第112話 漸激のサンダー・ヴォルト(中編)
量産型ロボの製造工場へと辿り着いたさやか達一行は、そこでさらわれた村人達が奴隷のように酷使される惨状を目の当たりにする。ゼル博士が電波塔を無力化したのを皮切りに飛び出して装甲少女に変身すると、村人に付けられた首輪型爆弾を外す作業に取り掛かる。
やがて全ての爆弾が解除され、彼らは自由と身の安全を取り戻すのだった。
『よくも……よくも俺様に恥をかかせてくれたなぁ……この、ケツの青いメスガキどもがぁぁぁあああああっ!!』
完全にメンツを潰される形となったメタルノイド、サンダーヴォルト・ライノスが獣の如き咆哮を上げる。邪悪な企みをことごとく邪魔された事に、コケにされたような気分になり、激怒するあまり全身の血管が火を噴く勢いだった。
『許さん……絶対に許さんぞ……殺す』
呪詛のような言葉を吐きながら、前に一歩踏みだす。その瞳はギラギラした殺意を漲らせて、目の前にいる少女たちを血祭りに上げて恨みを晴らさんとする憎悪に満ちていた。
さやか達も敵を迎え撃つべく、拳を強く握って、大地をしっかりと踏み締めて構える。
今まさに両者の戦いが始まろうとした瞬間……。
「さやか君っ! みんなっ! どうやら作戦通り、全員無事に助け出せたようだなっ!」
そう叫びながら、ゼル博士が早足で駆け付ける。彼は電波塔を無力化させた後、すぐにさやか達の元へと向かっていた。
「博士、ここは危険ですっ! 一刻も早く村人を連れて、安全な場所に避難して下さいっ!」
「分かった! 彼らの事は任せてくれっ!」
さやかの頼みを即答で承諾すると、博士は男たちを先導して、工場から急いで離れていく。途中一度だけ少女の方を振り返ると、「頼んだぞ」と言いたげに力強い視線を送った。
『……フンッ!』
遠ざかる男の一団を、ライノスは腹立たしげに鼻息を吹かしながら見送る。彼らを逃がすつもりなどさらさら無かったが、まずは装甲少女を片付ける事が先決だと判断し、すぐに後を追おうとはしない。
『重ね重ねも、俺の邪魔をしてくれたな……その罪、貴様らの血で贖ってもらうぞ』
再びさやか達の方を向くと、喧嘩を売る言葉を吐く。彼女たちを恨む気持ちは変わらなかったものの、さっきよりは幾分落ち着いていた。最悪村人を取り逃がしたとしても、装甲少女を亡き者とした後で、またさらいに行けば良いと冷静に思い直したようにも見える。
「戦いが始まる前に、アンタに聞きたい事があるッ! どうして、わざわざ村人をさらって働かせたりしたのッ! どう考えてもロボットやメタルノイドにやらせた方が、絶対に効率が良いのに……何故ッ!!」
さやかが強い口調で問い質す。ライノスが落ち着いたのとは真逆に、今度は彼女が怒りをあらわにする。ゆりかが矛盾を指摘してから、ずっと少女の頭の中はモヤモヤしていた。どうしても敵の行動に納得が行かず、疑問を晴らしてスッキリしたい気持ちがあったのだ。
『ククッ……何を聞くのかと思えば』
ライノスが、少女を小馬鹿にするように笑いだす。くだらない事を何を今更、とでも言いたげな態度だ。
『何故だと? そんなの、決まってるじゃないか。機械は命令された事には素直に従うし、失敗もしない。拷問しても、痛がったりしない』
機械の利便性について語りながら、口元をニヤァッと歪ませた。
『だが……それではツマランのだよッ! 意思を持った人間は、力と恐怖で支配してやらねばならんッ! 失敗したら拷問し、死にかけたアリのように、無様にもがき苦しむ姿を見る……それが楽しくてたまらんのダッ! 貴様の言う通り、単に作業させるだけなら、機械にやらせれば十分だった……それを敢えて人間にやらせたのは、ヤツらをなぶり殺しにするのを、俺が楽しみたかったからなんだよッ! ヒャァーーーーーーッハッハッハァッ!!』
村人を奴隷として働かせた理由を明かすと、口を大きく開けて、心の底から楽しそうに高笑いした。それは人の命を虫けらのように扱った、悪魔の所業だった。
「やはり……そうだったか」
ミサキは自身の予感が的中したと確信し、苦虫を噛み潰したような顔をする。
彼女は分かっていたのだ。この巨漢のサイ男が、効率重視ではなく、自分の快楽を満たすためだけに、村人を苦しめていた事を……。
「この……悪党がぁぁぁぁぁああああああああっっ!!」
ライノスの卑劣な企みを知らされて、さやかが烈火の如く怒りだす。目はグワッと見開かれて、瞳には激しい炎が宿り、割れんばかりの勢いで歯軋りする。とても女子高生とは思えない阿修羅の顔と化す。
悪逆非道なサイ男に対する憎悪は天をも焦がすほど凄まじく、もはや一秒たりとも生かしておけないという思いに駆られた。
「ライノスッ!! この世から、消えて無くなれぇぇぇぇえええええええっっ!!」
死を宣告する言葉を吐くと、感情の赴くままに、大地を強く蹴って駆け出す。怒りを込めた拳で、敵をぶん殴ろうとした。
『遅いッ!!』
だがライノスはそう口にすると、足に力を溜め込むように膝を屈めた後、空に向かって大きくジャンプする。少女の拳を悠々とかわすと、相手と距離を開けるように、さっき立っていた地点の真後ろへと落下する。バランスを崩さないように両足でしっかりと着地すると、背を伸ばしながらフフンッと得意げに鼻息を吹かせた。
「なっ!?」
さやかは一瞬困惑した。彼女は自身の放ったパンチが命中する事に、揺るぎない確信を抱いた。たとえ分厚い装甲で耐え凌がれる事はあっても、避けられる事など絶対に無いと考えたのだ。
だが見るからに鈍重そうなサイ男は、その巨漢からは想像も付かないほど俊敏な動きをみせて、少女の予想は完全に覆される結果となった。
『フフッ……今度はこちらから行かせてもらうぞッ! 死ねッ! 小娘ぇぇぇぇええええええええっっ!!』
ライノスは大声で吠えると、自分の番だとばかりに、鞭を手にして走り出す。その地を駆ける速さは、やはり見た目に反して高機動であり、彼が『動けるデブ』だという事を周囲の者たちに印象付けた。
『オララララララァァァアアアアアアーーーーーーーーッッ!!』
サイ男は威勢の良い掛け声と共に、リズムに乗せるように鞭を高速で振り回す。ヒュンヒュンッという音を響かせてしなる鞭を、さやかは必死にかわし続けたものの、鞭の動きは非常に速く、じわじわと追い付かれていく。
やがて回避が間に合わなくなり、少女の右足に鞭の先端が蛇のように巻き付いた。その瞬間……。
「ぎゃぁぁぁああああああああっっ!!」
この世の終わりと思えるような絶叫が放たれて、彼女の全身が雷に貫かれたように青白く発光した。やがて足から鞭が離れると、体のあちこちを黒く焦がした少女は、白煙を立ち上らせながら、両足をよろめかせる。数歩後ろに下がると、そのまま力なく倒れ込んだ。
「さやかぁぁぁあああああーーーーーーっっ!!」
ゆりかが大声で叫びながら、慌てて仲間の元へと駆け寄る。ミサキとアミカも後に続く。ライノスは相手を警戒するように一旦後ろに下がって距離を開ける。
「ううっ……」
三人が心配しながら顔を覗き込むと、さやかは目をつむったまま辛そうに呻き声を漏らす。手足は完全にグッタリしており、戦う力が残っているようには到底見えない。時折殺虫剤を撒かれて死にかけた虫のように体をピクピク震わせる。
さっきまで元気だった少女が深く傷付いた姿は、見るからに痛ましかった。
「さやか、待っててね……すぐ楽にしてあげるから」
ゆりかは優しく言葉を掛けると、すぐ手当に取り掛かる。仰向けに地面に横たわる仲間の体に両手を添えて、青い光を注ぎ込むと、体中にあった焦げ跡が見る見るうちに消えていく。やがて少女の肌は攻撃を受ける前の綺麗な状態へと戻った。
「ふう……ありがとう、ゆりちゃん。おかげで助かった。大好き」
痛みが消えて気持ちが落ち着いたのか、さやかの表情が穏やかになる。傷を癒してくれた事に感謝したあまり告白じみた言葉が口を衝いて出たが、ゆりかは戦闘中なのでツッコミを入れる暇は無いと考えて、赤面しつつも黙って無視する事にした。
『クククッ……!!』
少女たちのやり取りを眺めていたライノスが、声に出して笑いだす。決してさやかの愛の告白を聞いてニヤついた訳ではない。
『どうだ……俺様の電流の味は。痺れるだろぉ? フフフッ……俺の体内には、常に落雷に匹敵する威力の高圧電流が帯電している。俺はそれを自在に操る事が出来るのだよ。高圧電流を鞭に乗せて流すだけで、凄まじい破壊力を持った電撃鞭の完成……という訳だ』
自身の特性について得意げに語る。電気を操る能力……それがさやかを一瞬にして戦闘不能に追い込んだ力の正体だった。




