小惑星が集まるあの中へ
明けましておめでとうございます。
昨年は世界全体が大変な疫病騒ぎの中にありましたが、各国でワクチンの接種も始まりその猛威も収まるものと考えております。
世の中は日々ものすごい速さで移りつつありますが、この作品はそんな世の中の世相に一切関係なくマイペースで進んでまいります。
読者の方に楽しんでいただけるよう今年も投稿してまいりますので、本年もよろしくお願いします。
この場に居た同期全員はその場で固まった。
「中尉というのにも驚いたが、聞いていないぞ、戦隊司令って」
「俺も割と最近、しかも又聞きだ。
この間、王宮であった発表って知っているか」
「ああ、なんでも新たな官庁ができるとかいう奴だよな」
「ああ、その新たな官庁って言うのが広域刑事警察機構という訳だ。
その唯一の軍事力だが、その軍艦の責任者が広域刑事警察機構の戦隊司令となるって説明された、その戦隊って航宙駆逐艦一隻しかないけどな」
「中央官庁が宇宙空間に戦力を持つわけでしょ。
あのコーストガードでも艦隊司令長官が居る訳だし、中央官庁ならば最低でも戦隊が作られるって話かもしれませんね。
しかし、それでも異例ですよね」
「ああ、俺も良く知らないけど、異例のようだ。
しかし、殿下は今までの慣例なんか一切取り合わないんだとかで、かなり大胆な人事をしているよ。
俺の孤児院での姉さん役のマキ部長も女性初の中央官庁の部長になったんだと言ってた」
「それ、私は聞いたことがありますよ。
かなり若い人のようだとかでかなり大きなニュースになったとか」
「私、そのニュース見たよ。
私とそう変わらないくらいの凄い美人が部長になるっていうので、かなり騒がれていたのを聞いたことある」
「マキ部長はともかく、俺の司令職は正式に準備室が取れる頃にはそれなりの人が回されてくるんじゃないかな。
現に恩賜組のカリン先輩もこっちに回ってきたし。
どこか殿下に近い貴族がこっちに来るまでの繋ぎだと俺は考えているから、艦長もいつまでしているか分からないよ。
それまで精々楽しむけどね」
………
「ナオは少し変わったか」
「ああ、あの時に完全に俺は変わった。
いや変わらないといけなかったんだ」
今まで楽しそうに話していたが、マークに指摘された事で俺の表情は変わったようだ。
いきなりシリアスな空気が流れる。
「何がナオを変えたかは知らないが、しかしよく今まで生きていたよな。
俺は一人の友人として、それだけは神にでも感謝している。
ナオに嫉妬もあるけど、そのおこぼれを貰った俺らには何も言えないよな」
「おこぼれ??」
「ああ、ここの制圧に参加した俺らに感状が出されるらしい。
流石にナオのように勲章とまではいかなかったけど、それでもうちらの代の恩賜組よりも早く少尉に昇進するという話だ。
これも軍上層部で今ももめているとも聞くがな」
「ああ、その話ね。
首都に戻ったら、マークは昇進するってもっぱらな噂だよ。
私たちも恩賜組よりも先に昇進する話になっているようだしね」
「だから私たちにこれ以上功績が偏らないように第二艦隊と交代する訳よね」
「何それ?」
俺は思わず聞いてしまった。
エマの話では、ここを軍の訓練施設とすることが決まったようだ。
確かに訓練を行うには環境は整っている。
周りにいくつもある小惑星は敵に見立てた格好の標的になるし、航路も限られるので、操艦の訓練にはもってこいの環境だ。
しかも、まだ野良の海賊が跋扈しているようで、海賊退治の功績をこれ以上マーク達第一艦隊だけに与える訳にはいかなくなり、交代でここに詰めることになったと教えてくれた。
ここが恒久的な訓練施設になるのか、只の応急施設なのかはまだ決まっていないようだが、しばらくは軍が管理することに変わりがないようだ。
ここで海賊たち相手に訓練と軍功を重ねる機会を与えて軍内のバランスをとるようだ。
なので、しばらくはここに来れば同期が居るという話だ。
マーク達は今度いつここに来るのかは聞かされていないが、明日以降は第二艦隊に配属された同期がここに詰めるそうだ。
なんでも、急遽他に配属された恩賜組も補給艦護衛戦隊に戻されてここに来るそうで、今回一連の事件で一番割を食ったのは第一艦隊の恩賜組だとか。
なんでも次の作戦では優先的に使うという裏約束までなされて俺らの代のバランスをとる方針に決まったということまで教えてもらえた。
しかし、方針が決まったのは俺らの代だけで、その上少なくともカリン先輩たちの代については未定だとかで、ひょっとしたら一番損を引くのはその世代なのかもしれない。
まあ、既にカリン先輩は後輩の部下として俺の艦に配属されているし、恩賜組でもこんな不利益?を被っているのだし多分軍でもこれ以上の配慮はされないのだろう。
しかし、俺は今回の件で軍上層部に相当恨まれることになりそうだ。
まあ、生きて軍に戻るつもりはないけど、色々と嫌がらせをされそうでちょっと怖い。
今回マークだけでなくソフィアとエマの両名とも連絡先を交換するまで仲良くなれたのは幸いなのだろう。
俺は現場がつかんでいる海賊の情報を欲しかったが、それについては空振りだった。
しかし、それ以上に軍上層部の混乱ぶりが知れたことは俺にとって大きな成果と言える。
今後軍とのやり取りはカリン先輩にお願いしよう。
その後は平穏な時間が過ぎて、第二艦隊所属の補給艦護衛戦隊がここに来る前に俺らは出航した。
「まもなくコロニーの管制圏から離脱します」
「分かった。
しかし今日は、通常航行へのシフトは変更しない。
前にやった探査しながらこの辺りをしらみつぶしに当たる。
そのつもりでいてくれ」
「了解しました。
これより艦内を準戦態勢に移管します」
「早速だが、海賊たちが作った航路から離れて、あの小惑星帯の中に入っていくぞ」
出航前に士官たちに今回の作戦だけは伝えている。
訓練を兼ねているが、本当の目的はシシリーファミリーの捜索だ。
捜査室長の勘によると相当に高い確率で近傍に彼らの別のアジトがある筈だ。
その捜索をしていく。
あわよくば野良の海賊を狩りながら自分たちの経験値に変えて行くという裏の目的もある。
いきなり小惑星帯に入るのにも理由がある。
あの航路付近は軍の連中がしきりに巡回して野良の海賊を探している。
航路から離れた場所も艦載機の航続距離内ではその捜査の対象となっている。
これは昨日マーク達から得た唯一の海賊に関する情報だ。
だとすると、航路から離れていなければ目的のものを発見することができない。
しかも、捜査室長はあのスペースコロニーの傍にある筈だとも言っていたから、考えられるのは背後に控えている小惑星帯の中だ。
ひょっとしたら別の航路があるのかもしれない。
俺らはそんなつもりで小惑星帯の中に入っていった。
これは操艦する者にとって相当に神経を使う。
いつ小惑星とぶつかっても不思議の無い宙域を誰が好き好んで進むと云うのだ。
軍も、同様で探査は基本艦載機に頼り小惑星に隠れた海賊を探すのに留まっている。
俺らの通信を受けたスペースコロニーの管制官はそれが信じられなかったようで、二度聞き返してきた。
俺も面倒にならないように操艦訓練だと伝えて通信を切ったくらいだ。
この艦は素人に毛の生えた位の連中が操艦しているという認識を軍は持っている。
俺らもその認識で相違ない。
唯一の違いは艦の性能に限ったことだ。
少々のことではこの艦にはダメージが与えられないくらいに強化されている。
そうでなければ殿下の座乗艦となる筈がない。
何よりもこの艦には好き者が多い。
レーダー監視一つとってもほとんど趣味と言えるような連中が乗り込んでいるので、またその連中が自分の趣味に合わせたレーダーを乗せているので障害物の発見もそこらの軍艦よりも早いと俺は思っている。
それに何よりもとにかく頑丈なので、大丈夫だろう。
まあ、この辺りが考えの違いに繋がっていることも理解している。
普通なら座乗艦を傷つける危険性のある場所に好き好んで入る艦長は居ない。
ほんの少しの傷でもそれこそ大問題になりかねないからだ。
しかし、俺らは、いや俺は違う。
一刻も早くシシリーファミリーを潰したいという気持ちがあることは否定しないが、そもそもこの艦がオンボロ航宙駆逐艦であることを知っているし、何より、そのオンボロを改造したのが俺ら自身だ。
多少の傷くらいなら自分達で直せばそれで済むという考えがある。
どんなにダメージを食らおうとあの社長の居るドックまで運べれば問題無いとすら考えている。
でないと無謀にも海賊たちに向かって突進などしない。
そう、今の行為は何を今更なのだ。
しかし、何もない宇宙空間を進むのとは全く違う。
常に緊張がある中での航行だ。
俺らは艦載機を飛ばしながら付近を警戒してシシリーファミリーの痕跡を探した。
「なんだか艦載機の訓練のために危険を冒して航行しているような気がしてきましたね」
カリン先輩が申し訳なさそうに珍しく無駄口を言ってきた。
「そう言うな。
だが、少尉の云う通り確実に練度は上がってきているし、問題無いのでは」
「しかし艦長。
流石に3日目となりますと艦内に疲労が目立ってきていますし」
すぐに見つかるとは誰も思ってもいなかったが、3日間も何も成果らしい物がなければ飽きも来るし、何より疲労がたまる。
それでも、24時間連続で探査していた訳では無く1日の内8時間は小惑星の影に隠れて停船して乗員を休ませているのだ。
しかし常に緊張を強いる航行だから疲れも相当に溜まる。
これで変化があればまだよかったのだろうが、毎日小惑星しか見ていなければいやにもなろう。




