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我輩は騎獣である  作者: KEITA
第十章
107/127

またも視点がひょいひょいと変わります、読みにくかったらすみません




 二度と戻れないと。戻るまいと思っていた。


「ただいまっと。……うっわあっちー」

 開錠してのち玄関の扉を開けると、内部に篭っていた熱気が肌に吹き付ける。黒髪の後ろ姿は慣れた足取りで奥へと向かっていった。その先はこの家で三番目に広い部屋だ。一番広い部屋は二階の書斎、二番目に広いのは客間。広く長い廊下が横断している一階、屋根裏部屋付きの二階。内部を見た途端に自然な空間認識が引きずり出され、しばし言葉が出なくなる。

 ティリオは、開いた扉の前に立ち尽くした。家の周辺と外装はだいぶ変わっているのに、間取りはまったくと言っていいほど変わっていない。そう、変わっていないと断じてしまうくらい、自分はこの家のことを覚えている。忘れようにも、忘れられなかったのだ。――あのひとへの想いと、同様に。

 両手に膨らんだ紙袋を提げたまま、ティリオはすぐ左手に見える部屋の扉を見つめる。もしかして、この部屋もあの頃のままなのだろうか。この家で一番小さくも、一番思い出の詰まった場所。


『おかえりなさい、ティー』


「早く入れよ、ティーさん」

 鞄を肩から下ろした若者が、そう呼びかけてきた。あのひとと同じ、澄んだ瞳で。



 複雑細緻な色の金髪の後ろから、風が扉枠を越える。そよ、と花瓶の下に敷かれた布の端が捲れるのが見えた。

 何年ぶりかは、数えるだけ気が遠くなる。だと、いうのに。

(変わっていない)

 粗目の足拭き絨毯を確認してのち、ティリオは複雑な心地で――見かけは冷静だが――内部を見渡す。この絨毯の用途も、靴箱の位置も、置かれた低めの待合椅子も。そして玄関脇に繋がった広い階段、その踊り場に置かれた台と野花が活けられた花瓶さえも。どうしてこんなにも、雰囲気が変わっていないのだろう。

 人間のしきたり風に言うなら、玄関はその家の顔であるという。

(屋敷が変わっていないというより、住んでいる者の性質が変わっていないというべきか)

「風っこ引き連れてるのは結構だけどな、家の中のモン吹き飛ばすなよ」

 紙袋の中身を台所に納めてきたアルセイドは、前髪を涼風に吹かれつつ眉を顰めてそう言った。只人なので霊力は視認出来ないが、ティリオが何に「囲まれている」のかちゃんとわかっているのだ。

「そういえば、先ほどまでお仕事の最中でしたね」

 家具の位置は昔と変わっていないが、時代と家主の生活様式により置かれているものが増えている。すなわち、廊下に積まれた新聞紙や雑誌、電話。涼しい玄関で書き物仕事が出来るよう、靴箱の脇には座布団と筆記用具、辞書や電卓などが積み上げてあった。彼は現在、ちょっとした翻訳業をしているのである。

「一応ひと段落ついてるけど、まだ資料とかそこらにあるから。気ィつけるよう風っこに言っとけ」

「大丈夫です。彼らは人界の秩序をちゃんとわかっているので、気が立ってない時に悪さはしませんよ」

 そう言うと、アルセイドは「あっそ」と口をへの字にした。そして再度言う。

「で、いつまでぐずぐずしてんだよ。とっとと入れ」

「あの、見せたいものとは。ここで充分なのでは」

「入れったら」

 今にも舌打ちしそうな面持ちで、彼はティリオに近づいた。冷えたボトルを投げるよう手渡し、またずかずかと台所に戻っていく。有無を言わせないその後ろ姿を見送ってのち、ティリオは市販品らしき容器に視線を落とす。


『喉かわいたでしょう。お茶が入っているわよ』


 忘れなかった家の匂いと連動するよう追って来る、忘れえぬ声。それは切なくもただ優しく甘く、ティリオの胸に沁み入ってくる。

 どうしてだか、思ったよりも気分は楽だと感じた。

(戻ることは罪だと。戻れないことこそ罰だと、かつては身を切るような思いで覚悟をしていたのに)

 入国の当初、情けないことに手足の震えが収まらなかった。本当にこれでいいのか、自分はこの地に脚をつけて良かったのか。永年おのれに定めてきた誓いを破って恥をしらないと、そうやって平気でいられるのか。しかし、実際に家に近づくごと、震えと気持ちは徐々に沈静化した。手にした荷物の重みが、前をゆく彼の後ろ姿が、単純な安心感をもたらしてくれたのだ。単純な視覚暗示であり、実にわかりやすい心理的効果であった。


――もう償いの時間は終わった。罪を確認させる存在も、罰を与えるべき存在ももうこの世に無い。有るのはただ、こちらが家に来ることを望んでいるこの存在だけだ。――


 そんなんに今更拘ってんのはあんただけだよ、との言葉が過ぎる。ふ、と苦笑し、ティリオはボトルの蓋を開けて麦茶を呷った。あの頃と似ても似つかない、人工的に冷やされた飲み物。

(確かに、こだわりすぎていたのかもしれない)

 視線を上げる。背後から援護のように吹いてくるそよ風、それに紛れるようにそっと、金髪のエルフは玄関内に踏み込んだ。

 悠久のときを越えてなお、消えることのないその名前を、胸に抱きしめ直しながら。



「緑の、頼みがある」


 蒼のがそうもちかけてきたのは、茶の時間が一段落した直後のことである。ちなみにワカバは今、人間の集落に(護衛付きで)夕食の買い物に出かけているのでこの場にはいない。

「頼み?」

「ああ。俺と勝負をして欲しい」

 人型になっても変わらない涼やかな蒼眼が、真っ直ぐに見上げてくる。同族の雄からの申し出は、二つに一つしか意味は無い。

(やはり、蒼のも気になっていたか)

 しらず、口角が上がった。何より、再会した時より本能的に疼くものが在ったのだ。好戦的な笑みそのままに返す。

「かのようなこと、改まって頼む必要は無い。ただ人界は本性で駆けられる範囲が狭いゆえ、ひとたび天に戻ってから、」

「ああ、駆け比べではない。別の勝負だ」

「む?」

 虚を衝かれ、首をかしげてしまう。手にしていた食器洗い用の布から、ぽたりと雫が落ちた。幼馴染は苦笑し、拳を握った片腕を目の前に持ち上げる。

「勝負は、『これ』でだ」

 そしてもう片手を筋張った腕の裏に打ちつけた。ぱしん、という音。


「人型で、手合わせをして欲しい」


 我輩は、ゆっくりと瞬きをする。蒼のが言っていることを理解するのに、少々時間を必要としたのだ。蒼のは変わらず真っ直ぐな視線で、真っ直ぐに語りかけてくる。

「緑のは、人型において一遍通りの護身術を習得していると聞いた」

「……うむ。それほど得手ではないが、騎者どのが武術師範となってくれたゆえある程度は。しかし、それはあくまで護身の範囲であり、他者に攻撃を仕掛けるためのものでは……」

「わかっている。だが実際、護身のやり方は一通り心得ているのだろう? その腕を試す意味でも、俺の相手をしてくれないか。結界内であれば、人界の秩序を壊すことなく他所に影響を及ぼすことなく仕合える。どちらかが怪我をしてもすぐに治せよう」

「……それは、二本足の『武』を試したいということか」

「ああ」

何故なにゆえ

 問い正す声音が若干厳しくなるのは仕方ない。獣の本性と違う姿にて、一族の得意とする脚力ちからでなく、麒麟の本質とも離れた武闘もので勝負しろと云われたのだ。先ほどの認識と違い、納得のいかない部分がある。

 蒼のは、表情を揺らさなかった。

「すまないが、今は何も訊かないで欲しい。何もわからない状態で、俺の『武』と闘って欲しい」

「……」

 洗いかけの皿を手にしたまま考える。しかし、それほど悩む事柄でもないことは、目の前の「男」の表情から判明していた。真摯ながら、底にえもいわれぬものを湛えた視線。

(蒼のは、やはり苦しいのか)

 言葉で訴えられない何かを、他のもので発散させることが出来るなら。人間風に言うなら「捌け口」、それに我輩がなれるなら。そして、幼馴染が抱えている何かがわかるのなら。断る理由は無かった。

「いいだろう。食器を洗い終わるまで、しばし待ってくれ」

「ああ」

 我輩の言にほっとしたような顔で頷き返し、「では先に外で待っている」と蒼髪は翻った。小さく「ありがとう」との声も聴こえた。

 蒼のが去った空間にて、皿洗いを続行しながら考える。やはり、この場にワカバがいなくて良かったと。傍につがいが居たのなら、先ほどの申し出は絶対に受けなかった。蒼のも彼女がいない今だからこそ、もちかけてきたのだろう。人型での暴力沙汰に強い恐怖心を抱く幼い雌に、あれ以上心労させたくない。

 開いた窓から涼風が吹き込んできた。首の後ろでまとめた緑髪が背から浮き上がる。生物の体毛を悪戯にそよがせるそれは――霊視をしていない人型の耳には聴こえないものの――今にも風精が笑いかけてきそうなほど、活気に満ちているのがわかる。

 きゅ、と水が通る抓みを捻りながら思った。

(『武』といえば、風使いどのの『武』も中々のものであった)

 至高の武人の源流を汲む騎者どのの手ほどきを受けたからこそ、解る。彼は妖精一族でいう「賢人」のはずだが、霊力行使とくいぶんやに寄りかからない実力の持ち主だ。並みの使い手では、霊力を発動させるまでもなく素手で叩きのめされるだろう。並み以上の使い手である我が騎者どのとて、筋力が勝らない分、得意の長剣と間合いが無い状態では敵わないかもしれない。

 そして同時に。

(……蒼のの騎者であるあの妖精も、かなりのものだった)

 本性の視覚でも追いきれない速度で投擲され、幻覚とはいえひとの腕を掠るだけで切り落としたあの刃。あれほどの武器霊具を、片手間といって良いほど身軽に扱っていた腕力と投擲の精確性。あまり思い出したくはない事象だが、それでも改めて空恐ろしいといわざるを得ない。使役ハヤテが消えてしまったあの状況下、風使いどのがいなかったら、我輩も騎者どのも無傷ではいられなかっただろう。

 寿命が永い妖精の練達された武技は、本当に恐ろしい。戦乱渦巻く時代を作り、異種族に「英雄」「悪鬼」と称されただけはある。

 そこまで考え、不意に閃いた。もしや、蒼のは。

「……否、『何もわからない状態』がいい、か……」

 緑髪を振って、我輩は流水に皿を浸した。手合わせの前に、余計なことを考え込む必要は無いだろう。

 晩夏の風は悪戯気に笑いつつ、何かを問いかけるように頬を擽り去っていく。



 多湿気味な東方の地にそぐわない、乾いた涼風。

 ティリオが部屋に入ると同時に空調が変化し、体感温度も変わる。それを肌で感じ取っている只人の若者は、ぶすっと面白く無さそうな――こういうところが実に素直で微笑ましい――顔で言う。

「わかっちゃいたけど、冷房要らずだな」

「一応、風の精霊王に加護を受けていますからね。密閉されていない空間では空調操作に不自由はありません」

「ふーん」

 簡単に行水をしてきたらしき薄着の青年は、手にしていた団扇を客間の卓上に置く。扇ぐ必要が無いからだ。

「風関連では無敵ってか?」

「それぐらいしか取り得がありませんからね」

「嫌味かよ」

 閉め切っていた窓を開け、お役御免となった扇風機のコンセントを抜き、アルセイドはぶすっとした顔をまた作った。自然区域内の孤家であることに変わりは無いのに、いっぱしに電気と水道が通っているらしい。かつては無かった人工的な家電が、家のあちこちに置いてある。エルフやドワーフの作った家庭用霊具は、今や倉庫の住人となっているとのこと。

「……人間の家、そのものですね」

「当然。霊具調整とか人間にゃ無理だし、家宝の調整者に『家具のメンテも頼むわ』なんざ言えねえよ」

「確かに」

 人間界隈でよく見かける電話や冷蔵庫、洗濯機や掃除機。客間の太い柱の脇に丸い通気口、それに筒状に繋がっているのは大きめの達磨ストーブだ。冬場はそれを使っているらしい。

窓からまた風が吹き込み、二人の異なる色の髪をそよがせた。

《おうさまのようせいだー》《あそんであそんで》

 紛れ込んできた新たな四元精が、精霊王のいとしごたるティリオに纏わりついてくる。それを無言でいなしつつ、ティリオは視線を窓の外に移した。何度か改装したようだが、記憶と寸分違わぬ位置にそれが見える。

「外の、小屋は……」

「……ああ、食肉加工に使ってたってやつ? 今は釣り道具置き場にしてる」

 不意に零れたものに反応し、言葉が帰って来る。

「敷地に堀作ってあるから、春と秋にそこに来る観光客に貸し出す専用。少し前までジビエに使ってたけど、最近は銃規制が厳しいから」

「燻製窯は、なくなっていましたね」

「狩りやんなくなったし熱石霊具も使わねえし。長持ちする造りだっつっても、千年越えしてさすがにガタきてたし」

 すらすらと、先ほどのぎこちなさと打って変わって会話が紡がれる。まだ少し互いに意識し辛い部分があるが、こういう質問と状況説明なら言葉が続くらしい。

「ドワーフ製の設備は古代超自然区域の産物を使っていたはずですが、取り壊せたのですか」

「それそれ、やっぱ取り壊せなかったから、しょーがないってんで土台からまるごと別の場所に引越し、っていうか寄付した」

「別の場所? 寄付?」

「博物館と歴史資料館」

 古代の妖精種が作った窯は、壁石ひとつが今の時代においてとんでもなく稀少な材料を用いている。形骸化したのちも、人間界隈では太古の文化遺産ならび研究資料として重宝されるのだ。

「なるほど、人間の考古学的には希少価値がありますからね。だからこそですけれど、あなたの学者仕事には使わなかったのですか」

「むかし近くの大学で史学教えてた頃は、生徒に見せたり窯焚き体験させたりしてた。あと炭焼きと陶芸教室してた時期もあったけど、今はやってない。弟子が有名になると色々メンドいんだよ。もうそういうの飽きた」

 家主アルセイドは人間だが、人間の割りに寿命が永い。それなりに、様々なことを経験してきている様子だ。持ち得る技能もこなしてきた職の数も、人間の基準でいったら凄まじいほどに多いだろう。

「今はエルフ古語の翻訳業一本ですか」

「大体は。あと釣堀レンタルとスキー場の管理、地元レストランの田畑借地経営もしてるけど、細かいことは他人に任せてるし、そっちの収入は副業ってとこかな」

「色々と手広くやっていますね」

自然区域こういうところに住んでるし私有地無駄に広くて管理大変なんだから、それなりに実入り無いとあかんだろ。イヴァニシオン家ってのはどーしてメンドい遺産まみれなんだか」

「確かに」

 ふっと風の笑いが洩れる。

「改めて、感銘を受けました。今の時代、私有領地をそのまま維持できていること自体が実に素晴らしい。当主が自分であったら、ここまでの兼業は出来ません。きっと途中で投げ出して、財産縮小の道を選んでいたでしょう」

 正直な心地で言うと、こちらを見ないままフッと鼻で嗤われた。背の高さと筋肉質な体格にそぐわない、一種可愛らしいともとれる童顔が皮肉げに歪む。

「だから、嫌味かよっての。人外イケ……優秀なエルフさまにヨイショされても嬉しくねーわ。前科もあるし」

「その節はすみませんでした」

「どーでもいいですよー。どーせオロカシイ人間ですからー」

「そうですね」

「肯 定 す ん な」

「ははは」

 物言いから薄々感じてはいたが、どうやら彼はティリオのような人型精霊族が――「イケメン」という言葉を悪口に使う程度に――嫌いらしい。自分もその血縁であるというのに。

(そういえば、逢った時も言っていた)

『俺はこういう不思議が大ッ嫌えなんだよ』

 精霊族や異能についての知識見識は深いというのに、実際にそれ関連の職にも就いているというのに。当の本人はそういったものが好きではないという。ティリオは当の血縁者として物寂しいというより、妙な納得感が生まれるのを感じた。自分がもし逆の立場であったら、同様の意識を抱いていた可能性は大きいと考える。

 ティリオは永い間、人間界隈を中心に人間と交流しつつ旅してきたので、彼らがどういう生き物なのか、どういう意識を持つのかということはおよそ理解しているつもりだ。簡単に纏めるなら外見が近い異種族への反発と嫉妬、只人ならではの劣等意識、そして血縁ならではの複雑な意識があるということか。

(卑下する必要など微塵も無いというのに)

「……冗談はともかく。自分はもう騙すつもりも、嫌味を言っているつもりも無いんです。心底感心しています。もし自分がイヴァニシオン家当主であったなら、今の時代にこれほどまで多くのものをこなせていませんので」

「ウソこけ。どっかのじいさんエルフは、涼しい顔で俺の倍は仕事やってたぜ」

 するり、と隙間風のように会話に入ってくるかの存在。ティリオは瞼を伏せ、目を閉じているかのような表情を作る。遠い記憶に紛れる、自分と同じ顔をした背の高い男。


『今帰った、――』


 視線を上げる。

「――それはきっと、護るべきものがあったから。家族がいたから、それだけのことをこなせていたのですよ」

 根無し草の自分は真似できません、と続けるティリオの横で、ぶすっとした象牙色の頬が少し膨らんだ。

「あっそ」

 若者らしい荒々しい所作で、ボトルから中身を吸い込むよう口に入れている。麦茶をたっぷり含んで栗鼠のように膨らんだ若者の横顔は、嫌悪以外の感情が浮かんでいるように思えた。



「……さて、と。休憩はこの辺にして、そろそろ出るぞ」

「え?」

 きょとん、としたティリオに、アルセイドは歯を見せて笑った。それは彼がこの家で初めて向けてきた、なんの衒いも無い表情だった。

「間抜けヅラだな、イケメンさん。見せたいもん見せてやっから、ついて来いよ」

 きっとあんたが驚くもんだよ、との言を添えて。



 夕刻の気配を載せた風はいっそう涼やかになり、そして勢いも増す。

「準備はいいか」

「うむ」

 我輩らは木造家屋より少し離れた場所、自然区域内のとある開けた地に立っていた。開けた、といっても木々の感覚が広めに開いているだけなので、常人の感覚でいえば空き地とはいえない。しかし、我らの感覚では手合わせするに充分な場所だ。我輩の霊気を基として広めに結界を張っているので、小鳥や小動物などが巻き込まれて怪我を負うことも無い。大事となりかければすぐに護りの霞を展開出来るし、不審な音も周囲には洩れないはずである。

 我輩は、素手。しかし、蒼のは武器を手にしていた。

「結界を部分的に強めることは出来るか」

「今のままでは不十分だと?」

「緑のの結界は充分丈夫だと判っている。だが、」

すらり、と抜かれたのは両刃の剣。

「念には念を入れないと――死んでしまうかもしれない」

「大袈裟な物言いだな」

「大袈裟?」

 蒼眼が、刹那歪んだ。広がる、その気配。蒼髪の二本足を中心に湧き上がる、自然発生とは別の風。晩夏の涼風よりも激しく、寒々しく、そして無慈悲な圧力。

「ッ」

 我輩の緑髪が総毛立つよう、ざわざわと靡いた。背筋から脚にかけ何かが走る。視線を通わせるその先に、閃きが真実であったことを確信する。

(蒼のは、やはり)


 合わせた目、その蒼眼に浮かんでいたものは。

 在ってはならない、在るべきではないその光は。


「構えろ」

 言われるまでもない。周囲に展開していた結界から霊気をわずかに解き、身体の周りに集中させた。「護りの霞」の変化応用、霊力の盾。防御手段であると同時に、打撃を強める攻撃手段である。

(躊躇ってはいけない)

 先ほどまでわずかに抱いていた感慨を、撤回させざるを得ない。「捌け口」などとんでもない思いあがりだった。この手合わせは単なる手合わせでない。

「最初に言っておくが、手加減しようなどと考えるな。怪我させることなく止めようとか、そんな生半可な心地にはなるな。もしそんな素振りをしたら、」

――蒼く寒々しい目つきをした生き物は言った。


「『殺す』」


 あの猟奇的な妖精とまったく同じ表情で。




いっぽうその頃のワカバ



「小麦粉に、スパイス! あと米粉も買っちゃおうかな~リョクお煎餅作ってくれるって言ってたし」

「ワカバちゃん、珍しく食べ物たくさん買うねえ。お客さんでも来てるの?」

「実はそうなんです! それに……」

「お?その顔は彼氏か? なんつって」

「えへへ……」

「!! た、たいへんだぁああああ」

「え?え?」

「おれらのワカバちゃんがぁああああ」

「誰だどこのどいつだちっくしょおおおおお」


※地元では皆の心の女神なので阿鼻叫喚

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