第162話 戦慄っ!地獄将軍ロスヴァルト(後編)
致命傷を負わされながらも、自力での復活を遂げた赤城さやか……困惑しつつも彼女に再度とどめを刺そうとするロスヴァルトだったが、さやかは男を圧倒する動きを見せた。
一連のやり取りは、少女の能力が十万分の一に低下していない事……魔剣から発せられた磁場の影響を受けていない事を容易に悟らせた。
『何故だ……どういう事なんだッ! 一体どういう原理で、磁場を無効化できたというのだ!?』
ロスヴァルトが声に出して慌てふためく。想定外の事態に受けたショックは大きく、なりふり構わず動揺する。人に見られていようと気にも止めない。
百歩譲って生き返った事までは許せても、磁場による能力低下を無効化された事は到底許容できなかった。彼にとって、それは決してあってはならない事だったのだ。
信じられない出来事が立て続けに起きてしまい、ロスヴァルトは緊張とストレスで頭がおかしくなりかけた。
「……」
その場にいた者たちが皆、騒然となる。銃を持った見張りの兵士も、囚人もゼル博士も、一言も話さない。全員ポカンと口を開けたまま思考停止した棒立ちになっている。
本来囚人にとっては喜ぶべき状況だが、彼らもまたロスヴァルト同様に何が起こったのか全く理解できず、驚くあまり言葉も出なかった。
博士は顎に手を当てて考え込む仕草をしながら、真剣な目付きでさやかを凝視する。気難しい表情を浮かべて「むむむ」と声に出して唸りながら、彼女が磁場を無効化した原理を突き止めようとする。
「ただ一つ考えられるとすれば、魔剣から発せられる磁場を無効化するプログラムを、ナノマシン自らが組み立てたという事……だが仮にそうだとしても、普通なら数時間は掛かる作業だ。それをたった数分でやってのけたのは、正に奇跡と呼ぶ他ない」
彼なりの推論に基づく仮説を導き出して独り納得しつつ、それでも尚不可能を可能にする少女のトンデモぶりに驚嘆した。
さやかはそんな周囲の反応を気にも止めない。当然の事をしたと言わんばかりにそっけない顔をする。
「ふんっ……やっと本来の強さで戦えるようになったわ。来なさい、ロスヴァルト……私がアンタをボコボコにしてあげる。肩書き通り地獄に落としてあげるから、そこでショーグンでもトノサマでもやってなさい」
腰に手を当てて誇らしげなドヤ顔で鼻息を吹かせながら、相手を挑発する余裕を見せた。場の空気を読んでか、敵の名前を間違えたりはしない。
雄々しく二本の足で立つ姿は何とも頼もしい。スタミナが自動回復しているのか、さっきより呼吸も落ち着いている。すっかり万全の状態に戻っていた。
『……ガキが。舐めた口を利くと、潰すぞ……ッ!!』
ロスヴァルトが不意にそう呟いた。奇怪な現象に正気を失いかけたものの、少女の理不尽さに対する怒りがフツフツと湧き上がり、彼から失われつつあった闘争心を取り戻させた。
『……いつもの力が出せるようになったから、何だというのだッ! それだけで私に勝ったつもりか!? だとしたら、思い違いも甚だしいッ! 同じ土俵に立てたからといって、私が有利である事に何ら変わりは無いッ! 何しろ私の戦闘能力は素でもファットマンの十倍あるのだからなッ! それを今から思い知らせてやるッ!!』
調子に乗るなと言わんばかりに早口でまくし立てる。
目はグワッと見開かれ、ギリギリと音を立てて歯軋りし、口からは「オオオッ……」という声が漏れ出す。荒ぶる激情のままに全身をわなわなと震わせている。
少女に対する男の憎悪は凄まじく、彼女の血肉を喰らわずにおけるものかっ! というオーラが溢れ出ていた。
男は再び剣を手に取ると、少女に向かってドスドスと足音を鳴らしながら駆け出す。その動きはさっきよりも数段速い。
『一時のぬか喜びに終わったと、落胆しながら死ねぇっ! 脳足りんの、哀れな大馬鹿者がぁぁぁぁああああああっっ!!』
罵倒する言葉を吐きながら、少女を縦真っ二つに斬り裂こうとする。ブォンッと風を切る音を鳴らしながら振り下ろされる刃を、彼女は避けようともしない。男はその瞬間勝利を確信し、ニヤリとほくそ笑む。だが……。
「フンッ!」
さやかは喝を入れるように一声発すると、自分に迫ってきた剣の刃を、事もあろうに右手だけで受け止めた。そのままとてつもない馬鹿力で掴んで、決して離そうとしない。
『ッ!? 馬鹿な……』
想定を上回る怪力ぶりにロスヴァルトが驚嘆する。いくら腕に力を入れて押し込もうとしても、剣は少女に掴まれたまま微動だにしない。限界までボルトを締めたようにガッチリと固定されている。
「ふんぬぐぅぅぅぅぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!」
さやかが鼻の穴おっぴろげたゴリラ顔で腕に力を込めると、剣が物凄い握力で締め付けられる。メリメリと金属が砕けたような音が鳴り、少女が触れた箇所から亀裂が走り出す。亀裂は瞬く間に反対側へ到達し、直後刃がボッキリと二つに折れて、上半分が地面に落下する。
『なっ……何だとぉぉぉぉおおおおおおーーーーーーっ!?』
武器を折られた事に狼狽し、ロスヴァルトが慌てて数メートル後ろへと下がる。
(今までバエル様以外に砕かれた事の無いダインスレイヴ……それを事もあろうに、片手の握力だけで粉砕しただと!? 馬鹿なッ!! これがさっきファットマンに苦戦した女の力だというのか!? 信じられん……まるで別人ではないかッ!!)
無敵の強度を誇る魔剣が、いともたやすく折られた事に焦りだす。ファットマン相手に苦戦する程度の実力なら楽に倒せると踏んでいただけに、驚きもひとしおだった。
(侮っていた……赤城さやかの力を、完全に見誤っていた! ミスター・エックスを倒したと聞いた時点で、もっと警戒すべき相手だった……ッ!!)
敵に対する自身の認識が甘かった事を心の中で深く後悔し、ガクッとうなだれた。
戦いへの備えは万全に整えたつもりだった。万が一、魔剣の磁場が効かなかったとしても、負けない自信があった。連中の強さはこれくらいだろうと考えて、敗北しない計算をしたつもりだった。
だが少女は男の想定を軽々と飛び越えて、今こうして追い詰めたのだ。
いっそ主君たるバエル本人が攻めてくるぐらいの心構えをするべきだった……男はそう思い至る。
「もう終わりにするよ、ロスヴァルト……薬物注入ッ!!」
さやかは背中のバックパックから一本の注射器を取り出すと、迷わず自分の首に突き刺す。中の液体が一滴残らず体内へと注がれると、少女の体全体がドクンドクンと激しく脈動し、全身の筋肉がムキムキに膨れ上がる。
「最終ギア……解放ッ!!」
全能力三倍モードになると、間髪入れずに右肩のリミッターを解除する。右腕の装甲に内蔵されたギアがギュィィーーッと音を立てて回りだし、エネルギーが凄まじい速さで溜まっていく。やがて右腕全体から赤いオーラが溢れ出し、パワーが完全に溜まり切ると、少女はすぐに敵に向かって駆け出す。
『……愚か者めッ! ダインスレイヴは一本だけだと思ったら、大間違いだぞ! 魔剣よ、我が手に来るがいいッ!!』
ロスヴァルトは急いで立ち上がると、折れた剣の柄を地面に投げ捨てる。そして天に向かってバンザイするように両手を広げる。直後、彼が最初に出てきた建物の上部分から、二振りの剣が飛んできて、彼の手に収まる。
それはさっき少女に折られたのと全く同じ剣だった。
男はそれぞれの手に剣を握ると、少女めがけて全力で走り出す。
『魔剣の二刀流……とくとその身に刻んで死ねぇえええっ!!』
近接戦の間合いに入ると、二本の剣で横一閃に薙ぎ払おうとする。
さやかは咄嗟にしゃがんで大振りの一撃をかわすと、隙だらけになった相手の懐に入り込む。力を溜めるように右拳をグッと強く握る。
「……トライオメガ・ストライクッ!!」
大声で技名を叫びながら、敵の腹に全力のパンチを叩き込んだ。ドォォンッとロケットの砲弾が直撃したような爆発音が鳴り、その振動が伝わって、辺り一帯の空気がビリビリと振動する。
『ドヴァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!』
ロスヴァルトが奇声を発しながら、物凄い力で後ろに弾き飛ばされる。
時速二百キロを超える速さで飛ぶ鉄の塊は、刑務所の塀にミサイルのように激突し、そのままコンクリートの壁をブチ抜いて、向こう側へと押し出される。
最後は敷地外にある荒野に墜落して、体が半分大地にめり込んだ。
『……』
男はすぐに立ち上がろうとしたものの、殴られた箇所の装甲は内側に大きく凹んで、そこから生じた亀裂が足の指先まで到達している。亀裂からは血のような油が漏れ出し、全身の数箇所からバチバチと音を立てて火花が散る。
自身の命が尽きた事を悟らせるには十分だった。
『オオ……天ハ我ヲ見放シタカ。ナラバ ソレモマタ然リ……タトエ コノ身ハ地獄ニ堕チヨウトモ……我ガ魂ハ永遠ニ、赤城サヤカヲ呪イ殺サ……ン……ングゥゥゥゥォォォォオオオオオオオオオオッッ!!』
無念そうに天を仰いで嘆息を漏らすと、呪詛の言葉を吐き散らしながら爆発して、木っ端微塵に吹き飛んだ。
(ロスヴァルト……アンタも十分に強かったよ)
男の完全なる死を見届けながら、さやかが思いを馳せる。忌むべき敵ではあったが、それでも尚バロウズの将軍の名に恥じない強さに敬意を払った。
「さやかーーーーっ!」
ようやく動けるほど体力が回復したゆりかが、すぐに立ち上がって仲間の元へと駆け出す。他の二人も彼女の後に続く。
「さやかさん、お腹を剣で刺されたんですよねっ! 大丈夫ですか!?」
アミカが先輩の身を案じながら、傷口を確かめるように手でポンポン触る。少女の腹筋は岩のようにゴツゴツして硬い。後遺症が残った形跡は無い。
「さやかっ! もし腹に穴が空いてポテトチップスが食べられなくなったら、私が代わりに食べてやるぞっ!」
ミサキが冗談交じりに言葉を掛ける。
「へーきよへーきっ! 腹に穴なんて空いてませんから、ポテチでもコーラでも、好きなだけ飲み食いしてやるわよっ!」
さやかは歯を見せてニカッと笑うと、健在ぶりをアピールするように腹を握り拳でドンドン叩く。仲間が無事な姿を見て、アミカとミサキも安心したように笑う。ゆりかも穏やかに微笑む。
「……」
笑いに包まれた少女たちを、バロウズの兵士が唖然とした表情で眺める。
刑務所を統括する者がいなくなり、この先どうすれば良いか分からなくなり、途方に暮れる。彼らのうち数人が小声で話し始めたものの、結論が出る気配は無い。
「刑務所の兵士たちよッ! 聞けッ!」
混沌とした状況を破ろうとするように、ゼル博士が大きな声で叫ぶ。その場にいた全員が声に反応して一斉に振り返ると、彼の手には携帯電話が握られている。
「ついさっき、自衛隊の増援を呼んだ! 二時間後にはヘリで到着するとの事だッ! その数およそ二百ッ! それに対して刑務所の兵士は、せいぜい数十人ッ! 装甲少女にも、お前たちと戦う程度の力は残っている! 彼女らがその気になれば、犠牲者を一人も出さずにここを制圧する事も可能ッ! 武器を捨てて大人しく投降するなら、お前たちの身の安全は私が保証すると約束しよう!」
万に一つの勝機も無い事実を突き付けて、降伏するよう兵士に呼びかけた。
博士の言葉を聞いて、兵士たちが俄かにざわつく。互いに顔を見合わせて、あたふたしながら「どうしよう」と声に出してうろたえる。
「……わかった」
だが抵抗は無意味だと悟り、皆が銃を捨てて両手を上に上げた。
ロスヴァルトもファットマンも量産ロボもいなくなり、自分たちには勝ち目が無いのだと観念するしかなかった。
「やったぁっ! これで俺たち自由の身だぁっ! もう重い物を運ばされたり、ブタ頭に鞭でしばかれたりしなくて済むんだっ! ヒャッホーーーーーーイ!」
囚人たちが歓声をあげる。事ここに至ってようやく解放されたという実感が湧き上がり、大喜びしてはしゃぐ。もう二度と自由は手に入らないと諦めていただけに、感動もひとしおだった。
「アンタらのおかげで俺たちは救われたんだ! お嬢ちゃんたちは本物の英雄だっ! ありがとう! 本当にありがとう!」
心からの感謝を述べると、彼らは嬉しさのあまり集団でさやか達を取り囲んで、ワッショイと声に出しながら胴上げを始める。その周囲にいた者たちが一斉にバンザイする。
少女たちは胴上げされた事に困惑して苦笑いしつつも、賑やかな空気に身を任せて、囚人を助けられた実感を噛み締めるのだった。




