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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
最終部 「Ø」
226/227

最終話 そして少女たちは、焼肉を食べる。

 前回のレポートの続きだ。


 ミサキとアミカは結局博士の養子になった。今は研究所で何一つ不自由なく生活している。ただお小遣いまでもらうのは悪いからと、普段はバイトしている。

 博士は二人の親代わりとなって、就職してひとり立ちするまで衣食住を面倒見るつもりのようだ。それが彼にとっての贖罪にも繋がるだろう。


 彼女たちが将来何をするかまでは決まっていない。というか、そんな事は私やさやかだってまだ決めてない。

 やりたい事はこれから見つかるかもしれない。焦る必要なんて無い。時間はたっぷりあるのだから。今は取り戻した平和を満喫するのが最優先だ。


 マリナの義手と義足は、博士が月一でメンテナンスしている。万一博士が失踪した時のために助手にやり方を教えたそうだが、それでも極力博士が自分でやるつもりでいる。

 バロウズの手術を受けられなかったマリナは、これからの一生を義手と義足で過ごす事となる。彼女はそれを受け入れる覚悟を決めている。今の所生活に不満は無いとの事だ。


「ワタクシが死ぬまで、博士には手足の面倒を見てもらわないと困りますの」


 マリナが冗談交じりに言うと、博士はニッコリ笑ってうなずいたという。



 マリナが家に帰ると、両親と妹の反応は素っ気なかったという。口には出さなかったものの「なんだ、まだ生きてたのか」みたいな表情をされたとも。既に死んだものと見倣みなされて、家にあった私物は片付けられていた。

 マリナも両親が捜索願いを出さなかった事を知っていたので、そこはハナから期待しなかったとも。その晩の食事中、結局一言も言葉を交わさなかったと言っていた。


 マリナはもう家に自分の居場所が無いと悟って、今は寮で暮らしている。何か困った事があったら、博士が保護者代わりに相談に乗ったり付きったりする。


 マリナにはジョナサンという善良な執事がいた。両親が捜索願いを出さなくても、彼だけはマリナの身を案じて必死に探したそうだ。後に彼女が無事だったと知って、相当喜んだと聞いている。今は雇われていない身だが、博士ともどもマリナを個人的に支援している。


 当のマリナは、もう両親と分かり合う事は完全に諦めたそうだ。今は家族のように大切に思う仲間がいるから寂しくないと本人は言う。寮ではいつもさやかと楽しく遊んでて、退屈してない様子だ。


 本人は今の生活に不満は無いと語る。

 でもそんな彼女を見ると、私はちょっぴり寂しくなる。



 私が家に帰ると、父さんと母さんは笑顔で迎え入れてくれた。絶対しかられるんじゃないかと思ってたけど、そうはならなかった。二人とも私が生きて戻った事を心から喜んでくれた。

 家を飛び出して装甲少女を続けた事を怒っていないのか? と私が聞くと、もうそんな事はどうでもいい、今はお前が元気でいてくれただけで満足だと父さんは言ってくれた。

 続いて母さんが、娘の心配をしない親が何処にいますかと言い、泣きながら私を抱き締めてくれた。


 両親がこんなに私を心配してくれたなんて知らなかった。二人の心に大きな不安を与えた事を私は深く後悔した。

 私にとって装甲少女は決してやめられない使命だったが、だからといって両親に負担を掛けていい理由にはならない。


「父さん、母さん……ごめんなさい。もう二度と親に心配かけるようなマネはしません」


 私がそう言って顔をうつむかせたまま謝ると、父さんは笑顔でうなずきながら、優しく頭をでてくれた。


 両親とうまくいかない時期もあったが、マリナの境遇を考えれば私は十分に幸せ者だ。バチが当たるくらいに。

 私は何だか彼女に対して申し訳ない気持ちになった。


 さやか、アミカ、ミサキに至っては両親すらいないのだ。

 娘を愛してくれる両親が健在なのは私だけだ。そのありがたみを自覚しなければならないと分かった。

 心配を掛けた埋め合わせとして、これからは出来るだけ親孝行したい。親がいなくなった時「ああしとけば良かった」と後悔しないために……。



 トータスとフェニキスは人類に味方するメタルノイドとして平八さんにこころよく迎えられた。最初のうち政府内では彼らを受け入れる事に難色を示す者が少なくなかったが、事情を知る村人の証言、何よりさやかが口えした事によって、最終的には受け入れる方向性で話がまとまった。


 今は自衛隊に所属しており、台風や地震などの大災害が起こった時、人命救助や瓦礫がれきの撤去、救援物資の輸送などを行ってる。平時には山で遭難した人の救助にも駆り出されている。

 すでに命を救われた人が何人もいて、彼らに深く感謝したそうだ。そうした評判が徐々に広まり、負のイメージも薄れつつある。完全に打ち解けるのにそう時間は掛からないだろう。


 スギタさんはレジスタンス解散後、マタギに転職したそうだ。北海道で人を襲うヒグマが出没するたび、仲間と一緒に狩りに出かける。彼いわく、どんな恐ろしい猛獣でもメタルノイドを相手にするより百倍マシとの事だ。



 メタルノイド襲来で日本が受けた被害は甚大だ。それはこれまで日本を襲ったどの災害よりも大きくて、恐ろしい。その爪痕つめあとから立ち直れなければ、日本はこのまま衰退するのではないかと国際社会では指摘されている。


 だが戦争はもう終わったのだ。これから先、理不尽な暴力で人の命が奪われる事は二度と無くなる。戦争で受けた痛みを克服して、日本を復興させられるか否かは私たちに掛かっている。


 私たちは困難に立ち向かわなければならない。それがどんなに辛い現実でも、決して諦めたり、絶望に押し流されてはいけない。乗り越えなければならない。

 それが死んでいった者たちに出来る、せめてもの手向けなのだから……。



 さやかには一つ、どうしても消せない心残りがある。いつも明るく元気に振舞っているけど、それを気に掛けている事が私には分かる。


 それはバエルの事だ。彼の前世が善良な魔法少女だったと聞かされて、相当ショックを受けたみたい。それが今の自分にソックリだという話だから、尚更なおさらだ。


 バエルを改心させられない事は、さやかには分かっていた。新たな犠牲者を生まないために倒すしかなかった。現に今までそうして、多くのメタルノイドを倒してきたのだから。

 だから一片の迷いも抱かずに戦う事が出来たし、その事を後悔しないつもりでいた。


 でもやっぱり……心の何処かで、『昔の優しい彼女』に戻せなかった悔いは残ったみたい。理屈でこうするしか無いと分かっていても、胸に湧き上がった何とも言えないモヤモヤ感は消せない。それは一生消えない後悔として残るかもしれない。


 さやかは時折空を見上げては、フッと寂しげな表情になる。何も声に出さなくても、とても悲しい目をする。それを見ると、私は胸がキュッと痛くなる。


 だから彼女がそういう顔をするたび、私は何度だって言ってあげるの。

 貴方はやれるだけの事全部やった。だから貴方は何も悪くないよ、気にしないでって。


  ◇    ◇    ◇


 戦いが終わって二ヶ月……ついに戦勝祝いの焼肉パーティが開かれる事が決まる。これまで事後処理でゴタついたため先延ばしになっていたが、ようやくやれる事になったのだ。さやかもおいしい肉が食べられる事にウキウキする。博士もやっと約束が果たせたと胸を撫で下ろす。


 パーティの会場として、比較的大きな焼肉のチェーン店を一日貸し切る事になった。パーティに参加するメンバーはさやか、私、ミサキ、アミカ、マリナ、そしてエルミナ。博士は台所から皿に乗せた肉を運んできて鉄板で焼く係だ。ドリンクバーは飲み放題とある。


 店の外ではトータスとフェニキスが、スギタさん、平八さん、博士の助手らとバーベキューや流しそうめんしている。体が大きくて建物に入れない彼らのために、同時刻に男たちでパーティやるという、博士のいきな計らいだ。

 向こうは向こうで楽しそうだ。みんなワイワイ騒ぎ立てながら、おいしそうに肉を食べる。


 こっちだって負けてられない。

 博士が運んできて鉄板に乗せた肉が、じゅうじゅうと音を立てて焼ける。水分が鉄板に触れて、油と共に跳ねる。香ばしいニオイが立ちのぼり、食欲をそそる。肉の表面がまたたく間にこんがり焼けていき、見るからに美味そうになる。


 さやかはちょうどいい焼き加減になった肉をはしつかんで、タレも漬けずに口の中へと運ぶ。


「うまいっ! うますぎるっ! こんなおいしい肉食べたの、生まれて初めてっ!」


 本気とも冗談とも付かない言葉を口にしながら、モリモリ食べる。まるで腹をかせた猫が新鮮なえさに食らい付くように、物凄い速さで食べる。


「うまっ……うまうまっ……うまっ……うっ! んぐぐぐぐううううううっ!!」


 あまりに激しい勢いで肉を流し込んだため、危うくのどを詰まらせて窒息しそうになった。息が出来ない苦しさでみるみる顔が真っ赤になり、手足をジタバタさせる。それを見て心配した皆の表情が一気に青ざめた。


「ママーーッ! 死なないでーーーーっ!!」


 エルミナが心配しながら、慌ててコップに入れた水を持ってくる。さやかがそれをゴクゴクと飲みすと、喉の詰まりが解消されて、すぐに顔色が良くなる。


「フゥーーッ……みんな、心配かけてごめんね」


 苦しみから解放された安心感で一息つくと、申し訳なさそうに苦笑いして謝りながら、照れ隠しにテヘペロしてみせた。


「まったく……心臓に悪いぞ、さやか。世界を救ったヒーローとやらが肉を喉に詰まらせて死んだとあっては、笑い話にもならん」


 ミサキが少し疲れた表情で、落ち着いて肉を食べる。仲間の軽率な行動にジョークを交えつつ苦言をていした。

 私も彼女と同意見だ。アミカも賛成するようにウンウンとうなずく。


「ミス・サヤカ……もっと上品に食べられませんの? これでは完全に腹を空かせたゴリラそのものですの」


 マリナに至ってはあきれるあまり、さやかをゴリラ呼ばわりしてしまう。彼女の野蛮な食べっぷりに品が無いと指摘して、落ち着いて食べるように注意する。


「あーーっ! マリナちゃん、ひどーーい! 私の事ゴリラっつったーー! もう、こうなったらマリナちゃんの肉食べてやる! ほむほむ」


 さやかはゴリラ呼ばわりされた事に怒りだすと、腹いせとばかりにマリナが手を付けようとした肉を横取りして食べる。


「何するんですの! 絶対許せませんのっ! こうなったら勝負しますわ! どちらが肉を多く食べられるか、ハッキリさせるんですのっ!」


 肉を取られた事に怒ったマリナが、早食い勝負を提案する。自称ライバルの意地にかけて負けられないと鼻息を荒くして、肉をガツガツと食べまくる。上品に食べる信念はあさっての方向にぶん投げたようだ。


「望む所だよっ!」


 売り言葉に買い言葉、さやかも負けていられない。相手の挑戦を受けると、さっきよりも速い勢いで肉を流し込む。全く反省していない。


「お、おい二人ともっ! 落ち着けっ!」

「さやかさん! また死んでしまいますよ!」

「ママーーーーッ!!」


 ミサキ、アミカ、エルミナが慌てて二人を止めに入る。早食い競争を力ずくで止めようと必死にしがみつく三人と、それを振り払おうとしながら肉を食べ続ける二人という、何とも異様な光景が繰り広げられた。


「ハハハッ……」


 それを見ていた博士が、呆れた表情して汗をかきながら苦笑いする。私も同じようにして笑う。これも世界が平和になった証拠だ。



 さやかとマリナが皆に止められて手付かずの肉を、私がはしで取って皿に乗せる。タレに数回漬けた後、口の中に運んで食べる。あごを動かしてしゃくするたびに、口の中に柔らかい肉の濃厚な味わいが広がる。肉から染み出す肉汁のうまみが、更なる食欲を引き出す。タレとの絶妙なハーモニーをかなでる。


 うん……うまい。とってもおいしい。さやかが喉を詰まらせる勢いで食べるのも分からなくはない。私は腹を空かせたゴリラではないが、その私でも感動するうまさだ。これが世界を救って取り戻した平和の味という事なのか。


 私たちは平和を取り戻した証であるこの肉の味を、しっかりと噛み締めなければならない。命を賭けて取り戻そうとしたものの有り難みを、その価値を知らなければならない。もう二度と失わせてはならないと決意を固くするためにも。


 そして肉をたくさん食べて、たっぷり栄養を付けなければならない。

 平凡でごく当たり前の、誰も死なない、平和で楽しい日常。女子高生のキラキラした輝かしい青春。

 私たち自身の手で取り戻した『それ』を、これから存分に堪能するために――――。

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