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TS転生令嬢は『カウンター悪役令嬢』を目指す  作者: 緑茶わいん
第一章:カウンター悪役令嬢への道

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カウンター悪役令嬢への道 4

「私の噂くらいはさすがに聞いて来たでしょう?」


 オーレリアはアンナの持ってきたバスケットを受け取ると、その中身をさっさと食べ始めた。

 軽食は二人前近い量があるものの、一口も分けてくれそうにない。俺たちは昼食を済ませているからいいのだが……。

 年頃の令嬢とは思えない所作に苦笑いをしつつ俺は「ええ」と答えた。


「《漆黒の魔女》。なんでも、初めての魔法で実の母親を殺めたとか」

「あら、随分率直に口にするのね」

「回りくどいやり方は性に合わないもので。噂は本当なのでしょうか?」

「ええ、本当よ。倒れた母の姿まではっきりと憶えてる」


 淡々とした口調。そこには何の感情も籠もっていない。食事の手が止まったのは一瞬だけで、それは喋っているせいで口が使えないから、という単純な理由からに見えた。


「私は自分の母親を殺した。それが原因で王位継承権を剥奪され、表向きは王族としても扱われていない」

「メイドを使わず生活しているのもそれが理由ですか」

「いえ、それは単純に煩わしいからよ」


 違うのかよ。

 一口齧ったサンドイッチを手にしたまま、オーレリアは「それで、どう?」と嫣然と笑った。


「本人の口から聞いた感想は? 軽蔑した?」

「いえ、特にそういったことはありません」

「あら」


 少女の顔に意外そうな表情が浮かぶ。アンナも「本気ですか!?」と言いたげな視線をこちらに向けてくる。

 俺は軽く肩を竦めて、


「わたしは別に善人ではありません。極力正直でありたいとは思っていますが、万人に等しく愛を振りまくなんてとても。ですから、オーレリア様が魔法を行使した結果、お母さまが亡くなった。その結果だけを見て悪と断じることはできません」

「どういう意味かしら?」

「深い意味はありません。ただ、初めての魔法は半ば無意識に行使されることも多いのでしょう?」


 他でもない俺自身もそうだった。だからわかる。ちょっとしたうっかりがあっただけ意図せず魔法が人を向いた可能性は十分にある。


「もちろん、今の話ではオーレリア様がお母さまを殺めたことを否定することはできませんが。わたしとしてはきちんと魔法を教えてくださればそれでいいということです」

「私が貴女を殺すかもしれない、とは思わないの?」

「今でも気軽に人殺しをしているのなら、学園の寮ではなくお城の牢獄に収監されているはずです」

「そう」


 信じたわけではない。個人的な都合のために評価を保留にしただけ。今後、自分や周りの人間が脅かされた時にはならいつでも手のひらを返す。

 俺の返答を聞いた少女は堪えきれないというようにくすくすと笑いだした。また、それでいて食事も止めない。日頃、テーブルマナーを徹底されている身として若干イラっとする。


「オーレリア様。この部屋、アンナに掃除させてもよろしいですか?」

「駄目よ。私が使いやすいように配置しているのだから、整理整頓されたら逆に利便性が下がるの」


 片付け下手な人間の常套句である。

 駄目だこいつ、と説得を諦める。


「初日ですが、何から始めますか?」

「ああ。とりあえず、机の上にある杖を握ってみなさい。そうそれ。そこからだと遠いから今取ってあげる」

「自分で取りますから、食べ物を持った手で触らないでください……!」


 ポテチ食べながらゲームしても平気なタイプか、と、オーレリアへの心証を下方修正しつつ、少女が『杖』と呼んだものを手に取る。椅子に座ったオーレリアに近づいた時にふわり、と、爽やかないい匂いがした。

 杖は水晶か何か、透明な石で造られた細長い棒だった。片側の先端に20~30面体くらいの多面体状の石がはめ込まれており、手に取ると意外にずっしり重い。


「それに魔力を流し込みなさい。魔法で病を克服した貴女ならできるでしょう?」

「ええ。魔力を流すだけなら」


 ジゼルの一件はさすがに知っているか。頭の片隅でそんなことを思いながら杖に魔力を流す。念のため量は控えめにしたが、少量が吸い取られた途端、先端がぼんやりと発光して総量の数パーセントが一気に持っていかれる。そして、握っている下端を基点に杖の全長の半分ほどが輝きに包まれた。

 先端の宝石は赤と白の二色にその色を変化させている。

 オーレリアはそれを見て「へえ」と感嘆の声を上げた。


「成人王族の平均に相当する魔力量。八歳でこれは将来有望ね。天才と言っても過言ではないわ」

「養母がわたしには才能がある、と言っていたのですが、それは魔力量のことだったのでしょうか」

「おそらく、そうでしょうね。一般的に魔法の才能と言えば魔力の量だもの」


 大事なのは経験と答えた俺へのあてつけか、少女はわざわざそんなことを言ってくる。

 話しているうちに食事の残りは着実に減っており、完食が近い。


「属性は火と光。二重属性とは、貴女、少し天に愛され過ぎなんじゃない?」


 これは魔力を測定する魔道具だったらしい。属性までわかるとは便利だ。


「わたし、光の属性もあるのですか? ……正直、要らないんですが」

「熱の精密操作ができた時点で予想はついたと思うけど? セレスティーヌ様と被るのが気に食わなくても、使えるものは使いなさい」

「こほん。……全属性のオーレリア様はどのくらいの魔力をお持ちなのですか?」

「私? 私は貴女の魔力の六割増しくらいね」


 天才云々が完全に嫌味だった。オーレリアと比べたら俺なんて凡人……とまでは言わないものの、せいぜいが並の天才である。目の前でサンドイッチに夢中になっている真の天才とは大きな差がある。

 すごいと言われたはずなのに何故か負けた気分になりつつ、小さくため息を吐く。


「魔力量は成長するものなのですか?」

「ええ。身体が出来上がる頃までは自然に成長し続ける、と言われているわ。それから繰り返し魔力を操作し身体を慣らすことでもある程度は成長させられるそうよ」


 だから俺は「八歳でこれはすごい」と言われたわけだ。学園に入学する年齢には王族の平均値を上回っている可能性が高い。

 ひょっとすると、俺がリオネルの婚約者に指名されたのはこれも理由の一つだったのか。


「両親はわたしの魔力量を知っていたんでしょうか」

「大まかには把握していたでしょうね。貴族家に生まれた子は普通、赤子のうちに魔道具で魔力量を調べられるものだから」

「なるほど」


 知ってはいたが、それを俺には知らせていなかったというわけだ。若干癪だが、つい最近まで我が儘娘だったことを思うと知らせるタイミングはなかった気がする。下手に教えて生母アデライドの魔法を再現でもされたら目も当てられない。

 めぐり合わせが悪ければセレスティーヌを焼き殺していたかもしれない。それはそれで若干すっとするかもしれない……なんて冗談を言えるのは実際にそうなっていないからだろう。

 バスケットの中身を平らげたオーレリアは、最後にガラス容器に入った紅茶を味わいつつ笑って、


「それだけ魔力があれば私の研究に十分貢献できそうね」

「いえ、あの、先に魔法を教えていただきたいのですが」


 授業の対価として協力するのはやぶさかではないが、助手になりにここへ来たわけではない。

 すると小さく舌が鳴らされて、


「もう基本はわかっているんでしょう? なら、教えることなんて殆どないの」

「まさか。それなら教師なんて必要ないではありませんか」

「そのまさかだと言ったら?」


 空になったガラス容器がすっと突き出される。受け取った俺に、オーレリアは「これを水で満たしなさい」と言った。


「できる?」

「まあ、それくらいなら……」


 指先を瓶の口に当てて「水よ」と唱える。アンナと練習した時は上手くいかなかったが、今回はいとも簡単に水が生まれた。瓶の口が狭いのでイメージと消費魔力を調整して少しずつ注ぎ込むようにする。『さすがわたしね。完璧だわ』と思っていたら「遅い」と指導が入った。


「もっと一気に満たせない?」

「そんな無茶な……」


 いっぺんに満たそうと思ったら口から注ぐのでは足りない。なら、どうしたら? 瓶の中にぽん、と水を生み出せればできそうだ。そんなことは普通できないが、これは魔法なのだから不可能も可能にできるかもしれない。

 イメージを変更。瓶を包み込むように両手で持ち、魔力を瓶の内側に浸透させながら水を生み出すイメージ。

 すると──ちゃぷん、と水音。

 ずっしりと重くなった瓶を持ち上げて、


「できたじゃない」

「……できましたね」

「いえ、普通はできません。騙されないでください、リディアーヌ様」

「そ、そうね。この魔法はたまたま前に見たことがあったし」


 これにオーレリアは「ふうん」と首を傾げて、さらにいくつかの命令を出してくる。


「この部屋の中に風を吹かせられる?」

「そのくらいでしたら」

「そこの壁に小さな穴を空けてみなさい」

「それは……できました」

「じゃあその穴を埋めて」

「全く同じ石でなくても良いのなら」


 ここまで終わった時点でアンナが泣きそうになっていた。


「オーレリア様が推薦された理由がよくわかりました。私だったらできるようになるのに一年以上はかかってます」

「アンナだったかしら。この子の頭がおかしいだけだから安心しなさい。まあ、私もこのくらいは普通にできたけど」


 なら、あんたが頭のおかしい筆頭じゃないか。

 漆黒の瞳がすっと細くなって俺を補足し、


「貴女が言ったことでしょう? 重要なのは経験。思い浮かべられる事柄なら貴女は既に大抵のことを実行できる。だから、私にできるのは経験の蓄積を増やしてやることくらい」

「なるほど。……よくわかりました」


 俺への指導能力に限って言えば、オーレリアはずば抜けている。他の指導者についていたら「常識的な対応」で、同じことをするのに数か月を費やしていたかもしれない。

 深く頷く俺を見て黒髪の少女──魔女は満足そうに笑って、


「だから、魔法の訓練において最も重要な事柄について初めに教えておきましょう」


 自分の左腕を心臓より高く持ち上げると、右手の人差し指を左手首に当て、()()()()()によって浅い切り傷を作り出した。


「なっ……!?」

「何をなさっているのですか!?」

「落ち着きなさい」


 当のオーレリアはいたって平静。痛みに顔をしかめながらも淡々と「よく見ていなさい」と言って──今度は自分の身体をゆっくりと癒し始める。

 傷つけられた血管が修復され、肌が元通りになっていく。傷つけた時の逆回しをするような光景に、俺はごくりと息を呑んだ。

 と、思ったら同じ個所がすぱっと切り裂かれて、


「はい。治しなさい」

「は!?」


 こいつ、天才を通り越して馬鹿なんじゃないだろうか。

 どこの世界に自分の身体を治療魔法の実験台にする教師がいるのか。しかも一度実演しただけで生徒にやらせようとするとか。


「早く。失った血液までは戻せないんだから」

「ああ、もう! どうなっても知りませんからね……!?」


 憤りに任せて少女に近づくと、俺はその細い手首に両手で触れる。そして、マンガやゲームで見た回復魔法を思い出しながら、淡い光が傷の修復箇所を埋めていくイメージをする。


「あ……!」


 アンナの歓声。イメージ通りに生まれた光の中、オーレリアの切り傷が塞がっていく。

 魔女は確かめるようにそこに触れて「ふむ」と言い、


「小賢しいイメージ作りのために光を出す暇があったら、医学書を読んで人体の造りについて勉強しておきなさい。足りなければ自分の身体を刻んで観察すればいいわ」

「そんなことを言っているから《漆黒の魔女》なんて呼ばれるのでは?」

「必要なのだから仕方ないでしょう。失敗した時の保証がなければ魔法の訓練なんてまともにできないもの」

「最も重要と言ったのはそういう意味ですか」


 魔法の訓練で一番怖いのが失敗や暴走による怪我だ。それを防止するには術者当人が治癒の魔法を覚えればいい。もちろん、本人は難しい場合も多いだろうから、それもあって教師がつくのだろうが、


「魔法は使えば使うほど頭だけでなく()()()慣れる。魔力量を増やすためにも毎日反復して練習しなさい。そこでの怪我は自分で治すこと。わかったかしら?」

「かしこまりました。ですが、オーレリアさま。わたし、ここへ来る時点で無理して時間を捻出しておりまして……」


 毎日練習時間を設けろとか正気かと暗に問えば、彼女はきょとんと首を傾げて、


「時間くらい、魔法でなんとかしなさい。できないの?」


 そろそろ一発くらいぶん殴っても許されるのではないか、と、本気で思った。

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