軍と警察の違い
「俺たち警察っていうのは、テロリスト相手でも絶対に市民を守る義務がある。
喩えそのテロリストが現場に居る警察官よりも圧倒的な力を持っていてもだ。
警察が全滅することが分かっていても、最低限市民を安全に逃がすための時間を作るのが仕事でもあり、それができることが俺らの誇りだ。
しかし、その場に守るべき市民が居なければ、テロリストを泳がせて仕切り直すこともある。
いや、絶対にそうするかな。
近い将来そいつらが市民に対して絶対的脅威となりうるのなら、直ぐに対処できないと判断されれば仕切り直す。
ただし、その場合に絶対にそいつらの尻尾だけは離さないようにして、態勢を整えてから、市民の脅威となりうる前に対処するものだ。
軍ではどうするかは知らないが、警察ってそういうものだ。
我々広域刑事警察機構も警察なんだよな」
トムソンさんは俺に仕切り直せと言っているのだろうか。
尻尾を離さないようにしておけば仕切り直せるとは言っている。
幸い現状では俺たちが守る市民は居ない。
となると今俺たちから離れて行く連中の尻尾も掴んでおきたい。
いや、離してはいけない連中だ。
となるとカリン先輩が兵力の分散を戒めて来たが、現状では別れるしかない。
「ありがとうございます、トムソンさん。
考えがまとまりました」
そうトムソンさんにお礼を言ってから副長に指示を出していく。
「第一巡回戦隊に依頼を出す。
俺たちから離れて行く大集団を追ってもらう。
追いつき次第現場判断で処置を願う。
また、近くに居るコーストガードに戦隊司令から応援要請を出してもらう。
これは広域刑事警察機構設立準備室戦隊司令としての正規な依頼だ。
これなら、テリトリーを超えても問題は無いだろう。
責任はすべて俺になるように依頼を出してくれ」
「艦長。
二手に分かれるのですか。
寡兵である私たちが兵力の分散なんかありえません。
再考を願います」
「カリン少尉。
私は戦争している訳では無い。
相手の状況が見えていないから判断はできないが、私は相手の尻尾を掴んで状況を待つつもりだ。
ここで逃げられる方が後々に禍根を残す。
何よりこの『シュンミン』は王国最速の艦だ。
いざとなったら俺たちはさっさと逃げるよ。
俺たちの艦なら十分にそれも可能だ」
「艦長。
コーストガードに白紙の委任状を出しても大丈夫ですか。
後々問題になりませんか」
「だから、俺の責任において、わざわざ委任し直すのだ。
殿下からの応援要請を受けているのは第一巡回戦隊だけで、その指揮権は私が持っている。
その指揮権を使って応援を同僚に出してもらえるようにしておけば、ここでコーストガードに問題が発生してもその責任は殿下でなく俺になるから大丈夫だ」
「何が大丈夫かはわかりませんが、艦長の指示に従います」
「副長!」
「カリン少尉。
分かっておりますが、艦長からの命令は既に出ました。
第一巡回戦隊司令に連絡」
「依頼の時にこちらで掴んだ情報はすべて開示しておくように。
また俺の電子証明付き依頼書も発行しておこうか」
「何事も準備はしておくものだ。
最悪殿下が尻尾を切れるようにだけはしておきたい」
「分かりました」
通信士のカオリは納得がいかないような顔をしてはいるが指示通り直ぐに作業を開始した。
「それにしても、あんたの上司は凄いな。
流石に俺でも白紙の命令書は出せないよ。
……
でも正直羨ましいとも思うがな」
トムソンさんは近くに居た副長のメーリカ姉さんに声を掛けた。
「ええ、時々何を考えているか分からなくなりますが……
いや、時々しか何を考えているか分かりませんが、本当に決断だけは潔いですね。
年や経験では私の方が上ですが、あの思いっきりの良さだけは敵いません。
仕えがいのある艦長です。
少なくとも、今まで理不尽な命令を直接貰ったことはありません。
その上からのはいつもですが。
気持ちよく仕事させてもらっております」
何を言い出すのやら、副長は楽しそうにトムソンさんと話している。
「艦長。
第一巡回戦隊司令より受諾の返信が入りました。
直ぐに作戦行動に入るそうです。
追伸ですが、こちらの行動について問い合わせがありましたがどうしますか」
「分かれた5隻に対して威力偵察後、逃げるとだけ伝えてくれ。
あ、そちらも会敵後、何をするかの連絡だけは入れてほしいと伝えてくれ」
「了解しました」
「副長。
こちらも作戦行動に入る。
最大船速で敵艦隊の中に突入する」
「了解しました。
『シュンミン』全乗員に告ぐ。
これより戦闘に入る。
各自持ち場で奮闘を祈る。
速度変更、最大船速に。
コース、敵艦隊中央へ」
「トムソンさん。
すみません、これよりこの艦は戦闘態勢に入ります。
皆さんにはお部屋で待機をお願いしたのですが、素直に納得して頂け無いでしょうから、後ろの部屋をお使いください。
あそこなら状況をすべて監視できます」
俺は捜査員の方の安全を考えて現場より離しておきたかったが、流石に相手も納得がいかないだろう。
ならば次善の策として使われていない作戦検討室に集めておいた。
まあ、この小さな艦ならどこに居ても安全だとは言えないだろうから、少なくとも邪魔にだけはならない配慮はさせてもらった。
トムソンさんも俺の意図を理解したようで「艦長の配慮に感謝する」とだけ言い残して艦橋に居る捜査員を連れて隣の部屋に入っていった。
「さあ、副長。
俺たちは戦闘だ。
敵中央に向け全速力で頼む」
「ハイ、艦長。
全乗員に告ぐ。
これより海賊船団との戦闘に入る
艦内レベルを準戦より戦闘に変更する」
『シュンミン』は二つに分かれた海賊船団の少ない方に向け全速力で向かった。
第一巡回戦隊と別れてから10分後に哨戒士のカスミから報告が入る。
「艦長。
あと5分後に航宙魚雷の最大射程に入ります」
最大射程に入るか。
どうせここから打ち込んでも海賊も馬鹿でないから避けるくらいはするだろうな。
………
あ、個別に避けるようなことをすれば隊列は乱れるよな。
なら、やってみるのも手だな。
「副長。
航宙魚雷が射程に入り次第、各艦に向け一発づつ航宙魚雷を発射してくれ。
信管は近接設定で」
「え、最大射程で撃っても効果のほどは期待できないかと」
「牽制だよ牽制。
この『シュンミン』の最大速度で近づけば魚雷ともさほど距離は離されないだろう。
集中砲火を浴びることなく中央を突破できないかと思ったんだが」
「なるほど。
それは名案ですね。
なら近接距離設定も最大にして撃ち込んでおきます。
ケイト、艦長の指示通りに」
「ハイ、メーリカ姉さん」
ケイトは自身の目の前にあるコンソールから航宙魚雷発射官制に向け指示を出している。
カスミは更に報告してくる。
「艦種識別圏内に入ります。
敵の艦種が判別しました。
軍艦相当艦が三隻、商船相当艦が二隻です。
あ、……」
「哨戒士、どうした」
「ハイ、艦種により速度の差があるようで、前方に居る軍艦相当艦三隻と商船相当艦の二隻の間に距離が出始めました。
その距離はどんどん広がっています」
「こちら前部魚雷発射官制。
魚雷準備できました。
補正パラメータ及び非常時処理暗号を求めます」
補正パラメータとは、目標ポイントに向け刻一刻と代わる情報、特に目標及び本艦の速度によるずれを発射ぎりぎりまで調べて計算される補正パラメータのことだ。
流石に宇宙時代の魚雷だけあって一応追尾機能くらいは付いているが、これも相手も同様で、その追尾機能を躱すいくつかの方法があり、結局のところ最初に決めたポイントに向け発射した方が命中精度が上がるという冗談のような結果がある。
そんなこともあり、足の遅い航宙魚雷は今は軍での使用はどこの国でもほとんどされていない。
結局のところ、その補正も計算されたものを使うが、最後は人の手が入らないと使えない物になっている。
ただでさえ人の消耗の激しい軍において、職人しか使えない物は敬遠される運命にあった。
しかし、それでもそれをカバーするメリットもある。
特にエネルギー兵器が使えないエリアの有るこの辺りにおいては十分に活用できるものだと俺は考えているが、軍によると、そんな場所での戦闘をしなければ良いという戦略方針のために数年前に航宙魚雷は完全に廃止されている。




