おまけ:ある軍警察官のつぶやき
俺の名前はシャー・チクという、妻一人子一人の男だ。
仕事は宇宙軍に勤めているが、少しばかり変わった職場だ。
なにせ士官学校当時の同期からは蛇蝎のごとく嫌われている職場なのだ。
そう、俺は宇宙軍警察に勤める軍警察官だ。
同じ宇宙軍に所属してはいるが軍警察官は新任の時に配属されると一生軍警察部門から出られなくなり、この時から普通の軍人とは一線を画す。
なにせその普通の軍人の中から犯罪者を取り締まる役目だから、色々と嫌われる。
しかし、基地周辺の住民からは普通の軍人よりも尊敬を受けている変わった職場だ。
まあ理由は簡単で基地周辺の不良軍人を取り締まるのもお役目で、俺の仕事は主にそれをしている。
かくいう俺の嫁さんは不良軍人に乱暴されかかった時に助けた縁で結ばれたから、あながち悪い職場ともいえないだろう。
昨年から階級が少尉に昇進したことに伴い第二艦隊軍警察局の保安機動隊の小隊長を命じられている。
貧乏人の三男がついた職としては異例ともいえる出世だと思う。
仕事は忙しいが公私ともに充実して幸せだと心から言える……が、最近少しばかり忙しすぎる。
なにせ今日は十日ぶりの非番だと言うのに朝から職場から連絡があった。
しかもそれは、俺が今まで経験したことのない第一級緊急招集という偉く物騒なものだった。
その連絡を最初に受けた妻がその場で取り乱したのをやっとの思いでなだめすかし俺は職場に向かった。
職場に着くと、部下がまだそろっていない。
俺は、部下が揃うのを待たずに集まった部下に装備を整えさせて上官からの命令を待つ。
準備が整うのとほぼ時を同じくして上官からでは無く、その上の局長から命令が入った。
「至急、装備を整えて第二艦隊司令部前に集合せよ」
この時の声にかなりの緊張が走っているのを俺は感じて、正直この時ばかりは最悪のことを考えてしまった。
しかし、街中での暴動は無い。
宇宙からの攻撃では俺らが出るまでも無く宇宙軍のそれこそ一般兵士の仕事だ。
テロリストが司令部を攻めて来たとか。
色々と悪い考えが思い浮かぶがどうもしっくりとは来ない。
もやもやした感じを抱えながら、準備の遅い部下をせかして命令のあった司令部前に向かった。
司令部前では既に同僚たちが司令部を囲むように待機しており、俺らが最後の様だった。
尤も俺らは待機でも準待機でもなく全くの非番だったので、集合が最後になるのは当たり前だ。
それでも最後になったことを非難されなかったのは幸いだった。
俺は部下たちを整列させて、現場で陣頭指揮を執っている局長に上番の報告を行った。
「非番中の保安機動隊第三小隊は一部兵士を除き上番します」
「おお来たか。
非番中の召集で済まなかった。
着いた早々だが直ぐについてきてくれ」
局長はそう言うと、既に準備を整えていた軍警察捜査官と共に俺の率いる小隊に警護されながら司令部建屋の中に入っていった。
正直この時は訳も分からずに言われるまま局長についていく。
しかし、今まで感じていた違和感の正体を理解した瞬間でもある。
俺たち軍警察が囲んでいた司令部は、外から内側を警戒しての配置だった。
そう、外からの攻撃に備えたものでは無く内側からの攻撃を警戒したことが俺らが警戒しながら建物に入ることではっきりと分かった。
敵は中に居る。
テロリストに占拠されたような緊張感はない。
されど軍の一部が反乱を起こして立てこもっているようには見えない。
訳も分からずに階段で最上階の15階まで登っていく。
正直ガチ装備で階段を15階まで登るのは堪えるが、ある程度の年齢である局長までも階段で上がっているのには驚いた。
これはエレベーターに閉じ込められる危険を避ける意味での当たり前の措置だが、その事実一つとってもこの建物の中で起こっている異常性を理解できる。
階を一つ上がるごとに緊張していく。
とうとう最上階に上がり、局長を先頭に向かった先はなんと第二艦隊司令長官の執務室だ。
後で聞いた話だがこの時、別動隊が部長を伴い作戦司令室や参謀本部に捜査員とともに向かっていた。
この話を教えてくれたのが俺のかみさんで、テレビのニュースで見たと言っていた。
なんでもよく見るドラマと同じように特捜が令状を持って一斉に家宅捜索するように見えたと感想を漏らしていたのには笑えた。
執務室に入ると同時に局長に代わり捜査主任が軍本部からの命令書を読み上げて一時的に司令長官の身柄の拘束と職務権限の停止を宣言した。
「長官、あなたには王国に対する反乱未遂の嫌疑が掛かっております。
軍警察の職務権限により、嫌疑が晴れるまでの間、軍警察があなたの職務権限を預かり、拘束いたします」
「な、な、どう、どういうことだ……」
長官は騒動に驚き、やっとのことで発した言葉はこれだけだった。
この時、俺は部下の機動隊員に持たせてある武器をとりあえず収めさせた。
この部屋に入る直前に中に居る人が向かってきても局長たちを守れるように銃火器をいつでも発砲できる態勢で中に入っていたのだ。
中には長官の他は参謀長しかおらず、当面の危険は無いと判断したための措置だ。
今度はこちら側の暴発の危険があるために警戒だけはするが武器は仕舞わせた。
しかし良かった。
とりあえずは死ぬことは無さそうだ。
俺は警戒だけは続けたが、そのまま成り行きを見守った。
しかし、反乱未遂とは穏やかでない。
驚いて何も言えない司令長官に対して局長が事情を説明し始めた。
現在訓練に派遣している補給艦護衛戦隊が派遣先のコロニーで反乱未遂の現行犯で戦隊司令が拘束されたことを伝えていたのだ。
司令長官は戦隊の派遣については報告を受けているはずだが、重要事項でもないことから意識の外にあったのか、最初は全く理解できていなかった。
隣にいた参謀長から新任の士官訓練に派遣した戦隊についての説明を受け、やっと理解したようだ。
横で聞いた俺も、参謀長が司令長官に話している内容でおおよそのことが、ここで初めて理解できた。
反乱未遂でここまで来たことは理解できたが、そうなると分からないことがある。
司令長官も同じことを言い出した。
「反乱未遂の件は理解した。
しかし私は全く反乱については関与していない。
そもそも反乱するのに、あんな場所でさせる筈がない。
何故反乱したのか、同じ反乱するにしてもあんな場所で反乱するなど、おおよそ軍人なら全く理解できない。
戦略的にも戦術的にも全くの無意味だ」
そのように局長に言っている。
確かにそうだ。
末端の一士官でしかない俺でもわかる理屈だから、なおさら分からない。
首都から近いが交通の便もよく無くと云うか航路から外れた場所で、逃げ隠れするのなら分かるが、明らかに反乱行為を為そうとしたことが、軍人として教育されたものなら全く理解できない行動だ。
これには、この場に居る全員が共通した考えの様で、誰も司令長官までもが反乱に加担した訳では無いことを理解した。
局長は初めからそう思っていた節もある。
しかし、軍本部からの命令で、しかも反乱の嫌疑だったこともあり、マニュアル通りに最高レベルの警戒で捜査に来たという話だった。
司令長官の捜査はその場ですぐに始まり、時間はかかったが、それでもわずか数時間で終わったともいえる。
これほどの大事件で数時間での解決は相当に早いが、ここまで大事に動いているので世間に隠せる筈も無く夕方のニュースで報じられた。
うちのかみさんはそのニュースで先のような感想を持っただけだ。
俺も呼び出しから10時間ほどで解放され自宅に戻った。
戻る際にもう一度局長から詫びを入れられた。
「今日は非番中呼び出して済まなかったな。
これで解散だから、この後は非番を楽しんでくれ」
この後と言ったが既に夕方の7時を回っていた。
この後どう子供と楽しめと言うのだ。
久しぶりに家族で動物園にでも行こうと考えていたのに。
とっくに動物園は閉まっているよ。
と心の中で悪態をついたが、顔には出さずに「いえ、職務ですからお気になさらずに」とだけ言って自宅に帰った。
自宅に帰り最初に娘が俺のところに飛び込んできた。
「あのね、あのね、おとうさん。
さっきテレビに出ていたよ。
かっこよかった」
と言って俺に抱き着いてきた。
「そうか、お父さんかっこよかったか」
と言って俺は娘を抱き上げて頬擦りをしながら女房に近づく。
「あなた、お帰りなさい」
そういう女房は目に涙を浮かべていた。
家から出て行った時のことが蘇る。
相当心配をかけたようだ。
俺は女房を引き寄せ子供と一緒に抱きしめてから「ただいま」とだけ返した。
俺は果報者だと感じた。
貧乏人の小倅だった俺にはこれ以上ない幸せの時間が過ぎて行く。
この幸せを守り抜いていくことをこの時に心に誓った。
それにしても此の所大事件ばかり起きる。
しかも俺たち軍警察が動くような事件ばかりだ。
つい最近も参謀の一人と戦隊の高級士官数名を拘禁して首都に送り届けたばかりだと言うのに。
そう言えばあの時は首都の軍本部も相当混乱していたな。
第二艦隊以上に第一艦隊から相当数のしかも高級軍官僚の逮捕者を出したと聞いた。
いったいこの王国で何が起こっているのか心配になったが、女房にこれ以上心配を掛けないように心の中に仕舞って三人一緒に家の中に入っていった。
この章はこれでおしまいです。
ナオの成果は国全体に色々と問題を浮き彫りにさせているようで、全く関係のない人も大忙しになったというお話でした。
この後はまた少しお時間を頂いて次の章に移ります。
それまでお待ちください。




