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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
最終部 「Ø」
208/227

第205話 黒い剣士、ザルヴァ再び(中編-3)

 強敵ザルヴァとの再戦にのぞむさやか達であったが、彼の圧倒的な力の前に手も足も出ない。マリナが放った渾身の大技『ブレイク・ショット』もあっさり防がれる。


 ザルヴァは少女たちに格の違いを見せ付けると、一旦背中のさやに刀を収めて、武器を手裏剣へと持ち替える。彼の放つ四つの手裏剣『クロスブレイド』は脳波により遠隔操作され、何処までも相手を追い詰める魔の兵器だった。


 だが彼の挑発に乗せられて闘争心を燃やしたさやかが、ゴリラのようなパワーでなかば強引に手裏剣を攻略してしまう。戦いを見ていた観衆も、仲間たちも、彼女の荒ぶる野性のゴリラっぷりに尊敬の眼差しを向ける。


 しばし呆気あっけに取られたザルヴァであったが、彼もまた少女の戦いぶりを素直に称賛した。


『やはりお前とは、剣で決着を付けなければな……本当の勝負はこれからだッ!!』


 少女を真に死力を尽くすべき宿敵ライバルと認定し、二振りの刀を抜いて構えるのだった。


「みんな、心を一つに合わせてチームワークで戦おう! そうしないとヤツに勝てないッ!!」


 さやかが仲間に注意を呼びかける。手裏剣を破っても決して慢心しない。敵の実力の高さをしっかり認識した上で、さっきと同じ流れを繰り返すまいと思いを新たにした。


「分かった、任せてくれッ!」


 メンバーを代表するようにミサキが答える。危機感を抱くべきだとする考えを仲間同士で共有し合う。

 今から連携の打ち合わせをする時間など当然あるはずもないが、互いに仲間の能力は頭の中に叩き込んであり、敵のくせもある程度は把握できた。そこから先はぶっつけ本番のアドリブで対処するつもりのようだ。


「散開ッ!」


 ゆりかが大きな声で指示を出し、五人がクモの子を散らすようにサッと散る。あえて一箇所に固まらず、それぞれ別の方角へと走り出す。アミカは走り終えると右腕のボタンを押してパワーモードに切り替える。


『何をたくらんだか知らんが、無駄な事だッ!』


 ザルヴァが彼女たちの行いを、無価値な悪あがきだと断ずる。付け焼き刃の小細工で太刀打ちできる訳が無いと内心タカをくくった。


『まずはミサキ、貴様からだッ! 死ねぇぇええええッ!!』


 もっとも近くにいたミサキに狙いを定めて、一直線に駆け出す。近接戦の間合いに入ると、右手の刀で彼女を縦一閃いっせんに斬り裂こうとした。


「ふんっ!」


 ミサキが刀のつかを右手に握ったまま、左手での側面を支える構えを取って、自分めがけて振り下ろされた剛剣を刀で止める。刃と刃がぶつかり合う鈍い金属音がギィンッと鳴り、ビリビリした空気の振動となって周囲に伝わる。

 ザルヴァは腕に力を込めて相手を打ち負かそうとしたが、ミサキも根性で必死に耐えた。


「やぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」


 二人が必死に押し合った時、ミサキがいたのと逆の方角から、ゆりかが大声で叫びながら走り出す。槍の刃を相手に向けて、くし刺しにしようともくろむ。


『馬鹿めぇッ!』


 ザルヴァが少女を罵倒する言葉を吐きながら、左手に握った刀で槍の一撃を止める。ゆりかがいくら槍を前に押し込んでも、男の刀はビクともしない。

 ザルヴァはさっきと同様、二人の少女を一度に相手する形となった。


『やれやれ、つくづく学習能力の無い連中だ……また痛い目を見ないとわか』


 男があきれたように言いながら、二人を闘気オーラで吹き飛ばそうと考えた瞬間……。


「I'll break you!!」


 彼の背後からマリナが大ジャンプしながら、右足を大きく振り上げたかかと落としを見舞う。


『なッ!? ノグォォォォォォオオオオオオオオッ!!』


 少女の踵が後頭部にクリーンヒットして、ザルヴァが化け物のような奇声を発しながら前のめりに倒れる。ドオォォッと頭から突っ込んで、地面に半分埋まってしまう。

 彼も背後から来た少女に気付いて一瞬驚く素振りを見せたが、さすがにこのタイミングでは回避が間に合わなかったようだ。


 ザルヴァには敵の位置を把握する能力があったが、それが正常に機能していない。さやかが手裏剣の動きを鈍らせるために大声で叫んだ時、闘技場内に仕掛けられたセンサーが壊れてしまったのか――――。



「やりましたのッ!」


 初めて攻撃がまともに当たった事にマリナが歓喜する。すぐさま追撃を掛けようと、ダウンした男の背中に向かってジャンプした。


『フンッ!』


 だがザルヴァは倒れた姿勢のままヒュンッと音を立ててワープし、十メートル離れた地点に立った状態で姿を表す。マリナはさっき男が倒れていた、何も無い地面に着地してしまう。


『フン……一撃当てた事はめてやる。だがま……ンンッ!?』


 男が難を逃れた事に安心したのもつかの間、最初からそう来ると読んでいたように、彼がワープした先にアミカが待ち伏せていた。


「でぇぇぇぇやぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」


 すでにパワーモードに切り替え済みの少女が、勇ましくえながら右拳によるパンチを繰り出す。どうやら連続ワープ不可能だったらしく、男は避けるひまもなく少女のパンチを太腿ふとももに喰らう。


『ウオオオオオオッ!!』


 時速五百キロを超えて飛ぶ砲弾のごとき剛拳が叩き込まれて、ドオォォォンッ! と激しい爆発音が鳴る。直後男の体がフワリと宙に浮いたかと思うと、物凄い速さで吹き飛ばされていく。


(いかんッ!)


 このまま地面に落下すれば全身を強打するのはまぬがれないと考えた男が、空を飛び続けたまま器用にグルグルと高速で縦回転する。頭を上にしてバランスを取り直すと、両足を地面について腰を低くしながらズザザザァァーーーーッと砂ぼこりを立てて着地した。


『フゥーーッ……危ない所だっ』


 ザルヴァが少し疲れたように一息つきながら、後ろを振り返ろうとした瞬間……。


「おんどりゃぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!」


 さやかが彼に向かって猛ダッシュし、腹の底から絞り出したような雄叫びを発しながら、ジャンプ回し蹴りを放とうとする姿が視界に飛び込んできた。


『ブルゥゥゥゥァァァァアアアアアアアアッッ!!』


 少女の渾身の蹴りをなすすべなく顔面に叩き込まれたザルヴァが、またも奇声を発しながら弾き飛ばされる。今度ばかりはバランスを取るひまもなく地面に激突して、ゴロゴロと横向きに転がっていく。その衝撃で体中が砂まみれになって汚れる。


『おっ……おのれぇぇぇぇぇぇええええええええーーーーーーーーっっ!!』


 ザルヴァは慌てて立ち上がると、スタジアム全体に響かんばかりの大声で叫ぶ。よほど頭に血がのぼったのか、ハァハァと呼吸を荒くして、目をグワッと見開いて、全身がわなわなと震えている。今にも口から炎を吐きかねない勢いで激高する。

 深手を負ってはいないものの、二度も土を付けられた事は、彼にとって戦士の誇りをけがされたに等しい。到底許せるものでは無かった。


『貴様ら、よくも……よくもやってくれたなァッ! 許さんッ! 絶対に、許さんぞォォォォオオオオオオーーーーーーーーッッ!!』


 胸の奥底から湧き上がる憤激を声に出してブチまけると、感情のおもむくままに、一番近くにいた相手であるゆりかめがけて走り出す。両手に握った刀で彼女を『なます切り』にしようともくろむ。完全に怒りで我を忘れており、普段の冷静さは見る影も無い。


「アミちゃんっ! マリナっ!」


 ゆりかがすかさず仲間の名を呼び、二人が同意するようにコクンとうなずく。何をするかの具体的指示は無かったが、三人ともこれからすべき事は分かっていた。


 アミカとマリナが彼女の元に集まると、三人が両手のひらを正面にかざしてバリアを同時に張る。重ね張りした事によって厚みを増した障壁がドーム状に展開されて、少女たちをスッポリと覆う。


『キェェェェェェエエエエエエエエーーーーーーーーッッ!!』


 ザルヴァが気迫の篭った雄叫びを発しながら、目にも止まらぬ速さで両手の刀を振り回して、バリアを何度も激しく斬り付ける。アミカのバリアを破った時と同様、力ずくによる連撃で破壊しようと考えた。

 ヒュヒュヒュンッと刀を振る音と、キキキンッとバリアが刀を弾く音とが、まるで楽器の演奏のように鳴り響く。それが時間にしておよそ一分ほど続いた。



 だがザルヴァがいくら刀で斬り付けても、バリアは一向に破れる気配が無い。三人分の力が合わさったバリアはダイヤのように堅牢であり、如何いかに剣の切れ味が鋭くても、傷一つ付かない。

 無論バリアのエネルギーは有限だが、それが尽きるよりも男がスタミナ切れする方が早かった。


『ハァ……ハァ……ハァ……ば、馬鹿な……』


 障壁の硬さに根負けしたザルヴァが激しく息を切らす。疲労のあまり手足がプルプル震えて、両腕をだらんとさせて、背中を丸くしてガクッとうなだれた。相手の力を見誤った事に、致命的な判断ミスをしたのではないかと後悔にさいなまれる。


「ザルヴァァァァアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」


 男が疲れ切った時、そのすきに乗じるように彼の左側面からさやかが大声で名を呼びながら全速力で駆け出す。


「一度有利になったからって、自分の力をおごった事……それがアンタの敗因よッ! 喰らえぇぇぇぇッ!!」


 彼の強者であるがゆえの慢心を指摘しながら、右拳で殴りかかろうとした。


『ふざけるなッ! 俺は負けてなどいないッ!!』


 ザルヴァは少女の言葉に反論すると、左手に握った刀で縦に斬り付けようとする。

 少女は素早くパンチを引っ込めると、自分めがけて振り下ろされた刀を『真剣白刃取り』で止める。最初からそうするのが狙いだったような動作の切り替えだ。


『グッ……離せぇぇぇぇええええええッッ!!』


 ザルヴァが腹立たしげに大声でわめきながら、相手を振り払おうとする。だが男がいくら腕に力を込めても、少女は刀の刃をガッチリつかんだまま微動だにしない。まるで重さ千トンの巨大な岩に剣が刺さってしまったかのようだ。


 バリアに根負けして体力を消耗した今の彼では、力ずくでは少女を引き離せそうにない。いっそ右手に握った刀でくし刺しにしようかと考えた時……。


「ミサキちゃん、今だよッ!」


 さやかが急いで仲間に指示を出す。それに合わせるように三人がバリアを張るのをやめて、左右にサッと分かれる。さっきまで少女たちがいた場所の後方にミサキが立つ。彼女は両手で握った一本の刀を、天に向かって掲げている。


「ザルヴァ、とくとその身に刻むがいいッ! これが私たちのきずなの一撃だッ! 冥王秘剣……断空牙ッ!!」


 大声で技名を叫ぶと、掲げた刀を縦一閃いっせんに振り下ろす。ブォンッと風を斬る音が鳴り、振った刀から三日月状のかまいたちのような斬撃が男に向けて放たれた。


 斬撃が触れようとした瞬間、男の体がヒュンッと音を立ててワープする。かまいたちは何も無い空間をスゥッと通り抜けていき、少女たちは一瞬攻撃が空振りに終わったとぬか喜びした。だが……。


『グォォォォォォオオオオオオオオッッ!!』


 直後男の凄まじい絶叫が放たれた。声が聞こえた方角にさやか達が振り返ると、少女たちから十メートル離れた地点で、ザルヴァが地にひざをついて傷口らしき左肩を右手で押さえながら、苦しそうにもだえていた。

 彼の左肩から先が、鋭利な刃物で切断されたようにれいに無くなっている。その彼から二メートルほど離れた床に、刀を握ったままの左腕がゴロンと転がる。


 咄嗟にワープして切り抜けようとした彼だったが、タイミングが間に合わず、腕を切り落とされた瞬間にワープしてしまったのだ。


「やっ……やったぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!」


 敵の腕を落とせた事にさやかが大喜びしながらガッツポーズを取る。


「やりましたね、ミサキさんっ!」

「ああ、ついにやったぞ!」

「やりましたのッ!」


 他の仲間たちも口々に歓喜の言葉を漏らし、ウサギのようにぴょんぴょん跳ねて嬉しそうにはしゃぐ。みな敵に一矢をむくいられた事を心から喜ぶ。


「ウオオオオオオッ!」


 客席からも大きな歓声が上がり、少女たちの奮戦ぶりをたたえるコールが巻き起こる。場が歓喜一色に染まる。


 致命傷を与えられた訳ではないが、相手の戦力をぎ落せた意義は大きい。チームプレイが功をそうした事に、少女たちはこれまでに無くテンションが上がりだす。


 スタジアムが歓声に包まれるのを、黙って聞いていたザルヴァだが……。


『クククッ……』


 突然声に出して笑いだす。それまでのもだえ苦しんだ姿から一転して落ち着きを取り戻すと、二本の足でゆっくりと立ち上がる。


 彼が何の前触れもなく急に冷静になった姿が不気味すぎて、客席が思わずシーーンッと静まり返る。さやか達も何がなんだか訳が分からず、緊張して棒立ちになりながらゴクリとつばを飲む。


 ザルヴァがニヤリと口元をゆがませると、左肩の切断面から細い糸のようなものが無数に伸びて、地面に落ちた左腕に絡み付く。そのまま本体へと引き寄せていくと、互いの切断面がビッタリくっつく。直後カシャカシャと小さな機械音が鳴ると、傷口がみるみるうちにふさがっていき、切断される前の状態へと戻る。


「う……そ……」


 さやか達はその光景を、呆気あっけに取られて眺めていた。一瞬何が起こったのか全く理解できず、ポカンと口を開けたまま金魚のようにパクパクさせた。


『大したものだ……まさかお前たちが、ここまでやるとはな。チームプレイとやらの力、素直に認めねばなるまい』


 腕の修復を終えたザルヴァが、あえて少女たちの健闘ぶりをたたえる。結果的に深手にならなかったとはいえ、一度は腕を落とさせた彼女たちの力に感心したようだ。


『だが残念だったな……俺は本体であるコア・ユニット以外に受けた傷は、致命傷にならんのだッ!!』


 ……男の口から放たれたのは、残酷な事実に他ならなかった。

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