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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第三部 「新」
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第92話 最強の侵略者(中編)

 さやか、ゆりか、ミサキ……これまで数々のメタルノイドをほふってきた彼女たちであったが、テトラ・ボットには全く歯が立たない。その実力の高さはメタルノイドをも力ずくでねじ伏せる食物連鎖のピラミッドの頂点、まさに『宇宙最強の侵略者インベーダー』と呼ぶに相応しかった。


 三人をいともたやすく蹴散らした強敵の前に、アミカが立ちはだかる。


「ゆりさんは癒しの力で、皆さんの手当をして下さいっ! その間に、コイツは私が片付けますっ!」


 そう口にする少女の瞳には、何としても敵を倒すという強い意思が宿る。決して強がって吐いたのではない彼女の言葉には、それなりに勝算を抱いているであろう事がうかがい知れた。


「分かったわ、アミカちゃん……でも、くれぐれも無茶はしないでね。力が及ばないと悟ったら、すぐに敵から離れるのよっ!」


 ゆりかは痛みをこらえて立ち上がると、少女の言葉に従い、すぐに仲間を救出すべく駆け出す。彼女自身も負傷していたものの、他の二人の傷を癒すのが先決だと判断した。


「ゆりさん……後はお願いします」


 仲間が離れたのを見送ると、アミカはそうつぶやきながら安堵の表情を浮かべた。

 ひとまず難局は乗り越えたという安心感のようなものが、少女の胸に去来する。

 そんな少女の前に、テトラ・ボットが立ちはだかる。


「……ギロロロロッ!!」


 形容しがたい不気味な声を発しながら、殺意に満ちた瞳で少女を睨み付ける。彼の態度からは、言葉は喋れずとも、心の底からアミカを憎たらしく感じている様子が十二分に伝わる。


 ――――貴様一人に、一体何が出来る?


 ……アミカには、敵がそう言っているように思えた。

 それが彼女の思い込みによる気のせいなのか、それともボットが本当にそう思っているのかは、さだかではないが……。


「私にだって、やれる事があるんだって……思い知らせてあげるわっ!」


 自身の頭の中に流れた声に、アミカが強い口調で反論する。

 何らかの策を思い付いたのか、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、敵に向かって一直線に駆け出した。


 ゆりかを救出した時すでに五倍速モードになっていたアミカは、すぐに敵の間合いに入ると、まるでネズミのようにちょこまかと不規則に動き回る。攻撃を当てられるものなら当ててみろと煽っているかのようだ。

 それが相手の空振りを誘う作戦である事を見抜いたのか、ボットは珍妙な光景を立ったまま静観する。


「……ギィィエエエエエッ!!」


 だがやがてしびれを切らしたように大声で叫びながら、一本の足を高々と振り上げて、少女に向かって全力で振り下ろした。

 巨大な鳥のような足は少女をとらえる事が出来ず、大地を力任せに踏み抜いてしまう。


「ギィッ!?」


 片足が地中深くめり込み、全高10mにも及ぶ巨体がにわかにバランスを崩す。咄嗟に発した声は「しまった」と言っているようにも聞こえた。


(やった!)


 敵に大きなすきが生まれたのを見て、アミカが思わず心の中で口にした。作戦が成功した喜びのあまり、テンションが上がりだす。

 今が絶好のチャンスと判断し、右腕にあるボタンのうち一つに指を触れる。


「チェンジ……パワーモードッ!」


 そう口にした途端、彼女のスピードが大幅に低下し、体重がズシッと重くなる。

 少女は慌てて体勢を立て直そうとするボットの前に立つと、強く握り締めた右拳を、体をねじるようにして後ろへと引いた。


「うぉぉおおおりゃぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」


 勇ましい雄叫びと共に拳を一気に振り抜いて、敵の足を力任せに殴り付ける。金属の装甲に全力の拳が叩き付けられると、ゴォォーーンと鈍い金属音が鳴り、クモのような巨体がビリビリと激しく振動する。


「ギィィヤァァアアアアアッ!!」


 地中に埋まっていた足が殴られた衝撃ですっぽ抜けて、テトラ・ボットの体全体が宙へと打ち上げられる。攻撃を受けた屈辱にいきどおるように悲鳴にも似た絶叫を発しながら、四本足をジタバタさせる。


「やったぁ! 攻撃が当たったぞっ!」


 その時ゆりかによる治療を受けていたミサキが、歓声を漏らした。

 これまで数々の攻撃を防いできた難敵にクリーンヒットした光景に、嬉しさのあまり満面の笑みを浮かべながら、拳をグッと握り締めてガッツポーズを決めた。

 今の私たちに倒せない相手じゃない……むしろ十分やれる……そんな思いが胸の内に湧き上がり、希望を抱かずにはいられなかった。


「……」


 吹き飛ばされながら奇声を発してもがいていたボットだったが、急に体を動かすのをやめて黙り込む。

 次の瞬間、宙に浮いたまま体全体をグルンッと一回転させると、すぐに体勢を立て直して、四本の足をしっかりと大地に付けてザザァーーッと豪快に砂ぼこりを上げながら着地した。

 一連の動作は、彼が怒りをしずめて冷静さを取り戻したようにも見えた。


「くっ!」


 アミカが悔しげに下唇を噛む。彼女の拳は確かに当たったものの、ボットの体全体を浮かす事が出来ただけで、殴られた箇所の装甲には傷一つ付いていない。

 渾身の一撃で深手を負わせられなかった事に、少女は内心アテが外れたと強く落胆した。


 当のテトラ・ボットはアミカを凝視しながら、まぶたをパチパチさせる。傷を負わなかったとはいえ、自分に攻撃を当てた少女の力を警戒しているようだ。


「Ыстадб!! γ……β……α……Нигнитио……Ефир!!」


 人類には解読出来ない奇怪な言語を口走ると、円盤の外周にあるリング状のものが、七色にまばゆく光りだす。

 目の下に開いた口から、消化ホースのノズルのようなものが飛び出すと、そこから突然巨大な火炎のブレスを吐き出した。


「……ッ!!」


 アミカは避ける間も無く灼熱の業火に呑まれてしまう。それは周囲の石や金属を一瞬にしてドロドロに融解させる、かつてブリッツが使用したのと同等の六千度に達する火炎放射器だった。


「あっ……アミカーーーーーーッ!!」


 炎に呑まれて姿が見えなくなった少女に、ミサキが悲痛な叫び声を上げる。

 装甲少女であろうとも、まともに受ければ命を失いかねない高温に仲間がさらされた事に、彼女の死を予感して深く絶望せずにはいられなかった。


 大切な仲間を守れなかった……そんな失意の感情が湧き上がり、自身の無力さに強く心を打ちのめされた。

 さやかとゆりかも同様に仲間の死を覚悟し、場の空気が重苦しい挫折と敗北感で満たされて、息が詰まりそうになる。


 テトラ・ボットが炎を吐くのをやめると、もうもうと立ち込めていた白煙が晴れて、視界が徐々に開けてくる。やがて周囲を覆っていた煙が完全に消えてなくなると、そこに人影のようなものが立っていた。


「……アミカっ!」


 少女の姿を目にして、ミサキが歓喜の言葉を発する。

 煙の中から現れたのは、灼熱の業火に焼かれて死んだとみなが確信していた、他ならぬアミカ本人だった。


「ハァ……ハァ……」


 少女は額に汗を浮かべて辛そうに肩で息をしながら、両手のひらを前方にかざしてバリアを張っている。手のひらを中心として球状に展開した金色のバリアは、彼女の体全体を風船のようにスッポリと包み込んでいた。

 咄嗟にガードモードに切り替えた事で、自分の身を守ったのだ。火炎放射器の威力がバリアの防御力を下回った事も、彼女にとっては幸いだった。


(あ、危なかった……あと二秒バリアを張るのが遅れたら、とっくに消し炭になっていた……)


 間一髪で死を免れた事に、少女は背筋が凍る心地がした。

 炎による負傷は避けられたとはいえ、咄嗟の判断が生死を分けた状況に、心臓がドクドクと激しく高鳴って、ドッと精神的な疲労感に襲われる。

 少しでも気を抜いたら、目まいがしてその場に倒れてしまいそうだった。


「……ギィィイイェェエエエエエーーーーーーーーッッ!!」


 少女が生きていた事にいきどおるように、テトラ・ボットが絶叫する。火炎放射器は彼にとっても勝利への確信に満ちた必殺の一撃だったのか、それに相手が耐えた事を到底許せない、決して生かしてはおけないという、深い憎悪の念が伝わる。


 そして感情のおもむくままに、敵に向かって駆け出していた。


「ギィィッ!」


 一声発すると、足の一本を縦にスイングするように振り抜いて、足元にある大地を豪快にえぐりながら、アミカを張っていたバリアごと下から全力で蹴り上げた。


「うぁぁあああああっ!」


 バリアに包まれたままのアミカが、悲鳴と共に空高く打ち上げられる。

 テトラ・ボットは自らもすかさずジャンプして彼女と同じ高さまで飛ぶと、金色に光るボールと化した少女を、バレーボールをサーブするように足ではたき落とした。


「ぐぁあああっ!!」


 少女を包んだ光球が、凄まじい速さで落下して大地へと叩き付けられて、ゴムボールのように何度も激しくバウンドする。


「ううっ……」


 少女が苦しげにうめき声を漏らしながら、だらしなく大の字に横たわる。バリア越しでも彼女の体に伝わった衝撃はかなり強烈であり、全身を駆け回る痛みのあまりバリアを維持できなくなる。


「アミカーーーーーーッ!!」

「アミちゃん、大丈夫っ!?」


 ゆりかによる治癒が完了して、まともに動けるようになったミサキとさやかが、急いで少女の元へと駆け寄る。心配そうに言葉を掛けながら、彼女の体を助け起こした。

 ボットも敵が一箇所に集まった事を警戒して、すぐには手を出さない。


「ぐっ! こうなったら、ファイナルモードで……」


 アミカが敵に負けた悔しさをにじませながら、右腕の装置にある三つのボタンを押そうとする。もはやこの強敵に打ち勝つためには、奥の手を使うしかないという衝動に駆られた。


「待って、アミちゃん! もし百倍モードになっても倒しきれなかったら、今ここで力を使い果たすのは、リスクがでかすぎるわっ!」


 決死の覚悟に踏み切ろうとする少女を、さやかが慌てて制止した。

 ファイナルモードは五秒が経過すると、全能力が百分の一に低下する諸刃もろはつるぎだ。もしそれで戦いが終わらなければ、死刑宣告を受けたに等しい。

 力の底が知れない強敵に対して、そんな危険はとてもおかせないという考えがさやかにはあった。


「でも……でもっ!」


 アミカが不満げな顔で食い下がる。他に方法が無いじゃないか、と言いたげだ。


「心配しないで、アミちゃん。シャイン・ナックルとオメガ・ストライクは威力が同じ……だったら、通用するかどうか私が確かめてみるわっ!」


 さやかは冷静な口調で仲間をさとすと、敵の方を向いて立ち上がる。そして右拳を強く握り締めて、力を溜め込んだ。


最終ファイナルギア……解放ディスチャージッ!!」


  ◇    ◇    ◇


 ……その戦いをモニター越しに見ている、一体のメタルノイドがいた。

 それはバエルからサンダースと呼ばれた男だった。


『見届けさせてもらうぞ、マインド・フレイア……貴様のいう策とやらをッ!』

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