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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
最終部 「Ø」
220/227

第217話 ラストバトル(後編)

(……あれ?)


 何気なしに顔を上げて正面を覗き込んだ時、さやかはある異変に気付く。


 闘技場の床に、戦いの余波で飛び散った砂ぼこりと一緒に、金属の針が数本落ちている。バエルが『絶対圧縮爆裂アブソリュート・ディスラプト』を発動させるためにいくつか発射した残り物だ。

 魔王が少女に向かって歩いてきた時、砂埃はバリアで弾かれたのに、金属の針は弾かれず床に残っていた。


(バエルの体から射出された物だけは、バリアの影響を受けない? ……もしそうだとするなら、一つだけ方法があるッ!)


 敵が張り巡らせたバリアの特性について、一つの仮説を見出す。それを突破口として、最後の賭けに打って出ようと思い立つ。

 さやかは一計を案じると上半身をわずかに起こした後、「ウウッ」と声に出して背中を丸めてうずくまるフリをする。わざとピンチになった素振りを見せて、敵の攻撃を誘い出そうとこころみた。


「クククッ、もう立ち上がる力も残っていないようだな……それが貴様の限界という訳だ。そろそろ私が楽にしてやろう」


 少女の行動が演技だとも気付かず、魔王が満足げにニッコリ笑う。自身に有利な戦況となった事に気を良くして、すっかり警戒心をくしている。

 揺るぎない勝利への確信を抱きながら少女の前に立ち、獲物を眺める虎のような目でじっくり相手を見下ろす。


「赤城さやかァッ! その首、もらったぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーッッ!!」


 死を宣告する言葉を発すると、うずくまる少女に向かって右手による貫手を放つ。鋭い剣のようにぎ澄まされた指先で相手の首を貫こうとした。


「……この瞬間ときを待っていたッ!!」


 さやかがそう口にしながら急いで起き上がると、ネズミのように姿勢を低くしたまま相手のふところに飛び込んで、貫手による一撃をかわす。その勢いに任せて、手に握っていた刃物のような『何か』を男の腹に強く突き刺した。


「何ッ!? ぐおおおおおおッ!!」


 思わぬ反撃を喰らった事に男が驚きながら、慌てて後退する。腹に湧き上がる痛みのあまり、背中を丸めてうずくまる。如何いかなる攻撃も防ぐはずのバリアが、どんな方法によって破られたのか? ……そんな疑問が湧き上がった彼が自分の腹に目をやると、一本のサーベルが深々と突き刺さっていた。


「これは……ッ!!」


 バエルはそのサーベルを目にして、心臓が止まりそうな勢いで驚く。

 それもそのはず、自分の腹に刺さっていたのは、他ならぬ彼自身が以前の戦いにおいてさやかに投げ付けたものだったからだ。それが自分を傷付ける事になろうなどとは夢にも思わなかった。


「投げたまま街中に放置されたアンタの剣を、博士が回収して保管していた……それを何かの役に立つかもしれないと思って、私が博士からもらって、いつでも使えるように異空間にしまってあったのよ!!」


 本来敵の武器であるはずのサーベルを持っていた理由について少女が明かす。策略が功をそうした喜びで、思わずニヤケ顔になる。彼女にとってまさに千載一遇の好機チャンスが訪れた瞬間に他ならない。


最終ファイナルギア……解放ディスチャージ!!」


 この機を逃すまいとばかりに、右肩のリミッターを外してエネルギーの溜め動作に入る。右腕の装甲に内蔵されたギアがギュィィーーーンと音を立てて高速で回りだし、凄まじい速さでパワーが溜まっていく。彼女はこの一撃で全てを終わらせるつもりでいた。


「グゥゥゥ……ッ!!」


 バエルが必死に声に出してうなりながら、腹に刺さった剣を慌てて手で引き抜こうとする。だが剣は刃の根元まで深く刺さっており、力ずくでも簡単には抜けない。彼がもたついている間に、目の前にいる少女はどんどん力を溜めている。このまま剣の処置に手間取れば、致命的な一撃を喰らう事は目に見えていた。


「……ええい、赤城さやかッ! こうなったら、まずは貴様から始末してくれるわぁぁぁぁああああああッ!!」


 魔王が大声で叫びながら相手に向かって走り出す。剣を抜くのを後回しにして、少女を殺す方が先決だと判断する。力を溜めるように大きく振りかぶった右拳を全力で振り下ろして、彼女を一発で殴り殺そうとした。

 だが魔王の繰り出したパンチが触れた瞬間、少女の姿が霧となって散っていく。


「なっ……何ィィィィイイイイイイ!?」


 男が心の底から驚いたような声で叫ぶ。あまりに予想外すぎる結果に、何が起こったのか全く理解できず、にわかに頭が混乱してパニックにおちいりかけた。

 魔王が深く動揺しながら慌てて後ろを振り返ると、彼から十メートルほど離れた背後にもう一人少女がいて、同じようにパワー溜めの動作を行っている。恐らくそっちが本物であろうと思われた。


(正面にいた一体は残像だったのか……だがいつの間に!? いつの間に残像を生み出し、本物と入れ替わった!? 私は片時かたときもあの女から目を離さなかったというのに……ッ!!)


 少女が知らぬ間に入れ替わった事に男は納得が行かない。一体いつ、どのタイミングで、彼女が『それ』をしたのか、必死に突き止めようとした。


 男はその時初めて気付く。自分が剣で腹を刺された痛みで、一度だけうずくまった事を……。


(そうか、あの時……だがたった一瞬だぞッ!! 私がたった一瞬目をらしたすきに、あの女は残像を生み出し、それと入れ替わって私の背後に立ったというのか!? 私を殺すために、そんな手の込んだマネを……ッ!!)


 自分が相手から目を離した事に気付きながらも、わずか一瞬の間にそれら全てを行う少女の行動の速さ、判断力の高さに舌を巻く。自分を殺すためならどんな手段もいとわない彼女の執念深さにきもが冷える思いがした。


 正面に目を向けると、すでに少女はパワーを溜め終えている。右腕はバチバチと音を立てて放電しており、装甲の隙間からは力が溢れんばかりに赤い光を放つ。いつでも技を放てる状態にある事は明白だ。


「おっ……おのれぇぇぇぇぇぇええええええええッッ!!」


 バエルが大声で叫びながら、少女に向かって走り出す。両手をグワッと開いて相手につかみかかろうとした。

 もはや何の策もありはしない、破れかぶれのただの突進だ。それでもこのまま黙って殺されるよりはマシだと考えた。


 敵が眼前に迫っても、さやかは慌てる素振りを全く見せない。ひざを曲げて腰を深く落とし込んで、強く握った拳を後ろに引いて、全力のパンチを繰り出す構えに入る。


「これが正真正銘の……ラストオメガ・ストライクだぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーーーっっ!!」


 そう叫ぶや否や、正面にブゥンッと拳を突き出す。その拳が敵の腹に刺さっていた剣のつかを正確にとらえると、強い力で押し出された剣が魔王の腹を一気に貫く。そのまま向こう側にある空間へと突き抜けて、闘技場の壁に根元まで深く突き刺さる。


「バッ……ドグワァァァァァァアアアアアアアアッッ!!」


 腹を貫かれたバエルが断末魔の悲鳴を上げて爆発する。辺り一帯を焦がさんばかりの激しい炎が魔王の体から噴き上がり、一瞬にして姿が見えなくなる。

 それは彼が死んだと一目で判別できるほど凄まじい破壊力の爆発だった。


「うわぁぁぁぁああああああっ!」


 嵐のごとく吹き荒れる爆風をまともに受けた少女が、風に煽られて数メートル吹き飛ばされる。地面を横向きにゴロゴロ転がった後すぐに起き上がると、二分が経過した事により変身が解除されて、女子高生の制服姿へと戻る。


 魔王が立っていた場所に少女が目をやると、巨大な炎がメラメラと燃えさかっている。しばらく念入りに様子を見たものの、男が出てくる気配は無い。


「やった……勝った……魔王を倒した……私たち、勝ったんだぁぁぁあああああっ! やったぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」


 バエルの死を確信したさやかが高らかに勝利宣言する。両親の仇を討ち果たせた満足感にひたるように大きな声で叫んでガッツポーズを取ると、嬉しそうに何度もジャンプした。

 戦いを見ていた観衆も少女が偉業を成し遂げた姿を見届けて、一斉にバンザイする。彼女が世界を救った事を心から喜ぶ。英雄の誕生を歓迎して、名前を呼ぶコールが鳴り止まない。


「みんな、やったよ! 私、世界を救っ……」


 さやかが観客席を振り返り、人々に呼びかけた瞬間――――。



 背後から発射された一本の赤いレーザーが、少女の胸を撃ち抜く。

 傷口からジワァッと焼けるような痛みが広がり、胸に空いた穴から真っ赤な血がドクドク溢れ出す。変身が解除されたため、治癒能力も働かない。


「なっ……」


 突然の出来事に少女が困惑する。完全に戦いは終わったと思ったため、避けるひまなど全く無かった。それでも胸に湧き上がる激痛に必死に耐えながら後ろを振り返ると、大きな人影が炎の中から歩いてくる。


「……バエルッ!!」


 レーザーの発射主と思しき人物を目にして、さやかが顔をこわばらせた。

 それは他の誰でもない、剣に腹を貫かれて爆死したはずの魔王だったからだ。


 全身の装甲は爆発により吹き飛んだのか、内部の骨格が剥き出しになったガイコツのような姿になる。その内部骨格も所々にヒビが入っており、そこから黄色い火花が血のように噴き出す。すでに体の崩壊が始まっているのか、歩くたびにビシッビシッと亀裂が入る音が鳴る。

 左腕は完全に吹き飛んでしまっており、右腕だけが残っている。骨だけになったコウモリの羽は、風で飛ばされたビニールかさのようにへし折れている。腹に空いた穴からは油らしき液体が常時漏れ出している。


 死にかけたゾンビのような姿となった悪魔が、ズル……ズル……と足を引きずって歩く。本来なら動けなくなってもおかしくない深手を負ったのに、なおも戦いを続行しようとする。それはまさに執念と呼ぶ他ない。


「マダダ……マダ、終ラセンゾ……」


 壊れた機械音声のような声で、バエルがそう口にした。

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