第196話 要塞突入計画(中編)
長旅の末、遂に敵要塞のある旭川へと辿り着くさやか達……そこで屈強な男の一団と出会う。彼らもまた少女たちと志を同じくするレジスタンスの一団だった。
彼らの村へと案内された一行は、レジスタンスのリーダーであるスギタという男と今後について話し合う。
彼から要塞の正確な見取り図を見せられたゼル博士が、アイデアを閃いたように突然何処かに電話を掛ける。
すると数分後、遥か上空から一人の少女が飛んできて、バーニアの出力を調整して村へと降下する。
「ママーーーーーーッ!!」
……それは自衛隊が開発した対メタルノイド用少女型ロボット、通称『エルミナ』だった。
「ママ、会いたかったよ! 博士が来ていいって言ったから、来たよっ!」
地面に両足をついて着地すると、エルミナは有無を言わさずさやかの胸に飛び込む。これまで我慢した分を一気に開放するように両手で抱き着いて、顔を強く押し付けた。
「ルミナ、どうしてここに!?」
少女に抱かれながら、さやかが困惑する。娘のように大切に思う仲間と再会できた喜びと、何故彼女がこの場にいるのか分からない疑問が入り混じって、気持ちの整理が付かない。
さやか達が西日本から旅立った時、エルミナだけはバリアの中に残る事になった。それはロボットである彼女には戦うたびに大掛かりな修理や整備が必要となるため、長旅には不向きであると判断された事、万が一バリアの内部に再びメタルノイドが攻めてきた時、それに立ち向かう戦力を残しておきたかったからだ。
「メタルノイドがバエルとザルヴァだけになったから、もうワープされる心配は無いだろうという事、次の一度きりが最後の戦いになるから、整備のリスクを考える必要が無くなったという判断から、私が呼び寄せたのだよ」
エルミナを呼び寄せた理由について博士が説明する。
「それに彼女の力は強大だ。少しでも戦力が欲しい最終局面において、その力を全く活かさないのは、あまりにもったいない……あとついでに言うと、結局あの後一度もメタルノイドがワープしなかったので、退屈すぎて死にそうだ、ママに会いたいとゴネられたと平八に相談された」
要塞突入作戦にエルミナの力が必要不可欠である事、戦いへの参加は彼女自身の意志でもあったと明かす。
博士の説明を受けて、彼女がこの場に現れた事にさやか達もひとまず納得する。
「それにしても驚きましたの。少女型アンドロイド『エルミナ』……噂には聞いてましたけど、実際こうして目にするのは初めてですの」
マリナが、精巧な人型ロボットを前にして驚きを隠せない。想像を遥かに超える高度な技術に興奮気味になる。
「ママのお友達、よろしくーーーーっ!」
エルミナが満面の笑みを浮かべながら、マリナと握手を交わす。彼女について既に一通りの話は聞いたのか、初対面でありながらフレンドリーに接する。
マリナも少し緊張しながら少女と握手する。とても人工知能とは思えない人間らしさに内心戸惑う。
もしかしたら本当に、さやかが生んだ子ではないか……そんな事まで考え出した。
「さて挨拶も済んだ所で、再度敵要塞に攻め込む打ち合わせをしたい」
二人の握手が終わると、博士が会議室に入るよう促す。
スギタと、エルミナを加えた少女たちは建物の中にぞろぞろと入っていき、テーブルに並べられた椅子に腰掛ける。
「では役者が揃った所で、私が考えた作戦について説明するッ!」
全員が椅子に座ったのを確認すると、博士が要塞の見取り図を広げたテーブルに身を乗り出す。
「まずエルミナには、要塞の東門から突入してもらう。恐らく兵の大半が東門に殺到するだろう……出来るだけヤツらを引き付けてもらいたい。なお三倍モードだと五分しか持たないから、ここでは二十分戦える通常モードでやってもらう事になる。通常モードでは手に負えない相手が現れた時のみ、三倍モードになってもらいたい」
見取り図の東門を指差しながら、エルミナに指示を出す。出来るだけ長くザコと戦えるように力を抑える事を頼む。
「分かった! 任せてっ!」
博士の言葉に、エルミナが頼もしい表情で相槌を打つ。
「そして敵が東門に殺到したタイミングで、今度はさやか君たち五人が西門から突入する。敵は正反対からの侵入に相当慌てるはずだ。ここで兵を二手に分ける事になるだろう。さやか君たちは敵兵を排除しながら、バエルのいる玉座の間へと向かう」
博士は次に見取り図の西門を指差して、さやか達に突入するよう言う。敵兵力を分散させる事によって、各々に掛かる負担が減るように計画を立てる。
「任せてっ! 目の前に立ち塞がる敵は誰であろうとブチのめすよっ!」
さやかが強気な笑みを浮かべて、拳を強く握ってガッツポーズを取りながら博士の頼みを承諾する。
「そして最後に、完全に手薄になった南門からレジスタンスが突入するッ! 彼らには私が同行する。私が先頭に立てば、人間の兵士や量産ロボ程度なら十分に対処可能だ。私は彼らと共に、牢屋に監禁された人質の救出に向かう」
博士は最後に、南門から自分がスギタ達と共に突入する事を告げる。警備が手薄になった隙に乗じて人質を助ける役目を負う。
「我々は人質の救出に成功したら、すぐに要塞から脱出するッ! さやか君たちはそのまま玉座の間へと向かって、バエルを倒してくれッ! エルミナは可能であれば彼女たちに合流し、それが出来ない場合は人目に付かない場所で休んでてくれ。後で私が位置情報をキャッチして回収に向かう」
要塞に突入した後、それぞれが取るべき行動について語る。
「三方向からの時間差による攻撃……それによる敵兵力の分散を狙い、最終的にはそれぞれが目的を達成するッ! これが私の考え付いた作戦だッ!!」
最後の締めとして、作戦の要約を分かりやすく伝える。
博士の作戦はそれなりに筋が通っており、その場にいた者から異論は出ない。皆彼の作戦に同意したように頷く。
「あの……一つだけ確認したい事があるんですけど」
アミカが言いにくそうにモジモジしながら挙手する。
博士が「ウム」と答えたので、少女はテーブルに身を乗り出して、見取り図のある一点を指差す。
「ここだけ不自然に広い空白があるんですけど、これ何なんですかね?」
彼女が指差したのは、要塞の中央部分だった。図を見る限りとてつもなく広い部屋のようだが、そこだけ何も書かれていないのだ。明らかに配置上、重要な位置にあるにも関わらず……少女が不思議がるのも当然だった。
「ああ、そこでしたらバエルが趣味に使ってる闘技場です。観客を収容できる巨大なスタジアムだそうですよ。なんでも見せしめの処刑や、メタルノイド同士の決闘に使われるだとか……ですが今回の作戦には無関係なので、気にしなくても良いでしょう」
アミカの疑問にスギタが答える。要塞の中央にある巨大な空白は、王が娯楽欲を満たすために使う施設だというのだ。
「……」
他の皆がスギタの言葉に納得して安心する中、ゆりかだけが不安を抱く。
今回の作戦には無関係……その言葉に虫の報せのような、死亡フラグのような、嫌な予感を覚えずにはいられない。それが杞憂に終わってくれれば良いと願いつつ……。
「よしっ! それじゃみんな、明日の戦いに備えてゆっくり休んで英気を養うわよっ! 全員必ず生きて帰るのっ! それが終わったら、バエルぶち殺し記念に店を貸し切って、焼肉パーティを開きましょう!」
「オオーーーーーーーーーーッ!!」
さやかが大きな声で皆に呼びかけると、その場にいた全員が歓声を上げる。
「その焼肉パーティの費用は、私が全額負担しよう。安心して気兼ねなく戦ってくれ」
博士が代金を支払う事を確約し、更に場が盛り上がる。少女たちが口々に「やったー」と叫んで、元気にはしゃぐ。極上の肉を食べられる事に胸を躍らせた。
最終決戦を前にして、これまでになく皆のテンションが上がる。自分が死ぬかもしれない不安など、一ミリも感じさせない。
この先に待ち受けるのは最も危険な戦いだ。本来ならば命を失う恐怖に怯えても不思議じゃない場面だった。だが彼女たちの中にあったのは死という後ろ向きの不安や緊張ではなく、何としても勝利して、全員で生きて帰るのだという強い意志だった。
誰か一人でも犠牲になる事など、決してあってはならないと考えた。
それは直前に博士から聞いた『過去の悲しい戦い』が頭の中にあったからこそ、同じ悲劇を繰り返してはならないという思いがあったのかもしれない。
会議が終わるとさやか達は村の者たちからおいしい手料理を振舞われ、腹いっぱい平らげる。
そして明日の戦いに備えて眠りに就いて、体力を温存した。
◇ ◇ ◇
――――その翌日。
バロウズ要塞東門の内側に、二人の男が立つ。
彼らは特殊部隊の隊員のような服を着て、アサルトライフルと手榴弾で武装する。
彼らから少し離れた場所に、階級章を付けた隊長格らしき人物がいる。
「ふぁーーあ……アイツら、本当に来ますかね?」
平隊員らしき男の一人が、気だるそうに大きく口を開けてあくびしながら喋る。緊張感など欠片も無い。
「バカモノッ! シャキッとせんか! その体たらく、バエル様が見たら何とお思いになるかッ!!」
隊長格の男が部下の態度を厳しく叱る。やる気の無い部下とは対照的に、職業軍人らしい気迫を漂わせる。
「ヤツらは必ず攻めてくるッ! それも今日中にだ! そうしたら、我々と量産ロボだけで対処せねばならん! 何しろバエル様とザルヴァ様、お二方ともヤツらをある場所で待ち伏せるために、侵入者が現れても現場に駆け付けない事を公言なされたのだからなッ! 責任重大だぞッ!!」
彼らの置かれた状況について早口で語る。上司の力を借りられないからこそ、何としても自分たちの力だけで守り抜かねばならんのだと血気盛んに息巻く。
「大丈夫ですよ隊長、我々には今日完成したばかりの切り札……」
……男がそう言いかけた瞬間、分厚い鉄の扉がバゴォォーーーーーンッと激しい音を立てて、豪快に吹き飛ばされる。靴の裏のような跡が付いて、内側にグニャァッと大きく凹んだ扉が、枠から外れてガランゴロンと地面に転がる。
扉があった場所はモクモクと砂煙が立ち込めて、何も見えない。
幸いにしてと言うべきか、二人の平隊員は扉の真正面から左右にずれた位置に立っていたため、扉の直撃を受けずに済んだ。だが突然目の前で起こった出来事に、一瞬頭が真っ白になり、危うくおしっこを漏らしかけた。
「なっ……何だぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!?」
隊長格の男が驚くあまり、建物中に響かんばかりの大きな声で叫ぶ。警報など鳴らさずとも、東門で異常事態が発生した事が要塞にいる全ての者に伝わりそうな勢いだ。
二人の男は扉のあった場所から慌てて離れると、銃を手にして身構える。明らかに手強い侵入者が現れた危険を察知して、心臓がドクンドクンと激しく高鳴る。銃を持った手がガクガク震えて、額から滝のように汗が流れ出す。脳の血管がキューッと締め付けられて、目眩がして気が遠くなりかけた。
その場にいた兵士全員が、緊張してゴクリと唾を飲みながら、扉のあった場所をただジーッと凝視する。敵に対する純粋な恐怖と、迂闊に動いたら危険だという冷静な思考が合わさり、相手の出方をひたすら待つ。
その状態が時間にしておよそ二十秒ほど続いた後、砂煙の中に人影らしきものが現れる。それは兵士たちに向かってゆっくりと歩いていき、やがて煙の外に出てハッキリと姿を見せる。
「きっ、貴様は……エルミナ!!」
現れた少女の姿を目にして、隊長格の男が血相を変えた。扉を足で蹴って破壊したのが少女型アンドロイドである事に驚きを隠せない。
「悪いおじさん達、私が相手になるよっ! かかってきて!」
エルミナはそう口にすると、拳を強く握ってボクサーのようなファイティングポーズを取る。
……ここに最終決戦の火蓋は切って落とされた。




