今日のお宿探し
「明日まで探して何もなければ一旦あのスペースコロニーに戻ろう」
「了解しました。
たった数日ですが皆疲れていますから、良い判断だと思います」
副長のメーリカ姉さんが答えてくれた。
「そうと決まれば、早速、今夜のお宿を探そう」
「お宿??」
「ああ、この船を泊めておく宿り木さ」
「ああ、手ごろな小惑星ですね。
それならあれはどうですか」
航海士のラーニがレーダーに映っている一つの小惑星を指さした。
「そうだな、距離も大きさも手ごろか。
何かあっては遅いから調べてからだが、そこでいいんじゃないかな。
どうだろう、副長」
「分かりました、哨戒訓練中の艦載機に調査させましょう。
カリン少尉、お願いね」
副長は、搭載機管制の責任者であるカリン少尉に目的の小惑星の探査を命じた。
俺から命じるよりも正直助かる。
未だにカリン先輩に直接命令を出すのには気が引ける。
相手は俺らの世代からすればあこがれの対象だった恩賜組の人だ。
しかも後輩思いで優しいし、しかも美人と来れば男子学生は誰でも一度はお世話になった人だ。
何のお世話かはここでは言えないが……
そう言う意味で、メーリカ姉さんが間に入ってくれるのは毎度のことだが非常に助かっている。
年齢的にも軍歴的にもメーリカ姉さんの方が上だが、階級だけは微妙だ。
相手は軍の少尉だが、まああまり深くは考えない。
今はこの艦の副長はメーリカ姉さんであるのは事実で、指揮命令権も当然メーリカ姉さんの方が上になっている。
この艦が軍の指揮命令権に組み込まれるとちょっとまずいが、今は殿下率いる広域刑事警察機構の軍艦なので問題は無い。
しかも、カリン先輩の方も見た感じでは不満がなさそうだ。
尤も俺の下に就くことにどう感じているか正直俺の方が不安だが、殿下のこともあるし多分我慢しているのだろう。
今度殿下にあった時に俺の降格とカリン先輩の昇進を上申しておこう。
その方が絶対にしっくりくる。
「了解しました、副長」
そう返事をしたカリン先輩はすぐに無線で艦載機に目的の小惑星の探査を命じた。
しかし、軍でも艦載機参謀の見習いをしていたというだけあって、堂に入っている。
こと艦載機を扱ってもらうのには不安が全く起きない。
しかも後進の育成についてもかなりの手腕で、就学隊員だけでなく艦載機に関わる乗員の訓練に余念がない。
俺と立場を変えてもらおうにも俺にはあそこまで出来ないから、管制官の後進育成もそのうち頼んでおこう。
『シュンミン』は艦載機に探査に向かわせたが、そのまま目的の小惑星に向かって付近を調査しながらゆっくりと進んでいく。
この3日間と代わり映えなく平穏な時間が過ぎて行く。
艦載機の探査を命じてから20分ばかり過ぎた頃か、艦橋の無線機にノイズに交じり緊張した声で無線が入る。
「ザザ・ザザーザ……敵襲、交戦の許可を求めます……ザ・ザザ~」
一瞬で艦橋内の空気が凍った。
「艦長!」
「ああ、交戦を許可する。
武器の使用制限は無しだ」
「了解しました」
「相手を特定する必要ない。
防戦しながら帰還を命じよ。
囮に光子魚雷でも使って自分らの安全の確保に全力を挙げさせろ」
「そのように命じます」
カリン先輩は俺の指示に直ぐに反応して2機の艦載機に命令を出している。
「副長。
艦内レベルを臨戦態勢に。
艦載機の回収に向かう」
「了解しました。
艦内レベルを変更します」
メーリカ姉さんがそう返事をすると艦橋に詰める別のクルーたちが直ぐに反応する。
それと同時に艦内全体に緊急を知らせるサイレンが鳴り響く。
「航海士、速度変更。
危険だが3AUにて目的の場所へ」
「了解しました。
速度1AUから3AUに変更します」
俺が航海士のラーニに急げと命じているさなか通信士が艦内放送で状況を全乗員に対して連絡している。
まだまだ軍の求めるレベルには達していないが、それでも俺がこの艦を預かった時に比べればはるかに練度が上がっているので、それほど混乱なく艦内レベルが代わり、緊張が艦を支配する。
「哨戒士。
敵を見つけたか」
「いえ、探しておりますがまだ見つかりません」
「艦長、落ち着いてください」
流石に俺の焦りにメーリカ姉さんが注意してくる。
今のところ間違った命令は出していないが、いったん俺の間違えた命令が発せられれば取り返しがつかなくなる。
それを心配してのことだろう。
流石に今の大所帯になれば臨検小隊時代とは違い、あからさまに俺の命令を無視できないのだろう。
あの時は明らかに俺の命令を全く聞かなかったからな。
まあ、そのおかげで生き残ったのだが、俺はメーリカ姉さんの注意でひとまず落ち着けることができた。
「ああ、ありがとう副長。
大丈夫だ。
頭に上った血は引いたよ。
それで状況はどうなっている」
「ハイ、現在艦載機2機が交戦しながらこちらに向かってきております。
ランデブー予想時間はあと5分後です」
「艦載機に被害は」
「今のところ報告されておりません。
こちらの計測器にもそのような状況は見られません」
「敵は見つかったか」
「いえ、依然不明です。
何分にも邪魔な小惑星が多過ぎますから」
「そうですね、この辺りはもはや小惑星と呼べないような細かな岩やチリが多すぎますね。
そろそろレーダーも使えなくなると考えた方がよろしいかと」
「そうか、しかしそれは厄介だな。
……
攻撃元の方向だけでもわかるか」
「それは分かりそうですが、何分距離までは分かりません」
「そうか……
よし、艦載機を回収したら攻撃の軸線に合わせて主砲と魚雷を撃ちこんでくれ。
その軸線上に敵がいれば当たるだろう」
「そんな、やみくもに攻撃ですか」
「ああ、俺たちは魚雷を発射した後その魚雷の後に付いて敵に向かう。
近づけばレーダーでとらえられなくともわかるだろう。
敵を判別した後のことは敵を見つけてから考えよう」
「しかし、相手が海賊だとしたら、シシリーファミリーだとしたらこの攻撃を囮にして別の方向からの攻撃もあるな」
「それは十分に考えられますね」
「とにかく今は艦載機の回収を急げ。
それ以外は全員で付近を警戒だ。
奇襲にあっても少々のことならこの艦は大丈夫だ。
だが、やられるだけは気に入らないから、こちらから奇襲をかけるつもりで全力で警戒に当たらせろ」
この後数発の攻撃が確認されたが、それ以上は何もなかった。
先の俺の命令から20分くらいした後に艦橋にカリン先輩が入ってきた。
え?
何時艦橋を出たんだ。
俺は顔に出して驚いていたのだろう。
副長のメーリカ姉さんがそっと教えてくれた。
「15分前に艦載機が回収作業に入った時に格納庫に向かわれました」
そう言うことか。
俺はメーリカ姉さんにお礼を言った。
「ありがとう、教えてくれて。
俺もかなり視野が狭くなっていたようだ。
気を付けるよ」
俺がメーリカ姉さんと話していると艦橋に入ってきたばかりのカリン先輩が俺のところに来て報告してくる。
「無事に艦載機2機の回収が終わりました。
両機とも損傷及び乗員の負傷は確認されておりません。
ご安心ください」
「ありがとう、カリン少尉。
今度はこちらから攻勢をかける。
戻ったばかりで悪いが艦載機の再出撃の用意をしておいてくれ。
使わないで済めばいいが念には念をだ」
「了解しました。
直ぐに準備にかかります」
「きちんと整備は頼むな。
無理するつもりはないからな。
あ、乗員にも十分に休息をとらせることを忘れずに。
それと次は単座で出撃させるから」
「ええ、私も就学隊員は乗機させるつもりはありませんのでご安心ください」
そう言うとカリン先輩は再び艦橋を出て行った。




