそういうまともでない人たちで占められているのだ。
仕事もできずに、下手をすると現場の邪魔ばかりする、はっきり言って軍からの人は来ないでほしいとすら思われている。しかし、あいつらに共通する傲慢さが彼には一切感じられなかった。
そんな彼だからだろう、あっという間に第三王女殿下の作ったといわれている組織に引き抜かれて、直ぐに大金星を挙げたと聞いた時には驚いた。
大規模海賊指定されているシシリーファミリーの重要拠点の制圧に際して多大なる貢献をしたとか。
もう二度と会うことなど無いと思っていたら、つい先日また会うことができたのには運命を感じた位だ。
しかし、以前会った時には同じ階級の少尉だったが、この間会った時には戦隊司令になっていた。
しかもだ。
今回出撃に際して、彼が俺たち戦隊の指揮を執るとまで聞かされたのだ。
これは驚くしかないだろう。
でも、さらに驚いたことに、彼は俺のことを覚えていたようなのだ。
しかも初対面と同じやたらと腰が低い対応だった。
今では完全に上下の差が開き、年こそ彼の方が若いが圧倒的に立場は向こうの方が上なのにもかかわらずだ。
『嚢中の錐』の喩えじゃないが、できる人はどこにいても飛び出して大きく羽ばたいていくのだろうか。
そういえば彼が連れて来た士官も若い女性だった。
なんでも彼女は軍のエリート士官だそうだが、あいつらのような臭いは全くしなかった。
できる人には、できる人が集まるのだろう。
そんな彼が俺たちの戦隊司令と打ち合わせをしてから、それほど時間が経たずに、艦内は慌ただしくなってきた。
いよいよ海賊相手に大立回りかと覚悟したら、どうもそうでもないらしい。
俺たち士官が戦隊司令に呼び出されて、艦橋脇にある作戦検討室に呼ばれた。
俺が分隊長の准尉を伴い中に入ると、既にそこには艦長を始め主だった人が待っていた。
しかも、僚艦とも回線でつながれて、スクリーンには向こうの士官たちも待機していた。
司令が中に入り、簡単に挨拶をしてから作戦の説明があった。
あの若い戦隊司令からの依頼で、別行動をとることになったことが説明されて、内容が明らかになった。
10隻を超える海賊船が逃げているというのだ。
俺たちは彼らと別れてその海賊船を追うことになったと説明があった。
すると僚艦の『クッチャロ』の艦長から戦隊司令に質問が入る。
「戦隊司令殿。
我ら2隻の航宙フリゲート艦で5倍以上の海賊船に当たれと言われるわけですか」
「いや、そうではない。
その質問はちょうど良かった。
『クッチャロ』艦長、それとみんなも聞いてほしい。
我らは、とりあえず彼らを見失わないように追跡だ。
今、直ぐ傍にいる第二機動艦隊が我らからの応援要請を受けこちらに向かっている。
海賊たちを相手するとしても第二機動艦隊と合流後になる。
また、当然の話だが、合流後の指揮命令権は機動艦隊の司令官殿にある訳だから、我々はその司令官の命令に従う。
それに、これは『シュンミン』の司令からの情報だが、私たちが追うことになる海賊船は、その多くが商船改造型になりそうだという話だ。
尤も相手も護衛くらいは付けるはずなので、軍艦も相手にしないといけないだろうが、合流後だ。
こちらもイージス艦にフリゲート艦が5隻もあるから早々後れを取ることは無かろう。
先のことは分からないが、海賊船に乗り込むことも考慮する必要はあるので、臨検小隊の皆はその準備を怠らないように。
当然、そんな危険な任務を臨検小隊だけにはさせない。
他の乗員からも決死隊を組んで一緒に乗り込むつもりだから艦長はそのつもりで人選も任せる」
「お答えいただきありがとうございました、戦隊司令殿。
決死隊は私自身が指揮を執りますのでご安心ください」
「そうか、なら第一巡回戦隊から乗り込む際には君に指揮を任せよう。
臨検小隊も全て君の指揮下に置くことにする。
それでいいな、グーズ少尉」
「了解であります」
いよいよ大仕事になりそうな予感がする。
俺も臨検畑一筋できたが、ここまで大きな作戦は無かった。
まだ決まった訳では無いが、『クッチャロ』の艦長自ら指揮を買って出た位だ。
無謀なことはしないだろう。
俺はコーストガードに任官してから大恩ある師匠を探していたが、ついに見つけることはできなかった。
しかし、その人物と思われる人は見つけることはできたのだ。
でも、見つけた時には遅かった。
少尉は、軍から回されてきた愚物の保身の犠牲にあい無謀ともいえる作戦に従事させられて、殉職した後だったと聞いた。
そう少尉は、俺が訪ねようとした時には大尉になっていたのだ。
殉職による二階級特進という奴で。
今度の作戦はまだどうなるか分からない。
しかし、相手がこちらよりも多勢であることだけは分かっている。
第二機動艦隊の司令官の判断にもよるが、いざ乗り込む際には恩人と思われる少尉が最後に参加した作戦よりも危険なものになるかもしれない。
だが、これだけは言える。
決して無謀なものにはならない。
なにせ、無能な天下り者ではない、たたき上げの尊敬できる艦長自ら指揮を執り一緒に乗り込んでくれるという。
俺も死ぬつもりはないが、俺の全てをかけて国に奉公するつもりで頑張る。
いつも考えていることだが、危険と裏腹の職場だ。
当然こういうこともあるだろう。
俺は部下たちに、ここでの話を包み隠さず説明してから、希望を募った。
決死隊になるのだ。
最悪行きたくないという者が出ても不思議はない。
行きたくない者を連れて行ってもかえって足手まといになるが、俺の部下にはそういう者は居なかった。
全員が俺に命を預けて来たのだ。
俺は念のためとことわってから全員に遺書をかかせた。
あの少尉のように無念を残して死んでいって欲しくはない。
俺も嫁さん宛てに遺書を書いて、手続きに従って艦内のコンピュータに預けた。
この時ばかりは嫁さんに悪いことをしたなと心より感じた。
いつも心配ばかりかけて申し訳ない。
だが、俺は国民の生命財産を守る義務があり、またそれが俺の誇りでもあるコーストガード一員だ。
どんな結果になろうとも決して恥ずかしくない態度を貫くつもりだと、嫁さん相手の手紙にも書いた。
しかし、うわさに聞くあの時の少尉。
今は殿下お抱えの戦隊司令殿だが、彼はいつもこんなことをしているのだろうか。
まあ、先のことを考えても始まらない。
俺は自分の仕事を忠実にしていくだけだ。




