海賊船へ突入
そんなことを考えていると、カスミが報告してくる。
「艦長、あの海賊船ですが遺棄されたようです」
「なんだ??」
「推進機構部分に大きな穴を発見しました。
あれではメインエンジンは使えません」
「どういうことだ?」
「我々の主砲がたまたま命中したのでは」
「そうですね。
そうとしか考えられません」
「え、だってこの船の主砲って豆鉄砲とバカにされていなかったっけ」
「艦長。
相手は民間船です。
装甲なんか無いも等しいのですよ」
「そうですよ。
紙装甲とも言われるくらいエネルギー攻撃には弱いです。
宇宙空間を浮遊する塵などの自然の被害には対処されていますから物理攻撃にはある程度の効果はありますが、普通の船は海賊などからの攻撃には無力ですよ。
尤も豪華客船のように海賊相手にも対処しているのは別ですが」
「あのクラスの船ではまず考えられませんね」
どういうことだ。
たまたま我々の主砲が命中したことで、推進力を失った連中は我々に追い付かれる前にさっさと逃げたということか。
前にも同じようなことがあったな。
俺の初陣の時か。
いや、あの時はあいつら逃げるのを止めてこちらに向かってきたが、今度は完全に逃げられたということか。
でもやる事は一緒だな。
「前と同じだ。
『シュンミン』をあの船と並走させてくれ。
しばらく様子を見よう
それと副長。
決死隊の準備を」
「それも前と同じですか」
「いや、今度は俺が行く。
そのつもりで人選してくれ。
あ、絶対に就学隊員だけは選ぶなよ」
「艦長!」
「カリン少尉。
既に決定したことです。
艦の指揮はカリン少尉が取ってください」
「え?
メーリカ姉さんも一緒にいくの?
………
あ、いや、副長も決死隊に参加するのか」
「ええ、経験がありますから」
本当に初陣の時の様になってしまった。
あの時とは比べものにならないくらい俺もメーリカ姉さんも役が付いたが、こういう処の本質は変わらないらしい。
危険を前にして待っているだけはできない性格のようだ。
暫くは慣性だけで動いている敵海賊船と並んで並走していたが、海賊船の動きが全く感じられない。
いや、唯一変化があった。
「艦長。
敵の熱源ですが僅かですが下がってきております。
これは、メインエンジンを止めた状況と酷似しております」
「え、そのままエンジンを動かしても爆発は無いのだろう。
何で止める必要があるんだ」
「分かりません。
止めざるを得ない状況になって止めたか、それとも勝手に止まったかですかね」
「どちらにしても調べるしかないか。
副長。
決死隊に機関長は居るのか」
「ハイ、機関長は勝手に準備していましたからそのまま決死隊に組み込みました」
マリアは相変わらずのマイペースか。
まあ、これで初陣の再来と行きますか。
俺たちは後部格納庫脇にあるエアロゲートに船外活動用のスーツを着て集まった。
「何があるか分からない。
船内に突入前から最大の警戒をしてくれ」
副長のメーリカ姉さんが昔に戻ったような口調で集まったメンバーに分かり切ったことだが注意喚起をしている。
「とにかく安全第一だ。
自身の判断で発砲を許可する。
連絡は密にな」
俺たちは副長を先頭に宇宙空間に出て、目的の海賊船に張り付いた。
「第一班は、直ぐに『シュンミン』と海賊船のワイヤー接続を急いでくれ。
残りは突撃の準備だ」
てきぱきと副長は指示を出していく。
「副長。
突入はワイヤーの接続が完了するまでは待ってくれ。
俺らを乗せて逃げられてはかなわないからな」
「ありえないとは思いますが、了解しました」
結論から言うと、あれだけ大騒ぎしながら決死隊まで組んで海賊船に乗り込んで行ったが、誰もいなかった。
「『大山鳴動して鼠一匹』だな」
「何ですか」
「いやなんでも無い。
それよりもこの後どうするかな」
「逃げた海賊たちを探しますか」
「いや無理だろう。
あれだけ証拠品を残さない海賊たちだ。
追いつかれるようなバカは居ないだろう。
しかし、この船を調査しても、どれだけの情報が得られるか分かりっこないしな」
「どうしますか」
「持って帰るしかないだろう。
ニホニウムまでは遠いからあのスペースコロニーまで持って帰り、その後は捜査室の面々に任せようかと思っているが」
「それが良いですね。
皆疲れも出てきておりますし、ではすぐに手配しましょう」
その後は慣れたもので、海賊船と『シュンミン』を繋いでいるワイヤーの確認と更に保険の意味でのワイヤーを増やして繋げてあのスペースコロニーに戻っていった。
探査しながら行ったり来たりだったのであの場所までは3日かかったが、帰りは早い。
半日でスペースコロニーの管制圏内に入った。
艦橋内は既に寄港モードに変わっており、しきりに管制官と送信している。
………が、いつもと様子が違う。
おかしいともいえる。
「どうした、何があった」
「あ、艦長。
どうも管制官の許可が下りなくて」
「どうしてだ。
出航した時にはそんなことは言ってなかったが」
「それも……」
艦橋のスピーカーを通してスペースコロニーの管制官との交信が流れて来る。
聞いていると,今まで対応したことのない声で訳の分からないことを言っている。
なんでもこのコロニーは軍管轄にあるから軍船以外の船は立ち入ることができないと、先ほどからそればかりだ。
「入れないと言っているのなら、やむを得まい。
他に行くか」
俺がそう独り言のようにつぶやくと、今度は別の人が大声で割り込んできた。
「広域刑事警察機構の『シュンミン』に告ぐ。
貴艦が曳航している宇宙船について報告を求む」
え、何を急に言ってきたんだ。
「私は第二艦隊参謀部次席参謀のバードン中佐だ。
私の権限で命じる。
直ぐに情報を開示せよ」
偉く上から目線で物を言ってくる人が無線でこちらに情報開示を求めて来た。
しかし、相手がいくら中佐とは言っても別組織の艦に向かって命令とは穏やかでない。
これが民間船ならばまだわかるがそれでも、あのような命令口調は頂けないな。
「これは酷い。
いくら臨検を求める時でもこんな対応は無いな」
「そうですね。
最初は容疑を伝え要請に近い形で臨検を求めるのだが……」
「そもそも軍に臨検を求める権限ってありましたっけ」
「それならば宇宙軍だけでなく各星系の自衛軍にもありますが、公船に対しては微妙でしょうね。
少なくとも今の軍にはこの船に対する命令権はありませんよ」
「しかし、これどうしましょうか」
もう『これ』扱いになっているが、無視する訳にもいかず、俺が直接答えることにした。
「こちら広域刑事警察機構設立準備室所属艦『シュンミン』の戦隊司令を務めますナオ・ブルースです。
次席参謀殿の要請にお答えします。
数時間前の戦闘により鹵獲した海賊船であると思われます。
鹵獲時には乗員は全て逃亡していたために詳細は不明となります」
「ナオ・ブルース……
ああ、この間幸運から中尉になったばかりの士官か。
たかが中尉で戦隊司令とはおこがましいが、まあいい。
直ちにその船を軍に明け渡してここから立ち去れ、中尉」
「この人俺に喧嘩を売っているのか」
「確かにこれは酷いですね」
「艦長、これはすぐに抗議するべきです」
「確かにな。
俺だけなら我慢すればいいだけだが、殿下の面目もある。
この言いようは見逃せない」
「次席参謀殿。
貴殿の要請は受け入れられない。
私も組織に居る人間ですので、上官の許可が要ります。
今のような要請は私の職責の範疇を超える。
必要ならば軍上層部から王宮を通してうちの長官宛に依頼してほしい。
あと、今の交信については明らかに殿下を侮辱するものが含まれていたために、こちらから正式に抗議を申し入れる。
そのおつもりで」
「たかが中尉の分際で、中佐である私に逆らうと言うのか。
しかもただの中佐でない参謀部次席参謀である私の言うことが聞けないと言うのか。
貴様は俺の言うことを聞いていればいいのだ。
黙って命令に従え」
この人、大丈夫か。
確かに俺は軍所属の中尉だが、今はその軍から出向させられているのだ。
当然俺に対する命令権は出向先にある筈……だよね。
「中佐、確かに私は軍では中尉で、中佐は上位者となりましょうが、今は出向中の身です。
私に命令が出せるのは長官である殿下かそれ以上の者に限られると、士官学校で教わりましたが、違いますか」
「何、屁理屈を言っている。
今は殿下に守られるかもしれないが軍に戻ったらただでは置かないぞ」
俺は当たり前のことを言っていると向こうはどんどん酷くなる。
そんな俺たちの会話に別の人が割り込んできた。
いや、割り込んだというよりも向こうでの話がこちらに無線を通して聞こえて来た。
『バードン中佐。
ここは確かに軍の管理下に置かれているが、同時にまだ王宮の監察対象でもある。
王宮監査官である私からのお願いだが、あの『シュンミン』をとりあえずここに入港させてくれないか。
ここには広域刑事警察機構の人間も詰めているしな』
『監察官殿がそう言われるのなら……分かりました。
おい、管制直ぐにあの艦を入港させろ』
「ナオ中尉。
貴殿には入港後にこちらに出頭してもらうからそのつもりでな」
そのあとすぐに管制官から入港の指示が入った。
俺はあの人に対して何かをしたかな。
まあ良いか。
報連相は組織人の基本だ。
「カリン少尉。
悪いが殿下に今回の件を報告して、鹵獲船の扱いについて指示を仰いでおいてくれ。
どうも入港後に俺は面倒ごとに付き合わされそうだ」
「りょ、了解しました、艦長」




