第12章 「緊急救助指令!共闘せよ、防人の乙女!」
危なかったね…
あのままタクシーが爆発していたら、市民憲章の石碑と国旗掲揚施設が壊れる所だったよ。寄贈してくれた人達に申し訳が立たなくなるよ…
「ちさ、アオ!よくやったね!」
愛用の大型拳銃に弾丸を再装填しながら、私と葵ちゃんに向かってマリナちゃんが笑いかける。私と葵ちゃんは敬礼でそれに応じた。
「良かった、これにて一件落着…」
敬礼の姿勢を崩した葵ちゃんが、赤いブレザーのポケットから取り出したハンカチで自分の額を拭おうとした、まさにその時だった。
「誰か手を貸して!この運転手さん、今にも死にそうだよ!」
ビジネスホテルに面した歩道で、京花ちゃんが叫んでいる。
どうやら、残念ながら一件落着じゃなかったようだね、葵ちゃん。
私達3人が駆け寄ると、仰向けに寝かされた運転手さんに向かって、京花ちゃんが必死になって心臓マッサージをしていたんだ。
「この運転手さん、タクシーから引きずり出したまでは良かったんだけど、息をしていないの!脈も変だし…」
どうやら、タクシーが暴走車になった原因は、運転手さんの急病と考えて、まず間違いないみたいだね。
「吹田千里准佐!貴官は119番に連絡されたし!神楽岡葵准佐は、至急AEDを調達せよ!」
マリナちゃんは本当にテキパキしているよね。
こういう差し迫った時にはニックネームではなくて、「フルネーム+階級」で呼ぶんだから、私達も自然と身が引き締まるよ。
「承知しました、和歌浦マリナ少佐!」
私と葵ちゃんはサッと敬礼すると、与えられた任務に取り掛かった。
通報のために私がスマホを取り出すやいなや、葵ちゃんはAEDを求めて県庁舎に駆け込んでいった。
AED、正式には自動体外式除細動器。
みんなもAEDが必要になったら、ひとまず市役所や学校などの公共施設に行くといいよ。
公共施設がなければ病院か商業施設。
駅にだってあるよ。
探せばどこかに必ずあるから。
「念のため、支局の医務室にも連絡するよ、マリナちゃん!」
119番に電話をかけ終えた私が叫ぶと、マリナちゃんは勢い良く頷いた。
「ちさ、いい判断だ!確かに支局のアンビュランスの方が速いかも知れない!連絡が終わったら、心臓マッサージの交代要員をやってくれ!お京の次は私、その次はちさが心臓マッサージをやるんだ。AEDが届くまで、心臓マッサージの手を休めるなよ!」
私がスマホで支局の医務室を呼び出すのを尻目に、マリナちゃんは心臓マッサージを続ける京花ちゃんの傍らにしゃがみ込んだ。
「そろそろ変わろうか、お京。心臓マッサージは疲れるからね。」
「ありがとう、マリナちゃん。だけど、私はまだまだ大丈夫だよ。だって私達、人類防衛機構に所属する特命遊撃士なんだよ。」
京花ちゃんの辞退は、親友であるマリナちゃんへの気遣いという意味もあるけど、言葉通りの意味も込められているよ。
私達特命遊撃士は特殊能力である「サイフォース」を発現させているので、常人とは比べ物にならない身体能力を持ち合わせているの。
そしてそれは、持久力に関しても同じ事。
普通の人だったら、あっという間にクタクタになってしまう心臓マッサージも、私達なら苦にはならないね。
むしろ、強靭な力で勢い余って肋骨を粉砕しないように手加減するのが、ちょっと煩わしいくらいかな。
「でも、交代出来る状況だったら、交代して休んだ方がいいと思うよ。」
私やマリナちゃんの後ろから現れたのは、アクション女優にして特命遊撃士OGの雪村志帆さんだ。その後ろには、志帆さんに救出された妊婦さんが所在無げにくっついている。
「それにマリナさんも、今は休んだ方がいいよ。心臓マッサージなら私が代わるから。」
そう言うと志帆さんは、京花ちゃんとマリナちゃんを視線で退かせると、京花ちゃんの代わりに心臓マッサージを始めるのだった。
「貴女達の気持ちは素晴らしいと思うの。でも、貴女達は暴走タクシーを止めた時の緊張と精神的疲労が抜けきっていないはず。仮に身体は疲れていなくても、心だって疲れるのよ。特命遊撃士だって、心は普通の人と変わらない…無理をしてはいけないわ…」
ご自身も特命遊撃士だった経験のある雪村志帆さんの言葉には、重みと説得力が備わっていたね。
「でも、志帆さんだって妊婦さんを助けた時に疲れているはずなのに…」
「ありがとう、京花さん。気持ちは嬉しいわ。それなら今は休んで英気を養って。休める時は休む。それも立派な特命遊撃士の心構えよ。それに、私だって特命遊撃士OGなのよ。現役の子達の前で、先輩らしい事をしたいじゃない?」
AEDを手にした葵ちゃんが大急ぎで県庁舎から戻ってきたのは、志帆さんが心臓マッサージを始めてすぐの事だった。
そのため、私やマリナちゃんの順番は回って来なかったね。
「お待たせ!AEDを持って来たよ!」
「ありがとう!後は私に任せて、葵さん。」
葵ちゃんからAEDを受け取った志帆さんは、アナウンスに従って電極パッドを運転手さんの身体に貼り付けていき、手慣れた手付きでAEDを起動させた。
「手際が良いですね、志帆さん。」
「AED講習会には、毎年欠かさず出席しているのよ。」
感心するマリナちゃんに、志帆さんは微笑を浮かべて応じながら、AEDの放電ボタンを押したんだ。
「もしかして、泉谷タカユキさんが開講されている講習会ですか!?『マスカー騎士フラッシュ』で志帆さんと共演された!」
葵ちゃんがピンク色の長髪をなびかせて、青い瞳を輝かせながら身を乗り出す。
特撮ヒーロー番組の「マスカー騎士フラッシュ」で主人公の岸アキラを演じ、志帆さんとも共演した俳優の泉谷タカユキさんは、撮影中に倒れたスタッフをAEDで救助した経験から、ボランティアでAED講習会を開講していると、ネットニュースで話題になっていた。
まあ、「マスカー騎士」シリーズの熱心なファンである葵ちゃんにとっては、一般教養レベルの知識なのかも知れないね。
「詳しいわね、葵さん。泉谷君の開講している講習会には、特撮番組で共演した役者仲間が大勢参加しているの。私も泉谷君に誘われたクチなのよ。」
テレビの中で人々を守るために戦うヒーローを演じた人達が、現実世界でも人助けをするって、とっても良い事だよね。志帆さんの場合は、特命遊撃士OGという経歴も大きく関わっているとは思うけどね。
そうこうしている間に、AEDの電気ショックを受けた運転手さんの身体がビクンと跳ね上がり、しばらくすると、少し荒いが継続的な呼吸が回復した。
どうやらAEDのお蔭で、心室細動が改善されたみたいだね。
「脈拍も正常化しつつあるけど、油断は禁物ね…」
運転手さんの右手を取り、胸に耳をあてていたマリナちゃんが言った。
何だか、志帆さんにリーダーシップを取られちゃったので、手持ち無沙汰になったようにも見えなくはないね。




