終わった戦闘
当然、当事者である艦長のナオは慌てた。
「詳細をすぐに調べてくれ」
海賊との激しい戦闘はそのまま続行中だ。
このような時に意識が戦闘から離れることははっきり言って致命に成り兼ねないが、戦闘前に示した作戦を続行中であり、また、その作戦に一切の破綻が見られていないことから、艦長が現状を確認しているだけの時間が続いていたのが幸いしている。
艦橋に居る部下たちは自分たちの仕事を持てる力の限りをもって全力で執行中だ。
「第57ブロック破損による推進力への影響は認められません」
「攻撃力に関しても一切の減少はありません。
そのまま攻撃を続行します」
俺の質問にも滞りなく答えて行く。
また、刻一刻と代わる戦況もケイトが俺に報告してくるが、俺は聞いているが頭に入らない。
部下が負った怪我が気になりどうしようもない。
そんな中で朗報が入る。
「負傷した乗員の詳細の報告が入りました。
3名の負傷者ですが全員命に別状はありません。
飛んできた金属片による裂傷と打撲です。
骨折などの重傷者はおりませんでした。
また、裂傷についても1人のみ手術での止血処理を行いましたが無事に終わっております。
現在、現場の責任者判断により救護室で休ませております」
「良かったですね、艦長」
副長のメーリカ姉さんが俺に語りかけて来る。
「ああ、良かったよ。
これ以上被害が出ないうちに終わらせようか」
負傷者の報告を聞いて、やっと落ち着いたら、今度は戦況が気になりだした。
先ほどからケイトが報告してくる。
「右舷フリゲート艦仮称Aに対して朝顔弾複数の命中を確認。
敵被害中破と推定。
同様にフリゲート艦仮称Bに魚雷至近爆発を確認」
「そろそろ、中央を突破します」
負傷者の報告を受けてから今まで、正直ほとんど戦況については頭に入ってこなかったが、一応の処置がなされたとの報告を受け、落ち着くことができた。
今までは、先に決めた作戦通りであったので、それも問題ないが、その作戦もそろそろ通用しなくなってくる。
次の指示を出さないと今度は艦全体が危なくなる。
現状は中央突破を掛けながら両舷に居る敵に向けとにかく攻撃をかけていたが、そろそろそれも難しい位置取りになってきている。
「中央を抜けたら右に旋回しながら、先に2隻のフリゲート艦を片付けよう」
「了解しました、艦長。
ラーニ、ケイト、艦長の言葉を聞いたな」
「「了解しました」」
「まもなく右旋回します。
横Gに注意」
「艦内乗員に告ぐ。
右旋回を掛ける。
横Gに注意されたし。
旋回開始」
旋回開始の言葉に続いても旋回方向と逆にものすごい力で体が持っていかれる。
まあ、普通じゃあり得ない操艦だ。
最大速度の10AUのまま減速せずにできうる限り最小の半径で右方向に旋回を掛けたことによる慣性力のためだ。
一応、艦内には慣性力の影響を受けにくくするように人工重力と一緒に管理する装置が取り付けられているが、それでも限界がある。
最高速度で可能な限りの急旋回を掛ければ、装置を使っても慣性力は無視できないレベルになるので、戦闘中にはよくあることだが、発生するGに対しての注意喚起が全艦に出された。
『シュンミン』の全乗員たちは、発生する横Gを受けながらもいささかも海賊船に対する攻撃の手は緩めていない。
流石に航宙魚雷の次弾装填準備はできないが、自動装填できる朝顔やエネルギー兵器である主砲は確実に敵に向け攻撃を続けて行く。
今まで両舷方向にいた海賊に対してほぼ均等に攻撃を加えていたが、旋回が始まると、旋回方向とは逆に位置していたイージス艦に攻撃が届かなくなってきた。
「こちら後部攻撃発令所。
左舷に展開するイージス艦に攻撃ができなくなりました」
「これより、集中して右舷のフリゲート艦2隻を先に攻撃する。
攻撃目標を確認しろ」
今まで主に後部からイージス艦に対して攻撃していたが、それも出来なくなるとの報告が入るとケイトからすかさず次の命令が出されている。
敵も右舷方向に固まっていた航宙フリゲート艦2隻は被害を拡大していき、こちらの旋回が終わるころにはほとんど反撃もできないようなダメージを受けていた。
「フリゲート艦B中央に魚雷弾命中。
船体が二つに割けます。
Bの撃破を確認しました」
ケイトから敵海賊船の1隻の撃破の報告を受けた。
しかし、まだ敵の数的有利は変わらない。
まあ、こちらで便宜上名前を付けている航宙フリゲート艦Aも大破状態で、ほとんど反撃は見られないが、中央突破時に左舷に居た航宙イージス艦の方はどうなっているか。
イージス艦への攻撃は今一時的に緩めているが、向こうからの攻撃はある。
「こちらが片付いたら、イージス艦の方も相手をするぞ。
イージス艦の方からの攻撃はどうなっている」
俺の問いにケイトが直ぐに答えて来た。
「先ほどよりは攻撃の手が少なく感じます」
俺とケイトのやり取りに割り込む形でカスミからの報告が入る。
「艦長。
そのイージス艦ですが、進路を変えています。
逃げるようですね」
ちょうどその時にこちらからの攻撃で生き残っていた航宙フリゲート艦Aに対して朝顔弾が複数命中して艦橋を破壊したのだ。
「航宙フリゲート艦Aに朝顔弾命中して、敵艦橋の破壊を確認。
航宙フリゲート艦Aを撃破しました」
直ぐにケイトからの報告が入る。
「敵が逃げる前に片付けるぞ。
進路をイージス艦に向けてくれ」
「了解しました。
進路変更…」
「ちょっと待ってください、艦長。
敵の様子が変です」
「どうした、何が変だ」
「敵イージス艦ですが………」
「どうした、何があった」
「敵イージス艦が異次元航行の前兆が見て取れます。
異次元航行で戦闘エリアからの脱出を試みるようです」
「そんな馬鹿な。
海賊は自殺でもする気か」
カスミの報告に対してケイトが思わず叫んだ。
異次元航行とは、異次元空間を利用してより遠くに早く行く手段であり、何もない宇宙空間では遠距離移動にかかすことのない航法だが、あくまで何もない宇宙空間だからできる航法でもある。
しかし、俺たちが戦闘しているこのエリアは戦闘できる広さこそあれ、小惑星帯の中にあり、宇宙空間では珍しく賑わいにある場所だ。
そんな場所から異次元航法など普通はできない。
途中にある小惑星に衝突して大事故を起こすのが関の山だ。
今まで艦橋正面モニターにははっきり映し出されている敵イージス艦が突然画面から消えた。
そんな、ありえない行動を目の前にいたイージス艦が仕出かした。
「消えた……」
「消えましたね。
あれ、異次元航行ですよね」
カリン先輩がぽつりと零した。
「まあ、小惑星帯と言っても街中の人込みほどは込み合っていませんし、50%くらいの成功する確率はあるのでは」
割と冷静にニーナが答える。
「いや、待て。
もし、あれが計算されたものだったらありえない話じゃないな」
「艦長、それはどういうことですか」
「ここは海賊たちの庭先だった場所だ。
この辺りについてはあいつらは熟知しているはずだから、ここで俺らを迎え撃ったんだろう。
本当は逃げ出す算段だったのかもしれないが、俺たちが間に合ったという処か。
でも、初めから俺たちをここで足止めするつもりなら、当然、逃げる算段を付けてから戦ったんでは無いかな」
「それは……」
「初めから逃げるための手段として計算されていればできるだろう。
多分、ここは航路として使っていたのであれば、その航路沿いに異次元航行で逃げたのだろう」
「艦長、追いかけますか」
「いや、俺たちには無理だ。
海賊たちとは違って、俺たちにはこの先の様子が全く分からない。
それに何より、あのイージス艦がどんな手段を使ったことすら分かっていない。
あくまで異次元航法は予測でしかない。
諦めるしかないな。
……
副長、艦内レベルを準戦に戻して、交代で休ませてくれ。
戦闘は終わった」
「了解しました」
「カリン少尉。
艦載機は無事か」
「はい、2機とも被害はありません。
また、計画通り改造商船2隻の撃沈にも成功しております」
「付近を警戒させながら戻してくれ。
ニーナ。
艦載機を回収に行くから、コースを変更してくれ。
あ、速度も巡行に戻してくれてもいい」
「速度変更、8AUへ。
進路を艦載機回収のため変更する」
副長のメーリカ姉さんが指示を出して俺たちの戦闘は終わった。
副長からの指示で、艦内は先ほどまでの荒々しさがなくなり、徐々にではあるが日常を取り戻していった。
流石にまだ、艦内レベルを通常までは下げることはできないが、それでも交代で休むことはできる。
乗員に対して、交代で休憩を取るように指示を出して俺たちの戦闘は終わった。




