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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第四部 「Q」
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第133話 禊 -みそぎ-(前編)

 デスギュノスを追う内に山奥にある村に辿たどり着いたさやか達だったが、トータスの受け入れを拒否される。一行が村の外にテントを建てて野営していると、エプロンを着た女性が村の外に出ようとする。娘のリサが『迷いの森』と呼ばれる危険な場所に向かったと言うのだ。


 彼らの話を聞いたトータスは一目散に森へと向かい、リサを無事に連れ帰る。村人達はトータスを一躍いちやく英雄扱いし、彼の罪をゆるそうとしたものの、トータスは自分を許せておらず、かえって村人から距離を置こうとする。

 いまだ自分を悪党だと責め続けるトータスは、村人と一緒にいるのが辛かったのだ。


 深い罪の意識にとらわれ続ける彼を、村人も、さやか達も、どうする事も出来なかった。



 トータスがリサを救った日の翌朝……さやか達が朝食をっていると、数人の男が大きな袋をかついで村の外に出ようとする。


「ほむほむ……どっか出かけるの?」


 さやかがチーズとハムを挟んだサンドイッチを、うまそうに食べながら問いかける。ミサキは袋に入った乾パンをまるでお菓子のようにボリボリ食べて、ゆりかとアミカはコップに入ったコーンスープを飲み、博士は忙しそうに本を読みながら、栄養補助食品のブロック菓子をかじっている。トータスは村の入口に背を向けたまま、容器に入ったスポーツドリンクをストローしに飲んでいた。


「おぉこれは皆さん、おはようございます」


 男のうち一人が、食事中のさやか達を見て元気に挨拶あいさつする。


「私達はこれから西にある森に向かう所です。そこには枯れた葉っぱや枝が大量に落ちていて、伐採ばっさいしなくても燃やせるものが十分に確保できるんですよ。ただ何分なにぶん一度に持って帰れる量が限られるので、こうして数人でまとめて拾いに行く訳です」


 別の男がさやかの質問に答える。生活に必要なたきぎを補給しようという事だった。


『薪なら俺が拾ってくる……数人かかる量を、俺なら一人で持って帰れるだろう。それくらいはさせてくれ』


 トータスはそう言うや否や、スポーツドリンクを飲むのをやめてすぐに立ち上がり、早足で森へと向かう。


「そんなっ! 何も、あなた様の手をわずらわせずとも……っ!!」


 男たちが慌てて止めようと声を掛けたものの、トータスは彼らの言葉に耳を貸さずにさっさと行ってしまう。


「……」


 人の役に立たなければならない焦燥感に駆られたようなカメ男の姿に、さやか達は哀愁を覚えずにはいられない。ミサキはやるせなさのあまり、ヤケ食いでもするように乾パンをむさぼり食らった。


  ◇    ◇    ◇


 村から2キロメートルほど離れた場所にトータスが向かうと、木がまばらに立っていて、大量の枯れ枝や葉っぱが落ちているのが見つかる。地面にはあまり草が生えておらず、剥き出しの土が広がっていた事も、薪を拾いやすそうな条件を整えている。

 森の一角には、人が乗れる手頃な大きさの岩が一個だけ置かれていた。


『ここだな?』


 それが村人の言っていた森だと察すると、トータスはすぐに作業に取り掛かる。右手で拾った薪を左脇に抱え込み、彼の腕にはあっという間に枯れ枝の山が出来上がる。人間なら三十分は掛かりそうな手間を、たった数分で済ませる。


 男が薪を拾い集めるのに没頭し、作業が順調に進んでいた時……。


「私も手伝ってあげようか?」


 背後から突然そんな言葉が発せられた。


『うわぁっ!』


 いきなり声を掛けられた事にビックリして、トータスは小脇に抱えていた枝を全て地面にぶちまけてしまう。声が聞こえた方角に男が振り返ると、背後にあった岩に小さな女の子が乗っていた。昨日男が助けた、リサという名前の少女だ。


『コラーーーーッ!! こんな所に何しに来たっ! 村の外に出たら危ないって言っただろう! パパとママに言い付けてやるぞっ! めっ!』


 少女の身を案じるあまり、男が大声で怒鳴り散らす。せっかく命を救ったのに、また危険な目に遭ったら台無しだという思いがあった。

 だが男にしかられても、リサは怖がる素振りを全く見せない。トータスの怒り方に全く迫力が無いせいか、イタズラを注意された猫のように平然としている。


「だってカメのおじさん、村に入ってくれないんだもん……私、もっとおじさんと仲良くしたいのに」


 自分は何も悪くないと言いたげに不満を漏らしながら、岩に腰掛けたまま両足をバタつかせる。いかにも9歳という年齢に見合った、ふてくされた子供の取る態度だ。


『……』


 少女の言葉を聞いて、トータスは何も言い返せなくなる。


 自分なりに、犯した罪に向き合ったつもりでいた。だがそれが少女を危険な目に遭わせるのだとしたら、間違ったやり方をしているのではないか?

 罪を償うつもりで、ただ自己満足にひたっていただけじゃないのか?


 もっと違うやり方を考えるべきでは無かったのか……そんな疑念が、彼の脳裏に湧き上がる。けれども納得の行く答えが見つからずに、少女の言葉に反論できないまま、地面に落とした枯れ枝を回収する作業に戻る。


「ねえおじさん、聞いても良い?」


 黙々と枝を拾い集めるトータスに、リサは岩に座ったまま身をかがめて、ひざ小僧に両腕のひじを乗せて、手のひらにあごを乗せた姿勢になって問いかける。子猫のようにクリクリした瞳を、好奇心でキラキラ輝かせている。


『……なんだ』


 トータスが振り返らないまま、ぶっきらぼうに答える。面倒事にならない内にさっさと帰ってくれと言わんばかりに溜息を漏らす。


「おじさん、悪い人じゃないんでしょ? それなのに、どうして前は悪事を働いてたの? どうやって改心したの?」


 少女が素朴そぼくな疑問をぶつける。トータスが改心した経緯は村の大人に知れ渡っていたが、子供達にまでは行き届いていなかった。そのため彼の身に何が起こったのか、リサは全く知らなかったのだ。


『……』


 少女の言葉を聞いて、カメ男の動きがピクッと止まる。まるで石になってしまったかのように全く動かなくなる。


 岩のように固まった男の姿を見て、リサは聞いてはいけない事を聞いてしまったのではないかと不安に駆られた。地雷を踏んで怒らせたかもしれないという考えが湧き上がり、かすかに怯えた表情になる。


 数十秒ほど無言のまま固まっていたトータスだが、やがて観念したように口を開く。


『恋人を戦争で失った、ただの八つ当たりさ……ハハハ』


 小声でそうつぶやきながら、自嘲気味に乾いた笑いをする。何処か遠くを眺めるように空を見上げた瞳は、戻らぬ過去を懐かしむように、はかなげな雰囲気を漂わせた。


『今にして思えば本当にくだらない、取るに足らない理由で、たくさん人を殺した……君と同じくらいの年の子も、足腰の弱い老人も、命乞いする弱者も……いっぱい殺してきた。手にかけた命の数はデスギュノスに引けを取らないほどだ。あの時の俺は身も心も完全に悪に染まっていた。本当なら、あのまま改心する事無くさやか達と戦って、俺は殺されるはずだったんだ……』


 これまで犯した罪について語りながら、背中の甲羅から革製の腕時計を取り出す。


『だがそんな俺を、あの子が……イリヤが、人間へと引き戻してくれた。あの子は命の大切さを思い出させてくれた……とても心の優しい子だった。自分の命が尽きかけても、最後まで自分ではなく他人の身を案じて……こんな生きる価値の無いクズ野郎の俺なんかのために、時計を一緒に探してくれたんだ……ウウッ……ウッ……うぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおっっ!!』


 時計を大事そうに握り締めたまま、感極まって泣き出す。機械である以上涙は出ないものの、心の涙を流している事が、痛いほどよく伝わる。

 少女からすれば、腕時計は古ぼけて壊れたガラクタにしか見えないが、それがかけがえの無い大切な宝物である事が、男の言葉によって理解できた。


「おじちゃん……」


 顔をうつむかせたまま慟哭どうこくするトータスの姿を見て、リサはいたたまれない気持ちになる。悲しみを取り除いてあげたい思いに駆られたものの、方法が見つからない。何もしてあげられない自分にもどかしさを感じたあまり、胸がキューーッと締め付けられて苦しくなる。


 イリヤの代わりが自分につとまるなら、いっそそうしたい気持ちだった。だがそれがかなわない事は、彼女自身にも分かっていた。



 泣き続ける大男を、少女が切なげに見守っていた時……。


「ヴァウワウッ!!」


 けたたましくえながら、何者かが木陰こかげから飛び出す。


『……メタルハウンドッ!』


 四足歩行する金属の物体を目にして、トータスが警戒心をあらわにする。

 メタルハウンドという呼び名で知られた犬型ロボットは、別々の場所から二体同時に姿を現し、トータス達を前後から挟み撃ちにする。そしてグルルルルゥと敵意に満ちたうなり声を発しながら、少女を食い殺さんとする勢いで睨み付けた。


『リサっ! 俺の元から離れるんじゃないぞっ!』


 カメ男がそう呼びかけると、少女は大人しく指示に従って男の足にしがみつく。獰猛なる獣に殺されるかもしれない恐怖に体を縮こませて、今にも泣きそうな顔になる。


(リサは、この命に替えても俺が守る……絶対にッ!!)


 生まれたての子猫のようにおびえる少女を見て、トータスは強い決意を胸に抱く。もしリサを守れなければ彼女の両親にも、そして自分を改心させてくれたイリヤにも、会わせる顔が無いという思いがあった。


「グォォォオオオオオオーーーーーーーーッッ!!」


 二匹の犬が雄叫びを上げながら、一斉に飛びかかる。どちらか一方だけを相手にすれば、もう片方に背後を取られる形だ。


 だがトータスはあえてどちらにも向かず、二匹に体の側面を見せるように立つと、犬が飛びかかってきたタイミングに合わせて、握った拳を左右にブゥンッと力任せに突き出した。


「グギャワァァアアアアンッ!!」


 何とも形容しがたい悲鳴が森中にこだまする。カメ男に殴られた衝撃でゴミのように吹き飛ばされたロボット犬は、全身を思いっきり大木に激突させて、崩れ落ちるように地面に倒れ込む。殺虫剤をかれて死にかけた虫のように手足をピクピクさせたが、やがて力尽きたように動かなくなった。


 カメ男は相手の動きを正確にとらえており、彼の拳は二体の敵を同時に仕留めていた。


『バロウズの量産ロボが、何故こんな所に……?』


 少女を守れた事に安堵するひまも無く、トータスはメタルハウンドの残骸を眺めながら、彼らが襲撃してきた事をいぶかる。

 集落の場所をヤツらに知られたのではないか? そんな疑念が脳裏に湧き上がった。


『……みんなが危ないッ! リサっ! 今すぐここに乗れっ! 俺は村に戻らなければならないッ!!』


 村に危機が迫っている事を察知すると、トータスは身をかがめて、手のひらで少女が乗れるスペースを作る。リサが男の言葉に従って手に乗っかると、彼女を落とさないように注意しながら、早足で村のある方角へと向かう。


  ◇    ◇    ◇


 トータスがさくかこいの入口に駆け付けると、ほぼ時を同じくして、すでに装甲少女に変身済みのさやか達が博士と共に姿を現す。


「量産ロボが村の近くまで来たから、蹴散らしてきたわ!」

『お前たちもかッ!』


 両者のやり取りから、トータスが森で戦っていた時、さやか達も同様に敵と戦っていた事が伝わる。さいわいにも村にロボットは入り込んでいないようだった。


 一行が冷静に状況を確認し合っていると、巨大な何かがドスンドスンと足音を鳴らしながら村に近付いてくる。それも巨大な一体だけではなく、それより小さな物体を、軍隊のように大量に引き連れている。


『フフフッ……俺様に殺されるためにガン首揃えるたぁ、実におめでたいヤツらだ。嬉しくて涙と鼻水が出そうになるぜぇ……ゼハハハハハハァッ!!』


 聞き覚えのある笑い声を発しながらやってきたのは、以前さやか達が取り逃がし、トータスとも浅からぬ因縁があるデスギュノスだった。そばには追加戦力として与えられたのか、二十体のメタルモスキートと、二十一体のメタルハウンドを従えている。

 デスギュノス本人の見た目に変化は無いが、能力にまで変化が無いかは現段階では分からない。


 彼は上層部に五十体を要求したが、そのうち九体はここに来るまでの間に倒されていた。


『この間は不覚を取ったが、今度はそうは行かねえ……一人残らず八つ裂きにして、じわじわとなぶり殺しにして、普通じゃ絶対に味わえねえような苦痛と後悔を、永遠に与え続けてやる……絶望しながら死のダンスを踊るがいいッ!!』


 ……死を宣告する言葉と共に、悪魔のような男の瞳がグワッと見開かれた。

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