突然の監禁
その後は無事にスペースコロニーのポートに海賊船を曳航したまま入港した。
『シュンミン』がポートに入ると俺は待ち構えていた軍人たちに連れて行かれた。
流石に囚人扱いでないので、副長のメーリカ姉さんを同行させた。
これには俺なりの考えがある。
メーリカ姉さんも出向者だが、軍からではない。
戦時下で軍政が引かれていればその限りでないが、そうでないならば俺はともかく軍人でないメーリカ姉さんには喩え軍の佐官であろうとも強制することはできない。
相手が自分の階級で無理を言おうにも軍人でないのでメーリカ姉さんには聞く必要がない。
それに何よりメーリカ姉さんはお偉いさんの不条理に黙って従うような玉でもないし、そう言う意味でも俺の護衛として付いてきてもらった。
俺らは中央管理室にほど近い多分このスペースコロニーで一番立派な建物の中にある部屋に連れて行かれた。
部屋の中には大きな机がありその向こうにこれも偉そうにしている大佐を見つけた。
その大佐の隣に寄り添うように立っている中佐がいたが、多分あれが俺に喧嘩を売ってきたバードン中佐なのだろう。
そうなると隣の大佐は主席参謀殿か、いや、多分第二艦隊の戦隊司令官の一人だろう。
そうなると非常にやりにくい。
相手が大佐だが戦隊司令、俺も別組織に所属する戦隊司令で、組織そのものの序列もあるが一応同列の役職だ。
俺がどうしようかと悩んでいると、その大佐が俺に話しかけて来た。
「君が、あの有名なナオ・ブルース中尉で間違いないかね」
「いえ、確かに私は軍から中尉の階級を頂いておりますが、あいにく軍から出向している身ですので、今はその階級ではありません。
現在では広域刑事警察機構設立準備室所属の戦隊司令を長官である殿下より仰せつかっております。
私個人を適当に扱って頂いても構わないのですが、公の席では殿下の顔に泥を塗る訳にもいかないために戦隊司令としてお扱いください」
「な、な、何を貴様……
お前は戦隊司令殿に向かって失礼な口をきくな」
俺の返事に隣にいた中佐が怒鳴ってきた。
俺に話しかけて来た大佐も顔を引きつらせている。
まあ、言っている俺もどうかとは思うが、殿下が俺に戦隊司令なんて押し付けるからこんな面倒になるのだ。
しかし、ここで譲る訳にはいかない。
でないと俺が不敬罪に問われかねない。
「ほ~、いつから軍は中尉ごときに戦隊司令をさせているというのか」
「いえ、戦隊司令殿。
軍では知りませんが、広域刑事警察機構では軍での職位に関わらずに職位を決めております。
私の場合ですが記憶が正しければ先週からその職位を……」
「黙れ、貴様。
どこまで戦隊司令殿を侮辱するのだ。
貴様には上官に対する不敬な態度など、著しく軍の風紀を乱している嫌疑が掛かっておる。
直ぐに軍警察の取り調べが入るからそれまでの間、身柄を拘束させてもらう」
「ちょっと待ってください。
ナオ司令は現在軍の管理下にはありません……」
「貴様は誰だ」
「ハイ、『シュンミン』の副長を務めますメーリカです。
私たちに対する処遇は明らかに王国の法律から逸脱しております。
正式に広域刑事警察機構設立準備室から抗議いたします」
「貴様も……
軍人では無いな。
……
ここは軍が管理している施設だ。
軍人でない貴様は即刻ここから立ち去れ」
そう言ってバードン中佐はメーリカ姉さんを部屋から追い出して、その後に俺を兵士に連行させ別の部屋に連れて行った。
……
部屋ってここは前に子供たちが閉じ込められていた病院跡だ。
鉄格子があるのでちょうど良いと考えたのか、俺にとってはこれ以上ない仕打ちだが、彼には分からないだろう。
しかしこれは軟禁じゃないな、完全に監禁された状態だな。
やる事も無いし、どうするかだが、まあ、解放されるまでさほど時間はかからないだろう。
ここには軍以外にもトムソン捜査室長率いる捜査員もいるし、なによりも王宮から情報部員や監察官もいたはずだから、王室の権威に関わる案件には黙っている筈がない。
しかし、あのバードン中佐や名前すら聞いていない大佐はずいぶん思い切ったことをする。
いくら俺が気に食わないからと言って監禁までしたらまずいでしょう。
ここまでされたら言い訳できない。
軍内部の問題でも、たとえ直属の部下であってもまずいことくらい分かりそうなものだが、完全に周りが見えていない状態だ。
どうなることやら。
俺が因縁あるこの場所に閉じ込められてから2時間後に、第二艦隊補給艦護衛戦隊に配属されている軍警察の警察官が数名俺を訪ねてきて、直ぐに俺をここから出してくれた。
彼らは俺に対してバードン中佐のような態度でなく非常に申し訳なさそうに説明してくれた。
「ブルース戦隊司令殿。
此度は宇宙軍が仕出かしたことを軍に代わりお詫びします。
現在こちらに本部から上官が参りますので、それまでの間司令にはご不便をおかけしますがこのスペースコロニーに留まっていただきます」
どうも流れが変わっているようだが、それよりも本部から人が来ることにまで話が大きくなっているから、これは完全に隠ぺいは無理だろう。
「コロニーに留まることは構いませんがどこにいればいいのでしょうか。
『シュンミン』内で大人しくしていれば良いのですか」
「このコロニー内であればどこでも行動の自由は我ら軍警察が保証いたします。
どちらにでも……あ、すみませんがあの建物にだけは近づかないでください。
戦隊司令や次席参謀がおりますので、また面倒ごとになりますから」
「ええ、私も好き好んでケンカを売りたい訳では無いので。
食堂にでも行って酒でも飲んでいますよ」
「ご協力感謝します」
そう言われて俺は2時間ぶりに解放された。
直ぐにメーリカ姉さんに連絡を取り、前にマーク達と会ったあの食堂で時間を潰すことにした。
乗員たちは要らないトラブルを避けるためにコロニー内に立ち入らせないようにして、艦内で休憩をとってもらった。
艦橋と機関部に最低限の人を残して全員に休むように指示を出して、俺は食堂に向かった。
食堂に入ると、以前とは違った空気を感じる。
かなりの人がいるのは以前と変わりがないが、軍関係者の方に緊張があるのだ。
いや、緊張と云うよりもなんだか焦りのような何とも言いようのない空気が漂っている。
しかし、たとえそのような空気が流れていようともここくらいしか時間を潰せる所を俺は知らないので、俺はここで一人でゆっくりとコーヒーを飲んでいた。
そんな俺に一人の男性が近づいてきた。
「隣にお邪魔しても良いかな、艦長、いや戦隊司令になったんでしたね」
「今まで通り艦長でお願いします、トムソン捜査室長。
一人で暇していましたから、私の方が助かります。
お隣をどうぞ」
「そうだ、君に紹介しておきたい人がいるが、良いかな。
と云うよりも、既にここに呼んでいるが、もうじき来るはずなのだが」
「トムソン室長の紹介なら喜んで。
でも誰なんですか」
「ああ、来たようだ。
こちらになります」
食堂に一人の紳士が入ってきた。
年のころはトムソン室長と変わりがない。
トムソン室長とは違うが、全く隙のない人のように感じる。
俺の人生経験なんかあてにならないが、それでもこの感じは何だろう。
敢えて無理やり言葉にするのなら、隙の無い、ハードボイルドの主人公のような感じと言えばいいか。
「こちらでしたか。
遅れて申し訳ない。
本国とのやり取りに時間がかかってしまった」
「チャーリー監察官。
こちらがうちの戦隊司令、ブルースです」
「ナオ・ブルースと言います、チャーリー監察官殿」
「此度は大変でしたね。
王宮に身を置くものとしてお詫びしますブルース戦隊司令」
「ナオとお呼びください。
それにお詫びは結構です。
王宮から文句を言われたわけではありませんから。
何より私の出向元のことですし、殿下が絡まなければ内輪の話で済ませようと考えていましたから」
「そう言ってもらえればこちらも助かります。
しかし、宇宙軍はどうにかなりませんかね。
ただでさえ不祥事続きで上層部が大変な時期に、こちらも大事にしたくは無いのですが、うやむやにはできませんよ。
せめてナオさんを監禁では無く軟禁で止めておいてくれればどうにかなったのですがね」
「え、艦長は監禁されていたのですか」
「ええ、2時間ほど前から先ほどまで子供たちが閉じ込められていたあの病院跡に監禁されておりました。
軍警察の人が来て出してもらいましたが、本部から人が来るまでこのコロニーに居てくれと頼まれましてね」
「ええ、その方が良いでしょう。
とにかく今回の件はバカが仕出かしたことですので、さっさと終わらせましょう。
本部から人が来るのなら、それで終わりでしょうね」
「あ、先ほど殿下から連絡がありました。
鹵獲した船ですが、軍が欲しがるようでしたらあげても構わないということです。
完全に興味がないようでしたね」
「そうですか」
「どうせ艦長はもう調べているのでしょう」
「ええ、私では何も見つけられませんでしたけど」
「なら、私も興味はありません。
艦長たちが奇襲してあの船を押さえたのなら証拠品は出たでしょうが、メーリカ副長に聞きましたがあの船には誰もいなかったのでしょう。
ならあいつらは何も残してませんよ。
ここでそれを心底思い知りましたからね」
「かもしれませんね。
ここは奇襲したはずですが、臓器売買以外は何も見つけられませんでしたしね。
逃げるあいつらが証拠など残すはずありませんから。
もし何かあったのならそれは絶対に罠ですね」
「そうかもしれませんね。
分かりました私がここを去るまでに軍に引き渡しましょう。
しかし、誰に渡したらよいか分かりませんね」
「それも含めて本部から来る人に任せたらいいかと」
「それが良いでしょうね」
この後は捜査室長から紹介された監査官と一緒に世間話をして時間を潰した。




