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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第三部 「新」
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第97話 ずっとそばにいるよ(後編)

「……」


 さやかは状況が全く理解できず、ポカンと口を開けたまま内股で地面にへたり込む。本来仲間に助けられた事を感謝すべき所だが、冷静に思考力を働かせられず、頭が真っ白になる。

 困惑する彼女に向かって、三人が急いで駆け寄る。


「さやか、大丈夫かっ! 私たちのニセモノに食われそうになって、さぞかし屈辱だったろう……だがもう安全だっ! 助けに来たぞっ!」


 真っ先にミサキがその身を案じる言葉を掛ける。仲間の救出が手遅れにならずに済んだ事に、ホッと一安心した。


「敵は貴方を絶望させるために、ウソの映像を見せていたのよ。今ここにいる私たちが本物……そうと分かったら、こんな所からさっさと出ましょう。研究所の冷蔵庫に、さやかの分のプリンあるわよ」


 ゆりかは現在置かれた状況について説明する。そしてさやかの手を引っ張って、この場から連れ出そうとした。


「みんな……」


 さやかは胸の奥がジーーンと熱くなった。仲間が自分の身を案じて、助けに来てくれた事が嬉しかったのだ。深く感激したあまり、一瞬だけ心の底から喜ぶような笑みを浮かべた。


「……」


 だが表情はすぐにくもり、ゆりかの手を振り払ってしまう。そしてここから動かないと言わんばかりにひざを抱えてうずくまった。


「さやかっ!?」


 彼女の取った行動の真意がはかれず、ゆりかがにわかに慌てふためく。ふてくされた子供のようになった少女を前にして、どうすれば良いのか全く分からなかった。


「私……みんなと一緒にいられないよ」


 さやかが小声でボソッとつぶやいた。


「見せられたのがまやかしでも、暴走して正気を失ったのは事実だから……私、自分が怖いの。いつか本当に自分を見失って、みんなを傷付けちゃうかもしれない……私、そんなのとても耐えられない……」


 顔をうつむかせたまま、生まれたての子猫のように体をプルプル震わせる。

 フレイアに見せられたまやかしが現実に起こる事を恐れて、すっかり萎縮いしゅくしてしまっていた。


「私、みんなと一緒に行けないよっ! いつか大変な事をしでかすかもしれないから……そうなる前に、どっか無人島に捨てるか、頑丈な鉄の箱に入れるかして、二度と誰にも会えないようにしてよぉっ!」


 目をつぶって辛そうな顔をしながら、自らを永久に隔離するように懇願こんがんする。自分を卑下ひげしたあまり、完全にヤケを起こしていた。

 もしこの場にナイフがあったら、すぐにでも命をちかねない勢いだった。


「さやか……」


 親友の言葉を聞いて、ゆりかがとても悲しそうな顔をした。

 自分を責めて深く落ち込んでいる少女を不憫ふびんに感じたあまり、胸の奥がきゅうっと締め付けられた。心の底から彼女を救ってあげたい、力になりたいという思いに駆られ、ても立ってもいられなくなる。


「さやかが何かやらかしても、私たちが何とかする……今回だって、こうして助けに来たんだから。大丈夫、心配しなくていいよ……さやかが何度正気を失って暴れても、そのたびに私たちが止める。私たちは絶対にやられたりしない。私たちだって強いんだから……だから怖がらないで、ね」


 穏やかな笑みを浮かべながら、優しく言葉を掛ける。そして少女を慰めるようにそっと頭を撫でた。


「さやか、私たちにはお前が必要なんだ。お前には、いつも元気を分けてもらっていた……もうお前のいない生活なんて考えられない。お前が無人島に行くというなら、一緒に行ってやる。たとえ地獄の底だろうと、絶対に付いていくぞ。お前を一人にはさせない……私たちはこれからもずっと一緒だ」


 ゆりかに続くようにミサキが語りだす。まるで愛の告白でもするような台詞セリフを口走ると、もう離さないと言わんばかりにさやかの手を強く握った。


「私たちが困った時、さやかさんは何度も助けてくれました。なのに自分が困った時だけほっとけだなんて、そんなの水臭いじゃないですか。さやかさんが何をしようと、私たちは嫌ったりしません。ずっとそばにいて、支えます。だって大切な仲間だから……」


 今度はアミカが語りかける。先輩の体をいたわるように、背中を手で優しくさすった。


「みんなぁ……」


 さやかが声を震わせながら、ゆっくりと顔を上げた。目にはうっすらと涙を浮かべて、今にも泣きそうになっている。

 彼女は心の中では恐れていた。野獣の如き本性を知ったら、仲間が自分の事を嫌いになって離れていってしまうのではないかと、本当はずっと怖かったのだ。

 だからこそ、その事を否定する仲間の言葉が嬉しかった。それは彼女にとって、まさに心の闇に一筋の光がした瞬間だった。


「みんな……みんな、ありがとうっ! 本当にありがとうっ!」


 さやかは感謝の言葉を口にすると、これまで溜め込んでいたものが爆発したように、わんわんと声に出して泣き出した。

 大粒の涙を溢れさせて泣く少女を、三人が優しく包み込む。親が愛する子に対して、そうするように……。


(私、今幸せだよ……とっても幸せ。こんなにも私を必要としてくれて、真剣に思ってくれてる仲間に出会えて、バチが当たるくらいに……。みんなに出会えて、良かった……本当に良かった……っ!!)


 仲間に抱き締められながら、さやかが感動に打ち震える。友情の暖かさに触れて、胸の内にあった不安や恐怖が取り除かれていく心地がした。


(私、みんなを失いたくない……この命にけても、守りたい。そのために、もう二度と自分を見失ったりしない……絶対にっ!!)


 心の中で、そう強く決意した瞬間……。


  ◇    ◇    ◇


 その時現実空間では、五人の少女が光に包まれたまま数分が経過した。

 あまりのまぶしさにフレイアは彼女たちを直視する事が出来ず、ただ成り行きを見守るので精一杯だった。

 だがしばらくすると光はさらに大きくなっていき、まるで太陽が地に降り立ったかのように辺り一帯を照らした。


『うぉぉおおおおおおっっ!!』


 光に呑まれながらフレイアが困惑する。明らかに事態が進展した兆候を目の当たりにして、嫌な予感を覚えずにはいられなかった。

 それまで姿を隠していた彼だったが、あまりの光量に光学迷彩が不具合を起こしたのか、バチバチ音が鳴りながら透明化が解除される。


 現れた姿は背丈4mほどで、西洋の魔術師のような白いローブを羽織っていた。

 メタルノイドであるはずだが、サイズが大きい事を除けば、ガリガリにせ細った老人のような見た目をしている。不自然に長く伸びた手の爪は、近接用の武器のように思える。

 見るからに怪しげな姿は、悪魔を崇拝する宗教団体の信徒か何かのようだ。


 当のフレイアは透明化が解除された事に慌てるひまも無いほど、今の状況を異様に感じていた。


 光は十秒ほど周囲を照らし続けたが、やがて役目を終えたように薄れてゆく。完全に消えて視界が開けると、光が発せられた地点に人影が立っていた。


『ばっ……馬鹿な……』


 人影を目にして、フレイアが深く動揺する。

 そこにいたのは洗脳されて自我を失ったはずの赤城さやか、その人だったからだ。外見は通常のエア・グレイブ形態に戻っていて、立ち姿は非常に落ち着いている。狂気に呑まれた様子は全く無い。敵に掛けられた術が解けたであろう事が、容易に読み取れた。


 さやかの周囲には四人の少女が仰向けに倒れて、体中汗まみれになりながら辛そうに息をしていた。バイド粒子を使い果たしたゆりか、ミサキ、アミカはもちろんの事、エルミナも狂戦士と化したさやかを抑えるために力を使い切ってしまっていた。


「みんな……ありがとう」


 さやかが彼女たちを見回して、感謝の言葉を口にする。正気に戻った事をアピールするように、穏やかに笑ってみせた。


「ハハハッ……」


 四人もまた、全身グッタリさせながらも楽しそうに笑う。戦う力は微塵も残っていないが、その事を後悔する気持ちは全く無い。さやかを正気に戻せた……たったそれだけで、彼女たちには十分だった。


 少女たちが笑っている光景を目にして、フレイアが腹立たしげに歯ぎしりした。彼女たちが早くも安心している姿に、自分を脅威と見なされていない屈辱を覚えたのだ。


『フン……このクソバカ女どもがッ! 呑気のんきに笑っている場合かッ! 身の程をわきまえよッ! 今の疲れ切った貴様らなど、私一人でも余裕で皆殺しに出来るわッ! 赤城さやかを闇堕ちさせる計画は失敗したが、かくなる上は私自らの手で、貴様らを血祭りにあげ……』

「そこかぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」


 言い終わらぬ内に、さやかが男の腹に全力のパンチを叩き込んだ。ドグォッと鈍い音が鳴り、金属の装甲に少女の拳が深くめり込む。


『ゲッ……オヴォォドルゥゥアアアアアーーーーーーーーッッ!!』


 フレイアが嘔吐おうとするような奇声を発しながら、豪快に吹き飛ぶ。不意の一撃に対処できず急所をモロに殴られた男の体は、10tトラックにねられた猫のように飛んでいき、強い衝撃で地面に激突すると、大量の砂ぼこりを巻き上げながら数メートルほど引きずった。


『ムオオッ……コンナ馬鹿ナ……コンナ……コンナハズデハ……』


 殴られた箇所を両手で抑えながら、苦しそうにうめき声を漏らす。バチバチッと放電するような音が鳴る。

 フレイアはどうにか力を振り絞って立ち上がろうとしたが、力及ばず前のめりに地面に倒れる。数秒ほど体をピクピクさせた後、死んだように動かなくなった。


 さやかが放ったのは必殺技でも何でもない、ただのパンチだ。だがこれまで受けた仕打ちに対する怒り全てをぶつけるように放たれた拳はオメガ・ストライク並みの威力があり、たった一撃で敵を死にいたらしめたのだ。


「アンタを殺すのなんて、パンチ一発分だけ力が残ってりゃ、十分よ……ッ!!」


 敵の死体に向かって、さやかが吐き捨てるようにつぶやいた。


(正気を取り戻しても、敵に対する容赦の無さは相変わらずだな……)


 相手を一瞬にして蹴散らした少女の拳の破壊力に、ミサキが思わず感心しながら苦笑いした。


 すぐには戦いが終わった実感が湧かず、場はシーーンと静まり返ったが、やがて沈黙を破るようにゆりかが立ち上がる。


「さやか……おかえり」


 安心した笑みを浮かべながら、仲間の復活をこころよく迎え入れる。


「うん……ただいま」


 さやかもニコッと微笑み返す。迷惑を掛けた負い目からか、照れ臭そうに舌を出してテヘペロした。

 彼女たちのやり取りを目にして、他の三人も後に続くように立ち上がる。


「さやかっ! よくぞ狂気に打ち勝ってくれたっ! 感動したぞっ!」

「さやかさんなら、やってくれるって信じてましたっ!」

「ママ、おかえりーーっ!」


 思い思いの言葉を口にすると、さやかの元に集まる。そして感極まったように四人して彼女を強く抱き締めたり、体のあちこちを手でベタベタ触ったりした。


(みんな、本当にありがとう……みんな私にとって、かけがえの無い大切な宝物だよ……私、絶対にみんなを守る……守るために、最後まで戦い抜くっ!)


 仲間にもみくちゃにされて幸せそうに笑いながら、さやかは胸の内で決意を新たにした。その時視界に入った空は、彼女の背中を押すように晴れやかだった……。

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