第6章 「銀幕に誓った友情」
「さて…それでは『今回の上映する作品の中で』、雪村志帆さんが演じている正義の味方のお名前を、さっき協力してくれた客席のお友達に聞いてみたいと思います!次はどのお友達にしようかな~?」
私は自分が指名された時に、ある事に気が付いたんだよね。
京花ちゃんは明らかに、固まって座っている私達をピンポイントに当てて来ている。
最初が葵ちゃんで、その次は私。
そして、私がいささか場違いな答えをしたら、その次は…
「それじゃ、黒髪を右サイドテールにして、前髪で右目を隠している遊撃服のお友達にしようかな?」
ほらね。私が思っていた通りの展開だよ。
「やはり…か。」
あっ、マリナちゃんも気付いていたの?だよね…
自己弁護みたいだけど、いささか場違いな回答を私がしたのは、マリナちゃんに順番が回って来るように、京花ちゃんに協力したからだよ。
前ふりに気付いた上でのネタ潰しは、あんまり誉められた物じゃないからね。
「次は私の番か。面白い趣向だね、お京…」
肘掛けに手をやると、マリナちゃんは億劫そうに立ち上がった。
「ねえ、あの人ってもしかして…」
「多分…いや、やっぱりそうだよね?」
次の瞬間、私達と同年代の女の子達が、ヒソヒソと囁き始めたの。
多分、遊撃士ファンの一般人の子達だね。
プライベートという事情を察して、無闇にマリナちゃんに話し掛けなかった点は、ファンとして良い心掛けだったと評価してあげたいよね。
「それじゃ、黒い右サイドテールのお友達に質問です!今日上映する作品において、雪村志帆さんが演じた正義の味方は誰でしょうか?」
「特命遊撃士OGの雪村志帆さんが、今回の上映作品である『アルティメマンアース&アルティメゼクス 甦る超古代魔獣』で演じたのは、科学攻撃隊SATのサトナカ・ユミ隊員です。そして、雪村志帆さんは現役の特命遊撃士時代においては、実在する正義の味方として御活躍され、後進である私達に、防人の乙女としてのあり方をお示し下さいました。」
淀みのないマリナちゃんの声は、マイクなしでも朗々と場内に響き渡ったね。
「凄い!非の打ち所のない模範的な答えですね!」
舞台上で手を叩く京花ちゃんにつられて、劇場内に拍手の音が鳴り響く。
それが静まり始めた所で、マリナちゃんが再び口を開くのだった。
「私は、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局所属の特命遊撃士、和歌浦マリナ少佐です。」
京花ちゃんに促される前にマリナちゃんが名乗りをあげると、客席のあちこちから、女の子達による黄色いどよめきが上がった。
「やっぱりあの人、和歌浦マリナ少佐よ!」
「大浜歌劇団北組の白鷺ヒナノちゃんを、吸血チュパカブラから守った…」
こないだの大浜大劇場での武勇伝が、余程評判になっているみたいだね。
一応、私もあの「吸血チュパカブラ駆除作戦」には参加していたんだけどなぁ…
「特命遊撃士OGという経歴をお持ちの雪村志帆さんが演じられた、サトナカ・ユミ隊員やマスカー騎士ブラストは、私達の世代の特命遊撃士にとっては、養成コース時代の模範であり憧れです。今日こうして直接お目に掛かれる機会に恵まれた事に感謝します。」
客席のどよめきも何処吹く風。マリナちゃんは滔々と続ける。
「枚方京花少佐。」
マリナちゃんはまっすぐに舞台上の京花ちゃんを見つめていた。
「は…はい。」
「あまり気負い込まず、リラックスして対談に臨んで下さい。この堺電気館は私達の属する第2支局に程近い、ホームグラウンドのような場所です。対談のお相手である雪村志帆さんは、特命遊撃士としての我々の先輩です。吹田千里准佐や神楽岡葵准佐、そして私はもちろん、客席全員が貴官の味方です。異議のない方は、お手を拝借願います!」
マリナちゃんの煽動に促された私と葵ちゃんは、顔を見合わせて立ち上がった。
その後は、2人でスタンディングオベーション。
こんな時は部下である私達が、率先してやらないとね。
私達に触発されるように周りの席の人達が拍手を始め、それはすぐに劇場内全体に伝染していった。
すると、さしずめ私達2人が、スタンディングオベーションの感染源になるのかな?
「お分かりですか、枚方京花少佐!これこそが我々の、貴官への親愛の想いです!友情の証です!」
マリナちゃんのアジテーションは、最高潮に達していたね。
「素晴らしい御友人をお持ちなんですね、枚方京花少佐。」
舞台上の七瀬館長も、さっきの苦笑とはまるで違う、心からの笑顔を浮かべながら拍手をしていたね。
「客席の皆さん、ありがとうございます!この枚方京花少佐、客席の皆さんのお力添えと共に、コメンタリーとトークショーに臨みたいと思います!」
京花ちゃんったら、すっかり感極まっちゃっているよね。
まあ、「周りは全員味方」って認識出来たら、精神的には強いよね。
「最後になりましたが、枚方京花少佐に私から直接お伝えしたい事があります。舞台に上がる事をお許し下さい。」
劇場内の沈黙は、肯定の合図だった。
通路を進むマリナちゃんの靴音だけが、劇場内の静寂を破っていた。
縁に手を掛けてヒラリと身軽に舞台へ飛び乗ったマリナちゃんは、立ち膝の体勢からすっくと立ち上がると、そのまま京花ちゃんの前に進み出たんだ。
「無駄に気負わず、程々に気張りなよ、お京!」
そう言うとマリナちゃんは、京花ちゃんに向けて拳を差し出した。
「そうさせて貰うよ!アドバイスありがとう、マリナちゃん!」
コツンと鳴らされる、軽いグータッチ。
続いて、目線の高さで力強い握手がガッチリと交わされると、再び場内割れんばかりの万雷の拍手が打ち鳴らされたんだ。
着飾らない本音の友情って、本当に胸を打つよね。
「舞台上のお京の芸風が何かに似ていると、さっきからずっと引っ掛かっていたんだけど、やっと思い出す事が出来たよ。」
鳴り止まない拍手を背にして戻って来たマリナちゃんが、座席に腰掛けながら私達に話し掛けてくる。
「あれだよ、ちさ。鳳のモールや高鳥屋の屋上遊園地で、月1で上演してる…」
「あっ!ヒーローショーの司会のお姉さんね!」
指を鳴らす私を横目に見ながら、マリナちゃんは軽く肩をすくめた。
「全く、お京の奴と来たら…人を子供扱いするとは、大した根性だよ。」
そう言いながらも、マリナちゃんの声のトーンは明るく、クールな口元は笑いの形に緩んでいた。
それは照れ隠しという奴かな、マリナちゃん?
「いいじゃないの!京花ちゃんの力を信じた上で、親友として見守ってあげるんでしょ?マリナちゃん、千里ちゃん?」
半ばからかうような口調で、葵ちゃんが私とマリナちゃんに話し掛ける。
赤いブレザーとダークブラウンのミニスカに、ピンク色のロングヘアー。
赤系の色合いで統一されているから、赤い座席に座っていると保護色みたいになっていて、白い顔だけがボンヤリ浮き上がっているよ。
「まあね。あの司会の芸風だって、お京なりに考えての事だろうし、それに、激も直接入れられたしね。」
こうして正面を向いたマリナちゃんに釣られて、私と葵ちゃんが舞台の方を見ると、場内での注意事項の説明が始まっていた。
とは言っても、この手のイベントだったら定番の注意事項で、他のイベントの注意事項と別段代わり映えはしないんだよ。
例えば、「ゲストの変顔が記録に残ると後々の芸能活動に支障が出るので、トーク中の写真撮影は厳禁。」とか、「後ろに並んでいる方のために、ゲストへの声掛けはなるべく短く要点を捉えて。」とかね。
ねっ、どこでも言われている話でしょ?
「それでは只今より、『ガーディアン特報』のコメンタリー付き上映を始めさせて頂きます!私が大活躍するので、じっくり見て下さいね!」
京花ちゃんが舞台の端に置かれているパイプ椅子に腰掛けると、場内が暗転して、スクリーンの幕が上がっていったんだ。
いよいよ、開演だね。




