第2章 「開場直後。堺電気館に集う、特命遊撃士の乙女達。」
「ちさ、さっきから何をそんな風にニヤニヤしているんだ?」
私の左隣の席で、私と同じ遊撃服を着た子が腕組みしながら呆れ顔で呟いた。
「えっ…私ってニヤけていたかな、マリナちゃん?」
「ああ。しっかりニヤついていたよ、ちさ。何か良い事でもあったのか?」
この、黒髪を右サイドテールに結び、右目を長めの前髪で隠した子の名前は、和歌浦マリナちゃん。
私と同じく、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局に所属する特命遊撃士で、階級は少佐。
個人兵装は大型拳銃。
私より階級が1つ上で、御子柴高等学校1年B組だからクラスも別だけど、私の大切な親友である事に変わりはない。
釣り気味の赤い瞳の片方を前髪で隠した外見とクールな言動から、一見すると、氷で出来た剃刀のように鋭くて冷たい印象を受けてしまうけれど、その本質はと言うと、友達想いで熱いハートの持ち主だよ。
ちなみに「ちさ」っていうのは、私が第2支局に正式配属されたばかりの頃に、マリナちゃんが付けてくれたニックネームだよ。
「千里ちゃんがニヤニヤしちゃうのも当然だよ!だって、今日はあのマスカー騎士ブラストに変身する神無月希望を演じた、雪村志帆さんのサイン会だよ!」
私の右隣の席では、赤いブレザーとダークブラウンのミニスカを着たピンク色の長い髪の女の子が、待ち遠しそうな表情を浮かべていた。
この、ピンク色の髪を背中まで伸ばした子の名前は、神楽岡葵ちゃん。
私やマリナちゃんと同じく、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局に所属する特命遊撃士で、階級は私と同じ准佐。
個人兵装は、可変式ガンブレード。
御子柴高等学校1年A組だから、ここまでは私と全く同じプロフィールだね。
私やマリナちゃんと違って、葵ちゃんは赤いブレザーとダークブラウンのミニスカを着ているけれど、薄暗い劇場内にある赤い座席に座っていると保護色になりそうなブレザーとミニスカは、御子柴高等学校の一般生徒仕様の制服なの。
もっとも、葵ちゃんの制服は遊撃服と同じ素材で出来た特注品で、登録申請も済んでいるから、人類防衛機構も正規の遊撃服として取り扱ってくれるよ。
御子柴高校は人類防衛機構の提携校だから、一般生徒と同じデザインの制服を着たいという御子柴高校在籍の特命遊撃士は、支局と高校に申請さえすれば遊撃服と同素材の制服を誂えてくれるけど、大量生産が出来ないから割高になるね。
ちなみに私やマリナちゃんが着ている遊撃服は、官給品だからタダだけどね。
割高を承知の上で、特注品の制服に袖を通す特命遊撃士の子には、「我の強いこだわり派」という傾向を見る事が出来るかな。
この神楽岡葵ちゃんにも、多少はその傾向があるのかもしれないね。
葵ちゃんの顔は、第一印象としては私と同系統の童顔に見えるけど、青い瞳はいささか釣り目気味で、意志の強さが現れている。
ニーハイソックスの代わりに履いた黒い網タイツも、大人っぽいセクシーさの表現というよりは、アバンギャルドな自己主張の現れだね。
でも、葵ちゃんの我の強さと凝り性が如実に現れているのは、その趣味趣向だと思うの。
葵ちゃんは特撮ヒーロー番組の熱心なファンで、「正義のヒーローになって人々に希望をもたらす。」という子供の時の夢を叶えるために特命遊撃士の道を志したんだ。
そんな葵ちゃんのイチオシのヒーローは、私達が小学校低学年の時に放送されていた「マスカー騎士フラッシュ」なんだ。
私達の親世代の人達が子供だった27年前に産声を上げた特撮ヒーロー番組「マスカー騎士」は、日本が誇る等身大ヒーローの金字塔として今も大人気。
カッコいい仮面とアーマーを身に付け、オートバイを自由自在に操るその姿と、サイボーグ怪人を操る巨大な悪の軍団相手に孤軍奮闘するハードボイルドな作風に釘付けになった人達は多いけれど、元化10年代後期から始まった新世代シリーズは、初期シリーズで育った若きクリエイター達によるリアリティーと外連味を両立したハイスペックな作風に、若手イケメン俳優とアクションスターを全面に押し出したキャスティングで、子供や特撮ファンはもちろんの事、若い女性や中高生の絶大な支持を集めたの。
その「新世代マスカー騎士シリーズ」の1作である「マスカー騎士フラッシュ」は、準主人公として活躍する女性マスカー騎士の、マスカー騎士ブラストに注目が集まったんだ。
女性アクションスターの雪村志帆さんがマスカー騎士ブラストのスーツを着用してアクションを行い、その上で変身前の女子大生・神無月希望も演じたんだけど、主人公の岸アキラ/マスカー騎士フラッシュを凌駕するド派手なアクションシーンで大人気だったの。
今日は、そんな雪村志帆さんを招いてのトークショーとサイン会が、この堺電気館で行われるんだ。
「そうでしょ、千里ちゃん!」
「アハハ…まあね、葵ちゃん。」
うーむ…本当はその理由じゃないんだけど、思い出し笑いに比べたら健全な理由だから、訂正せずに葵ちゃんの解釈を頂いちゃおうかな。
「やっぱりそうなんだ!私、記念撮影ではブラストの変身ポーズを取ろうかな?」
葵ちゃんが今取っている右手をかざしたポーズは、神無月希望がマスカー騎士ブラストに変身する時に取るポーズだよ。
「でもね、葵ちゃん。志帆さんは今日、『アルティメマンアース』のサトナカ・ユミ隊員としてサイン会をやるんじゃない?だって、今日の上映作品は『アルティメマンアース&アルティメゼクス 甦る超古代魔獣』だよ。」
このように言いながら私が広げている上映プログラムには、アルティメマンアースとアルティメゼクスが大きく描かれていた。
そう。雪村志帆さんはマスカー騎士だけではなくて、アルティメマンにも出ていたんだよね。
マスカー騎士シリーズが日本の等身大ヒーローシリーズの金字塔なら、アルティメマンシリーズは日本の巨大ヒーローシリーズの代表作だね。
劇場用の怪獣映画を製作していた丸川プロダクションが、そのノウハウを注ぎ込んで30年前に製作したテレビシリーズ「アルティメマン」は、国産初の巨大ヒーロー番組として、当時の子供達のハートを鷲掴みにした。
そして、新世代マスカー騎士シリーズに触発されたように、アルティメマンシリーズも元化10年代後半に復活したんだ。
元化19年に「アルティメマンリスタ」で始まった新シリーズは、初代アルティメマンの世界である「銀河近衛隊シリーズ」とは別の宇宙を舞台にしているので、「元化アルティメシリーズ」と呼ばれているの。
そして、今回この堺電気館にゲストとして来られる雪村志帆さんは、「元化アルティメシリーズ」の第2作「アルティメマンアース」の防衛チームである、科学攻撃隊SAT(science attack team)のサトナカ・ユミ隊員を演じたんだよ。
サトナカ隊員は明朗快活な性格のお姉さんだったから、私も大好きだったな。
アルティメマンアースに変身するナガセ・タイチ隊員が、苦悩するタイプの主人公だったから、余計にサトナカ隊員の明るさが目立ったんだよね。
サトナカ隊員は明るいだけじゃなくて、北辰一刀流の使い手でもあるの。等身大の侵略宇宙人をバサバサと斬り捨てて、巨大怪獣の弱点を日本刀でピンポイント攻撃する事でアルティメマンアースの危機を救うシーンは、今思い出しても痺れるカッコ良さだよね。
人気の高いサトナカ隊員は、次回作の「アルティメマンガッツ」にも続投して、科学攻撃隊SATの後継組織である超科学攻撃隊SSAT(super science attack team)の隊長としても大活躍だったね。
「リスタ」・「アース」・「ガッツ」の3作で子供時代を過ごした、私達の世代の特命遊撃士だと、サトナカ・ユミ隊員を目標にしている子も少なくないんだよね。
「私、サトナカ隊員も大好きだよ!どちらかと言うと、『ガッツ』で隊長に昇格した後の方が好きかな。『アース』時代の激闘を乗り越えた結果が、個性的なSSAT隊員をまとめあげるあの頼もしさなんだよね。私の養成コース時代の目標はサトナカ隊員だったんだけど、まだまだその背中は遠いよね。」
どうやら葵ちゃんも、そのクチみたいだね。




