名の有る小惑星
「艦長。
レーダー探知可能領域内にスペースコロニーが入ります」
「やはりここは海賊たちが利用していた航路ですかね」
捜査室長のトムソンが聞いてきた。
「それにしてはなぜ我々だけでなく、軍もここが発見できなかったのでしょうか」
副長が当たり前の疑問を口にした。
副長の疑問の答えが直ぐに分かった。
「艦長。
前方に小惑星です」
「あれか。
それにしても小惑星としては大きくないかな」
「ハイ、小惑星としては最大サイズでは無いでしょうか。
球形を保てる最小サイズはありますね。
あのサイズまで成長したから球形なのでしょう」
俺の質問に哨戒士のカスミがすかさず答えてくれた。
「あの星には名前があるのかな」
「ハイ、あの小惑星には名前がついております。
KCLP845357632745となっておりますね」
「何だそれは。
他に情報はあるかな」
「いえ、発見した時の見掛け上の明るさと、推定サイズだけですね。
これらから考えますに天文学者の観測で発見されたがそれ以降の調査はされていない小惑星だということですね。
宇宙軍供給のエリア地図にも記載はありませんから、詳細座標すら計測されていなかったかと」
「担当するお役所に座標くらいは報告しておいてくれ。
それくらいはしておこう。
なにせ俺らは公務員だ。
俺らの直接の仕事ではないが発見したことくらいは連絡する義務はあるだろう。
税金で食べているのだからな」
俺の指示をすぐカスミは実行に移し、無線で本部に連絡を入れている。
「それにしても分かりませんね。
何で私たちは今まで見つけられなかったのでしょうか」
するとカスミが答えて来た。
「あの航路からは少し離れていますし、何よりあの小惑星と航路との間にあの小惑星よりもはるかに小さいとは言え、小惑星がレーダー上では少なくとも12はあります。
あの航路からこちらを観察してもこの辺りではどこにでもある風景にしか見えませんね」
「それなら分かるな。
俺たちはこの辺りの小惑星の観測に来ているのではないからな。
それよりも、今言った12の小惑星に名前はあるのか。
あの記号を羅列した名前が」
「いえ、どこぞの天文台で発見されたのなら名前くらいは付けられたでしょうが、この辺りではあまりにありふれたサイズの小惑星ですので、全く名前どころか先に挙げたエリア地図にすら記載はありません。
この辺りは小惑星帯の真っただ中です。
政府としても宇宙船は立ち入って欲しく無いのでしょうね。
政府発行の航宙図はこの辺りが空白になっております。
軍はこの辺りに出張る必要から急遽、軍用の地図を作成しておりますが、暫定版として作られたエリア地図にも一々小惑星の記載はありません。
あるのはあの航路座標だけです」
俺らが艦橋で暢気に会話をしていると、先に本国政府に惑星座標を連絡していた通信士が報告してくる。
「艦長。
コーストガードからの入信です。
こちらに向かっている応援部隊の第一巡回戦隊はあと10時間ほどでこの近くに到着するそうです。
よろしくとのことでした」
殿下が応援依頼を出していたコーストガードから第一巡回戦隊が応援に駆けつけてくれるらしい。
しかも殿下の応援依頼から直ぐにこちらに向かってくれたようだ。
もしかしたら巡回中だったのが急遽予定を変えてこちらに向かったのか、どちらにしてもお役所仕事で対応が遅い事が多い中、迅速な対応に俺は少しばかり驚いた。
前にカリン先輩たちと話していた目に見える成果という奴の件か。
コーストガードも俺の考えていた以上に焦っているのかもしれない。
まあ、そのおかげでこちらとしては迅速な対応をしてもらえて助かるが。
「こちらの座標を連絡しておいてくれ。
この場所で待つと」
「艦長」
「ああ、副長。
この場所で第一巡回戦隊を待とう。
10時間ほどあるから、あの小惑星に着陸して乗員に休憩を取らせたい。
出発してからかなりの時間を緊張させ続けだったし、ちょうど良かったよ」
俺は副長に命じて『シュンミン』を小惑星に着陸させて乗員に休憩させた。
海賊相手の最前線に近いが、流石にこの辺りは軍が占拠しているスペースコロニーの傍だ。
海賊に攻撃されても直ぐに応援を頼める場所だし、何よりあのスペースコロニーが政府に占拠されたことは海賊たちも知ることだろうから、この辺りまで近づくこともあるまい。
一応交代でレーダーくらいの監視はするが、準戦体制は解かれて寄港時と同じ体制で全乗員に休憩させた。
俺はトムソンさんを連れて副長と食堂に向かった。
「艦長。
この後の予定を聞いても構わないかね」
「トムソン室長。
しばらくは休憩です。
兵士たちも疲れていますから」
「その後、応援が来たら応援部隊と相談してからになりますね、艦長」
「ああ、しかし、さすがに第一巡回戦隊が来るとはね」
「ええ、私も驚きました。
応援してくれても精々古巣の第三巡回戦隊から一隻でも回してもらえれば御の字かと思っておりましたから」
「ああ、でもある意味妥当だともいえるかな」
「妥当?」
「ああ、急ぎ成果の欲しいコーストガードにとって、脛にあの事件での傷を持たないのはあそこと第二機動艦隊くらいだろう。
第三については巡回も機動も俺たちを巻き込んだ事件の当事者だ。
第二巡回戦隊も同様だ」
「そうですね。
後は本体である第一機動艦隊くらいでしょうけど、流石にあそこは……」
「第一機動艦隊もダメだと思うよ。
あそこもある意味当事者だ。
なにせ、守らないといけない民間船を囮に使ったことがばれているからね。
暫くは謹慎の意味で大人しくしているよ。
なので、成果の欲しいコーストガードでも、自由に動かせるのが先に挙げた二つかな。
流石に応援で機動艦隊は出てこないだろうから、残るは第一巡回戦隊しかないよ」
「でも大丈夫ですか、応援の件」
「大丈夫かとは?」
副長のメーリカ姉さんが心配しているのは落ちこぼれと言われた自分たちに対してコーストガードの精鋭を自負する第一巡回戦隊が回されたことだ。
自分たちへの応援で、彼らに足を引っ張られないか心配しているようだ。
確かにその可能性は無くはないかな。
なにせ、つい最近、軍から嫌がらせがあったばかりだ。
コーストガードで同様のことが起こらないとは言い切れないが、俺は心配していない。
まあ事前に打ち合わせをするが、どうしても使えそうになければ適当なことを言って一緒に行動しなければ良いだけだ。
そんな俺らの会話を聞いていたトムソンさんは心配になり一緒に話に加わってきた。
「艦長たちの心配は俺も良く分かる。
どうしてもエリートと呼ばれる連中は、自分たちよりも弱い立場の人間を下に見る傾向があるが、その下の連中が自分たちよりも少しでも優秀だと感じれば途端に邪魔をしてくるからな」
「トムソンさんもありましたか」
「ああ、何度もそんな目に遭ったよ。
だからこそ、俺は殿下に感謝している。
こんな俺たちを誘ってもらえて。
だから、俺は、いや俺たちは絶対に殿下には花を持たせたいんだ」
「大丈夫ですよ、トムソンさん。
今度の調査で絶対にあいつらが釣れますよ。
トムソンさんが発見してくれたこの航路をたどれば、今度こそあいつらの本拠地を掴めます。
それだけで、俺たちの組織にとっては大手柄では」
「ああ、そうだな。
まあ既に俺たちは、艦長のおかげで十分に手柄を立てているがな」
「ベテラン捜査員のトムソンさんにそう言われると恐縮しますね」
「しかし、今度も成果を出すとなると、そろそろ殿下も考えないといけなくなるかもな」
「考えなければって?」
「発足前の組織が、王国をひっくり返すような手柄の連発だ。
そろそろ他の組織が、嫉妬に狂って殿下の邪魔をしてくるかもしれない。
まあ、あの殿下やその取り巻きだ。
そんなことはとっくに考慮の上だろうから、俺らが心配する事ではないかもな」
「だからなのですかね。
殿下が、こちらから頼んでもいない応援を依頼してくれたのも。
軍は、先のスペースコロニーの件で貸しがありますし、何よりも艦長に対して仕出かしたこともあるので、当分はこちらに対して強いことは言えないでしょうから無視しても大丈夫ですが、他への配慮としてコーストガードに応援を早々と依頼したってことでしょうか」
「ああ、多分そうだな。
艦長たちの話を聞いて思ったのだが、今度の件はコーストガードにとってローリスクハイリターンだろう」
トムソンさんが言うのには、今度の件は殿下から正式にコーストガードに応援依頼を出している。
つまり、今度の探査で成功しても失敗してもコーストガードにとってリスクがない。
もし失敗して空振りに終わったとしても、殿下に貸しを作ったことになるし、何よりコーストガードにとって失敗とはみなされない。
失敗したのは俺たち広域刑事警察機構だ。
しかも、成功でもしたら、これは明らかに応援を出したコーストガードも功績として評価される。
これは、先のスペースコロニーの事件で実証されたことだ。
なにせ、俺たちはとにかく実行力という面では明らかに力が足りない。
一隻二隻の海賊船を取り締まるには何ら問題は無いが、俺たちが相手をしているのはそこらの海賊とは一線を画する規模の大きな海賊だ。
この『シュンミン』がいくら高性能艦だとしても物理的に無理はある。
なにせ、あの規模のスペースコロニーの制圧すら単独ではできないのだ。
しかも、あそこはいわば彼ら海賊にとって支店のような存在だ。
俺の予測では、これから彼らの本店に挨拶に行くようになるのだから、やはり応援はありがたい。




