第63話 漆黒の巨人(前編)
突如ミサキの前に現れた、背丈8mの黒い巨人……自らジャイアント・グラムと名乗った。岩のようにゴツゴツしてどっしりした体格は、オーガー同様のパワータイプという印象を見る者に与える。
グラムよりも、ゴーレムと名乗った方が良いんじゃないか……ミサキは内心そんな事を考えた。
「私たちを抹殺しに来ただとっ!? フッ……バエルが倒されたというのに、つくづく懲りない連中だっ! お前たちが何度襲いかかってこようと、返り討ちにしてやるっ!」
あえて挑発的な言葉を吐くと、右腕にブレスレットを出現させて変身の構えを取る。
「覚醒ッ! アームド・ギア、ウェイクアップ!! 装甲少女……その白き鋼の刃、エア・エッジ!!」
そして白い光に包まれて戦闘形態に変身すると、すぐに自ら名乗りを上げた。
『フォフォフォッ……貴様一人とは、何とも好都合ッ! 三人とも抹殺するつもりでいたが、まずは貴様から片付けてくれようッ!!』
変身を終えたミサキに向かって、グラムが不気味に笑いながら駆け出す。巨漢であるためか歩くたびにドスッドスッと重い音が鳴り、そのたびに地面が軽く揺れる。そしてやはりと言うべきか、その動きは巨大な象のように鈍重であり、決して速いものでは無かった。
「貴様など……私一人だけで十分だッ!」
ミサキは両手で一本の刀を握って構えると、強気な言葉を口にしながら、迎え撃つように敵に向かって駆け出す。
「どぉぉおおおりゃぁぁああああっっ!!」
勇ましい雄叫びと共に刀を振り下ろすと、すれ違いざまに巨人の右腕に一太刀を浴びせる。彼の装甲は見た目に反して拍子抜けするほど脆く、切られた箇所はバックリと二つに割れていた。
(何だ、この装甲の弱さは……ただの見掛け倒しか?)
自分でも意外なほどあっさり攻撃が通った事にミサキが訝った、その時だった。
「……ッ!?」
目の前で起こった出来事に、彼女が思わず目を丸くさせた。
刀で斬り付けた箇所に黒い霧のようなものが集まって、瞬く間に傷口を塞いでいったのだ。やがて巨人の腕は、斬られる前の状態へと戻っていた。
「……」
ミサキはポカーーンと口を開けたまま、ぼう然と立ち尽くす。内心何が起こったのか、全く理解出来なかった。
バエルならまだしも、普通のメタルノイドが受けた傷を自動回復させるなどとは、全く予想していなかった。その事にショックを受けるあまり、思考の整理が付かなくなっていた。
田んぼのカカシのように突っ立っているミサキを、グラムがさも愉快げに嘲笑う。
『ファファファッ……見たかッ! これぞ、どんな攻撃を受けても即座に回復する無敵のボディッ! バエル様には遠く及ばぬものの、ワシもブラック・ナノマシンの使い手ッ! ワシの体は本体であるコア・ユニット以外、全てがナノマシンの集合体なのだッ! 本体を破壊せぬ限り、ワシの体は何度壊されようとも即座に再生するッ! 何度でもだッ!』
自身の体の仕組みについて得意げに語る。あえて包み隠さずに喋る辺りからは、たとえ知られようとも決して破られる事など無いという絶対の自信を覗かせていた。
「フンッ、どんな手品を使ったのかと身構えてみれば……なんて事はない話だ」
腑に落ちたと言いたげに、ミサキが鼻で笑う。
それまで無言のまま立ち尽くしていた彼女だったが、相手の能力を知った事で冷静になったのか、グラムが語り終えた時には普段の落ち着きを取り戻していた。
そして何らかの策を思い付いたのか、両手に握った刀を天に向かって高々と突き上げた。
「本体を破壊しない限り再生するというなら……破壊すれば良いだけの話だッ! 冥王秘剣……断空牙ッ!!」
技名を叫びながら刀を振り下ろすと、刀身から三日月状の斬撃が高速で放たれる。直後斬撃はグラムの巨体に命中し、真っ二つに切り裂いていた。
(やったッ!!)
その瞬間、ミサキが勝利を確信した笑みを浮かべる。
だが二つに分かれたグラムの巨体はすぐに隙間を塞ぐように合体して、斬られた部分には黒い霧が集まって急速に修復していく。そして斬られた事実など最初から無かったかのように、五体満足な姿の巨人が余裕ありげに立っていた。
「……くそっ!!」
確信を込めて放った一撃が致命傷にならずアテが外れた事に、ミサキは思わず声に出して悔しがった。
『フォフォフォ……馬鹿めぇっ! わざわざコアをボディのど真ん中に配置していると、本気で考えていたのかッ! ワシのコアは致命傷を避けるために、ナノマシンの中を常に高速で移動しているッ! 貴様にワシを倒す手段は皆無ッ! 諦めて絶望して、ここで無様にくたばって死ぬがよいわッ!!』
彼女の反応を想定通りと言わんばかりに、グラムが声高らかに叫ぶ。まだ戦いの途中だというのに、既に勝者になった気分でいる。
そしてその勢いのまま、ミサキに向かって駆け出していた。
『とくと目に焼き付けるがよい……ブラック・ナノマシンなら、こういう事も出来るのだッ!!』
そう口にした直後、グラムの体から突然黒い霧がブシュゥーーッと音を立てて抜けていく。まるで風船からガスが抜けているかのようだった。それと共に、グラムの体の横幅がどんどん縮んでいく。
背丈は変わらないものの、それまで岩のようにどっしりした体格であったグラムは、まるでダイエットに成功したかのように面積が減って、男性のファッションモデルのようなスラッとした細身になっていた。
だが本当に驚嘆すべきは、彼がダイエットした事では無かった。
「……速いッ!!」
ミサキが思わず驚きの言葉を発する。
走りながら面積が減っていったグラムは、完全に痩せた姿になると、突然ヒュンッと加速したように前方にダッシュしていたのだ。そして目にも止まらぬ速さで蹴りを繰り出していた。
「ぐぁぁああああーーーーっ!!」
避ける間も無く一撃を喰らい、少女の体が埃のようにあっけなく吹き飛ばされる。そのまま強い衝撃で土手へと叩き付けられた。
「ぐぅぅ……」
全身を駆け巡る痛みに、思わず呻き声が漏れ出す。それでも必死に痛みに耐えて立ち上がろうとするミサキの前に、そんな猶予は与えんとばかりにグラムが立ちはだかった。
『これで終わりだ……獄殺流星拳ッ!!』
技名らしき言葉を口にすると、巨人が両腕を駆使した拳の連打を行う。ガトリングの弾のように高速で繰り出される拳を、ミサキは防ぐ事すら出来ずまともに喰らってしまう。
「がぁぁぁああああああっっ!!」
少女の悲痛な叫び声が上がる……巨人の拳が少女越しに地面を殴るたびに鈍い音が鳴り、そのたびに鮮血の混じった土砂が舞い散る。
それはもはや戦いなどと呼べるものではなく、ただ一方的に黒い巨人が少女をいたぶるだけの公開処刑と化していた。
やがて拳の連打が止むと、ミサキは全身血まみれになり、まるで踏み潰されたように大地に深くめり込んでいた。
「ぐぅ……ぅ……」
今にも消え入りそうな、か細い声が漏れ出す。体中の骨と内臓が砕ける感触を覚えて、全身がズタズタに引き裂かれたような痛みのあまり、意識を失いそうになる。
それでも気力を振り絞って立ち上がろうとするミサキであったが、そのまま力無く前のめりに倒れてしまう。もはや敵と戦う力が残っているようには到底見えなかった。
『フッフッフッ……ワシの勝ちのようだな、ミサキよ。もはや貴様には、万に一つも勝機は無い。このまま殺してしまっても構わんが、かつてバロウズに属していた誼だ。もし貴様が降伏するというなら、ワシからバエル様に取り次いでやっても良いのだぞ?』
いたましい姿の少女を余裕ありげに見下ろしながら、グラムが誘いの言葉を掛ける。生かすも殺すも自分次第という優越感が、彼にそう言わせたのか。




