第1章 「キネマの殿堂・堺電気館」
堺県堺市堺区御幸通19番地。堺電気館。
人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局ビルの向かいにあるこの建物は、今でこそ名画座として営業しているけれど、鳳や泉北にあるようなシネコンが普及する以前は封切の映画館だったらしい。
そのまた昔の開業当初は、落語や漫才を上演する「七尾亭」という寄席だったらしいんだけど、これは私が生まれるずっと前の出来事だから、あまりピンと来ないな。
そもそも、七尾亭が存在していたのは明治から大正にかけてだから、私はもちろんだけど、私の両親や祖父母すら生まれていないんだよね。
寄席時代の名残が、何でもいいからほんの少しでも残っていれば、当時を偲ぶ事は出来るんだけど、建物は何度も建て直されて、私が今座っているのは4代目の電気館らしいの。
外にある看板やスクリーンに架けられている幕、そしてゲストとして来館された映画関係者のサインが記された大扉は3代目時代からの名残らしいけど、寄席時代の什器は残っていないみたい。
まあ、寄席から映画館にリニューアルされたのは大正4年の話だから、残っていれば奇跡だよね。
当時の住所も今の場所じゃなくて、宿院の近くだったらしいし。
考えてみれば、建物や場所っていう代物は、存在している時はそれが当たり前の感覚になっているから、なくなってから初めてその存在感と有り難みを実感するんだよね。
もっとも、御子柴高等学校1年A組に通う御年16歳の私こと、この特命遊撃士の吹田千里准佐にしてみれば、今の堺電気館こそがデフォルトの状態なんだよね。
適度な傾斜のかかった場内の床は何とも味わい深いし、寄贈団体である株式会社堺重工の社名が金糸で刺繍された赤い幕は地元色が色濃く出ている。
鳳や泉北にあるような大規模なシネコンとは、また違った情緒があるよね。
1階のテナントにコンビニが入っているのも、色々と便利だしさ。
それに、この赤いベロア生地が張られたフカフカの座席と来たら、座り心地が良過ぎて、うっかりすると寝入ってしまいそうだね。
オールナイト興行の時なんかは、昼間に充分な睡眠をとらないと寝落ちする危険性があるから、気を付けないと。
「痛っ…!」
いけない。
思わず深々と座席に身体を預けたせいで、ツインテールにした黒髪を背もたれと背中でサンドイッチにしちゃったよ。
引っ張られて毛根が傷んじゃったら、困るなぁ…
軽く背中を浮かせてツインテールを自由にすると、何となく目線が下を向く。
幼児体型の傾向が多分にある私の小柄な身体は、黒いセーラーカラーとベルトが付いた白い服と、黒いミニスカに包まれていた。
奇抜な学生服に見えなくもないこの服は、特命遊撃士の証とも言える遊撃服だ。
特殊繊維製だから通常の攻撃ではびくともしないし、生地にはナノマシンも練り込んでいるから、再生能力も備わっている優れ物だよ。
白と黒を基調にしているから、赤い座席に座っていると嫌でも目立つね。
遊撃服と同じ特殊繊維製の黒いニーハイソックスと茶色いローファー型の戦闘シューズに包まれた両足の先で、カバンが2つ仲良く並んでいる。
ありふれた通学カバンの奥に置かれた硬質のカバンは、私の個人兵装であるレーザーライフルを収納したガンケースだ。
こうして劇場の座席に腰掛けながらガンケースを見ていると、こないだの「吸血チュパカブラ駆除作戦」の事を思い出しちゃうな。
大浜少女歌劇団の本拠地である、大浜大劇場の座席の間から銃口を突き出して、舞台にいる吸血チュパカブラを狙撃するの。
仮にだけど、今ここに吸血チュパカブラが現れたらどうなるのかな?
この堺電気館は大浜大劇場よりはコンパクトだから、舞台と客席の距離も近いので狙いやすいだろうね。
距離が近い分、レーザーの出力を調整しないと、吸血チュパカブラだけではなくてスクリーンまで射抜いてしまうかな。
それとも、吸血チュパカブラが一気に間合いを詰めてくるのかな。
それなら、レーザーライフルを斬撃モードに切り替えて、レーザー銃剣で白兵戦を仕掛けるだけだよ。
こう見えても私、狙撃だけじゃなくて、銃剣術だって会得しているからね。




