第11章 「迫る暴走車!救え、3つの命!」
次の瞬間、堺電気館の前にある横断歩道に、一条通の鳳方面から黒いタクシーが猛スピードでいきなり突っ込んで来たの。
しかも、歩行者信号が青にも関わらずにだよ。
私は最初、悪質な信号無視かと思ったんだけど、どうやら事情は少し違っていたみたいなの。
ドライバーである初老男性は、苦しそうに胸を押さえた姿勢のままで、その意識を完全に失っていたんだ。
この時点では、不整脈か心臓発作かまでは分からなかったけど、少なくとも一刻を争う緊急事態である事だけは確かだったね。
おまけに横断歩道には、男女共同参画センターか市立総合福祉会館あたりで行われていたセミナーの帰りと思われる妊婦さんが取り残されていたんだから、より一層切迫してきたよ。
おじさんドライバーに妊婦さん。
そして、妊婦さんのお腹の中にいる新しい命に関わる事態だもの。
下手をすれば、無関係な通行人にも多大な犠牲が出ちゃうかも知れないしね。
このような緊急時には頭と身体の両方が瞬時に動くのが、人類防衛機構に所属している私達の自慢なんだよ。
特命遊撃士養成コース時代から続けている、基礎訓練の賜物だよ。
短距離走選手を思わせる美しいフォームで横断歩道を駆ける京花ちゃんに、そのライバル選手のように猛スピードで後を追う雪村志帆さん。
まだまだOGも負けていないね。
妊婦さんを抱き抱えた志帆さんが暴走タクシーに轢かれるかと思われた次の瞬間には、志帆さんと妊婦さんの身体は高く跳躍していたんだよね。
その姿はまるで、ピーター・パンとウェンディみたいだよ。
ピーター・パン役はアクション女優の雪村志帆さんだからともかく、ウェンディ役は妊婦さんだから少しふっくらしていたけどね。
まあ、ウェンディも「ピーター・パン」のラストでは子持ちのお母さんになっていたから、別にいいかな。
新たな命を宿したウェンディを抱えた志帆さんは、艶やかな黒髪をなびかせながら飛翔して、1階に牛丼屋のチェーン店が入った雑居ビルの屋根へと、静かに降り立ったの。
一方、妊婦さんの保護を志帆さんに任せて横断歩道に残った京花ちゃんは、迫り来る暴走タクシーと対峙していたんだ。
京花ちゃんの左手に握られた白い柄から、目映い真紅の光が、フォトン粒子独特の匂いを伴って迸る。
白昼の日差しの中でも鮮やかに輝く真紅の光の刀身。
これが京花ちゃんの個人兵装である、レーザーブレードの輝きだよ。
「やっ!」
軽く大地を蹴って飛び跳ねた京花ちゃんが、左手のレーザーブレードを一閃させると、黒いタクシーの屋根はザックリと大きく切り裂かれていた。
居合刀よりもレーザーブレードの方が、京花ちゃんの手つきが鮮やかだよね。
京花ちゃんに居合いを手解きした淡路かおるちゃんや、京花ちゃんを演武に推薦した人には申し訳ないけれど、やっぱり使い慣れた得物が一番だよね。
「はっ!たあっ!」
屋根の裂け目から右手を突っ込んで運転手の襟首を掴んだ京花ちゃんは、比較的無傷な後ろの屋根を足場にして2回目の跳躍を試みたんだ。
「ふっ…」
2人分の体重で、タクシーの屋根にポッコリと大きな窪みを作りながらも、2段ジャンプに成功した京花ちゃんは、初老のタクシードライバーを小脇に抱えて、ビジネスホテルの入口付近へと静かに着地した。
ドライバーを失い、レーザーブレードで大きく切り裂かれた屋根を踏みつぶされても、暴走タクシーの勢いはまだまだ止まらない。
「タイヤを撃ち抜くよ、葵ちゃん!」
「任せてよ、千里ちゃん!シューティングモード・アクティブ!」
レーザーライフルを構えた私に応じて、葵ちゃんが個人兵装のガンブレードをシューティングモードにして作動させる。
「撃ち方始め!」
レーザーライフルとガンブレードから放たれた閃光に穴を穿たれた4本のタイヤが、次々とバーストしていく。
タイヤは黒煙となって雲散霧消したけれど、ゴムの焼ける異臭が周囲に残り香として漂っている。
この煙は有毒ガスだから、無暗に吸っちゃ駄目だよ。
もはや円形とは呼べない姿にひしゃげたホイールと車体下部が、アスファルトで覆われた路面と擦れ合って凄まじい騒音を立てる。
それはさながら、車体をアスファルトで磨り潰されるタクシーが上げる、断末魔の悲鳴のようだった。
それでもタイヤを失ったタクシーは、地球の持つ摩擦力には抗えずにその速度を落としていき、やがて堺県庁舎高層館付近の歩道に乗り上げて停車した。
私と葵ちゃんがホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、ほとんどスクラップになったタクシーの車体から、プスプスと黒い煙が上がり始めたの。
「大変!このままじゃガソリンに引火しちゃうよ、千里ちゃん!」
悲鳴のような声を上げる葵ちゃんが、蒼白になった顔を私に向けた。
不謹慎だけど、名前に違わず「青い」顔だね。
ピンク色の髪と相まって、とっても派手でカラフルだよ。
「いけない!私、消火器取りに行って来るよ!」
駆け出そうとした私の顔も、葵ちゃんに負けず劣らず真っ青だったろうね。
「ちさ、それだと間に合わないよ!」
私の足を止めたのは、大容量タイプの消火器を両脇に2本も抱えた、マリナちゃんの声だった。
いつの間に、どこからかき集めて来たの、その消火器?
「2人とも、その消火器をタクシーに目掛けて投げるんだ!グズグズしていたら大惨事だよ!」
消火器を歩道に置くと、マリナちゃんは遊撃服の内ポケットから、愛用の大型拳銃を取り出したんだ。
「よし!やろうか、葵ちゃん!」
「うん、千里ちゃん!」
私と葵ちゃんは顔を見合わせると、消火器を持ち上げた。
「消火器用意!投げ!」
マリナちゃんの指示を合図にして、私と葵ちゃんは消火器を放り投げた。
私はバレーボールのサーブの要領で投げたんだけど、葵ちゃんの投げ方は砲丸投げのフォームだね。
大型の消火器だから手榴弾と同じ投げ方が出来なくて、見事なまでに投擲フォームがバラバラだよ。
2本の消火器は、しばらく綺麗な放物線を描いた後、燻り始めたタクシーのスクラップに目掛けて、重力に従って落ちていった。
大型拳銃が2回轟き、落下する消火器に風穴を穿つ。
銃弾で風穴を空けられた消火器は内側から破裂し、吹き出した消火剤の泡がタクシーの黒い車体を白く塗り潰していく。
こうしているうちに黒煙が次第に細くなり、程なくして鎮火したんだ。




