表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第四部 「Q」
155/227

第153話 最強の敵、もう一人のワタシ。(後編)

 ――――それは赤城アカギサヤカの回想の記憶。


 中世ヨーロッパの城のような玉座の間で、騎士の仮面を被った男……バエルが、壁に立て掛けられた鏡の前に立っていた。


「……」


 物思いにふけるように押し黙っていた時、彼の視界にある鏡に、一瞬だけさやかの幻覚が映り込む。


「フンッ!」


 バエルは腹立たしげに鼻息を吹かせながら、鏡を力任せに素手で叩き割る。ガラスが砕けたような音が鳴り、バラバラになった鏡の破片が床へと散乱する。

 玉座の間の入口から黒服の男が駆け付けて、散らばった破片を慌てて片付ける。


「……我が手に収まらぬなら、いっそ壊すのみ」


 鏡が無くなった後のわくを眺めながら、バエルが無念そうにつぶやく。欲しい物を手に入れる事を諦めたらしき苦悩をにじませていた。


「バエル様、私ではご不満ですか?」


 男の背後から、誰かがそう言葉を掛ける。さやかと全く同じ顔をした、学生服を着た一人の少女……言うまでもなくクローンとして生み出されたサヤカだ。


「私なら、バエル様の言う事には何でも従います。私のオリジナルを服従させる手間もりません。私に出来る事でしたら、何なりとご命じ下さい……必ずや貴方様にご満足頂ける結果を出します。それでも私では物足りないと仰せられますか?」


 奴隷のようなびた上目遣いで主君を見ながら、自分をこき使うように懇願する。どんな命令でも受け入れると言いたげに、照れるように赤面しながら体をモジモジさせる。生みの親に存在価値を認めてもらおうと必死なのが伝わる。

 さやかとうり二つでありながら、彼女が決して言わない言葉が次々に口から飛び出す。


 少女の態度は極めて献身的だったが、それがかえって不満なのか、バエルが深く落胆したようにため息をつく。


「……つまらん」


 開口一番、冷たく言い放つ。


「言いなりにならない気の強い女を、あえて力ずくで服従させるのが面白かったのだ。それを大人しく言う事を聞くクローンにすると、こうまでつまらんとはな……これでは牙をがれた虎……いや、もはやただの人形だ。獲物が精一杯抵抗しなければ、狩りは盛り上がらないという事がよく分かった。貴様を生み出した事は、私にとって一番のあやまちだった」


 彼にとって納得の行く結果にならなかったと、クローンを作った事への後悔を口にする。


「……」


 主君の返答に、サヤカは悲しそうな表情を浮かべながら聞き入る。存在価値を否定された言葉を突き付けられても、反論しようとはしない。今すぐ自害せよと命じられれば、彼女はそれに従うより他無い。


「貴様は処分するつもりでいたが……一度だけチャンスをやる。オリジナルのさやかを殺してこい。本物を超えられたなら、その時はお前が本物だと認めてやる。自分に存在価値があるのだと、力によって見事この私に証明してみせろ。もしそれが叶ったなら、私も貴様に興味を抱くだろう。親衛隊として、一生私のそばに置いてやらん事も無い」


 バエルは気だるそうに大股開きでドガッと玉座に腰掛けると、片ひじをつきながら少女に命令を下す。


「はい……必ずや赤城さやかを亡き者とし、貴方様の期待に応えますっ!」


 少女は心臓のある左胸に、握った右拳をドンッと力強く当てて、決意に満ちた表情で答えた。


  ◇    ◇    ◇


「生みの親に存在価値を認められる事……唯一それだけが……私にとっての生き甲斐がい、生きる喜びなんだ……」


 サヤカは回想を終えると、自らが戦う理由を明かす。


「私には仲間もいない……家族もいない……守るべき信念や正義も、ありはしないッ! バエル様に作られた事……それだけが私の全てだった! 価値を認められなければ、私には何も残らなくなる……何のために生まれてきたのか、答えも見つからないまま処分されるだけの、ただの家畜だッ!」


 使命を成し遂げられなければ、自分には何の価値も無いのだと卑下ひげする台詞セリフを吐く。辛そうに目をつぶったまま顔をうつむかせて、体を小刻みに震わせている。その表情は苦悩に満ちて、言葉の節々からはクローンであるがゆえの悲壮感を漂わせていた。

 彼女には決して引き下がれない動機があるのだという事実が、いやおうでもさやか達に伝わる。


「だから……だから私は、ここで負ける訳には行かないんだぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーーーっっ!!」


 天に向かってえるように大きな声で叫んだ。ひとしきり叫び終えると、気持ちを切り替えたようにさやかの方へと向き直り、彼女に向かってゆっくりと歩き出す。その瞳には何としても使命を果たすのだという不退転の意思が浮かび、決着を付けようとするように、血がにじみ出るほど強く拳を握る。

 彼女は次の一撃で戦いを終わらせるつもりでいた。


「……」


 少女の悲壮な覚悟を知らされて、さやかは複雑な感情を抱く。


 最初はただ自分の顔を真似た悪党としか思ってなかった。これまでしてきた仕打ちを許せない気持ちもあった。この世からちりも残さず消し去ってやりたいと思うほど憎んだ。


 だが少女が置かれた境遇を知り、なんてかわいそうなんだ、とあわれみを感じずにはいられなかった。もし自分が同じ立場だったら……そう思うと胸が強く締め付けられた。


 だが彼女を救えない事も、さやかには分かっていた。

 そもそも目の前にいるのは人格を完全にトレースした別人であり、本人ですら無いのだ。今この場にいない者を救う手段など無い。その時点で諦めざるを得なかった。


 しばらく黙り込んだまま立ち尽くしていたさやかだったが、やがて決意を固めたように口を開く。


「赤城サヤカ……貴方の事、不憫ふびんだと思う。力になってあげたい気持ちもある。でもだからといって、ここで殺される訳には行かない。私にもやらなきゃいけない使命があるから……私が死ぬ事でしか貴方が救われないというなら、残念だけど、期待には答えられない。だってしょうがないじゃない……『戦い』って、そういうものだから」


 どれだけ不幸な境遇にあろうとも、決して手を抜かないという意思を明確に伝えた。敵の悲しみを知って同情や共感を抱いたとしても、そのために自分が死ぬ発想には至らない。


 戦わずに済む道があるはず、などと夢見がちな考えも抱かない。どちらか一方が死ぬしか無い戦いなら、生き延びるために相手を倒すという現実的な考えに行き着く。むしろ全力を尽くさなければ敵に対して失礼だとさえ思った。


「私の全てを出し切って、貴方を迎え撃つッ! 最終ファイナルギア……解放ディスチャージッ!!」


 覚悟を秘めた言葉と共に右肩のリミッターを解除して、力を溜める動作に入る。


「……」


 さやかが手を抜かない姿勢を示したのを見て、少女が口元にかすかな笑みを浮かべる。どんな手を使ってでも勝ちたいと願ったものの、それでも宿敵が全力で自分に向き合ってくれた事を嬉しく思う気持ちがあった。もし相手が自分の境遇をあわれんで手を抜いたら、勝ったとしても「相手を越えられなかった」後悔が一生残るだろう……彼女はそう考えた。


最終ファイナルギア……解放ディスチャージッ!!」


 相手が力を溜め始めてから時を置かずして、サヤカも同じように力を溜める。

 両者の右腕に内蔵されたギアが高速で回りだし、バチバチッと音を立てて赤い電流が発せられて、とてつもない速さでエネルギーが溜まっていく。

 やがてパワーが完全に溜まり切ると、二人の少女は目の前にいる敵に向かって一気に駆け出す。


「「……オメガ・ストライクッ!!」」


 互いに同じ技名を叫びながら、同じタイミングでパンチを繰り出す。

 二つの拳が正面から激突して、いかずちが落ちたような音が鳴り響き、振動が周囲に伝わって空気がビリビリと震える。地面が激しく揺れて、異変を察知した野生動物が慌てて逃げ出す。


 二人の少女は拳がぶつかった姿勢のまま硬直し、ピクリとも動かない。

 博士たちは固唾かたずを飲んで状況を見守る。仲間の勝利を信じながらも、内心不安になって心臓がドキドキと高鳴りだす。何としても勝ってくれと神に祈らずにいられない。


 ビデオを一時停止したように全員固まったまま数秒が経過する。廃墟と化した村全体が不気味に静まり返って、吹き抜けた風が雑草を揺らす音だけがカサカサと鳴る。


(まさか……さやか君が負けたのか?)


 長い沈黙に耐え切れず、博士が不安を抱いた瞬間……。


「ウッ……グァァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーーーッッ!!」


 時間差で衝撃が伝わったのか、バァーーンッ! と風船が破裂したような音が鳴って、サヤカが目にも止まらぬ速さで後方へと弾き飛ばされる。新幹線にねられたような勢いで飛んでいった少女の体は、強い力で地面に激突して、全身を激しく打ち付けられた。


 一方のさやかは拳を突き出した姿勢のまま、勝利の余韻にひたるように立ち尽くしている。ダメージを受けた形跡は全く無い。勝敗が完全に決したと悟り、少女は地べたに倒れた敵に向かって歩き出す。他の仲間も彼女の後に続く。


「ガッ……ガハァッ……」


 サヤカがだらしなく大の字に寝転がったまま、口から血を吐く。

 衝突した右腕はボロ雑巾ぞうきんのように螺旋らせん状にじ切れたままズタズタに破壊されており、そこから生じた亀裂のような赤い線が、全身の至る所に血管のようにびっしりと張り巡らされている。少女がゴホゴホッとき込むたびに、口から真っ赤な血が大量に溢れ出す。


「……」


 もはや死を待つだけとなった少女を眺めながら、さやかが悲しそうな顔をする。その瞳にはうっすらと涙が浮かび、今にも泣きそうになる。とても敵に勝った事を喜ぶ者のする表情ではない。


「グッ……何故……そんな顔をするの? 貴方は私が憎かったんでしょ? その憎い私が、今こうして死にかけているんだから、素直に喜んで、はしゃげば良いじゃない。笑ってよ。生きる価値の無い、みじめな負け犬になった私の事、笑ってよぉ……ゴホゴホッ!」


 サヤカがかすれ声を絞り出して、自分を卑下ひげしながら問いかける。死にかけた身にありながら、どうしても敵の態度がに落ちなかった。敵に心底憎まれていると思っていた彼女からすれば、さやかの反応はあまりにも意外だった。


「笑えないよ……だって貴方、何も悪い事してないもん……必死に生きようとしただけだもん……」


 さやかは目から大粒の涙をボロボロ溢れさせながら、質問に答える。


「私、貴方の力になりたかった……してあげられる事なら、何でもしてあげたかった。それが叶わないから、仕方なくやっつけたけど……だからって全然嬉しくなんかないよっ! さっきから胸がムカムカして、目がチリチリするもん! ううっ……うっ……うわぁぁぁぁああああああんっ!」


 少女を救えなかった苦悩を吐露とろすると、子供のように声に出してわんわん泣き出す。あえて敵を倒す決断に踏み入ったものの、それでも相手を救いたかった心の葛藤が十二分に伝わる。

 他の仲間も彼女と思いを同じくし、神妙な面持ちのまま顔をうつむかせる。掛ける言葉が見つからずに、一言も喋ろうとしない。


「……」


 目の前で泣く少女を眺めながら、サヤカは不思議な感情を抱く。自分の死を誰かが悲しんでくれている事に、今まで味わった事の無い奇妙な感覚が胸に湧き上がる。


(私が死んだら……バエル様は泣いてくれるかな)


 ふとそんな疑問が、彼女の頭をよぎった。


(いや……私が死んでも、あの人はサイフから一円玉をくした程度にしか感じないでしょうね。そして私の事なんか、すぐにどうでも良くなって忘れちゃう……あの人はそういう性格だもの)


 直後、そんな事はありえないと冷静な考えによって打ち消す。


(バエル様は私の事なんかどうでも良いと思ってるから、私が死んでもきっと泣かない。じゃあ、さやかは……? 死にかけた私に同情して、泣いてくれてるさやかは、私の事をどうでもよく思ってないって事……?)


 敵であるはずの少女が、自分のために涙を流している理由に思いを巡らせる。



 ――――ああ、そうか。ようやく分かった。

 これが……これが誰かに価値を認められるって事なんだ。



「あれ……おかしいな」


 ふと気が付くと、サヤカの瞳から大粒の涙が溢れ出ていた。


「私、なんで泣いてるんだろう……おかしいな……もうすぐ死ぬのに……アハハハハッ」


 無意識のうちに泣いていた自分に戸惑い、左腕で涙をぬぐいながら、かわいた笑いを浮かべる。


「サヤカ……」


 そんな少女の姿を眺めながら、さやかはなおも悲しそうな顔をする。泣き止んでも、胸の奥底から湧き上がるやるせなさはどうにもならない。少女に何もしてやれない自分に無力感を抱かずにはいられない。


「貴方達は何も悪くない……何も悪くなんか無いの。だからどうか、気にしないで……」


 責任を感じたように落ち込むさやかに、少女がなぐさめの言葉を掛ける。


「元の世界の貴方達と戦った時は、こんな風に言葉を交わすひまも無かった。敵として憎まれたまま、バラバラに吹き飛んで死んだ……でも今回は違う。こうして貴方達と話せて、本当に良かったと思ってる。おかげで……ゴホゴホッ!」


 話の途中で咳き込んで、口から大量の血が溢れ出す。これまで声を絞り出して必死に喋っていたが、それも限界を迎えつつあった。


 ふと少女が上を見上げると、視界に映る空は青くみ渡っていて、数羽の鳥が飛んでいた。


(ああ……知らなかった。空がこんなに綺麗きれいだったなんて)


 ……そんな思いが胸の内を駆け巡る。


「いいな……うらやましいな……生まれ変わったら私も、自由に空が飛び……た……い……」


 そう言い終えるや否や、サヤカは目を閉じてガクッと横向きになる。そのまま動かなくなった。

 ……だがその表情は、さやか達と言葉を交わせて心が満たされたように安らかだった。


 直後彼女の体が白い光に包まれて、全身黒焦げになったマネキンのようなロボットへと変わっていく。それが少女に化けていたミスター・エックスの死体である事は想像にかたくなかった。


 だがさやか達にとっては、ミスター・エックスという男がいた事など、途中からどうでも良くなっていた。一行はあくまで変身の元になった姿である赤城サヤカと話している感覚だった。


「本当に……これで良かったのかな」


 少女の最期を見届けながら、さやかが消え入りそうにか細い声でつぶやく。彼女を救えなかった無力感に打ちのめされて、悲嘆に暮れる。


「彼女は二度死んだ……だが今回私たちと言葉を交わせて良かったと、彼女自身がそう言った……きっと悔いを残さずに死ねただろう。だから気に病む事は無い」


 ミサキは少しでもさやかの悲しみを和らげようと、慰めの言葉を掛けながら、仲間の肩を手でポンポン叩く。


「バロウズがいる限り、こんな悲しみが繰り返される……だから私たちは戦うのよ」


 ミサキの後に続くようにゆりかが声を掛ける。アミカも同意するように無言でうなずく。


 黙って顔をうつむかせたまま仲間の言葉に耳を傾けていたさやかだが、やがて思い立ったように顔を上げる。


「……博士っ!」


 とても大きな声が口から飛び出す。


「私……北海道に渡りますっ! 北海道に渡って、残り六体のメタルノイドをやっつけて、バエルを倒して……バロウズを壊滅させるッ! それがあの子の……いや今まで犠牲になった人たちの仇を取る事に繋がるからッ!」


 これから自分がすべき行いを、決意に満ちた表情で語る。そうする事こそがサヤカへの手向けになると考えた。


「私も一緒に行くぞっ! ヤツらの組織をつぶして、これ以上の犠牲者が出ないようにする……そのためなら、協力は惜しまない覚悟だっ!」


 博士も力強い口調で答えると、少女の言葉に賛同するように、その手を強く握る。


「もちろん私たちも、ずっと一緒だ!」


 ミサキ、ゆりか、アミカも二人の元へとやってきて、上から手を重ね合わせる。

 五人の仲間たちは互いの結束を深めるように手を合わせたまま、残りの敵を倒して、日本に平和を取り戻す決心を固くするのだった。

装甲少女エア・グレイブ


第四部 「Q」 完ッ!

最終部 次回スタートッ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ