第9章 「ガーディアン特報・当日編 交錯する過去と現在」
-5月5日(土)15時。つつじ祭り最終日。メインステージ「皐月の演舞」。
タイトル画面から本編映像に切り替わると、スクリーンにまず映し出されたのは、客席側から見たメインステージの様子だった。
第2支局1階のエントランスに設けられたメインステージ上には畳が2枚敷かれ、その傍らには竹に突き刺された等身大の藁人形が5体並んでいる。
客席はなかなかの入りだけど、一般のお客さんは後ろ姿としてしか映らず、顔が映るのは専ら、私達特命遊撃士か、特命機動隊の曹士の子達だ。
プライバシー保護の観点に基づく、適切な処理だね、
『皆様にお楽しみ頂きました「皐月の演舞」も、次が最後の演目となってしまいました!トリを務められるのは枚方京花少佐、演目は、居合い抜きです!』
アナウンサー役を務める能勢分隊の鼓滝則代曹長による紹介が終わると、スクリーンの中では、和服に身を包んで帯刀した京花ちゃんが、雅やかな琴の音色と共に悠然と現れたんだ。
『ほら、出ましたよ!私!私ですよ!』
舞台の端では本物の京花ちゃんが、興奮のあまり、思わずパイプ椅子から立ち上がってしまっていたんだ。
スクリーンの中の京花ちゃんはと言うと、本物の騒がしさなど何処吹く風。
アルカイックな微笑を湛えながら静々とステージに登壇すると、和装の京花ちゃんは深々と一礼して、畳の上に静かに正座したんだ。
『むっ!』
琴の音色が止むのを合図に、京花ちゃんが鯉口を切った。
『はっ!』
逆風に断たれた1体目の藁人形の残骸が、床に転がり落ちる前に立ち上がった京花ちゃんは、2体目の藁人形を左切り上げに斬り捨てて前進する。
『やっ!はあっ!』
右薙ぎにされた3体目の藁人形がステージの壁に叩き付けられる音が響いた時には、4体目も袈裟懸けに斬られ、京花ちゃんは5体目の藁人形に相対していた。
『たあっ!』
最後の標的の藁と竹の境目の辺りを横薙ぎに払い、すぐに反転する。
宙に浮いた5体目の藁人形は、滞空時間が過ぎないうちに首と胴を切断された。
残った胴を空中で両断し、最初の位置に戻った京花ちゃんは、刀を鞘に納めて正座した。その背後で、分断された藁人形の胴体が静かに転がった。
畳の上で静かに座した京花ちゃんの周りを、声もなく現れた4人の黒子さん達が、ぐるりと取り囲んだ。
無言の圧力を放出しながら四方を取り囲む黒子さんは、白くて丸い物体を、京花ちゃんに向けて一斉に投げつけたの。
チャキッと鍔鳴りが小さく響き、腰の業物が再び抜かれた。
『やぁっ!』
立ち上がって抜刀した京花ちゃんは、日本舞踊でも舞うかのように艶やかに回りながら、右手を一閃させる。
弧を描き、天井の照明を受けて輝く居合刀の刀身。
その動きに合わせて、フワリと舞う青いサイドテールと、赤い桜柄の着物の袖が目にも鮮やかだ。
『ふっ…!』
居合刀を鞘に納めた京花ちゃんが、会心の笑みを浮かべて顔を上げる。
その次の刹那、宙に浮かんだ4つの球体にピシッと切れ目が走り、その全てが両断されて床に転がり落ちる。
その正体は、白い鞠だった。
空中では満月のように見えた鞠は、両断された今では半月のようだった。
練習の時に私達がバレーボールを投げていた理由が、これで分かったよね?
スクリーンの中の京花ちゃんが深々と一礼すると、堺電気館の客席を埋める来館者が一斉に拍手を鳴らし始めたの。
まあ、本物の京花ちゃんが舞台上で拍手を促しているのもあるんだけどね。
そしてそれは、スクリーンの中でも同じだったの。
フィルムに記録された第2支局1階エントランスの客席を埋めた来場客と支局メンバーが、割れんばかりの拍手をしている。
スクリーンの中と外で鳴らされる拍手は溶け合い、どちらが本物でどちらが記録映像の音声パートなのか、その境界線は次第に曖昧になってくる。
今、過去と現在はピッタリと重なりシンクロした。
このままだと、タイムスリップしそうだね。
意識が遠退いて、次に私が目覚めたら、過去の時代になったりしてね。
その場合、私が目覚めた先の時代は、いつなんだろうか。
スクリーンで上映されている第25回つつじ祭りの当日かな?
或いは私が昏睡状態になった、「黙示協議会アポリカプス事件」の当日なのか?
はたまた、堺電気館がまだ寄席だった大正時代かな?
「千里ちゃん?ねえ、千里ちゃん?」
「ちさ、どうかしたの?表情が虚ろだよ?」
私を我に帰らせてくれたのは、左右から私の肩をしきりに揺さぶってくるマリナちゃんと葵ちゃんの声だった。
「ごめん…マリナちゃん、葵ちゃん。今、何年何月何日かな?」
「何を寝惚けた事を言うかと思えば…今は元化25年5月19日。土曜の14時半だよ。しっかりしてくれよ、ちさ。昏睡状態を再発させたかと思って、驚くじゃないか!」
私の質問に、マリナちゃんは呆れ果てた表情を浮かべたんだ。
まあ、最後の一言は嬉しかったけどね。
私の事を心配してくれていたんだね、本当にありがとう。
「いよいよ、京花ちゃんと雪村志帆さんのトークショーが始まるよ!それが終わればサイン会と『アルティメマンアース&アルティメゼクス 甦る超古代魔獣』のリバイバル上映!さっきの京花ちゃんじゃないけど、ここから先は瞬きも居眠りも御法度だからね!」
葵ちゃんに促された私は、頭を数回振って伸びをすると、スクリーンを正面から見据えるのだった。




