第8章 「ガーディアン特報・特訓編 夕陽に輝け、居合刀」
-元化25年4月18日。堺県立御子柴高等学校で撮影された、練習風景。
「この練習の時には、大勢の親友に協力して頂きました!この場で改めて、お礼を申し上げたいと思います!」
パイプ椅子に座る京花ちゃんが、小さく一礼して喋り終えたタイミングで、白抜きのテロップが消えた。
夕闇が迫る御子柴高等学校の校庭の一角。
そこに佇むのは、いつもの遊撃服を身に纏った枚方京花ちゃんだった。
だが、手にしているのは愛用のレーザーブレードではなく、黒塗りの鞘に納められた居合刀。
伏せられていた両目は、四方から迫る気配によってパッと見開かれた。
右手が瞬時に反応し、業物がスラッと鞘から迸る。
沈む夕陽を反射して光る刀身が弧を描き、四方から放たれた丸い影を、次々と両断していく。
オレンジ色に染まった校庭に響く、乾いた4つの破裂音。
正確に中心を両断された丸い影は、古びたバレーボールの残骸となって校庭の地面に落下し、土に塗れて見苦しく広がった。
乾いた4つの破裂音は、バレーボールが両断された音だったんだ。
しかし、そのうちの1つだけ、明らかに他と音色が異なっている。
本人も、すぐに気付いたんだろうね。
居合刀をそっと静かに納刀した京花ちゃんの目が、キッと違和感で細められ、すぐに驚愕と失意に見開かれたの。
周囲に散らばる、廃棄処分予定だったバレーボールの残骸が4球分。
そのうちの3球分は綺麗に両断されていたが、最後の1球分だけは、大きく切り裂かれてはいたものの、辛うじて両断を避けていた。
文字通り、薄皮一枚で繋がっていたの。
『駄目か…!』
普段の快活さとは程遠い、まるで絞り出すような、苦渋に満ちた声だった。
その声に反応した4つの人影が京花ちゃんに駆け寄り、御子柴高等学校の校庭に転がるバレーボールの残骸に視線を落とした。
『どうして?京花ちゃんは全部割ったじゃない!』
遊撃服を着た4つの人影のうち、長い黒髪を左右でツインテールに結んだ人影が、甲高い声で異議を唱える。
それは、特定の誰かに向けた問いではなかったのだけど…
『ほら…よく見てみなよ、ちさ。このバレーボールだけ、完全には切断出来ていないだろう?』
右サイドテールにした黒髪とクールな立ち振る舞いが印象的な人影が屈み込み、拾い上げたバレーボールを他の人影に示す。
『最後の1球だけは、刀身で捉えずに風圧で切り裂いていた…両断出来なかったのは、そのためだったのですね。』
黒いお下げの人影が、バレーボールの残骸を改めると冷静に分析した。
『申し訳御座いません、京花さん。私が、京花さんにボールをお投げするタイミングを誤ってしまったために…』
4人の中では唯一、茶髪の人影が、内気で気弱な性格が如実に現れた口調で自らの非を詫びた。腰まで伸ばした茶髪が、夕陽を浴びながら春風に弄ばれている。
「見て!バレーボールを手にしたあの方、和歌浦マリナ少佐よ!」
「じゃあ、あの黒いツインテちゃんは…」
客席の何人かが、私達の席を振り返る。
そう。意味深な言い方をしちゃったけど、この4人の人影の正体は、京花ちゃんの居合い抜きの練習に付き合っていた私達だったの。
念のために言うけれど、最初に喋った黒いツインテールの人影が私。
バレーボールを拾い上げた黒髪サイドテールの人影が、和歌浦マリナちゃん。
冷静にバレーボールを観察していた黒髪お下げの人影が、居合い抜きの教官役を買って出た、淡路かおるちゃん。
そして最後に出てきた、茶髪のロングヘアーが印象的な、内気で気弱そうな子が、私や葵ちゃんのクラスメイトでもある生駒英里奈ちゃんだね。
英里奈ちゃんは京都にお住まいの双子の妹さんに茶席に呼ばれているから、今日はこっちにいないんだ。
名家の御嬢様というのは、何かとしがらみが多くて大変だね。
『ううん…英里奈ちゃんのせいじゃないよ。実戦で敵が、私の斬りやすい位置に飛んで来てくれる訳がないからね。』
面目なさそうな表情の英里奈ちゃんを気遣い、微笑む京花ちゃん。
『その通りです、京花さん。古流居合いは元来、座した状態で襲撃された時の、武士の護身術として発展しました。そのため、標的がいかなる変則的な動きをしたとしても、撃ち漏らしてはなりません。』
表情1つ変えずに、淡々と語り続ける淡路かおるちゃんには、誰も一言も口を挟めなかったね。
『しかしながら、風圧だけで標的を破壊出来るようになったのは、お見事ですよ。使い慣れない武器を、よくぞここまで物に出来ましたね。京花さんの素質と鍛練の賜物ですよ。』
かおるちゃんがスクリーンの中で表情を緩めると、客席のあちこちから小さなどよめきが上がったんだ。
かおるちゃんには申し訳ない事だけれど、普段のあの硬い表情からは想像も出来ない笑顔だったから、意外に思ったんだよ。
『何しろ、レーザーブレードとは重さも手応えも違うからね。』
『京花さん…気持ちは分かりますが、得物のせいにしての言い逃れは、あまり感心しませんよ?いずれにせよ、技術を習得したなら、成功するかしないかは、練習量の問題です。場数を踏めば、それだけ成功率は上がりますよ。』
また、表情に乏しい普段の顔に逆戻りだよ、かおるちゃん…
『よし!今度こそ…って言いたい所だけど…みんな、時間的に大丈夫かな?』
ここまで陽が傾いてしまったら、心配になるのも当然だよね。
『今更水臭い事は言いっこなしだよ、お京!こうなったら、こっちも乗り掛かった船。お京が満足するまで、私はトコトン付き合う所存だよ!』
『幸いにして、私は明日、当直日のシフトです。多少遅くなったとしても、支局の当直室の利用申請を致したら、問題御座いませんよ。』
『マリナちゃん…!英里奈ちゃん…!』
スクリーンの中のマリナちゃんと英里奈ちゃんは、殊更に大きく頷く事で、京花ちゃんに応じたんだ。
『ほら!バレーボールだって、まだ一杯残っているよ!『廃棄予定のだったら好きにしていい。』って、生徒会や先生達からの了承は取得済みだよ!』
マリナちゃんの後を受けて、私は廃棄予定のバレーボールの籠を軽く叩いた。
『うっ…ゲホッ、ゲホッ!』
古びたバレーボールから吹き出た埃で咳き込んだのは、単なるご愛敬だよ。
『千里ちゃん…!』
スクリーンの中の京花ちゃんに呼ばれた私が、大きく頷いて親指を立てる。
『聞いての通り、私達は大丈夫です。後は貴女次第ですよ、京花さん。』
かおるちゃんの穏やかな微笑みに客席も慣れてきたのか、さすがに2度目のどよめきは起きなかったね。
断っておくけど、かおるちゃんは感情を表に出すのが苦手なだけで、至って普通の子だからね。
『みんな、ありがとう…よし!私、今度こそ成功させるよ!』
大写しになった京花ちゃんが目元を拭ったのは、夕陽が染みたのか。
それとも、砂埃が目に入っただけなのか。
それとも…
いや、この詮索は止めておこうね。
『その意気だ、お京!総員、持ち場へ待機!』
『分かりましたわ、マリナさん!』
『はっ!承知しました、和歌浦マリナ少佐!』
『フフ…いいですよね、こういうのって…』
マリナちゃんの声に応じた私達3人は、古びたバレーボールを小脇に抱えて、再び走り出したんだ。
そうして改めて京花ちゃんを取り囲むと、次々にバレーボールを投げつけるの。
『むっ!』
腰を落とした京花ちゃんが居合刀に手を掛け、その鯉口を切った。
ここで練習風景の映像は終わり、インタビュー映像が再開されたの。
『あまりに手厳しいので、『そこまで言うんだったら貴女が演武に出てよ!』と言ったんですけど、かおるちゃんはメイドカフェの出店で忙しいみたいなので、仕方がないですよね。』
そうなんだよ。かおるちゃんは私と同じ班で、メイドカフェをやったんだよ。
メイド服姿で、「何故、私がこんな…」という困惑と恥じらいの入り交じった表情を浮かべる淡路かおるちゃんは、なかなかに味わい深かったよ。
正直言って、かおるちゃんはメイド服の何が気に入らなかったのかな?
スカートの丈が問題なら、私達が普段着ている遊撃服の方が、よっぽど短いよ。
『でも、かおるちゃんは私の為を思って、心を鬼にして練習を見守ってくれている。文句を言ったら罰が当たっちゃいますよね。』
ここまでフォローして貰えたのなら、この場に同席していない淡路かおるちゃんも安心だね。
『それに、私達の演武がいつか歴史の1ページになった時、『枚方先輩達の演武に憧れて、特命遊撃士になりました!』と言ってくれる後輩が現れたら素晴らしいじゃないですか。その為にも、悔いのない居合いを披露したいですよね。』
非の打ち所のない優等生的な答えだけど、いかにも京花ちゃんらしいよね。
『ありがとうございます。最後になりましたが、つつじ祭への来場を考えていらっしゃる皆さんにメッセージをお願いします。』
『私が出演する演武以外にも、つつじ祭では楽しい催しを沢山予定しています。つつじ祭の3日間が皆さんのいい思い出の1ページになるよう、私達も精一杯盛り上げていきますよ!』
立ち上がった京花ちゃんが、画面に向かって右手を差し出した所で、インタビュー映像は終了した。あの右手を差し出すポーズは、京花ちゃんのお気に入りみたいなんだ。
「さあ!いよいよ、居合い抜きの本番です!果たして枚方京花少佐は、自身の努力と親友達の協力を結実させられるのか?その答えは、皆様自身でお確かめを!居眠りと瞬きはNG、ですからね!」
生コメンタリー担当の京花ちゃんが、舞台上で派手に煽る。
京花ちゃんったら、自分からハードルを上げまくっているよ…




