第4章 「友情…それは、信じる事」
「いいなあ、京花ちゃんは…あのマスカー騎士ブラストを演じた雪村志帆さんと、大人数を前にして間近でお話出来るんだから!」
京花ちゃんに言及した時の葵ちゃんの口調が妙に刺々しかったのは、ただ単に雪村志帆さんと対談出来るのが羨ましかったからなんだね。ちょっと安心した。
「私なんて待ち遠しくて、なかなか寝付けなかったんだよ。早く寝ようとして寝酒にソーダハイを飲んでいたら、気付いたらボトル1瓶空けちゃって、それでも寝られなくて…」
確かに、よく見たら目の下に黒い隈が出来ているね、葵ちゃん。
「そこなんだよ、私の気掛かりは。お京の奴、憧れのサトナカ隊員を前にして舞い上がったり、のぼせ上がったりしなければいいんだけどな…」
なるほど、マリナちゃんは細かい所までよく考えているな。それじゃ、私もマリナちゃんを見習って、私なりの細かい気遣いを試みてみようかな。
「ねえ、葵ちゃん。葵ちゃんは雪村志帆さんの前に立った時、落ち着いていられそう?私は緊張で頭が真っ白になっちゃうかも知れないな。だって、子供の時にテレビ越しに応援していた、サトナカ隊員が目の前にいるんだから。」
取り敢えず、葵ちゃんの嫉妬心が京花ちゃんへのわだかまりにならないように先手を打ってみよう。そう考えて、葵ちゃんに話し掛けてみたの。
「そうだね…私も志帆さん御本人をいざ前にしたら、頭の中が真っ白になっちゃって、言いたい事も大して言えないかも。サインを書いて貰う間ですら緊張するのに、45分間も対談するなんて、京花ちゃん大丈夫かな?私、対談相手にならなくて良かったかも。」
こう言うと葵ちゃんは、腕組みをして考え込んでしまった。
何だか、マリナちゃんの仕草が伝染したみたいだね。
それにしても、葵ちゃんが物分かりの良い子で助かったよ。
「万一、お京がしくじった時は私達3人でフォローしよう。いいね、2人とも。」
私と葵ちゃんの准佐2人は、マリナちゃんに無言で頷いた。
「とは言うものの、客席にいる私達が京花ちゃんにしてあげられる事なんて、何かあるのかな、マリナちゃん?」
葵ちゃんの質問に、マリナちゃんは難しい顔をして考え込んでしまった。
「一応、ラインを起動したスマホをマナーモードにして、対談中も忍ばせておくように指示はしておいたけど…」
「京花ちゃんの台詞が飛んだ時に、私達がラインでカンペを送るの?」
私の確認に対してマリナちゃんは、あまり自信がなさそうに頷いた。
「精々この程度かな、客席から私達が出来る事と言えば…」
「改めて確認したいんだけれど、2人にとっての京花ちゃんって、親友だよね?」
先程までの能天気な雰囲気から一変、シリアスな表情に改まった葵ちゃんが私とマリナちゃんに質問をぶつけてくる。
普段ヘラヘラしている人の真顔って、ビクッとするよね。
「お京が親友か、だって?当たり前だろう?分かりきった事を聞くなよ。」
「そうだよ、葵ちゃん。真顔になって何を急に言い出すのかと思えば…」
私とマリナちゃんが呆れ返った表情を浮かべても、葵ちゃんの真顔は、少しも崩れなかったね。
それどころか、真顔の表情を保ったままで座席から立ち上がっちゃったよ。
「だったら京花ちゃんの事を信じてあげなくちゃ。サインを頂くだけの私でさえ、昨日はなかなか寝付けなかったんだよ。京花ちゃんは私以上に緊張しているかも知れない。そう気付かせてくれたのは、千里ちゃんじゃない。」
「それは…」
こう言われると、私も返す言葉がないね。
「子供の時からの憧れのヒロインとの対談で、下手な真似は出来ないって事は、京花ちゃん自身が一番良く分かっていると、私は思うんだ。だから京花ちゃんは、この晴れの舞台を人生の汚点にしないように最大限の心の準備をしてきたと思うの。2人が京花ちゃんの親友なら、そんな風に親友の事を信じてあげても罰は当たらないと思うよ。」
一気にまくし立てた葵ちゃんは、ストンと音を立てて深く座席に座り込んだ。
「確かにな…今日がしくじれない大事な局面だという事は、お京本人が一番身に染みてわきまえているだろうな…」
同じく真顔になったマリナちゃんが、腕組みをしながら深刻そうに考え込む。
「うん…こんな時に信じてあげられなかったら、京花ちゃんの親友失格かもしれないね、私達って…」
何だか、意外な角度から横っ面を張られて活を入れられた気分だよ、私。
「ゴメン…!私、言い過ぎちゃったかも!」
黙りこくってしまった私達の反応に面食らった葵ちゃんが、真顔を解いて狼狽え出した。そのコミカルな狼狽様を見たマリナちゃんは、クスッと笑って葵ちゃんに向き直った。
「いや、いいんだよ。むしろ、いい事に気付かせて貰えたから感謝しているんだ。お京を信じて見守ってやる。それが親友である私達の務めだとね。」
「私達は互いを信じ合える親友だから、どんなに苦しい戦局も、私達は背中を預け合って勝利を掴んで来られた。だから今回も京花ちゃんを信じて、この客席から静かにエールを送りながら見守ろうと思うんだ。」
私とマリナちゃんの答えを聞いた葵ちゃんは、満面の笑みを浮かべた。真顔よりも今の表情の方が、葵ちゃんのキャラによっぽど合っているよ。
「でも、私は分かっているよ。マリナちゃんが京花ちゃんの事を案じたのは、京花ちゃんを想っての事だってね。」
「まあ…否定はしない、かな?」
2人の会話を耳にしながら、私は腕時計に目を落としたんだ。
もうそろそろ、開演前の挨拶が始まる頃だね。
いつもなら、堺電気館の館長さんが出てくるんだけど…




