第5章 「開演直前。司会は私、枚方京花にお任せを。」
「皆さ~ん!本日はここ、堺電気館にお越し頂いて、本当にありがとうございま~す!良い子のお友達も、大きなお友達も、本当にありがとう!」
マイクを片手に舞台上に現れたのは、青い左サイドテールと明朗快活な表情が特徴的な、私と同年代の少女だった。
私やマリナちゃんと同様、目映い白の遊撃服に、その身を包んでいる。
その後を付き従うのは、まだ30代の年若い館長さんだ。
「京花ちゃん?!」
私の右隣の席で、葵ちゃんが呆気に取られた表情で座っている。
そう。今まさに堺電気館の舞台上でハンドマイク片手に明るい声を張り上げている、明朗快活な主人公気質の子こそが、マリナちゃんと私の共通の親友にして御子柴1B三剣聖が一角、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局に所属する特命遊撃士、枚方京花少佐なのだ。
「はいっ!自己紹介が遅れちゃいましたけども、私は人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局に所属している、特命遊撃士の枚方京花少佐です!今回は、堺電気館の七瀬三四子館長に御無理をお願いして、司会進行役もさせて頂いちゃいました!」
「堺電気館館長の七瀬です。枚方京花少佐には、『ガーディアン特報』のコメンタリーと、トークショーのパネラーだけをお願いする予定だったのですが、枚方少佐の御厚意により、前説と中入りの司会も御担当頂きました。」
元気一杯な京花ちゃんの横で、七瀬三四子館長は苦笑いを浮かべている。
「ねえ、マリナちゃん…私、京花ちゃんが司会進行役を引き受けているとは思わなかったよ。」
この分だと、どうやら私達の心配は杞憂に終わったようだね。
「ちさ…引き受けたんじゃなくて、お京から言い出したんだよ。しかし、お京の奴も考えたね。司会進行役を買って出る事で、照れ臭さのリミッターを自分から振り切ってしまえば、対談中も舞い上がって頭が真っ白にならずに済むな。」
最初は呆気に取られていたマリナちゃんも、今はすっかり落ち着きを取り戻したようで、舞台上の京花ちゃんを冷静に分析して、自分の解釈に納得している。
「それにしても、お京の今のノリはどこかで見覚えがあるような…」
マリナちゃんの指摘で私も気付いたんだけど、確かに既視感があるんだよね、京花ちゃんの今のテンションには。
「私は今日、『ガーディアン特報』のコメンタリーのゲストとして来館させて頂きましたが、今日は素晴らしいゲストの方を、もう1人御用意させて頂いています!客席のお友達は、よく知っているよね?知っているお友達は元気な声で、『知ってま~す!』ってお返事をしてね?それじゃ客席のお友達!今日のゲストが誰か知っていますか?」
困惑の表情を浮かべたマリナちゃんと、私は顔を見合わせた。劇場内を見回してみたら、私達以外の他のお客さんも、「あれっ?」って表情を浮かべている。
「どうしたの、客席のお友達?京花お姉さんが客席のお友達に、もう一度質問するよ?今日のゲストが誰か、知っていますか?」
これ、言わないといけないパターンの奴だよね?
「さん、はい!」
「知ってま~す!」
マリナちゃんや葵ちゃん、そして私を始めとする客席の返事に気を良くした京花ちゃんは、舞台上で満面の笑みを浮かべていた。
「はい!元気一杯なお友達で、京花お姉さんも大満足です!それでは今日のゲストが誰なのか、客席のお友達に聞いてみたいと思います!さ~て、それじゃどのお友達にしようかな~っ?」
そう言うと京花ちゃんは、舞台上から客席を物色し始めたの。
「それじゃ、後ろの方の席に座っている、赤いブレザーを着たピンク色の長い髪のお友達!」
京花ちゃんが指差したのは、私の右隣に座っている葵ちゃんだった。
「あっ、はい!」
指名された葵ちゃんは、弾かれるように座席から飛び上がっちゃったの。
「今日のもう1人のゲストさんのお名前を、元気一杯に言って貰えるかな?」
「はい!今日のゲストは、アクション女優の雪村志帆さんです!」
言われた通りの元気一杯な声だった。素直な子だよね、葵ちゃんって。
「そう!雪村志帆さんだね!答えてくれたお友達、本当にありがとう!差し支えなければでいいんだけど、お名前を聞かせてくれないかな?」
「はい!神楽岡葵と言います!」
京花ちゃんも、知っていてよく聞くよね。
「葵ちゃんだね?ありがとう!それじゃあ葵ちゃんには、京花お姉さんから素敵なプレゼントがあるから、サイン会の時に必ず申告してね?これは京花お姉さんとの約束だからね!」
入場の時に貰った缶バッジとは別個に、プレゼントまで用意しているの?堺電気館も、なかなかに太っ腹だね。
「それじゃ、次の質問だよ?今日のゲストの雪村志帆さんは、みんなが大好きな正義の味方を演じていたんだけど、会場のお友達に聞いてみようかな?じゃあ次は…さっきのお友達の左隣に座っている、遊撃服を着た黒いツインテールのお友達!」
舞台の上に立つ京花ちゃんは、まっすぐに私を指差していたの。それも、しっかり目線をロックオンさせてね。
「えっ…?私?」
座席の左右から、「クスッ!」という小さな笑い声が聞こえる。
素っ頓狂な声を出しながら自分の鼻を指差していた私は、端から見れば相当に間が抜けていたんだろうね。
「御指名だよ、ちさ。」
「千里ちゃん、京花お姉さんがお待ち兼ねだよ!」
両脇からマリナちゃんと葵ちゃんに手を差し込まれて、私は半ば強引に座席から立たされてしまったんだよ。
いやぁ、参ったなあ…
「協力してくれたお友達、本当にありがとう!それじゃ、そこの君に質問だよ!今日のゲストである雪村志帆さんが演じた、正義の味方の名前は?」
仕方ない!こうなったら、なるようになれだよ!
「それは、マスカー騎士フラッシュです!」
京花ちゃんは一瞬だけニヤッと笑うと、すぐに考え込むジェスチャーを始めた。
そのジェスチャー、大袈裟過ぎてわざとらしいよ。
「うーん…確かに正解なんだけど、京花お姉さんとしては、今日の上映作品から選んで欲しかったかな?まあ、いいや!答えてくれた君にも、プレゼントをあげるね!それじゃ、ツインテールのお友達!良かったら京花お姉さんに、お名前を教えてね?大きな声でだよ!」
「はっ、枚方京花少佐!自分は、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局所属の特命遊撃士、吹田千里准佐であります!」
踵を打ち鳴らして姿勢を正した私は、舞台に向かって敬礼をするのだった。
どよめきと共に拍手が起きる。私の敬礼は美しく決まったみたいだね。
「ありがとうございます、吹田千里准佐!特命遊撃士養成コースの教則本の次期改訂版に、今の貴官の写真を載せたくなる程に、模範的で美しい敬礼でしたね。それでは吹田千里准佐、貴官の着席を許可します!」
「はっ!承知しました、枚方京花少佐!」
私は再度敬礼した後、舞台に深々と一礼して自分の席に腰掛けた。
幾ら親友とは言え、京花ちゃんが私の上官である事に変わりはないからね。
それに、元を正してみれば、特命遊撃士としての正式の応対を反射的にやっちゃったのは、この私なんだからさ。
それにしても、私が敬礼をする度に拍手が上がるのは、満更悪い気がしないね。
このうちの何人かが、私の後援者になってくれたら嬉しいんだけどな。




