第85話 黒い剣士……その名はザルヴァ!(中編-2)
……ザルヴァは物心付いた時、既に剣を振っていた。
一日も欠かす事無く、剣の鍛錬を行った。それを十年以上の長きに渡り、続けた。
やがて彼は『ソードマスター』の異名で呼ばれるようになる。
努力は決して人を裏切らない。人一倍強くなりたければ、人一倍努力すれば良い。
そして強くなるための努力を自分よりしている者は、この世にいない。そう信じていた。
あの男に……バエルに出会うまでは。
◇ ◇ ◇
戦いに敗れ、戦意を失ったアミカ……とどめを刺さんとザルヴァが刀を振り下ろした時、ミサキがその身を呈して彼女を庇った。そして左肩から右脇腹までザックリと切り裂かれると、大量の血を噴きながら、うつ伏せに地面へと倒れてしまう。
「みっ……ミサキさぁぁああああああーーーーーーんっっ!!」
アミカが悲痛な叫び声を上げる。顔は瞬く間に真っ青になり、手足はガタガタと震え、瞳にはうっすらと涙が浮かぶ。目の前で起こった現実にショックを受けるあまり卒倒しそうになったが、それでもどうにか平常心を保とうとした。
「ミサキさんっ! 大丈夫ですか、ミサキさんっ!」
慌てて彼女の元へと駆け寄り、体を抱き起こす。泣きそうになるのを必死に堪えながら、何度も声を掛けた。
「……」
いくら言葉を掛けても、ミサキは返事しようとしない。
家族のように大切に思う仲間を救えた安心感からか、穏やかな笑みを浮かべたまま、死んだように目を閉じている。
脈拍はあり呼吸もしているが、傷口からは血が流れ続けており、何の手当ても出来なければ彼女が命を落とす事は目に見えていた。
「いっ……いやだぁ……やだよぉ……ミサキさんが死ぬなんて……そんなの、いやだぁぁぁああああああっっ!!」
冷たくなってゆく仲間を抱きしめたまま、アミカが大声で泣き叫ぶ。目から大粒の涙をボロボロと溢れさせながら、わんわんと赤子のように泣き出した。
仲間を失うかもしれない悲しみと、何も出来ない自分の無力さに打ちひしがれたあまり、胸が張り裂けそうになっていた。
『フンッ……自分を犠牲にして仲間を庇うとは、馬鹿な女だ。しょせん一人の力では何も出来ない弱者だから、そうやって互いに支え合おうとする』
泣き続ける少女を軽蔑するように見下しながら、ザルヴァが鼻で笑う。
『真に強き者は、仲間の助けなど必要としない……この俺やバエルがそうであるようにッ! くだらん友情ごっこで馴れ合うだけの貴様らなど、無力にして無価値な存在……戦場に立つに値しない、無能な弱者に過ぎんッ!!』
身を呈して仲間を庇ったミサキの覚悟を無駄と断ずるように、強い口調で言い放った。
「無価値な存在……ですってぇ?」
ザルヴァの言葉を聞いて、さやかがピクッと反応する。全身傷だらけになりながら倒れていた彼女であったが、まるで何かのスイッチが入ったようにムクリと起き上がった。
「アンタが最強を目指してるとか、バエルに勝ちたいとか、そんな事は私にとってはどうだって良いし、興味も湧かない……でも、誰かを思いやる気持ちを馬鹿にした事だけは……絶対に許せないっ!!」
腹の底から湧き上がる怒りを、声に出してぶちまける。その目はグワッと見開かれ、眉間には皺が寄って、とても十五歳の少女とは思えない阿修羅の顔と化していた。
仲間の犠牲を侮辱された事に怒るあまり、完全にブチ切れていた。
「アンタの言う、無価値な存在とやらの力……見せてあげるッ!」
そう口にすると、背中のバックパックの側面にある蓋のようなものが開いて、そこから一本の注射器を取り出した。中には半透明な緑色の液体が入っている。
(敵の能力が分かるまで、迂闊に使えなかったけど……今ならやれるッ!)
さやかは手にした注射器をじっと見つめながら、少しだけ考え込む。
「……薬物注入ッ!!」
やがて意を決すると、一片の迷い無く自分の首に注射器を突き刺した。中の液体がドクッドクッと体内に注ぎ込まれ、彼女の体全体が一瞬ビクンッと激しく震える。直後ドオォォーーンッ! と激しい爆発音と共に、少女の体から赤い光が溢れ出す。
「全能力三倍モード……解放ッ!!」
少女はあえて自ら宣言するように、大声でそう叫んだ。
『三倍モード……だとぉぉおおおおおっっ!?』
今まで彼女が見せた事の無い未知なる力に、ザルヴァが声に出して驚愕する。
強化変身と違って見た目の装甲に変化は無いが、体中の筋肉が膨れ上がってムキムキになっている。まるでボディビルダーになってしまったかのようだ。
肌は微かに火照って赤くなっており、体の表面から白い湯気のようなものが出ている。そしてこれまで戦いで受けた傷が、盛り上がった筋肉によって隙間を塞いだかのように治癒されていく。
全能力三倍モード……。
ゼル博士が完成させた筋力増強剤によって、一時的に肉体を強化した姿。
名前の通りに全ての能力が三倍に跳ね上がるものの、わずか三分しか持たない。
しかも一度効果が切れると、それから十時間は再投与しても効き目が出ないようになっている。
彼女にとって正真正銘、最後まで温存すべき切り札中の切り札であった。
(博士から受け取った物って、それの事だったのね……)
ゆりかは腑に落ちた表情をしながら、心の中で一人納得する。




