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TS転生令嬢は『カウンター悪役令嬢』を目指す  作者: 緑茶わいん
第二章:魔女と魔女の弟子

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魔女の過去 2

 オーレリアの母は肉体改造と出産の後遺症から体調を崩しがちになっていた。

 娘にはなるべく暗い顔を見せないようにしていたが、子供にだってそれを察するくらいの能力はある。幼少期のオーレリアは母を心配したはずだ。

 母に良くなってもらうにはどうしたらいいか。

 彼女は考え、一つの答えにたどり着いた。


 魔法で母を治してあげればいい。


 日頃から「あなたには魔法の才能がある」なんて言われていたかもしれない。なら、その力で愛する母親を助けようとするのはなにも不思議なことではない。

 オーレリアは母の身体に手をかざし、魔法の真似事をした。年齢を考えても成功する可能性はゼロに近い。しかしそれは成功し、彼女の才能をここでも示した。

 そして。

 強すぎる魔力に体内の魔石が過剰反応。ギリギリのところで保たれていたバランスが崩れ、悲劇の王妃は短い生涯を終えることになった。


「…………」


 俺の推測を聞いても、オーレリアはしばらく何も言わなかった。

 ようやく口を開いたのはその場にいる全員が何も言わないまま一分以上が経ってからのこと。


「……お母様は最後に何て言ったと思う?」


 確かな答えなど浮かぶはずがない。俺は見たことのないオーレリアの母親の顔を自身の母・アデライドのそれに置き換えた上でゆっくりと答えた。


「『よくできました。これからもたくさん勉強して、立派な魔法使いになってね』」

「さすがね。殆ど正解よ」


 なら、オーレリアの母も俺の母と同じくらい娘のことを愛していたということだ。そして、娘の愛情もまた母親に届いていたということ。

 だから、彼女は死に際に恨み言一つ言わなかった。

 斜め後ろでアンナの小さな嗚咽とすすり泣くような声が聞こえた。優しい彼女のことだから感情移入してしまったのだろう。見れば、ノエルでさえかすかに涙ぐんでいる。母と娘の愛情。それは魔女の過去としてはあまりにも優しくて切ないもので、


「だから、私は()()()()()()()()()()()()

「……っ!?」


 俺は、オーレリアとの認識の違いに絶句した。


「私は母によって作られた天才。《漆黒の魔女》は魔法の才を世界に知らしめなければならない。そうでなければ、私は生まれてきた意味がない」

「そんなことをして、お母上が喜ぶと思いますか?」


 陳腐な台詞だ。実際に口にしてみてあらためて実感する。それでもそれは嘘偽りのない俺の本心だった。

 しかし、オーレリア・グラニエは冷笑する。


「喜んでくれるでしょうね。母は私に()()()()()()()()()()()()のだから」

「違います。娘に手を汚して欲しい親なんていません。きっとお母上は──」

「冗談を言うのは止めなさい。自分の利益のために娘を利用する親なんて、この世界には腐るほどいるわ」

「それは」


 彼女の言う通りだった。

 俺自身、サラの屋敷で実例を見ているし、セレスティーヌもその手の女だ。あの悪女は堅実というか現実的というか、俺を活かして利用する方を選んではいるが、ジゼルの悪意に苦しめられた時に俺が立ち直らなかったらどうなっていたかわからない。

 細くしなやかな指がこっちに向かって伸ばされる。距離の問題で触れることは叶わないが、その手は真っすぐに俺の瞳を目指していた。


「アデライド様は優しい方だったのでしょうね。そして天然の天才でもあった。なら、それが漆黒(わたし)紅蓮(あなた)の違い」


 作られた天才と、在るべくして在る天才。


「だから、あなたは危険な魔道具を作るのですか? そうすれば確実に歴史に名を残せるから」


 オーレリアは薄く微笑んで答えなかった。ここまで来てなお核心には触れてくれない。魔道具の性能とそれを渡した相手の情報。それがなければ今までの話なんてただの身の上話に過ぎない。

 まだ、彼女は()()()()()()()()()()()()()を諦めていない。

 おそらく、ことを起こすのは純血派だ。

 魔力持ちの最高峰と呼ぶべき魔女の作り出した道具。それを用いた平民が貴族の絶対性を崩す。血と魔力を巡るしがらみの行きつく先としてはとても皮肉が利いている。


「一度の事件で終わりにしますか? まだ人生は長いのですからのんびり生きて、たくさんの成果を残す方がいいのでは?」

「もし、貴女の言うような事件が起こるとして、それは本当に一度で収まるかしらね?」


 収まらないかもしれない。

 事件がもし成功してしまえば二度目三度目を狙う輩は必ず出てくる。そして、ここで言う「成功」のハードルは低い。

 平民の振るった暴力によって貴族が二、三名殺される。その程度の被害しか出なかったとしても、平民が勝った事例としては十分だ。

 オーレリアから提供された魔道具の量もわからない。そもそも運び出しが一回きりだったという保証はない。彼女が寮に入ってから二年以上、定期的に行われていた可能性だってある。全ての魔道具が一度に投入されるかどうか、それさえわからない。

 オーレリアが素直に捕まる保証だってない。

 魔道具なしでも国内最高峰の魔法使いだ。逃げる方法なんていくらでもあるし、匿ってくれる場所もあるだろう。ジゼルが捕まったのとはわけが違う。事件の後、国を揺るがす大犯罪者として永く君臨するつもりかもしれない。


「せっかくだから思考実験でもしましょうか」


 さすがにもうオーレリアは食事を終えているし、俺も魔石づくりは中断している。

 空になったバスケットがテーブルの中央に置かれる。


「リディアーヌ。貴女なら失敗できない一度目の計画。どこでどのように起こす?」

「……ひとつ、前々から考えてしっくりきた答えはあります」


 魔法を使い、紙でできた花をいくつも作ってバスケットへ放り込む。蓋を閉じるとどうだろう。花籠にも見えるし、花を人に見立てれば他の見方もできる。


「多くの若い貴族が集まる華やかな催し。一つの節目という意味でも幕開けに相応しい舞台。数か月後に行われる学園の卒業記念パーティー」


 学園の卒業シーズンは三月。

 卒業生の中には騎士団や王城で働き始める者もいる。彼らが新しい環境に慣れるにあたり、冬の終わりかつ春の初めという時期が良いとされているからだ。実家に帰る者にしても帰った途端に夏バテor冬ごもりとか気が滅入るだろう。


 首謀者がオーレリアであればその近くで事件が起こるのは自然。

 時期が遠いので警戒の中だるみも狙える。パーティー中なら参加者も気が緩みがちになるし、給仕などの使用人が多いので紛れ込みやすい。若い貴族は実力こそあれ経験不足なので咄嗟の判断は遅れる。

 俺の答えを聞いたオーレリアはくすりと笑った。それからバスケットを自分の方へ引き寄せ、中に入っていた花を取り出しては一つ一つ燃やしていく。

 そうして花が全てなくなったところで、


「何も起こらないといいわね、リディアーヌ?」


 それだけ言うと、師は真面目な話に一切取り合ってくれなくなった。





「……卒業記念パーティー、か」

「ええ。確証はないし、わたしに予想されたことで変えてくるかもしれないけど。一応、お父さまの耳に入れておこうと思って」


 屋敷に帰り、夜になってから報告すれば父は溜め息と共に天井を仰いだ。


「よりにもよって、か。オーレリア・グラニエめ。仰々しい事件と共に王族として、いや貴族としても『卒業』するつもりか」

「そうなって欲しくはないけれど……。お父さま、念のために警備の強化を進言してくれる? もちろん説明の仕方は任せるわ」


 前回のようなヘマは避けたい。強硬な主張はできないし、パーティーに決め打ちしておいて「もっと早く事件が起こりました!」となっても最悪だ。なので、できれば俺の名前を出さず不自然でない程度に騎士団への働きかけを行って欲しい。

 父もこれに賛成し、警備強化の打診を約束してくれた。


「とはいえ、他の警備を緩めるわけにもいかん。騎士団はしばらく忙しくなるだろうな」

「精神的に疲れさせるのが目的、とわかっていても手は抜けないものね。せめて差し入れでも手配しておこうかしら。果実とか」


 果物は毒を仕込むこと自体が難しいし、仕込んだ毒を見破られないようにするのはもっと難しい。傷や変色があれば誰だって気にするからだ。疲れた時は糖分が欲しくなるものだしちょうどいいだろう。

 これに父は頬を綻ばせた。


「気遣いができるのは良いことだ。リディは良い妻になれるだろうな」

「ありがとう、お父さま。問題はリオネルさまがあまり気づいてくれそうにないことね」

「殿下にはもっと広い視野を持っていただかなくては困る。愚か者に嫁がせられるほどリディは軽い女ではないのだからな」


 おっと、せっかく場が和んでくれたのにリオネルの名前を出したら表情が硬くなってしまった。やはりリオネルのことはあまり好んでいないらしい。まあ、俺の婚約相手だから嫌っているだけかもしれないが。


「ねえ、お父さま。オーレリアさまのところへ通うのは止めた方がいいかしら?」

「む。それは……非常に心苦しいが、警戒を考えればむしろ通い続けて欲しい。オーレリア・グラニエの行動を週二日、半日ずつとはいえ拘束できるのは大きい」

「あの様子だともうわたしにはなにも教えてくれそうにないけれど」

「それでも、同じ部屋で会話していれば見えるものがあるだろう。ただし護衛騎士は必ず連れて行くように」

「ええ、もちろん」

「防御の備えもしておきなさい。我が家の所蔵品から持って行って構わない。それからメイドも増やしておくか? エマを付ければ四対一だ。いかに魔女といえど下手に手を出せまい。なんならエマを専属に指名しても──」

「お、お父さま! お気持ちは嬉しいけどほどほどで十分だから!」


 防御の魔道具は今までも外出時には身に着けていた。装飾品の形をしているとはいえゴテゴテしすぎるのもあれだからし、エマは「専属にはならない」ときっぱり宣言している。ついて来てくれと頼めばOKしてくれるのでそれで十分である。


「ちなみに『卒業記念パーティーに行きたい』と言っても許可しないからな」

「あら、なんでわかったのかしら?」

「それくらいはわかる。頼むからわざわざ危険に乗り込むのは止めてくれ、リディ」






 父が心配するのは当然だ。それに、もともと部外者が気軽に行ける催しではない。

 騎士団だって頑張っているのだし、情報提供等での協力も大事だ。なんなら思いつく限りで最高に悪辣なテロ計画案とかを(警備の参考として)送りつけてもいい。

 直接乗り込んで叩き潰したいところ、渋々裏方に回ろうと決心してからしばらくが経った頃、俺の元に一通の手紙が届いた。


 差出人は学園の長。内容は俺に卒業式への参加を要請するもの。


 学園の卒業式では毎年、成績上位者に花束を贈呈している。この時に花を渡す役目は家族や親戚など近しい人間に頼むのが通例。そこで、首席への花束贈呈を俺に頼みたいとのこと。


「話はわかった。しかし、何故リディアーヌに依頼が来るのだ」

「旦那様。それは今年の首席がオーレリア様だからです」


 オーレリアの成績は授業期間の残るこの時点で首席が決まるほど圧倒的。

 しかし、彼女は近親者が非常に少ない。生母は亡くなっているし、父親は国王なので呼べるわけがない。同母の兄妹さえ一人もいない。

 後見人の宮廷魔法士長は割と適任だが、彼も忙しい身の上なので調整が難しい。また、卒業後に上司と部下になるのを考えればあまり贔屓させるのも良くない。


「ならば異母兄妹に頼めばよかろう」

「お父さま。あの方の異母兄弟は王族です」


 オーレリアと関係良好かつ比較的暇な王族となるとリオネルあたりになる。

 花を渡すためだけにあいつを呼ぶくらいなら婚約者(俺)を呼ぶ方がまだ常識的である。唯一の弟子なのでばっちり関係者だし、自分で言うのもなんだが幼い美少女はこういう役割にぴったりのはず。


「わたしとしては是非お受けしたいわ。式の後はぜひ卒業パーティーにも出て欲しいとあるもの」

「学園に在学している生徒は社交が制限されますから、リディを卒業生と交流させられるのは当家としても益になるのでは?」

「お姉様、学園のパーティーに出られるなんて羨ましいです」


 ここで詳しい事情を知らないアランとシャルロットが援護射撃。父は危機への警戒と単なる親馬鹿でなんとも言えない表情になったが、最終的には折れた。


「……仕方あるまい。リディが参加するなら警備強化の口実にもなるだろう」


 こうして、俺は卒業記念パーティーへの参加権を手に入れた。

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