コーストガードの最近の事情
俺は、この出港の時が割と好きだ。
なんだか、このちょっとした緊張と少しばかりのワクワク感が持てるこの瞬間が好きになっていた。
元々、俺は宇宙船に乗りたいとは思っていなかったが、運命の巡りあわせなのか宇宙軍に入隊して、しかも直ぐにコーストガードへ出向させられて、宇宙に放り出されるまで宇宙については何も思い入れは無かった。
しかし、それからほとんどを宇宙で過ごすようになってから、最近宇宙が好きになっていく自分に気が付いた。
まあ、航海するたびに色々とトラブルに見舞われるのは今に始まった話では無いが、今回はトムソンさん達もいるし、彼らの運に期待しよう。
どうも俺たちだけだと悪運の持ち主ばかりで、ろくなことが起きない。
俺たちは海賊たちが利用していた例の航路をゆっくりと、前に海賊船を捕まえた場所に向け進んでいった。
今、利用しているこの航路は、まだ王国で正式に認可されたものでない。
そのために航路内での色々と面倒な規則は適用されず、扱い的にはただの宇宙空間と同じことになっている。
しかし、周りには小惑星帯が広がり宇宙船が航海するにはこの狭い航路以外では、まともな神経を持つものならありえない。
そのために、宇宙軍もこの航路を使って活動を始めているので、いつ活動中の宇宙軍と遭遇するか分からない。
もうこれ以上の宇宙軍との不必要なトラブルは避けたいので、俺は宇宙軍の慣例に従いこの航路内では宇宙軍の巡航速度である4AUで、以前に小惑星帯に飛び込んでいった場所まで向かっている。
この4AUという速度は宇宙軍の使っている多くの艦船の巡航速度となっており、慣例的に宇宙軍が戦隊以上で行動する際の巡航速度となっている。
この狭い航路内ではどうしても宇宙軍との接触が懸念されることもあり、4AUという慣例に従っているが、この速度は『シュンミン』としたらいささか燃費が悪くなる。
『シュンミン』はエンジンを大型で高性能な物に替えたこともあり、艦の巡航速度は8AUと今の速度の2倍に当たる。
また低速航行に規定される2AUとも違い中途半端な速度となるので、下手をすると一番燃費が良くない速度かもしれない。
しかし、これからも宇宙軍とは共同作戦もあるので、この速度での運用も増えるだろう。
俺はこれからのことを考え改造の検討を依頼することにして、申請書を作るようにマリアに伝えた。
今回はすぐにこの航路を離れるから燃費もそれ程気にすることは無く済んで助かったということか。
2時間ばかり狭い航路内を航行して、ここから航路を離れて小惑星帯の中に入ろうとした時に本部から無線を受信した。
艦橋に居る通信士のカオリから報告が入る。
「艦長。
本部から入信です」
「内容は?」
「ハイ、先の捜査依頼において首都宙域警備隊に応援を依頼したとのことです。
応援部隊が現着したら指示をお願いしますとありました」
「首都宙域警備隊?」
「コーストガードのことです。
まさか本当に忘れていたわけではありませんよね」
副長のメーリカ姉さんがジト目で睨んできた。
正直忘れていたわ。
俺がつい最近まで出向していた職場だったが、とんと使わない名称だったわ。
いっそのこと正式名称を改めて欲しいわ。
「今回は応援をコーストガードに頼んだのか。
でも大丈夫か?」
「何がですか」
「政府機関は色々とあるだろう。
テリトリーって奴」
「テリトリーですか?」
「だから、これから向かう場所だよ。
あそこって、コーストガードの守備範囲か?」
「ああ、それなら大丈夫かと思います」
とカリン先輩が教えてくれた。
なんでも、この辺りは首都宙域と隣のレニウム宙域の間になるが、天文学的には首都宙域になる場所だそうだ。
「え、そうなの。
なら、なんで今まで放置されていたんだ」
「ですから、それこそ色々という奴ですよ。
首都宙域から離れると、そこは軍の管轄になります。
元々、軍の役目にも王国内の治安維持というのがあり、その治安維持には海賊討伐も入っております。
ですが首都宙域においては、その海賊討伐を専門にコーストガードが受け持っている訳ですから軍は一切海賊討伐には関わらないのですが、他は軍が取り締まる訳です」
カリン先輩からの説明には納得がいった。
まあ、今のコーストガードの保有する艦船だけではいくら首都宙域だけとはいえ全域を網羅するには所属する艦船が少なすぎるだろう。
現実的には商用航路の警備だけで精いっぱいという事情もあるのだろうな。
「なら何で軍が今まで放置していたかということだな」
「もともと軍は、海賊の相手なんかしたくは無いのでしょうね。
海賊を探すのは面倒ばかりで、それでいて得られる成果は少なかったので誰も好き好んでそんな仕事はしませんよ。
だからでしょうね、今まで私は軍が積極的に海賊を取り締まったことなど聞いたことがありませんね」
「ならコーストガードが仕事として……」
「しかし、だからと言って自分らのテリトリーを荒らさせるのは面白く無いのでしょう。
なにせ、実際に海賊を捕まえれば、それはそれで功績になりますから。
それに何より、少し前に大きな功績と評価された海賊討伐がありましたしね。
コーストガードの上層部は軍からの出向組で占められていますから、忖度が働いたのでしょうね。
しかし、今回は殿下からの応援依頼ですから遠慮なく出張れる訳です」
そこでカリン先輩は一旦区切って声を潜めてそっと教えてくれた。
「何より噂ですが、今のコーストガードも軍に忖度してばかりは居られないそうですよ。
より分かりやすい功績がどうしても欲しいとか聞いたことがあります。
前に海賊船として航宙フリゲート艦を鹵獲する功績を出したばかりなのに、何か焦っているような噂をここのところよく聞きます」
カリン先輩の説明を聞いて思い当たることがある。
「艦長」
メーリカ姉さんも同様だったらしい。
「カリン少尉の話って、私たちの件が理由では。
なんでも、お偉いさんが隠れて処罰されたって聞いていますよ」
「ああ、『アッケシ』のボットー艦長なんか退職金返納の上、依願退職だったって聞いているしな」
「当然ですよ。
生き残れたからいいようなものの、あれ絶対に死んで来いっていう奴でしたよ。
退職なんか生ぬるい処罰でなく、軍法会議で処刑しても良い位なんですからね」
「えらい乱暴な意見だな。
俺ならともかく、コーストガードでは軍法会議は無いぞ。
あるとするなら、査問委員会の判断で訴追されるくらいか。
コーストガードは軍でないからな」
「艦長ならともかくって、何ですか」
「俺は軍人だからな。
あ、艦長も軍人だったな。
まあ、その辺りが政府としての落としどころだったのだろう。
上の考えは俺らには分からないよ」
「そうですね」
「艦長、副長。
何か御存じですか」
「いや、そんな噂があったのも知らなかったよ。
しかし、応援に来るのが俺の古巣って、なんだかな~」
「やりにくいですか」
「だって、俺が指示を出すのだろう」
「何を今更。
すでに艦長は軍に対して平気で指示出していませんでしたっけ。
あのスペースコロニーの時に」
「あ、そうだな。
今更か。
どちらにしても、俺たちはやる事は変わらないか。
カオリ通信士。
本部に受諾の連絡を送っておいてくれ。
ついでに現在座標も送っておくか」
「了解しました」
「さあ、俺たちは小惑星帯に入ってくぞ。
ここからは気合を入れてな」
「了解しました、艦長」
そういうと副長は艦内放送用のマイクを取り全艦放送を行った。
「全乗員に告ぐ。
これより小惑星帯に侵入する。
各自持ち場での警戒を厳に」
副長からの艦内放送で『シュンミン』全体に緊張が走った。
出港してから『シュンミン』は準戦体制にしていたが、それでも軍管轄内では危険は少ないこともあってあまり警戒はしていなかったが、ここからはそうもいかない。
既に奇襲攻撃された経験を持っているので誰も油断はしていない。
もう就学隊員を含め、かなり乗員は鍛えられている。
そんな中をトムソンさんが数人を引き連れて艦橋にやってきた。
「艦長、いよいよ現場か」
「いえ、もう少しかかりますね。
ここからですと数時間といった距離でしょうか」
「ここで待たせてもらっても良いか。
仕事の邪魔にならないように気を付けるから」
「外を見たいのですか」
「ああ。少しでも現場を見ておきたい」
「捜査員の方全員がですか」
「ああ、できればそうしたいが、流石に俺でも捜査員全員を艦橋に入れろとは言わない。
できたら、連れて来た者たちだけでも一緒に見せておきたい。
それも無理なら俺だけでも……」
「構いませんよ。
流石に殿下が利用しているお席は使わせるわけには行きませんが、予備シートなら構わないでしょう。
そちらを使ってください」
「艦長。
残りの捜査員の方には攻撃発令所に向かって頂いたらどうでしょうか」
副長が提案してきた。
いくら小さな駆逐艦と言っても航宙魚雷や主砲の攻撃を指揮する発令所が主砲の傍にある。
その中ならば当然外の監視ができ、かつレーダー類も使える。
それに何よりこの艦の前後2か所にあるので捜査員全員を案内しても仕事には差しさわりが出ない。
「副長。
それは良いアイデアだ。
そうしてくれ。
案内などは任せても良いか」
「ハイ、私の方で対処しておきます」
俺がトムソンさんに捜査員をゲート前ロビーに集めてもらい、副長がトムソンさんと一緒に向かった。




