帝国の使者たち
超遅れましたが、ひとまず更新しました!
『バイゼル、いくらなんでも、ちっと早すぎだぞ?』
卓上に置かれた丸水晶の中で、リチャードはため息をついていた。
「申し訳ございません、リチャード様。思っていた以上に坊っちゃまが有能でございました」
『やっぱりか? 帝都の親友に顔を見せに行ったら憤慨されたよ。将来有望な若手を取られたって』
「宮廷魔導師としてはいささか異能ではございますが。才能はピカイチでしょう」
バイゼルがそう言うと、リチャードは額に指を置き、困ったような顔をしている。
『あれこれとアラを探し出すのに、だいぶ骨が折れたと言っていた。他の奴らに爪の垢を煎じて飲ませたいくらい、ジェドは仕事が出来たらしい』
「それはそれは、殊勝なことでございました」
『お陰で厄介な連中に目を付けられたよ。帝国の宮廷魔導師団なんてなぁ……。陰湿な奴らの集まりだからなぁ。まぁ、やかましく言って来たら返り討ちにしてやるけど。ところで、迷宮の件だが……』
「はい。既に帝国へは報告をしております。近々、使いの者がやって来るでしょう」
それを聞いて、リチャードはウンウンと頷いた。
『そうか。ジェドが変な事しなけりゃいいけどなぁ。それと、封印されてた女神はどうだった?』
「記憶の封印は完璧でございます。と申しましても、元々が神々が施したと言われる強固なものに、奥方様が二重に被せておりますから、そうやすやすと解除されるものではないとは思っておりますが……」
『何事も万が一がある。が、ジェドなら大丈夫だろ。くれぐれも気を付けてな。帝国とは程々にやっておけよ。じゃ、また報告をくれ』
「かしこまりました」
『それから』
「はい?」
バイゼルが聞き返すと、リチャードは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
『いい機会だ。帝国からはふんだくれるだけふんだくってやれ』
「かしこまりました」
バイゼルがそう返事をすると、目の前の水晶から光が消えた。
完全に水晶が沈黙したことを確認してから、バイゼルはそれをそっと持ち上げ、本棚の隅っこにトンと乗せた。
こういうものは隠すよりも案外目に見えるところにある方が分からないものなのだ。
バイゼルは本棚からソッと離れると、自室にあつらえられたソファの上にその身を沈めた。
「ふんだくれるだけ、ふんだくれ……か」
そして、深くため息をついた。
「ふぅ、リチャード様。老体に鞭打てとは殺生なことでございますな……」
ーー
「うぉ……っと、こりゃすげぇメンツだな……」
俺は我が家の狭い応接室の扉の前で膝をつき、鍵穴からそっと中を覗き込み……
て、そんなことは無理。
透視魔法を使って応接室の中を透視してみた。
立ちポーズは仁王立ちに腕組み。
これでもし目がペカーッて光ってたら面白いんだけどな。
あ、見る人からすれば不気味か。
しかし、透視魔法てのはあまり需要がないんだよな。
それこそ、帝都のメイドのロッカールームやシャワールームの観察にはもってこいなんだが。
一時、これを何とかして映像記録として残せないか試行錯誤したけど、無理だったなぁ。
売ればかなりの収入が見込めたんだが……
あ、こんなことばっかしてたからクビになったのか。
悪いことは出来ないねぇ。
応接室の中には、如何にも「俺、貴族だぜ!」的な格好の連中が五人か。
どいつもこいつも鼻持ちならない、ふてぇツラした奴らだな。
高価そうな厚手のぼってりした服にジャラジャラと宝石やらアクセサリーを身に付けて。
しかしまぁ、どいつもこいつも見事な肥満体。
何食ったらあんな太るんだよ?
同じ貴族でも、うちとは偉い違いだな。
で、あんな奴らが交渉相手ときた。
こうして覗き見る限り、何考えてるか分からん顔だらけだ。
だから交渉役になるのか。
うちの領地からふんだくれるだけふんだくろうって思ってんだろうなぁ。
普段通り、テンプレでいけば難なくクリアとか思ってんだろうなぁ。
でも、そうはいかないもんね!
こっちにはスーパー執事のバイゼルがいるからな。
そう簡単には転がりませんよ。
俺は周囲を見回した。
トム君は背中でスリスリするアネッサをなだめている。
バイゼルは目を細くして何かブツブツ言ってる。
何かの復習かな?
しばらくしてバイゼルは目を開いた。
そして俺と目が合う。
俺はバイゼルを見て、目配せした。
すると、バイゼルは頷く。
よし、戦闘開始だな!
「トム君、君はアネッサと一緒に執務室で待っててくれ」
「分かった、兄貴! 健闘を祈るぜ!」
「祈るぜー♪」
トム君、俺にハンズアップ!
それ見てアネッサもハンズアップ!
うん、思った以上に可愛いじゃないか。アネッサ…….
気が合うみたいで良かったよ、お二人さん。
二人が執務室に入ったところを見届けると、俺は息を思いっきり吸い込んだ。
さぁて、今から金の亡者どもとのご対面だ……
俺は応接室のドアノブに手を掛け……
ふぅと息を抜いてから、
ダーン!
とドアを、力一杯押し開けた!
すると、中にいた五人の家族が俺にジロリと視線を走らせる。
一瞬だが、たじろいだ。
さすが貴族だ。
たかが視線だが、かなりの威圧感を感じる。
こりゃ、なかなかのもんだ。
だが、ここで怯むわけにはいかない!
俺は領主だからな! この領地の未来を掴まなければならんのだ!
俺はちょっと震える足に鞭打ってビシッと揃え、自分のことを少しでも大きく見せようと胸を張った。
「待たせたな、使者殿たちよ」
俺は静かに、一言そう告げると足を前へと踏み出した。
連中の視線が気になるが、取り敢えず、応接室に置かれた机の近くまで進む。
それにしてもスゲェ熱気だな。
ただでさえ狭い部屋なのに、こいつらの体温で上がってるのか?
それとも、俺が緊張してるのか?
俺が机のそばで立ち止まると、一人のちょび髭の男が、それこそ手をモミモミしながら俺の前にやって来た。
「この度はご連絡頂き、誠にありがとうございましたぁ、アルブラム領主殿! ささ、こちらにお座り頂き、この領地、そして我が帝国の発展のための建設的な話し合いを致しましょう!」
と明らかに嘘っぽい笑顔で俺に席を勧めてきた。
奴が勧めてきたのは、応接室に置かれた対面ソファのドア側。
そこってあれだろ、末席とか下座ってやつだな。
ていうか、ここ俺ん家なんだが。
どうしてこいつの指図を受けなきゃならんのか、俺には訳分からん。
俺は片眉を引き上げ、不機嫌そうなフリをしてみせた。
「ここは我が家だ。あなた方に席を勧めるのは俺の仕事のはずだが? それとも、屋敷の主人に末席を勧めるのが、あなた方のマナーなのかな?」
俺が静かな口調でそう言ってみると、話しかけて来た男から薄ら笑いが消えた。
と言うよりも、固まったと言ったほうが正しいか。
何と無くだが、それとなーく主導権を握って帝国側が優位になるよう話を進めたかったようだが、そうはいかない。
ここは俺の領地、俺のステージだからな。
「使者殿たちよ、遠方よりご足労申し訳なかった。さぁ、席に着いてくれ。早々と始めよう」
そう言って、堂々とした態度で、対面ソファの反対側に座ってやった。
背中には、アルブラム領の旗が掲げられている。
所謂、上座ってやつ。
俺は領主だからな。
やっぱりこういう席に座らないと。
チョビ髭が目を細めて納得行かなそうな顔してるが、知ったことか。
お前らより、俺の方が上なんだぜ。ここではな。
俺は足を組み、余裕ある笑みを浮かべてこう言った。
「さぁ、始めよう。帝国と、我がアルブラム領の発展のために」
戦いは始まったばかりだ!
ここまでお読みくださり、ありがとうございます!
これからもどうぞ、よろしくお願い致します!




