11.恋の盲目さで約束を違えないように
「勇人くん、その、よかったら一緒に帰らない……?」
不安そうに問う彼女の声が耳元から聞こえ、クスリと古城弟が笑っていいよとやけに甘ったるく言えば、私はすぐさま下駄箱まで行って目当ての者たちを待つ。
まんまと風邪で倒れた私だが、土日を挟んでほぼ回復した。倒れた日が金曜日で本当に助かった。
いくら私が万能とは言え、人間だから風邪くらい引く。
そう、人間だから。
選択を間違うことだってある。
むしろ、選択を間違えることの方が多かった気がする。
だからきっと私はみんなに愛される主人公にはなれない。
まあでも私はモブキャラだから!
モブキャラの私がどんな過激な選択をしても、主人公の目には留らないはずだ。
ほら、現に今日も鈍い貴女は私の存在に気が付かない。隣にいる男も、気付いていたとしても私をファンクラブの一員かなんかと思うことだろう。
「はは、歌ちゃんいつもそうやって聞いてくるね。放課後同じ場所にいて一緒に作業してさ。それなのにその作業が終わった途端にはいさよなら、じゃ味気ないよ。しかも帰る家は同じなんだし、毎回聞かなくても大丈夫だよ」
古城弟は校門を抜けた直後、思い出したかのようにまた笑った。
私はいつものように彼らと絶妙な位置関係をキープしてついていく。私の家こっちですよ感を醸し出しながら。
病み上がりとは言え、私は万能だから気配を消すことくらいお茶の子さいさいよ。
花崎歌が文化祭の手伝いを始めてから一週間が過ぎた。
その間、倒れた金曜日以外は私はずっと生徒会室内と彼女の登下校時にこうしてついて行ったわけだが。
もうすっかりナチュラルに尾行してる、自分も当たり前だ、という感情が少しあるのでかなりアレ。狂ってるのかもしれない。
で、その狂って追いかけた結果、参考になりそうなものが、花崎歌が誰と登校して帰宅していたか、くらいしかない。
生徒会室内では作業で忙しく会話内容もほとんど事務的、だからといって登下校時な会話も、ゲームなら古城兄と話しながら登校した、みたいに一文で終わるような中身のない話だった。
だとするとやっぱり回数に目を向けるべきかと思う。
登校時、兄が二回、弟が一回、兄弟で一回。
下校時、弟が四回。
人間というのは、基本的に一緒にいる時間が長ければ長いほど相手を好きになっていくもの。というのも踏まえて、古城弟の方が長く時間を共にしているので、どちらかというと花崎歌は古城弟の方に傾いてる、のか?
でも私が見られなかった二回分を含めるとまだ分からないよな……。
「えっと、嫌だった?」
「そんなことないよ。作業が終わって解散したあと、すぐ俺のところに来てくれるのが嬉しいし、なんか可愛い」
「か、可愛い?」
「うん、小動物みたいでさ。でも俺でいいの?本当は隼人と帰りたいんじゃない、今日もずっと隼人のこと見てたでしょ」
……俺 で いいの?
古城弟は微笑みながら鳥肌台詞を吐いたあと、ほんの少しだけ気まずそうに打ち明ける。
なんだかその言い方、ちょっと試してるみたい。
古城弟は自分を卑下するほど自分に自信がない人のようには見えないから余計に。
「それは、その。隼人くんやっぱり次期会長だからなのかな、仕事量が多い気がして心配で。解散してみんなが帰った後も作業してるし。本当は三人で帰りたいんだけど、邪魔するのは申し訳ないと思っちゃう。だからといって隼人くんの仕事は私が簡単に手伝えるようなものでもないだろうし」
花崎歌にしては随分と長く発言していたと思う。そんなに口数は多くないから少し珍しい。
「そっか、俺としては歌ちゃんと二人で帰れてラッキーなんだけど。でも確かに最近の隼人は頑張り過ぎかも」
「ラッキーって……、なんだかそれじゃ香坂先輩みたいだよ」
「あーあの人ね、あ、香坂先輩で思い出したけど、あの不良校の人、東堂時雨さんだっけ?香坂先輩から何か聞けたの?」
話の方向がガラリと変わった、いきなり脱線したとも言うけど。
生徒会のモブが言ってた、香坂馨と東堂時雨は友人関係だと。
それを指してるのかな。ってことはいつかは分からないけど古城弟はそのことを聞いたのね。
「それなら金曜日に聞いたよ、確かに知り合いだけど友達とまでは呼べるのかって言ってた。なんでも香坂先輩は、その東堂時雨と考え方や方向性が違いすぎて全く合わなくて呆れてて。それでよく喧嘩するみたいなの」
「それは喧嘩するほど仲が良いって感じじゃないの?」
「違う、と思う。なんとなくだけど……。香坂先輩寂しそうだった。前まではもうちょっと他人の話を聞いてくれる奴だったのにって言ってたんだ」
「……」
……その私情が混じりまくった説明では、今の東堂時雨という人物の姿が想像できない。
その香坂馨の話を金曜日に聞いたってことは、もしかしてあの保健室でのビンタ後にしたの?
なるほどそれで花崎歌は保健室に来たわけか。
いやーあのビンタの後で質問できるこの主人公を尊敬するわ、あとビンタしてすぐに立ち去らなかったこともグッドだと思います。
ああ、惜しいな。なんで私の意識もたなかった。
「だから、前までの東堂なら大丈夫だったかもしれないけど、今は荒れてるから関わるのやめた方がいいって言われちゃった。……何も知らないでいる方がいいよって」
結局具体的にどんな人なのかまでは分からなかった、と花崎歌は締めくくった。
香坂馨は何も言ってないようで、最後に大切なことを言ってるな。
花崎歌にとって何も知らないでいる方がいい事実があるってわけでしょ?
それで香坂馨はその事実を少しでも知ってて忠告してる。
恐ろしい人物だから関わるのはやめとけ、じゃなくて知らない方がいいから関わるのはやめとけ、って意味。
「その話だけじゃなんとも言えないけど
、俺も調べたり関わるのはやめた方がいいと思う」
「……どうして?」
「危ないから。そもそも俺が東堂時雨と一緒に悪いことしてる、なんて話くだらないと思わない?誰かが俺を貶めようとしてるのかもしれないけど、誰も信じないと思うんだよね」
「それは、そう思うけど。もし勇人くんに何かあったら」
「俺は別に何言われてもされても大丈夫だよ。だからお願い、この件は俺がそれとなく探ってみるから。歌ちゃんは何もしないで?」
「でも……」
「生徒会は他校とも交流があるから、持ってる情報量は多いんだ。そこら辺に聞いてみるよ。何か分かったら歌ちゃんに教えるから」
まあ、そうなるわな。
あやしい香りがするところに、割と大切にしてる人が飛び込もうとしたら止めるよね。
なんだろうその知らない方がいい事実って。すごく気になる、私の情報網で集められないかな。
「本当?」
「うん。だから、歌ちゃんも約束してほしい、この件については何もしないって」
「それは……。……わかった」
古城弟の言葉は柔らかいのに、どこか有無を言わせない雰囲気を持っている、気がした。
花崎歌は頷いてるけど、その躊躇いから、本当に分かっているのかと問いただしたくなる。
主人公って漫画でもゲームでもやたら行動力あるし、あのバイタリティはどこから生まれてくるのか。一モブの私には理解できない。
それにしても約束なんて、まさにそんな人たちにとっては破るためにあるものでしょう。約束を反故にするなんてよくある話。
「じゃ、約束ね。……そういえば、歌ちゃんの探してたストラップ見つかった?」
「ううん、見つからないんだ。時間があるときに探してるんだけど」
「その話なんだけど、実は俺ちょっと心当たりというか、思うことがあって」
「え!?」
最初にしてた古城兄の話はどこへいったのやら。
「その件も俺に任せてみない?」
「わ、私も手伝うよ!」
「やめた方がいいよ。香坂先輩も言ってたけど、……知らない方がいいこともあるから」
なんでいちいち意味深な発言をするの?別に何も言わなくても良くない?もし外れてたらどうするつもりなの?
見つけたら渡せばいいだけじゃん。
まあでも、そう言うってことは古城弟は薄々気が付いてる?
あのストラップは故意に隠されてるってこと。
最近あれだけ影でこそこそ言われてたら、嫌でも犯人はその陰口叩いてる人の誰かと思うものなのかもしれない。事実そうだし。
確か同じクラスのモブ女子だったよね、隠したの。
私でも花崎歌が大切にしていたものに気付かなかったのに、おかしな話だよね。自分でも言うのも癪だけど、私以上に花崎歌を意識して見てる人なんていないだろうし。
あり得るとしたら花崎歌本人かそれを知ってる人に又聞きしたって可能性?
うーん、分からない。
そっちの方も気になるけど、今はやっぱり知らない方がいい事実ってやつが知りたい。
でも、東堂時雨は他校だしな。さすがに出張モブキャラするのは……。
私があれこれ考えているうちに、二人の間ではとりあえず花崎歌は何もしない、ということになったみたいだ。
私的に主人公に対してお前何もするなよ?って言うのはフラグだと思う。
二人はその後特に私に情報を提供してくれるわけでもなく、いつものように無難な話を始めたので、私はそこで撤退。
さすがに毎日家まで尾けるのは不審者か完全にストーカーだ。
馬鹿みたいだ、私は花崎歌が好きでもないのに。むしろ嫌いなのに。
とにかく、今週は文化祭がある。
そこで絶対に何かあるだろうし、もしかしたら花崎歌が攻略したい男が表面に分かるかもしれない。
今は東堂時雨関連よりも、そっちの方に力を入れたい。
文化祭が終わったら、またこのよく分からないイベントたちについて考えよう、うん、そうしよう。
え?もちろん私はぼっち充する予定ですよ、一緒に楽しんでくれる友達なんてもういないし。




