第111話 漸激のサンダー・ヴォルト(前編)
村から数キロ歩いた場所に広がる原っぱ……そこに学校のグラウンド程度の敷地を有した工場が建っていた。そのすぐ隣には、七階建てのマンションより少し高いくらいの電波塔がそびえ立つ。工場の外壁には『B・ARROWS』の文字と共に、十字型の剣を斜めにしたようなロゴマークが刻まれていた。
工場の周囲は雑草がぼうぼうに生い茂っていたが、駐車場と思しきスペースだけは綺麗に刈り取られた芝生になっている。
近くを流れる川には工場から水路を繋げてあったが、排水を垂れ流したのか、川は茶色く濁って、鼻を突くような悪臭を放つ。村人が川の水を飲料水として使っていなかったのは、不幸中の幸いと呼ぶべきか。
駐車場に一台の大型トラックが停まっており、三十人くらいの若い男が、荷台の積み込みをやらされている。台車を使わせてもらえないのか、とても重そうな荷物を手で運んでいる。皆ゼェハァと辛そうに呼吸して、全身汗まみれになり、表情には疲労の色が浮かぶ。
『フフフッ……くれぐれも大切に扱えよ。それは仲間の元に送り届ける、大事な荷物なのだからな……』
男たちが重労働に苦しむ姿を、側に立っていた一体のメタルノイドが、ニヤニヤと観察していた。
その者は背丈6mほど、鎧を着たように厚みのある体格をしており、動物のサイのような頭をしている。全身はアスファルトのような暗めの灰色に塗られている。二足歩行する巨漢のサイ男といった風貌だった。
手には彼のサイズに合わせた鞭が握られており、まるで使う機会を今か今かと待ち構えるようにウズウズしている。両脇には二匹のメタルハウンドを僕のように従えていた。
さやか達は少し離れた茂みに身を隠しながら、一連の光景を静かに眺める。目立たないようにするために、変身していない学生服姿のままだ。
「なんて酷い事を……」
さやかが腹立たしげに口にした。今すぐ飛び出して助けに行きたい衝動に駆られたが、それをすれば彼らを危険に晒す事は分かっていた。まだ電波塔は爆破されていないのだ。
動きたくても動けない現状にもどかしさを感じたあまり、血が出るほど強く下唇を噛んだ。
「……おかしいわ」
憤るさやかとは対照的に、冷静に状況を観察していたゆりかが、そう口にする。
「どうかしたんですか?」
アミカが顔をキョトンとさせながら、ゆりかに問いかける。
「だって変じゃない。あれだけの大荷物、台車やフォークリフトを使った方がずっと楽なのに、それをやらずに人力で運ばせている……明らかに非効率的だわ。そもそも荷台を運ぶだけなら、作業用ロボットなりメタルノイドなりにやらせれば、すぐ済むじゃない。なのに何故……」
少女が頭の中に湧き上がった疑問を指摘する。敵がやっている事は、彼女からすれば完全に意味不明な行動だった。
「もしや……」
ミサキが彼女なりの推論を述べようとした、その時だった。
「ああっ!」
村人のうち一人が、大きな声で叫びながら躓いて前のめりに転倒してしまう。手に持っていた箱を地面に落として、中にあった機械の部品がバラ撒かれる。
それは量産型ロボの手、足、頭など各部位のパーツらしかった。バラバラのパーツの状態で輸送し、現地で組み立てて完成する形式であろう事が容易に読み取れた。
「うぁああ……」
男の口から情けない言葉が漏れだす。表情は見る見る青ざめて、手足が恐怖でガタガタ震える。これから受ける仕打ちを想像しただけで、目まいがして気を失いかけた。大の大人である事も忘れて、今にも泣きそうになる。
男は完全に疲れ切っていた。連日の過酷な労働により疲労が限界に達して、彼に失態を犯させたのだ。
むろんそんな事で敵が見逃してくれる筈も無かった。
『フッフッフッ……よぉーーくも、やってくれたなぁーーっ』
サイ頭のメタルノイドはニタァッといやらしい笑みを浮かべると、ウキウキした足取りで男の元へと向かう。さも彼が失敗するのを待ち望んだかのようだ。
『オラァッ! これは罰だッ! 失敗した者には、罰を……罰を与えてやるのだぁっ! ハァーーーーッハッハッハァッ!!』
歓喜の言葉を口にすると、手にした鞭を、ダンスを踊るようなリズムでヒュンヒュン振り回す。そして上機嫌になるあまり鼻歌を唄いだした。
そこにあったのは村人が失敗した事に対する怒りではなく、彼を痛め付ける口実が出来たという喜びだった。この巨漢のサイ頭は、村人をオモチャのようにいたぶる事を……それ自体を、純粋な娯楽として楽しんでいたのだ。
「ぎゃぁぁああああっっ!!」
蛇のようにしなる鞭に打ちのめされて、男が悲痛な叫び声を上げる。体中に赤い殴打の痕が残り、傷口が破れてうっすらと血が滲み出る。地面に倒れたまま、呻き声を漏らしながら、死にかけた虫のように手足をピクピクさせた。
このままサイ頭の好きにさせたら、首輪が爆発するよりも先に、拷問による痛みで死んでしまいかねない勢いだ。
(……ッ!!)
その光景を見せ付けられて、さやか達は堪忍袋の緒が切れそうだった。
まだ出てはいけないと自分に言い聞かせて、必死に抑えようとしたものの、怒りのあまり全身の血管が沸騰して爆発しそうな心地だった。
もし村人を救出した暁には、何としてもあのサイ頭を生かしておけるものかっ! そんな思いに駆られた。
(お願い、博士……早く……早くっ!!)
彼女たちが、藁にもすがる思いで祈った瞬間……。
突如、小さい『何か』が火を噴いて飛んでいく姿が視界に入った。
それは電波塔のアンテナ部分に激突すると、ドォォーーンッ! という音と共に爆発して、粉々に弾け飛ぶ。破片と一緒にブチ撒けられた青色の液体は、アンテナとその周囲にベットリ付着して、すぐに空気に触れてプラスチックのように固まる。
『なっ……何だぁぁぁぁぁぁああああああああああああっっ!?』
サイ頭が後ろを振り返りながら、大きな声で叫んだ。突然の出来事に何が起こったのか全く理解できず、ただ茫然と立ち尽くす。本来冷静に対処せねばならぬ局面でありながら、完全にパニックに陥っていた。
彼はさやか達がアンテナを無力化する計画を練った事を、全く掴めていなかった。どうにかする事など出来るはずが無いと、内心タカを括ったのだ。
「今よっ!」
絶好の好機と見なして、さやか達が茂みから飛び出す。そしてすぐ右腕にブレスレットを出現させて、変身の構えを取った。
「覚醒ッ! アームド・ギア、ウェイクアップ!! 装甲少女……その赤き力の戦士、エア・グレイブ!」
「青き知性の騎士、エア・ナイト!」
「白き鋼の刃、エア・エッジ!」
「未来を照らす星の光、エア・ライズ!」
光に包まれて装甲少女の姿へと変わると、一斉に名乗りを上げた。
四人の少女は変身を終えると、早足で村人の元へと向かう。
「おおっ! アンタらは……」
「話は後ですっ! 今から首輪を外すので、じっとしてて下さい!」
助けが来た事を喜ぶ村人を、少女たちが慌てて制止する。彼らが大人しく指示に従うと、その首に嵌められた爆弾を、博士から渡された道具を使って解除する作業に取り掛かる。
首輪に金属の棒を押し当てて、手元のグリップに付いたボタンを押すと、ガチャンッという音と共に首輪が外れる。落下して地面に転がっても、爆発する気配は無い。
「おお……やった……外れたぞぉっ! これでもう怯えて暮らさずに済むんだぁっ! 俺は自由だっ! ヒャッホーーーーーーーーイ!!」
首輪が外れた最初の村人が、声に出して歓喜する。爆死させられる恐怖から解放された喜びのあまり、ウサギのようにぴょんぴょん跳ねた。
他の村人も次々に首輪を外されていき、やがて全ての村人の爆弾が解除された。
ゆりかは手元にあるリストと、この場にいる男たちを交互に眺めると、人質全員の無事が確認された事を安心するように、笑顔のまま頷いた。
男たちは口々に「ありがとう、ありがとう」と心からの感謝を述べて、深く頭を下げる。中には感極まって涙を流しながら、仏様に祈るように手を合わせている者までいた。
『クソッ! クソッ! 一体どうなってるんだッ!?』
サイ頭は何が何だか、まるで訳が分からなかった。彼からすれば、村人に付けられた爆弾が苦もなく外されるなど、あってはならない事だった。
半ば混乱しながら手元にある起爆用のボタンを押すものの、首輪は全く反応を示さない。ただカチカチとボタンを押す音だけが、空しく響く。
『クソがぁぁぁぁぁあああああああああっっ!!』
サイ頭が大声で喚きながら、ボタンを地面へと叩き付ける。そして八つ当たりするように何度も踏み付けた。ここに至って彼はようやく、青いゴムのような液体によって電波塔が無力化された事を理解する。
『ええいっ! 猟犬よっ! ヤツらを……ヤツらを、噛み殺せぇっ!! 一人たりとも、ここから生きて帰すなぁぁぁぁぁああああああああっっ!!』
側に従えた二体のメタルハウンドに、村人を襲うように命じる。彼の言葉を受けて、獰猛なる獣がウウーーッと唸り声を上げて、男たちの群れに飛びかかろうとする。
「ワンちゃん達、私が相手になるわっ! 掛かってきなさい!」
だが村人を庇うように、さやかが犬の前に立ちはだかる。両拳をグッと握り締めて、敵を迎え撃つ構えを取った。
犬は構わずに襲いかかったものの、少女はこれまで溜まった鬱憤を全て晴らそうとするように、力任せに敵を殴り付けた。
「ギャワワンッ!!」
情けない犬の悲鳴が、辺り一帯に響き渡る。さやかに噛み付こうとした最初の一体は、顔面を躊躇なく殴り飛ばされて、上半身が爆発したように吹き飛んだ。後に残された下半身は数秒だけピクピク動いた後、地面に倒れて動かなくなる。
二体目は相手の隙を突こうと背後からジャンプして襲いかかったものの、少女は慌てる素振りもなく、冷静に後ろ回し蹴りを放つ。
犬はその一撃をまともに喰らって胴体が真っ二つに裂けたまま地面に激突すると、物言わぬただの鉄クズと化した。
「次はアンタの番よっ!」
「年貢の収め時だッ! 観念しろ、悪党ッ!」
メタルハウンドを苦もなく蹴散らすと、さやかは挑発するようにサイ頭の前に立つ。彼女の後に続くように、ミサキが言葉を浴びせる。ゆりかとアミカは二人の横に並び立つと、敵を強く睨み付ける。
村人さえ救出すれば、後は敵を片付けるだけだ……四人はそう考え、完全に相手を追い詰めた気でいた。
『貴様ら……よくも……よくもやってくれたな……』
サイ頭が怒りで全身をわなわなと震わせる。何もかも思い通りに進まなかった事に苛立ったあまり、全身の血が煮えたぎる思いがした。目の前にいる小生意気な少女たちに、完全にメンツを潰されたという気持ちになり、ストレスで体が爆発しそうな勢いだった。
『よくも……よくも俺様に恥をかかせてくれたなぁ……この、ケツの青いメスガキどもがぁぁぁあああああっ!! 許さん……絶対に許さんぞッ!! 殺す……絶対に殺す……確実に100%、皆殺しにするッ!! 体中の穴という穴に剣ブッ刺して、百回ゴメンナサイと言わせて、ヒィヒィ泣き喚かせてやるッ!! 全身の血が抜け落ちて死ぬまで拷問し続けてやるッ!! この俺を……No.015 コードネーム:サンダーヴォルト・ライノス様を怒らせた事を、あの世で後悔させてくれるわぁぁぁぁぁあああああああああっっ!!』
怒れるサイ頭の漸激の咆哮が、雷鳴の如く山中に響き渡った。




