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TS転生令嬢は『カウンター悪役令嬢』を目指す  作者: 緑茶わいん
第三章:兄妹の里帰り

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相談

 平民としては奮発したと思われる、清潔かつ動きやすそうな服装。

 公爵家の紋章を腕章のように身に着け、短めの剣を腰に差した少年が二、三歩の距離からこちらを窺っている。


「あら、どうしたの?」


 父親はと探せば、離れた場所からハラハラした様子でいるのを発見。

 一人で謝りに行って来いと突き放したものの心配で仕方ない、といったところだろうか。

 意外と早かったなと思いつつ振り返ると少女騎士が俺たちの間に割って入って、


「何の用だ。見習いの警備兵ごときが公爵令嬢様に失礼だろう」

「いいのよ、ノエル。『言いたいことがあれば来なさい』ってわたしがこの子に言ったの」

「……かしこまりました」


 釈然としない様子ながらもノエルが脇へどくと、少年が一歩進み出てくる。

 視線はやや下方向に彷徨っていて一点に定まらない。バツの悪そうな態度のまま口が開かれて言葉を紡いだ。


「その、悪かったな。この前は失礼な事言って」

「構わないわ。きちんと気を付けて直してくれれば」


 軽く答えた上で「それで?」と先を促す。

 言葉遣いは直っていないものの強気な態度がなくなったのは進歩と言える。父親にこってり絞られて少しは反省したに違いない。

 彼は若干迷うようにしてから俺と視線を合わせて、


「教えてくれよ。貴族ってのはそんなに偉いのか? なんで敬語なんて面倒なものを使わなきゃいけないんだ?」


 難しい質問である。


「お父さまからは教わらなかったの?」

「親父の教え方じゃよくわからない。貴族は国を治めてて金を持ってるんだろ? 金を持ってれば偉いのか? 偉い相手にはなんで敬語を使うんだ?」

「……愚か者が」


 物凄く低い声が横手から聞こえてきて俺まで怖くなる。

 気持ちはわかるが相手は子供である。少しは容赦してやって欲しい。


「貴族が偉いのはお金があるだけじゃなくて責任も負っているからよ」

「責任?」

「国を守る責任。民を守る責任。他の国と戦争になれば率先して剣を取り、戦うのも貴族の役目。そして、貴族や王族のお金はあなたたち平民が平和に暮らすためにも使われている」

「暮らすって、貴族が俺たちに飯をくれるわけじゃないだろ。下町には腹いっぱい食えなくて辛い思いをしてる奴だっている」

「下町の人間だって高い壁に守られて生活している。貴族が物の流れを整えて色んな物が都へ入ってくるお陰であなたたちは食べ物が買えるの」


 物心ついた時からそれがあった者にはなかなか理解しづらいかもしれない。それでも一定の理は示せたのか、少年はぐっと言葉に詰まった。


「……じゃあ、敬語はどうなんだ?」

「相手への敬意を示すためのもの。面倒な言葉遣いをすることで『自分はそれだけあなたを大事に思っていますよ』って伝えているの」

「伝えてどうするんだよ。護衛として役に立つかは腕の問題だろ」

「腕がいくら良くたって、信用できない護衛じゃ意味がないわ。いつ雇い主を殺しにくるかわからないもの」

「そんなの殺される馬鹿が悪いだろ」


 平民の世界は自己責任なのだろう。王都の治安はかなり良いが、前世の日本ほど豊かではないし民への教育も行き届いていない。日本だって昭和の時代くらいまでは荒っぽい雰囲気が残っていたくらいだ。

 安全な食べ物の見分け方も人との関わり方も自分自身で身に着けるのが当たり前。何かあった時に抗う腕力や逃げるための運動能力も必要。寝床の整頓も食事の支度も護衛まで人にやってもらう貴族とは何から何まで違う。

 俺は「そうね」と頷いて、


「なら、私に殺されて死んでもそれはお前の自己責任だな」

「ノエル」


 剣を半分まで引きぬきかけた少女騎士は少年を睨んだまま体勢を戻した。

 脅し……で、済んでいたかどうか。

 貴族には絶対的な権力がある。あまりに無茶な振る舞いは叱責を受けるものの、平民に対してはかなりの自由を許されている。「雇っている平民が十分な働きをしないので殺しました」程度なら普通は何の問題もなくスルーだ。ノエルが殺した場合も我が家に迷惑料を払う程度で済むだろう。

 対して、少年はノエルの動きに反応できたか。

 目を見開いた状態で「なんでだよ」と呟く。


「俺は、本当は騎士になりたいんだ。なのに、なんでなれないんだよ」


 騎士になれるのは基本的に貴族だけだ。

 魔法の力が理由である。過去、卓越した武術だけで騎士となった伝説的な平民が何名かはいるものの、彼らは例外中の例外。

 騎士になりたい、という平民の願いは一律「無理だ」と否定されるのが常である。

 端的に言えば、


「努力だけでは越えられない壁があるからよ」

「っ」


 唇を噛んだ彼は俺とノエルをきっと睨みつけてくる。


「なんでこんな女が騎士になれて俺が駄目なんだ……!」

『は? 今、なんて言ったの?』


 気持ちが冷えていく。

 騎士団において女性騎士の立場は低い。需要が大きいにも関わらずなり手が少ない上、男性騎士に比べて戦闘力が劣ると不当な評価を受けているせいだ。

 副団長の娘であるノエルも例外ではない。彼女のしてきた苦労については仲良くなった後、本人から直接、断片的にではあるが聞いている。

 だから、返答は思った以上に突き放したものになった。


「ノエルに謝りなさい」

「は? 何で俺が──」

「そう」


 右の手のひらを前に差しだす。

 貴族の何気ない動作が己の死に繋がる。それはさすがに学習したのだろう。少年はびくっと身を震わせると腰の剣に手をかけようとした。


「動くな」


 次の瞬間には鋭利な刃が彼の首にぴたりと突きつけられていた。






 遠巻きに様子を窺っていた警備兵たちがすぐに駆け付けてきて、少年を厳重に拘束した。

 気持ちのいい話でもないので後のことは流れだけを語るが──とある部屋の真ん中にぐるぐる巻きにされた少年を置き、公爵邸の使用人頭と警備責任者、我が家の護衛代表、少年の父親、ノエルと俺、父の代理としたのアラン(+俺とアランの専属)で処遇を話し合った。

 公爵邸の面々は騎士団への引き渡しを希望した。剣を抜こうとしたのは敵意があったはずだという主張だが、騎士団に渡してしまうと「殺して終わり」が現実的に見える。

 一番可哀想だったのは父親である。平伏したまま自身の解雇と罰金を求め、代わりに息子の助命を願った。足りないのであれば自分の命で償うとも。


 ──息子としてはショックだったはずだ。


 彼だって悪意があったわけではない。不条理に気づく勘の良さがありながら底抜けに頑固で、かつ、世渡りのためにプライドを捨てる賢さを持っていなかっただけだ。おかしいものをおかしいと言い続けられる真っすぐな心持ちは前世で一度折れている俺には眩しく思える。

 ただ、その結果は少年自身とその養育者である父親までもが容赦なく糾弾されるという現実だった。

 口枷をされているため喋れないが、たとえおかしいと叫んだところで何も変わらない。結果を呑み込めず、憤りを表し続けるのであれば、彼は公爵家にとって役立たずどころか害にすらなりうる。


「自分のせいで一家が路頭に迷うことになったら、彼はショックでしょうね。……それとも、解雇した公爵家を恨むのかしら」

「そのような事は絶対にさせません。鎖でつないででも言う事を聞かせます」


 父親の決意は本物だろう。

 しかし、結局、何をしたところで本人のやる気次第。不満を溜めこむばかりで反省しなければ何も変わらない。

 もしかすると、少年は自分の腕っぷしに自身があるからこそ認められなかったのかもしれない。井の中の蛙であったとしても「認める」のは怖いものだ。

 ならば、


「屋敷の護衛を減らすのも、命を奪うのも嫌だわ。勿体ないし意味も薄いもの」


 俺は条件付きでの罰の軽減を願うことにした。


「この子は戦いと無縁な仕事に就いてもらいましょう。親元を離れて一人で、厳しい指導を受けながら罰金を払うの。お父さまへの罰はせっかく育てた息子を手放すこと。……これでどうかしら?」

「ジゼルに下した罰とほぼ同じか。リディ。まがりなりにも貴族だった彼女とこの平民では立場が違うよ」

「でも、お兄さま。平民への歩み寄りは今後のためにも必要よ」


 暗に純血派の存在を示す。

 この状況下で平民をほいほい冷遇するのは悪手と言わざるを得ない。

 これについてアランは少し考えてから「なるほどね」と言った。


「わかった。他の者に異論がなければ父上に許可を取りつけよう」

「手紙を書くの?」

「いや。遠話の魔法も練習しておきたかったんだ。到着した報告も兼ねて夜にでも話してみるよ」


 遠くにいる人間と会話する魔法として最も使われているのは「親しい人間と心を通わせることで心の声を届ける」という方法だ。親や兄弟、夫婦などよく知っている間柄としか連絡を取りあえない代わりに距離の影響を受けづらく、比較的難度が低いとされている。

 幸い、他の面々も「公爵様の許可があれば」と了承してくれ、アランはその日のうちに父と連絡を取ってくれた。

 結果は父親に「一年間の減給」を科すことと、少年の引き受け先は公爵邸に任せるという条件付きで許可が出た。この処遇について少年は何も言わず「わかった」と受け入れた。

 彼は近日中に綿花栽培か羊牧場にでも送られ、えんえんとこき使われることになるだろう。親や兄弟、王都にいる友人に会うには向こうに来てもらうか、あるいはお金を溜めて会いに行くしかなくなる。

 それから、ノエルへの暴言はしっかりと謝らせた。


『まったくもう……一口に平民と言っても色んな人間がいるものね』


 純血派などという不届き者が現れたのもある意味では当然のことなのかもしれない。






「リディアーヌ様は定期的に誰かと喧嘩しないと気が済まないんですか!」

「ごめんなさい、アンナ。確かにそういう気持ちはあるかもしれないわ」

「なくていいです! とにかく、頻繁に喧嘩しようとするのを止めてください!」


 アンナにはまた怒られた。これに関しては俺が悪いので黙って話を聞く。

 公爵邸からの応援要員として俺に付けられたソフィは、専属とはいえ主人をがんがん叱るアンナを不思議そうに眺めて、


「お二人は本当に仲がよろしいのですね」

「ええ、アンナは本当に優しいの」

「仲がいいなんて……リディアーヌ様には感謝していますし、だからこそ立派になって欲しいだけで……」


 俺は笑顔で頷き、アンナも恥ずかしそうにしながら否定はしなかった。ちなみに、それはそれとしてお叱りは再開された。ソフィという他人の目があってもお構いなしである。もちろん、彼女がいい子だと今までのやり取りから感じたからこそだろうが。


「ノエル様も、あまり他の方を挑発しないようにお願いします」

「ですが、リディアーヌ様に失礼な口を利く平民は注意するべきでは?」

「それは、私も注意しますけど」


 最初にあの少年へ釘を刺した張本人としてアンナも口ごもってしまう。

 とりあえず、ソフィを自由に使っていいと言ってもらえたおかげで人手もあるので、メイド抜きで出歩くのはしばらく禁止、ということで落ち着いた。

 屋敷の書庫を使う許可はもらった。少年の引き渡しが済むまで剣の稽古を控えるとしても十分に時間を潰せるだろう。

 ……と、思っていたらクロエを初め、屋敷に住む一族から次々にお茶会やら外出やらの誘いが届き始めた。


「もしかしてわたし、人気者なのかしら」

「ようやくお会いできた直系の方々と交流を深めたいと思うのは当然かと」

「リディアーヌ様を放っておくとまずいと思われたのでは?」


 ソフィとアンナで全く別の見解が示されたが、とりあえず、一族の人間と仲良くするためにもお誘いは極力受けることにした。手始めにクロエからのお茶の誘いである。






「リディアーヌ様はどのようなお茶がお好みなのですか?」

「わたしは口当たりのすっきりしたお茶を好んでおります。料理やお菓子の味をより楽しみたいものですから」

「そうなのですね。こちらでは甘さを控えた菓子も多いので、私は果物の甘みを加えた紅茶も好きなのです」


 クロエの部屋は俺に与えられた母の部屋の三分の一程度の広さだった。それでも一人で使うには十分広いが、同じ一族でも扱いに差があることがわかる。

 ちなみに呼ばれたのは俺一人。聞けば「お忙しいでしょうから」とのこと。確かに、アランは律儀にも過去の統治記録などを見せてもらって勉強しているようで、なかなかに忙しそうだ。

 俺はしばし、公爵邸で出る焼き菓子の味や王都での流行などについて話をして盛り上がった後でクロエに尋ねてみる。


「ところで、クロエさまは恋のお話に興味はおありですか?」

「あら、もしかして何かいい本をお持ちなのですか?」

「申し訳ありません。物語本はあまり読んでいないもので……。そうではなく、お好きな殿方はいらっしゃないのかと。わたしは幼い頃にお相手が決まってしまいましたので、恋のお話を聞くのが好きなのです」


 割と露骨に切り出した形だが、クロエは話を流したり誤魔化したりはしようとしなかった。むしろこれ幸いと思ったのか身を乗り出して「誰にも言いませんか?」と声をひそめてくる。


「はい、神に誓って」


 人の噂話なんて簡単に広まるもの。どの程度信用されたか謎ではあるものの、俺の返答に気を良くしたようにクロエはそっと教えてくれた。


「実は私、クロード様をお慕い申し上げているのです」


 うん、そうだろうと思った。

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