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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
最終部 「Ø」
224/227

第221話 約束を果たすために

 ゼル博士に後を付いてくるよう言われて、病院の廊下をぞろぞろと歩くさやか達……何処へ向かうのかは分からない。今はただ彼の言う事に大人しく従うしかない。


 博士は階段をのぼり、どんどん上の階へと上がっていく。さやか達も黙って彼の後に続く。

 階段の突き当たりにあるドアを開けて行き着いた場所……それは病院の屋上だった。出入り口の近くには植物を植えるプランターが複数置かれており、季節の花が育てられている。一羽の蝶が花に止まっておいしそうに蜜を吸う。

 屋上のはしにある手すりには数羽のカラスが止まり、気まぐれに周囲を見回したり、さやか達の方を見たりする。


 博士は屋上にある開けた空間の中ほどまで来ると、目的地に到着した事を示すようにピタッと立ち止まる。その後は一歩たりとも動かない。


「博士……こんな場所に私たちを連れてきて言いたい事って、一体何ですか?」


 ゆりかがげんそうな表情で問いかける。ここまで黙って付いてきたが、博士の様子は明らかに普通じゃない。ひとのない場所に連れてこられたとあっては、尚更なおさらだ。

 人に聞かれては困る話かもしれないし、「実は私こそが黒幕だったのだ!」という恐ろしいカミングアウトをされるかもしれないと、内心かすかに身構えた。


 他の少女たちもただならぬ気配を感じて、にわかに場の空気が張り詰めた時……。


「さやか君っ! そして他の皆も! 本当にすまなかった!」


 博士が急に振り返ってびの言葉を述べながら、床にひざをついて土下座する。


「君たち普通の女子高生を戦場に駆り出させた事、心から申し訳なく思う。何を今更いまさら、と君たちは思うかもしれない……だが私の中にはずっと罪の意識があった。たとえそうする以外バロウズに対抗する手段が無かったとしても、それとこれとは話が別だ」


 さやか達を危険な戦いに巻き込んだ事を深く謝罪する。常に良心のしゃくを抱き続けた事、どんな理由があろうと彼女たちを巻き込んでいい免罪にはならないと語る。


「装甲少女になどならなければ、君たちは辛い経験をする事も無い、ごく普通の少女のままでいられた……私がそれを壊してしまった! そもそも私にバエルを止める力があったら、人がたくさん死ぬ事も無かったのだ……」


 自分を責める言葉が次から次へと口から飛び出す。旧知の友人がやらかした事に責任を感じて、全ての犠牲者の死を自分一人で背負い込もうとする。


「私は世界のために誰かが犠牲になるあやまちを繰り返すまいと願いを込めて、アームド・ギアを設計した……だが悲劇はまたも繰り返されようとしたッ! それを食い止めたのは、他ならぬほむらかすみ君だ。彼女には感謝しても、しきれない……結局私は何の役にも立てなかった」


 最後はさやかを眠りから覚まさせてくれたかすみの行いに感謝しつつ、自分の無力さを責め立てた。


「博士……」


 謝罪の言葉を聞かされて、さやかは何とも言えない気持ちになる。他の仲間たちも掛ける言葉が見つからず、困った表情を浮かべながら黙り込む。


 さやか達の中に博士を責める気持ちなどありはしない。これまでの経緯を考えれば博士には何の落ち度もなく、むしろ世界を救うために貢献した功労者の一人だ。もし彼が装甲少女を生み出さなければ、さやか達は変身すら出来なかった。


 だが誰に責められた訳でもなく、自分で自分を責め続ける博士に、どんななぐさめの言葉を掛けようと罪の意識を消せないのではないかという考えが頭をよぎり、さやか達はかつに何も言い出せなかった。


「私はこれまでしてきた行い、その全ての責任を取らねばならない……私自身の命によって!!」


 博士はそう口にするや否や、ふところから一丁の拳銃を取り出す。銃口を自分のこめかみに当てて、引き金を指で引こうとした。


「博士ッ!」


 さやかが彼の自殺を止めようと、真っ先に飛び出す。


 だが少女の素早い判断もむなしく、銃の引き金が引かれた――――。




 ……。

 …………。

 ………………。


 ドォーーーーンッ! と銃弾の大きな発射音が鳴り響き、音に驚いたカラスが屋上の手すりから慌てて飛び去る。カラスの羽がバサバサ動く音と、ギャーギャーと鳴きわめく声の他には、物音一つならない。

 全てのカラスが飛び去った後、場がシーーンと静まり返り、にわかに静寂が訪れる。


 銃口は博士のこめかみを撃ち抜いておらず、空に向けて発射された銃弾は遥か彼方へと飛んでいく。引き金が引かれたわずか一瞬、さやかが博士の腕をつかんで、銃の向きを変えさせていた。

 さやかは凄い握力で腕を掴み続けており、博士がいくら力を込めても微動だにしない。


「何故……邪魔をする」


 博士が少女の方を見ながら問いかける。どうして死なせてくれなかった、と言いたげに恨めしそうな表情をする。


「何故って……聞きたいのはこっちの方です! なんでこんな馬鹿な事を、急にやらかそうと思い立ったんですかっ! 博士らしくない! 説明して下さいっ!」


 さやかは顔を真っ赤にして怒りながら、声を荒らげて問い質す。いつもの彼ならこのような判断はしないはずという考えがあり、真意を問わずにいられない。


「……これより他につぐなう方法が見つからなかった」


 博士が顔を合わせ辛そうに下を向いたまま、やっと聞こえる程度の小さな声で答える。

 よほど精神的に追い詰められたのか、普段からは考えられないほど弱気になる。

 日頃から抱えた罪悪感に、さやかが眠りにいた事が重なって、彼の心にトドメを刺したように思えた。あるいは世界が平和になった事により、もう自分が死んでも問題無くなったと判断したのかもしれない。


「……博士のバカっ! そんなの償いなんかじゃありません! ただの逃げですっ! 博士一人がスッキリするだけで、他の皆は誰も得しません! むしろ博士が死んだ事にショックを受けて、悲しい気持ちになる……それこそが罪を重ねる事だって、どうして分からないんですかっ!」


 なおもさやかは声を大にして博士をしかり付ける。自殺しようとする判断が間違っている事を論理的に説明して、考えを改めさせようとした。せっかく戦いが終わったのに、これ以上誰も死なせたくない思いが嫌というほど伝わる。


「死んで償える罪なんて、この世に一つだってありません! そんなに罪が償いたいなら、生きて償って下さい! 博士の才能は人を助けられる……人を生かせる力なんですっ! 博士にはまだ出来る事、やらなきゃいけない使命が山ほどある……自殺するかどうか考えるのは、それを全部やってからにして下さいっ!!」


 自殺は何の贖罪にもならない事、博士の死は人類にとっての大きな損失になると語る。博士が生きなければならない理由を、感情論ではなく、あえて実利によって教えようとする。


「それに博士……この戦いが終わったら、焼肉をおごるって言ったじゃないですか。焼肉ってみんなで食べに行くと、結構高いんですよ。私、博士が約束を守ってくれなかったら、地獄の底まで追いかけますからね」


 最後は焼肉パーティの約束を交わした事を持ち出して、ほっぺたをもちのようにプーーッとふくらませて、ブツブツと小声で文句をれた。


「……」


 とうごとく言葉を浴びせられて、博士がポカンと口を開けたまま棒立ちになる。驚きと戸惑いが心の中を駆け巡って、一言も発しないまま岩のように固まる。

 自殺を思いとどまらせようとした少女の言葉に胸を打たれた事は確かだ。だが何より考えさせられたのは、最後に言い放った、如何いかにも普通の女子高生らしい切実な不満の訴えだった。それは下手な気休めの感情論よりも深く彼の心に刺さる。


「ふっ……ふふふふふっ……ふははははははっ! あーーーっはっはっはっはっはっはぁっ!!」


 博士が突然大きな声で笑い出す。最初は不意を突かれたように一瞬プッとだけ噴いて、その後必死に笑いをこらえようと口を閉じたままプルプル震えたが、やがて抑えきれずせきを切ったように大爆笑する。


「こりゃ一本取られたなっ! さやか君、どうやら私の負けのようだっ!!」


 そう言って腹を抱えて大笑いしながら、自分のあやまりを素直に認める。しばらくヒーヒーと苦しそうに笑っていたが、それが収まると急に静かになって真剣な顔付きになる。


「短い間にいろんな事が起こりすぎた……それらを受け入れる気持ちの整理が付かずに、気が動転していたらしい」


 少し疲れた表情を見せながら、冷静さを失ったと自己分析する。さやかが指摘した通り、普段の彼が取るような選択ではなく、一連の出来事に精神を追い詰められた事による衝動的な行動だったと結論付けた。


「自分でも分かっていたはずなのに……さやか君に言われて、改めて気付かされたよ。私にはまだやるべき事が山ほどある。それをやり切らずに死ぬ事など出来やしない。自殺するかどうかは、すべき事を全てやり終えてから考える事にしよう。もっともそれら全てをやり終えるには、十年……いや百年あっても足らんがね」


 最後は少女の提案に乗った事を伝えて、冗談とも本気とも付かない言葉を口にしながらフフッと小声で笑う。


「博士……それじゃあ」


 彼が自殺を踏みとどまってくれたと解釈して、さやかの表情が明るくなる。他の仲間たちも悲劇が起こらなかった事にホッと一安心する。


「ああ……私はもう大丈夫だ。みんな、余計な心配を掛けてすまなかった。もう自殺未遂は二度としないと神に誓おう」


 博士が頭を下げて深く謝罪する。今回のような騒動を起こさないと、固い決意で約束を交わす。


「はぁーー……安心したら、なんだか急にお腹がきましたの。博士に責任取ってもらいたいんですの」


 騒動が一段落すると、マリナが気だるそうに溜息をつきながら空腹を訴える。張り詰めた緊張が一気に解けてリラックスしたら、忘れかけた飢餓感に見舞われたようだ。

 さやかの腹も、猛獣の鳴き声のようにグゥーーッと鳴る。他の皆も腹が減っていた事は想像にかたくない。


「よし、ならば心労を掛けたおびに私がご飯をおごろう。病院から出て右に三軒歩いた所に、おいしい食堂があるんだ。院長の許可はすでに降りたから、今から皆でそこに行こうじゃないか」


 博士は妙案を思い付いたように右手のひらをポンッと叩くと、皆を食堂に連れていく提案をする。


「やったぁぁぁああああーーーーっ! よぉーーし、私目覚めた記念にカツカレー五人前は食べちゃうぞぉぉーーーーっ!!」


 さやかが拳を強く握ったガッツポーズを取って大喜びする。おいしいご飯が食べられると知って、ワクワクが止まらない。


「もう、さやかったら……腹が破裂しても知らないんだから」

「フッ……私もたくさん食べるとしよう」

「私も負けてられませんっ!」

「カレーたくさん食べるーー!」

「ミス・サヤカには如何いかなる分野でも負けられませんの」


 少女の仲間が思い思いの言葉を口にする。それぞれ反応は違えど、皆がうまい食事に期待して胸をおどらせた。高いテンションのまま、先を争うように屋上から出て行く。


 彼女たちに続いて歩き出そうとした博士が、ふと歩みを止めた。


「かすみ君……こうなる事を、君も望んだのか?」


 仲間に聞こえないくらい小声で、ボソッとつぶやく。

 その一言に反応するように、何処からともなく優しい風がサァーーッと吹く。風に吹かれて揺れた花に止まっていた蝶が、空に羽ばたく。


「……」


 一羽の蝶が飛んでいく姿を見届けると、博士は無言のまま出入り口に向かって歩き出す。その足取りは求めた答えが得られたように軽やかだった。

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