初めての負傷者
さあ、いよいよ目の前に海賊たちの船が見えて来た。
カスミからの報告が入る。
「艦種判明しました。
前方3隻の軍艦ですが、イージス艦クラスが一隻、フリゲート艦クラスが2隻です。
我が国で生産された軍艦ではありませんね。
ライブラリーに詳細な情報が見当たりません。
私も初めて見る艦ですが、特徴的には仮想敵国のフェノール王国の艦にも見えます
後部の2隻は前に鹵獲した改造商船とほぼ同じと思われます」
格上の軍艦が3隻に格下になる改造した商船が2隻か。
改造商船はそんなに怖い訳じゃない。
装甲なんか無きに等しく、こちらからの攻撃でも受ければ簡単に撃破できる。
それこそ、うちの艦載機だって撃ち落とせるくらいだが、俺たちが格上の軍艦相手の最中に攻撃されたらたまらない。
装甲こそ紙に等しいが、攻撃力は侮れない。
前に拿捕し改造商船も商船にフリゲート艦クラスの主砲を取り付けていた。
最悪、改造商船からの主砲攻撃を受ける恐れもある。
あまり嬉しいものでは無いな。
………
艦載機でも撃ち落とせるのなら、艦載機に任せるか。
「カリン少尉」
「何ですか艦長」
「先ほどの艦載機の件だが、方針変更だ。
中央突破後に改造商船の後ろまで行くが、その時に艦載機を発艦させてくれ。
艦載機で改造商船を沈めてもらう。
俺たちは艦載機発艦後、反転して軍艦相手に戦闘を続行する」
「了解しました。
直ぐに準備させます」
「艦長、間もなく本艦主砲の有効射程内に前方に展開している軍艦が入ります」
「副長。
射程内に入り次第、全武装に攻撃命令を出してくれ。
魚雷も、手あたり次第、順次打ち込んでほしい」
「朝顔については」
「連射で、とにかく敵に向け少しでもダメージを与えて欲しい。
攻撃については任せる」
「了解しました、艦長。
ケイト少尉。
聞いての通りだ。
任せて良いな」
「任せてください、メーリカ姉さん」
どうもケイトだけは、まだ真面目モードがなじめないらしい。
副長に対して、どうしても第二臨検小隊時代のままだ。
できる子なんだけども、どうしても残念感がそこはかとなく漂ってしまう。
まあ、そんなことに不満を示すのはカリン先輩だけだが、今はそのカリン先輩も余裕が無いらしく、ケイトについて何も言わない。
そろそろ主砲の斉射が始まる。
航宙魚雷は、先の命令後1発、2発とバラバラに準備ができ次第発射されている。
そろそろ敵中央部分を突破しようかというタイミングで、満を持して朝顔の連射が始まった。
確かに俺たちの兵装の中では、朝顔の射程は短いがそれでも使えない訳では無い。
追尾パラメータの処理に手間取り射程内を過ぎても発射できなかったのが、やっと間に合い、敵に向けどんどん命中弾を発射している。
そのすぐ後から左右にあるパルサー砲も敵に向け射撃を開始していた。
パルサー砲程度の威力では軍艦相手には大してダメージを与えることはできないが、それでも弾幕を張っていれば敵からの攻撃をしのぐ役割がある。
敵の砲撃手のこちらに向けた狙いが付けにくくなるために、それだけでも十分に効果が出る作戦だ。
そろそろ中央部を突破して改造商船の傍に来た。
「艦載機発艦させます」
「艦載機発艦を確認しました」
「よ~し、本艦は反転して敵軍艦相手に再度突入を掛ける」
「進路変更。
反転180度。
速度10AUにて敵イージス艦へ」
「後部攻撃管制へ。
艦載機発艦のため一時攻撃を見合わせる。
本艦回頭後、改造商船への攻撃は以後禁止する」
「ただいまより回頭する。
慣性によるGには注意されたし。
回頭」
一時的に『シュンミン』からの攻撃が一斉に止み、その隙に気が付いた海賊たちは一斉にこちらに向け攻撃を掛けて来るが、海賊たちも既に戦列などばらばらとなり、なかなかこちらに向けて正確な攻撃ができていない。
焦った海賊たちはとにかくやみくもに主砲を撃ちまくってくるが、幸いなことに一発もまぐれ当たりを出さずに、回頭は終わった。
「さあ、今度はこちらからの御返しだ、副長」
「了解しております、艦長。
ケイト。
先ほどと同じだ。
敵艦に向け全力での攻撃開始」
『シュンミン』は艦載機を発艦させ、直ぐに反転して攻撃に移った。
反転中だけ僅かに攻撃できずにいたが、反転後すぐに攻撃をしながら再度敵中に乗り込んで行った。
敵は艦隊行動などとっくにとれていないがそれでも3隻がまとまった中に入りこんで左右に居る敵に攻撃をかけている最中に艦長席のモニターにアラート表示がでた。
「何だ、何があった。
被害を報告しろ」
まさに乱戦中にあるので、当然こちらも被弾しても不思議がない状態だ。
アラートが一つ二つ鳴っても不思議の無い状態だったが、今まで奇跡的に無傷で攻撃をしていたが、ついに被弾したようで、艦内に被弾を伝えるアラートが鳴り響く。
今までの方が異常だったのだろうが、これまでいくつかの戦場を経験しても初めてのことだったから、正直この時は慌てた。
「被害報告を急げ
どこで何があった」
「艦長、中央底部付近第57ブロックに被弾」
「被弾??
シールドが破られた報告はないぞ。
どういうことだ」
「現場からの報告ですが、外壁を大きめの金属片で破られました。
金属片は、まだ現場に刺さったままです。
現状、乗員は避難しブロックを緊急隔壁により閉鎖しました」
「乗員の被害は。
皆無事か」
「艦長。
乗員3名に被害報告在り。
現場に居合わせた就学隊員3名が負傷とのこと。
詳細は不明。
現在3名は他の乗員により救護室まで連れて行かれ治療中とのことです。
なお、命については問題ないそうです」
「救護室?
今救護室で治療に当たっているのは誰だ。
本艦には医者は居なかったはずだが」
軍艦にはどんなに小型艦でも軍医が乗員している。
これは軍艦が戦闘を目的とした艦で、常に命の危険が迫るために必須のことだ。
しかし、警察機構であるコーストガードにおいてはその限りでない。
警察機構には自己完結性は求められていない。
警察においては、怪我人が出れば病院に連れて行き治療するスタンスだ。
どこの警察にも独自に病院を抱えているが、あくまで病院であり、現場に医者を連れて行かない。
これはコーストガードにおいても同様である。
しかし、そうは言っても宇宙空間においては急病や任務中に受ける大怪我など、病院搬送まで間に合わない恐れがあるために最低限1個戦隊に1名の医者が乗員している。
また、機動艦隊のような同行する艦数が多くなるような場合に3~5名の医者が各艦に分乗して乗務している。
もう少しわかりやすく説明すると巡回戦隊には旗艦にのみ医者は居る。
機動艦隊には旗艦及び先任艦長の座上する艦船に医者が乗務している状態だ。
あくまで警察業務執行であるから全艦船に医者が居なくともよいとの判断だが、あくまでこれは建前。
本音は、いくら首都宙域限定の任務とはいえ広い宇宙空間での勤務なので、本来軍と同様に全艦に医者を乗務させたいのだが、予算とそれ以上に人員の確保ができないことでの苦肉の判断でそうなっている。
予算及び人員と言った面ではコーストガード以上に制約を受けている現在の広域刑事警察機構設立準備室では当然のように医者を手配できていない。
これは組織の脆弱から来るものであるが、それ以上に艦長を務めるナオの認識に原因があるかもしれない。
ナオは、その経歴より、今まで船医の乗っている艦での勤務経験がない。
最初に配属された『アッケシ』は第三巡回戦隊の旗艦でないので船医は居なかった。
また、かなりきわどい戦闘を続けて来たが、今の今まで船医の御厄介になることが無かった。
これはある意味奇跡ともいえるが、今回はそれが災いしている。
医者の居ない艦で、当然戦闘中は無理でも、戦闘を終了させても直ぐに医者に治療が受けられない状況での事故なのだ。




