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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第四部 「Q」
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第127話 少女と交わした約束(中編)

 カメ型のメタルノイド、アダマン・トータスと余命いくばくもない少女イリヤ……カメ男がくした大切な腕時計を二人で探していた所に、さやか達が姿を現す。


 一行とカメ男の争いが勃発しかけた瞬間イリヤが止めに入り、両者はほこを収める。それをきっかけとしてトータスが事情を説明すると、さやか達は彼の時計探しへの協力を申し出るのだった。



 さやか達が手伝い始めてから二日が経ったものの、時計はまだ見つからない。

 さやか、ゆりか、ミサキ、アミカ、そしてトータスの五人で地道に草をかき分けて、イリヤの容態が落ち着いた時は彼女と博士も手伝ったものの、一向に見つかる気配が無い。


 博士は敵の罠を見つける探知機を持っていたものの、それは兵器ではない小物を見つけるには不向きだった。


 薬で病気の進行を遅らせたといっても限度があり、イリヤの命が尽きるタイムリミットに間に合わないのではないかという焦りが連中の胸に湧き上がる。

 トータスは不安のあまりても立ってもいられなくなり、全員で彼をなだめるのに必死だった。


 このまま時計は見つからないのではないかという諦めムードが漂いつつあった三日目の朝……。


「あった……あったぞぉぉぉぉおおおおおおおーーーーーーっっ!!」


 ミサキが天にも届かんばかりの歓声を上げる。彼女は岩陰に隠れていた何かを手で拾い上げて、周囲に見せ付けるように高々と掲げる。

 あまりの声の大きさに他の者たちが一斉に振り向くと、彼女の手には砂ぼこりを被って汚れたかわベルトの腕時計が握られていた。


『おっ……おおっ!!』


 間違いなく彼のものであろうと思われる時計を目にして、トータスの表情が喜びに満ち溢れる。感激のあまり今にも声を漏らして男泣きしそうになる。限りなく不可能に近い奇跡が起こったような、そんな心地だった。


 男はミサキの元に駆け寄って時計を受け取ると、それを大事そうに両手に乗せてしばらく眺めた後、もう二度と失くさないようにと背中の甲羅に収納する。


『イリヤ……見つかった……俺の時計、見つかったよっ! それというのも、君とさやか達が手伝ってくれたおかげだっ! ありがとう……本当にありがとうっ!』


 真っ先にイリヤの元へと向かうと、満面の笑みを浮かべながら願いが叶った事を報告する。そして周囲に向き直ると、今度は時計探しを手伝ってくれたさやか達一人一人に礼を述べて深く頭を下げた。じかに時計を見つけたミサキとは、熱い友情で結ばれたようにガッチリと握手を交わす。


「良かった……時計見つかって、カメさんとっても嬉しそう……私も……嬉し……い……」


 カメ男が喜ぶ姿を見て自身も満足げな笑みを浮かべたイリヤだったが、フッと緊張の糸が切れたように突然地面に倒れ込んでしまう。


「イリヤっ!」

『大丈夫かっ!!』


 少女がいきなり倒れた事に驚いて、全員で一斉に彼女の元に集まる。カメ男に助け起こされて、大きな手に抱きかかえられる。

 少女は吐血こそしなかったものの、顔は再び青ざめており、手足がどんどん冷たくなってゆく。それは薬による延命治療が限界を迎えた事を明確に表していた。


「……」


 彼女が死の運命から逃れられない事を悟り、場の空気が一転して重くなる。みな一様に顔をうつむかせており、自身の無力さに苛立いらだつように下唇を噛む。

 いたいけな少女の命が失われようとしているのに、それに対して何も出来ない自分が許せなかったのだ。


「みんな悲しい顔しないで……私、十分に満足したよ……カメさんが喜ぶ姿を見られた……私、それがとっても嬉しかった。それに短い間だったけど、良いお友達もたくさん出来た……私、今とっても幸せ。きっとパパもママも犬のポチも、向こうでいっぱい私を褒めてくれる……」


 イリヤは残された力を使うように必死に声を絞り出しながら、はかなげな笑みを浮かべる。さやか達に余計な心配をかけまいと気遣う少女の健気な優しさが、かえって痛ましかった。


『イリヤ……君には感謝しても、し足りない。何か俺に出来る事は無いか? 何だっていいっ! 俺に出来る事なら、何だってやるぞっ!』


 トータスは少女の顔を覗き込みながら問いかける。死の運命から逃れられない以上、せめて彼女には少しでも満足して旅立ってもらいたい思いがあった。


「だったら、一つだけお願い……カメさんとっても良い人だから、もう誰かを傷付けたり苦しめたりしないで……その力を今度は、他の誰かを救う事に使って欲しいの……」


 少女が今にも消え入りそうにか細い声で願い事を口にする。


『わ、わかった! 絶対だ! 約束するっ!』


 男は何度も力強くうなずいて、少女の頼みを承諾した。


「良かった……これでもう、思い残す事何も無いよ……私、最後にみんなに会えて本当に良かった。みんな、本当にありが……と……う……」


 イリヤは皆に感謝する言葉を述べると、ガクッと力尽きたように横向きになって、そのまま事切れた。


 ……だが死してなお表情に貼り付いた笑みは、心の底から満たされたように晴れやかだった。


『イリヤ……うっ……うぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーっっ!!』


 トータスが少女の亡骸を抱き締めたまま、空を見上げて咆哮ほうこうする。そしてそのまま声に出して泣き続けた。機械の体である以上涙は出ないものの、それでも心の涙を流しているであろう事が、彼の様子から痛いほどよく伝わる。


『俺は……俺はなんて馬鹿な事をしたんだッ! 恋人が死んだ時、俺はヤケを起こしたッ! 全てが憎くなって、全てこの手でブチ壊したくなって、バロウズの戦士になったんだッ! だがそれが間違いだったと、イリヤが身をもって教えてくれたッ! 俺は何の罪も無い、いたいけな少女の命を奪うような、むごたらしい組織に今までくみしていたんだッ! 取り返しの付かない事をしたッ! イリヤッ! 俺は君が言うような善人なんかじゃないッ! ただの悪党だッ! 生きる価値の無い、クソ野郎なんだぁぁぁぁあああああああーーーーーーーーーーっっ!!』


 そして深く懺悔ざんげする言葉を吐くと、自分の愚かさを強くののしった。イリヤが死んだ責任の一旦が自分にもあるという罪悪感にさいなまれて、押し潰されそうになる。


「……」


 男の言葉を、さやか達は沈痛な面持ちで聞き入る。

 決して彼を責める気持ちがあった訳ではない。だが今の彼の悲しみを取り払える気の利いた言葉が何も思い付かず、ただ黙って聞く事しか出来なかった。

 むしろ下手に気休めじみた言葉を掛ければ、かえって心の傷をえぐるのではないかという懸念があり、何も言い出せなかったのだ。


 自分を卑下ひげして泣き続けるカメ男を、一行が見守っていると……。


『ゼハハハハッ……だいの大人とあろう者が、何をくだらねえ事で泣いてやがる?』


 そう言いながら巨大な人影が、さやか達の背後にあったがけから姿を現す。


 その者は背丈6mほど、ブリッツのようなどっしりした体格の重装甲型ロボットであり、左肩には四角いつつに無数の穴が空いた形式のロケットランチャーを装備していた。全身は暗めの赤に塗られており、見るからに『血』を連想させるような不気味さをかもしし出していた。


『貴様……デスギュノス!!』


 同僚の姿を前にして、トータスが名を口にする。

 カメ男の目は真っ赤に血走り、怒りのあまりギリギリと音を立てて歯ぎしりする。相手を威嚇いかくする猛獣のようにうなり声を発する。


 とても仲間との再会を喜ぶ者の取る態度ではない。それもそのはず、自分自身すらまわしく感じるほど存在を呪った、少女の命を奪った組織の一員が目の前にいるのだ。本当なら話などせずに今すぐ飛びかかりたいほどだった。


『先に名前を言われちまったが……改めて名乗らせて頂く。俺はNo.020 バスター・S(エス)・デスギュノス……貴様ら小娘を抹殺するために遣わされた、偉大なるバロウズの刺客よッ! ゼハハハハハハァッ!!』


 カメ男の怒りなど意にも介さず、デスギュノスと呼ばれたメタルノイドが高笑いしながら自己紹介する。


「さやかっ!」

「うんっ!」


 目の前に現れた男を明確に敵だと悟り、少女たちが変身の構えを取る。

 トータスと一緒にいるだけなら変身する必要は無かったが、自分たちを殺しに来た敵が現れたとなれば話は別だ。


覚醒トランスッ! アームド・ギア、ウェイクアップ!! 装甲少女アームド・ガール……その赤き力の戦士、エア・グレイブ!」

「青き知性の騎士、エア・ナイト!」

「白き鋼の刃、エア・エッジ!」

「未来を照らす星の光、エア・ライズ!」


 装甲少女の姿へと変わると、一人ずつ順番に名乗る。


 ……今、新たな戦いの火蓋ひぶたが切られようとした。

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