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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
最終部 「Ø」
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第173話 お嬢様、戦いの覚悟をなさる。

「……ムムッ!」


 その時一連の動作を眺めていた博士が、突然うなり声を発する。彼は機械の付いたメガネのような装置を顔に掛けて、相手の能力を解析していた。それによって何らかの新事実を突き止めたらしかった。


「あのマリナという少女……両手と両足が機械で出来ているッ! 変身によってそうなったのではない! 変身前からそうなっていた! 今はそれが、変身によって生まれた装甲と一体化した状態だッ!」


 マリナが義手と義足である事を、その場にいた者たちに伝えた。


 博士の言葉を聞いて、さやかはてんが行く。制服姿の彼女がこん色の全身タイツを着ていたのは、日常生活を送るにあたって、機械になっている部分を隠すためなのだと……。


「……そこのおじ様のおっしゃる通りですわ。私、大きな事故に遭って両手と両足を失いましたの。その事に深く絶望した時、黒服の男が現れて、取引を持ちかけて来ましたの。赤城さやかという女を殺せば、手足を元通りにしてやるって……義手と義足は、それまでの繋ぎとして与えられたものですわ」


 マリナは事故によって手足を失った事、悪魔に取引を持ちかけられて、彼らの誘いに乗った事、それによってヒーローを殺す刺客となった事を簡潔に述べる。


「これ、結構気に入ってますのよ。なんでもメタルノイドの技術を応用したとかで、触覚も痛覚もちゃんとあって、文字通り自分の手足のように動かせますの。タイムラグも一切ありませんわ。これを付けてから、幻肢痛げんしつうに悩まされる事が無くなった……定期的なメンテナンスが必要ですが、それを差し引いても、私を不自由な苦しみから解放してくれた、素晴らしい発明ですわ」


 機械の両手と両足をうっとりした表情で眺める。高機能である事を見せ付けるように、手の指先の関節を動かして、手を開いたり閉じたりする。そのたびにウイーンカシャカシャと音が鳴る。様々なギミックが仕込まれているのか、人差し指の先から細い針のようなドリルを、出したり引っ込めたりする。


 彼女の様子から、手足の機能には不満が無いように見える。


「でも……だからといって、一生このままではいられませんの! いくら便利でも、ちゃんとした生身の手足を取り戻さないと、お父様は私を愛してくださりませんの! 父の愛、本物の手足、将来の夢……私はあの日、全てを失った。それらを取り戻して、元の幸せな日常に戻るためには、赤城さやか……貴方を殺すしかありませんの!」


 右手の拳を強く握ってギリギリと力を込めると、それを相手に向けて、改めて命を奪う事を宣言した。その瞳には明確な敵意が宿り、一切の迷いが無い。何としても幸せを取り戻すのだという、揺るがない決意が感じ取れる。

 彼女は今まさに新たな宿敵となって、さやかの前に立ちはだかった。


「……マリナさんッ!」


 それまで黙って話を聞いているだけだったアミカが、意を決したように口を開く。彼女なりに思う所があったのか、悲しそうな目をする。


「マリナさんの気持ち、痛いほど分かります……私もお姉ちゃんを亡くしたから。かけがえの無い大切なものを……くした幸せを取り戻せるなら、なんだって出来るという気持ちにだってなる」


 説得の手段として、あえて相手に共感する態度を示す。決して他人事ではないのだという切実な思いが言葉に宿る。


「でも……でも本当に、それで良いんですか!? 奪った人の命は決して戻らない……その人を殺した後悔の記憶を、一生かけて背負い続ける。善人であればあるほど、他人の人生を奪った事に苦悩する……自分の幸せのために、他人を犠牲にする覚悟が、マリナさんにはあるんですか!?」


 少女に、戦士として人を殺す覚悟の重さを突き付ける。彼女にかつての亡き姉を重ねて、同じあやまちを繰り返させまいとする。今ならまだやり直せる、引き返せるといういたわりが、これでもかと伝わる。


 人を殺す罪……それは戦場の兵士でない、普通に生きてきた女子高生が背負うには、あまりに重すぎる。それを彼女に背負わせまいとするいたいけな少女の優しさが感じ取れた。


「……」


 アミカの言葉を聞いて、マリナが一瞬黙り込む。目線を合わせられないように暗い表情のまま顔を背ける。決してうわべではない少女の真剣な言葉が胸に刺さり、すぐには反論できない。


「私だって……好きこのんで殺人など犯しませんわ」


 わずかに顔を上げると、小声でボソッとつぶやく。その瞳は何処か遠くを見るようではかなげだ。気のせいか涙を浮かべてうるんだように見える。


「でも、仕方ないじゃありませんかッ! 世の中生きる人全てが幸せになるなんて、そんな夢物語ありえませんのッ! 他人から奪う事でしかつかみ取れない幸せがあるなら、そうするしかありませんの! 私が幸せになるためには、他に方法が無いんですの! 私は……私は、一生不幸な負け犬のままでいたくありませんのッ! 幸せを掴みたかった……たったそれだけなんですのッ!」


 目をつぶって深刻そうに顔をうつむかせたまま、思いのたけをブチまけた。ありったけの言葉を早口でまくし立てた挙句、疲れたようにハァハァと息を切らす。

 下を向いたままプルプルと小刻みに震えるマリナの背中は、追い詰められてどうにもならなくなった弱者の悲哀が感じられて、何ともみじめだった。


「……」


 少女の悲しい姿を目にして、さやかは何とも言えない気持ちになる。

 最初に抱いた高貴なお嬢様という印象は消え失せて、母猫に捨てられて寒空の下で鳴き続ける寂しい子猫のイメージが重なる。このまま誰にも拾われなければ、せた悲しい姿になる事は容易に想像が付く。


 彼女を助けたい思いに駆られて、胸がきゅうっと締め付けられた。けれどもどうすれば良いか、その方法が見つからない。

 彼女に殺されれば彼女の望みは叶うが、さすがにそれは出来ない。そもそもアミカが指摘した通り、人を殺して叶えた願いで彼女が本当に幸せになれるのか? という疑問が湧く。


 あれこれ思案したさやかであったが、まずは戦うしかないという結論に行き着く。全力で戦って、力ずくでねじ伏せて、戦意を喪失させて、それから説得してお友達になろう……そう考えた。


「……分かったよ、マリナ」


 考えがまとまると、地べたに倒れたさやかがゆっくりと体を起こす。すでにブリッツとの戦いでボロボロに傷付いた身だが、それでも気力を振り絞って立ち上がろうとする。


「私戦うよ……マリナがそうしたいって言うなら、戦ってあげる。私バカで不器用でゴリラだから……他にやり方知らない。貴方と正面から、全力で、真っ直ぐにぶつかっていく事しか出来ない。全てを投げ打って戦ったその先に……分かり合える未来があるって信じてるからッ!!」


 そう口にする少女の瞳が、強い闘志の炎で燃え上がる。

 相手を殺すためでない、救うための闘志が……。

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