第155話 地獄の刑務所
本州のバロウズ勢力を駆逐したさやか達……残りの敵を片付けるべく北海道へと渡る。牛頭のメタルノイド・ファットマンを撃退し、彼に追われていた三人の男を救出するのだった。
何処から逃げてきたのかと問う一行に、三人のうち一人が重い口を開く。
「ここから東に数キロ向かった所に、採掘現場と一体化した刑務所があるのです。これまでバロウズに捕まった多くの人々がブチ込まれて、ゼタニウム鉱石の採掘作業をやらされています。睡眠と食事以外の時間は全て労働に割り当てられて、休憩は僅か数分……食事は質素で栄養が足りなくて、病気になっても、ろくに治療も受けられない……地獄のような場所です」
捕まっていた場所がどれほど過酷な環境だったかを、事細かに説明する。辛い記憶が蘇ったのか、語りが進むごとに表情が暗くなっていく。
「そんなある日、見張りの兵士が話しているのを聞いたんです。噂の装甲少女が、この地へ渡ってきたと……そこで我々は刑務所から脱獄して、助けを求めようと計画を立てました。そして私たち三人が脱走に成功したのです。ですがそのために、多くの仲間が犠牲に……うっうっ」
自分たちを逃がすために同胞が命を落とした事を語り、顔をうつむかせて肩を震わせながら慟哭する。他の二人も思いを同じくして、声を詰まらせてすすり泣く。
「お願いですッ! 我々に力をお貸し下さいッ! 今も刑務所には多くの仲間が囚われていて、こうしている間にも虐げられているのですッ! どうか彼らを救出して下さいッ! それが叶わなければ、私たちを逃がすために死んでいった仲間の犠牲が無駄になりますッ!!」
涙で濡れて真っ赤になったまま顔を上げると、鬼気迫る勢いで懇願する。男の表情は仲間を殺された悔しさに満ちており、もし願いが聞き入れられなければ、今この場で命を絶ちかねない気迫すら感じさせた。
「お願いしますッ!」
「どうか、どうか我らにお力をッ!」
後に続くように、残りの二人も口を開く。
やがて三人の男は膝をつくと、地に額を擦りつけて土下座した。
「……」
囚人の話を聞かされて、あまりの凄惨さにさやか達が絶句する。
男たちの体験は少女の想像を遥かに超えており、彼らがどれだけ辛い目に遭ってきたか、考えただけで胸が締め付けられた。
「分かったわ! 私に任せてっ! この命に代えても、貴方たちの仲間を助け出してみせるっ! だから安心して!」
義憤に駆られたさやかが頼もしい言葉を吐きながら、胸を力強くドンッと叩く。決して安請け合いした訳ではない。何としても彼らの力になりたいという、揺るぎない意思が表情に浮かぶ。
博士たち他の四人も賛同するように頷いており、異論は出なかった。皆囚人を助けたい思いは一緒だった。
「そうと決まったら、さっそく救出に向かいましょう!」
アミカが開口一番に提案する。居ても立ってもいられないのか、体をウズウズさせる。
「でも刑務所の警備は厳重の筈よ。正面から力ずくで突破しようとしたら、きっと面倒な事になるわ」
ゆりかが考えなしに突入するべきではないと、冷静に指摘する。
さやかは博士なら何か妙案を思い付くはず、と期待する眼差しを送った。いつも作戦を丸投げしてしまって悪いと感じたのか、申し訳なさそうに肩を縮こませて上目遣いになりながらテヘペロする。
「フム……」
博士は顎に手を当てて、しばし考え込む仕草をする。
「巨大な刑務所なら、必ず物資を搬入するトラックかヘリがあるはずだ。それを利用しよう」
やがて案がまとまったように口を開くと、博士はその場にいた者たちを一箇所に集めて小声で指示を出す。
◇ ◇ ◇
二日後――――。
荒野のド真ん中にそびえ立つ刑務所……それを取り囲む高さ十メートルの塀、その唯一の入口に見張りの兵士が二名立つ。特殊部隊の隊員のような服を着てアサルトライフルで武装した彼らは、左胸に『B・ARROWS』の文字が刻まれた斜め十字のバッジを付けていて、組織の一員である事が容易に読み取れた。
ロボットではない生身の人間だが、黒服の男たち同様にバエルに忠誠を誓った連中だ。
「今日は脱走者は現れなそうだな……つまらん任務だ」
兵士のうち一人が退屈そうにボヤきながらあくびをする。ただ立って見張るだけの仕事に飽きた様子だった。
「気を緩めるな。いざ何か起こりでもしたら、悠長な事は言ってられんぞ」
もう一人の男が油断した態度を咎める。相方とは対照的に、いつ有事が起こるかもしれないと警戒しながらピリピリしていた。
それでも何も起こらず数時間が経った頃……。
「んっ……あれは何だ?」
最初にあくびした男が、そう言いながら荒野の彼方を指差す。
男が指差した方角から、巨大な何かがドドドッと大きな音を鳴らして豪快に砂埃を巻き上げながら、門に向かって走っている。
「食料を運ぶトラックだ。毎日この時間に来ている。よし……今日も時間通りだな」
相方の男が腕時計を見ながら、安心したように呟く。
トラックは門の前で一旦停止し、運転手と見張りの兵士が中に入る手続きを行う。
「ん? お前、いつもの運転手と違うな。いつものヤツはどうした?」
兵士の一人が、運転手の姿を目にして俄かに不審がる。
運転手は帽子を深く被り、風邪用のマスクで顔を半分覆って、ツナギと呼ばれる作業服を着ていた。
「へえ、いつものヤツがインフルエンザに罹って寝込んじまったんで、あっしはその代理でさあ」
男は代理の運転手である事を告げて、申し訳なさそうに何度も頭を下げた。
「そんな話は聞いていないぞッ! もしそれが本当なら、事前に連絡が行っている筈だッ!」
兵士が大声で怒鳴り散らす。眉間に皺を寄せて怒った顔をし、警戒心を隠そうともしない。
「疑うならパスカードをスキャンしてみて下さいよ。偽物ならすぐに分かるでしょう」
運転手はそう言いながら、ツナギの胸ポケットから一枚のカードを取り出して、兵士に手渡す。兵士はそれを小型の端末で念入りにスキャンする。
「ふむ……パスは本物のようだ」
カードが本物である事を確認して、運転手に返却する。
(だが……どうも腑に落ちん)
それでも彼の中にある疑念は晴れない。どうしても車を通す気になれず、相方と小声でひそひそと話しだす。運転手が偽物かどうか見破る手段は無いか相談しているようだった。
「おい、何をしているッ! 規定の時間を五分もオーバーしているぞッ! さっさと車を通せッ! さもないと、晩飯の準備に間に合わんぞッ!」
その時二人とは別の、門の中にいた兵士が大声で叫んだ。
「チッ! 仕方ない……さっさと行けッ!」
二人のうち一人が、腹立たしげに舌打ちしながら通行を許可する。
「へえ、それじゃお言葉に甘えて……お二人さんも、お仕事がんばってくだせえ」
運転手は頭を下げて挨拶すると、渡りに船とばかりにハンドルを握って車を動かす。悠然と門の中へと入っていくトラックを、二人の兵士は苦虫を噛み潰した表情で見送る事しか出来なかった。




