おまけ:ある士官のお話 前編
俺の名前はグーズ、グーズ・ダイヤモンドだ。
あまり姓は名乗らないからグーズとだけ呼んでくれ。
仕事は首都宙域警備隊の少尉だ。
所属は第一巡回戦隊の第一臨検小隊で隊長を務めている。
勘の良い物なら分かるだろうが姓のダイヤモンドと聞いてさも王族のゆかりのある人かどこぞ有力貴族の出だとかと勘違いする人もごくたまにいるが、はっきり言ってそういう人たちとは縁もゆかりもない。
いや、縁だけはあるか。
そう俺はいわゆる孤児院出身という訳だ。
この国の多くの孤児院では出生が不明な孤児たちには孤児院の名前を姓として与えている。
俺がお世話になった首都星ダイヤモンドにある王立の孤児院もこの星から名前が付いている。
俺もこの孤児院で世話になった時にこの姓ときちんとした記録を国に届けてもらったそうだ。
俺も先輩たちから聞いただけで詳しく知らないがそういう物だそうだ。
ということで俺はこの国の王様とは育ててもらった恩という縁がある。
孤児院で育ててもらった多くの孤児たちは卒院すると、まず国のためになるような職業に就きたがる。
俺の居た王立孤児院では、下級役人か警察官などが人気の職業で、かなりの人数がそちらの方に進んでいる。
不思議と軍へは、ほとんど行かない。
この現象は他の星の孤児院では見られないと聞いたことがある。
これも先輩から聞いた話だが、この王立孤児院は戦災孤児たちを収容するために作られたものだそうで、最初に収容された孤児たちから親を取り上げた軍への憎しみのため、毛嫌いされたのが伝統として今に続いているそうだ。
その影響もあって、軍に近い首都宙域警備隊へ行くのもまれだそうだ。
俺の居る首都宙域警備隊ことコーストガードではブルースという姓の方が多くいる。
これは、コーストガードを作り上げた初代がブルース提督であり、その提督が海賊たちの被害で多く発生した孤児たちを保護するために彼の出身地であるニホニウムで孤児院を作ったことから、そこの出身者たちから多く、コーストガードに入って来るためだ。
今ではブルース姓で一大勢力とも言われているが、彼らも当然俺もそうだが、派閥なんか一切興味ない。
あるのはコーストガードに対する忠誠心と王国の国民を守るという使命だけだ。
まあ行き場のない絶望の淵にあった子供たちが、手厚い保護と十分な教育を施されれば誰だって感謝する。
普通の人の感性を持っていれば、大人になって恩返しの一つでもと考える。
身近に多くの先輩がコーストガードに入っていけばおのずとそれに続こうというのもが現れても不思議がない。
ブルース孤児院出身者から聞いた話ではこんな感じで男子はまずこのコーストガードの一員になることに憧れるそうだ。
同様に俺の居た王立孤児院でも国への忠誠心は真っ当に育つから、お役人や警察官への人気は高い。
先に挙げた理由で軍関係だけはほとんど行きたがらないが、まず男子も女子も首都の地方役人になるのが一番人気の夢だ。
しかし、俺が、この孤児院ではメジャーでない進路を選択したのには理由があった。
王様たちに恩を感じてはいるが、それ以上に俺にとって人生の師匠ともいえる人に大恩を感じている。
その人はコーストガードの少尉だった人だ。
俺はその人に助けられ、この孤児院に入ることができた。
俺はある意味この孤児院の孤児たちとはちょっと変わった経歴であった。
今でもこの孤児院を含め、この国の多くはそれこそ入りきれないくらいの孤児を抱えている。
その理由の多くが、他国との戦争だ。
大規模戦闘は最近ほとんど見られないが、それでも毎年何回もの小競り合いが近隣の国と発生する。
その小競り合いで犠牲になる軍人たちの家族の一部が俺たちの居る孤児院に回されてくるのだ。
俺の居た王立孤児院は俺の生まれるずっと前に発生した隣の国との戦争で大量に発生した孤児たちの扱いに困った王宮が、それよりも先に海賊たちの被害者救済のためにブルース提督が作った孤児院にならい、ブルース提督から遅れること7年後に作られた。
俺の生まれる前の話であまり詳しくは知らないが、そういうことのようだ。
なんでも、その戦争により多くの軍人が帰らぬ人となり、その軍人の家族たちが路頭に迷う羽目になったと聞いている。
犠牲となった軍人の遺族にきちんと保証はされている筈なのだが、それでも軍属関係者や子供たちだけになった家庭では騙されたりして、ストリートチルドレンになる者が多数発生したとのことで、王宮は慌ててその対応に走り、ブルース提督にならい、いくつもの孤児院を王国の各地に作り現在に至っている。
今でも、親兄弟が戦死したことで孤児になった初代の孤児たちの必要以上の軍へのヘイトにより、この王立孤児院から軍への人気は低い。
俺は軍に対してそれほどの忌避感は無い。
なにせ俺は戦災孤児ではなくスラムの生まれだ。
何故スラムに住んでいたかというと、ただ単に家庭が貧しかったからだが、かすかに残る親の記憶は、決して曲がったことのできない善良な親だったと俺は思っている。
その親もスラム内の抗争に巻き込まれ、あっけなく死んだ。
当然、残された俺は路頭に迷う羽目になる。
俺は路頭に迷っても、親の生きざまにならい直ぐに犯罪に走ることはせずに、町のごみをあさって生きていたが、それでも流石に3日も何も食べることができなければ自暴自棄になる。
そんな時に、ちょうどスラムに入り込んだ身なりの良い大人を見つけた。
魔が差したのだろう、俺は彼から財布をすり取ろうとして、あっけなく捕まった。
見た目はとっぽい隙だらけの大人に見えたが、見た目に反して動きが鋭く、また、俺のような子供を相手し慣れているようで、簡単にあしらわれた。
その大人が俺の大恩人だ。
その大人に捕まった俺は、散々説教されるか、警察に突き出されるかと思ったら、俺の予想と反して、まず飯を食わせてもらい、俺が落ち着いたのを見計らい、俺の事情を黙って聴いてくれた。
俺が行き場の無いことを理解すると、そこからは俺も良く分からないがいくつかの役所に連れて行かれ、気が付いたら王立の孤児院にいたという訳だ。
ずいぶん慣れた手際だったように今でも思っている。
孤児院の職員によると俺のようなケースは初めてでなく、恩人は暇になるとストリートチルドレンの救済のために、同じようなことをしていると聞いた。
彼を恩人と感じているのが俺だけでなく、他にもいることに驚いた。
先にも言ったが、俺の居た孤児院は軍に近いコーストガードへ進むのは人気がないが、それでも毎年のように数名いるのは、彼によって救われた子供たちがほとんどだそうだ。
話を変えるが、この国の多くの孤児院は初等教育だけはしっかりされる。
その後は子供たちの資質によるが、その多くは中等教育まで希望すれば受けることができるが、俺は中等教育を受けずにコーストガードの就学隊員制度を利用することにした。
俺を助けてくれたのはコーストガードの少尉だと聞いた時に俺の進路は決まった。
俺も恩人と同じコーストガードに行こうと、迷わず初等教育終了を待ってコーストガードの就学隊員になる道を選んだ。
俺が孤児院を12歳で卒院する際にその少尉様から一通の手紙を職員を通して受け取った。
中身は、『自分の好きな道に進み幸せな家庭を作ることがこの国に対する恩に報いることだ』と書かれている。
自分については一切書かれておらず、それだけだった。
どこの誰だか分からない、唯一の手掛かりがコーストガードの少尉とだけしかなく、俺の貰った大恩をどう報いて良いかもらった手紙からは一切のヒントすらない。
いや、彼が言うには俺たちが幸せになることが恩に報いると書かれているが、それだけで俺たち救われた子供たちが納得できるものか。
俺にとってあそこで助けてもらえなければまっとうな道から外れることは容易に想像がつく。
下手をすると数日後に餓死していた可能性もあったのだ。
俺にとって名の知らない少尉様は大恩ある人生の師匠だ。
だから、俺は迷わず初等教育を終えるとすぐに師匠と同じコーストガードに入った。
就学隊員として仕事をしながら中等教育を終えると初めて隊員として一人前に認められる。
また、ここコーストガードは初代ブルース提督の意思により、俺のような根無し草の下層階級の者でも幹部になる道が用意されている。
一般隊員として数年、普通2年もすれば希望により高等教育に当たる幹部候補生育成学校に入るための試験を受けられる。
俺はあの少尉に憧れてコーストガードにきたので、就学隊員の時代から一生懸命幹部候補生を目指していた。
無事に幹部候補生育成学校に入ることができ、3年で無事卒業した。
ここを卒業すると、下士官として任用される。
コーストガードの下士官は全てがここの卒業生ばかりでない。
当然、隊員時代の功績により出世する者もいるが半数近くはここの卒業生だ。
俺は下士官として初めて臨検小隊に配属され、それこそ多くの怪しい船に臨検に入った。
海賊相手に戦ったことも片手では足りないくらいの経験はある。
とにかく一刻でも早く一人前として、少しでも恩人である誰だか分からない少尉に近づくために俺は精一杯働いた。
下士官勤務を4年過ごすと、上司の推薦が必要だが、さらに上を目指せる。
俺は海賊相手に奮戦したことを評価されて、3年で推薦を受けられ試験に臨んだ。
その士官育成試験に合格すると士官になるための教育を隣の星系にある士官学校で受けることができる。
首都宙域にも士官養成のための学校はある。
あるが、ここは王国の中にある士官養成校とは別格で、軍のエリートを養成するための学校で、王国民が夢を求めて数多く挑戦しても、わずかしか入学を許されていない。
そんな狭き門の学校しかないために、我々コーストガードの士官養成には協力してもらえないため、また、初代ブルース提督からの縁の有る隣の星系にある士官学校へ編入をさせてもらっているのだ。
普通、士官学校への入学は中等教育を終了後に入学してくるので、士官学校といえども最初は基礎的なことを教えられるが、俺たちコーストガードの選ばれた連中は幹部養成校で一度習ったことだし、何より実戦で何年も経験していることなので、その過程をスキップして途中編入で後半の2年間士官教育をされる。
その後、卒業すると晴れてコーストガードの士官として任用される仕組みだ。
准尉として俺は卒業と同時に古巣と同じ臨検小隊の分隊長として士官生活を始めることとなった。




