第109話 かならず、たすけるから。
「それにさらわれた人々を助けると言っても、一筋縄では行きますまい……」
そう口にすると、村長はまたも落ち込んだ表情を見せる。
「工場のすぐ隣に、大きな電波塔が建っておる。工場で働かされた者たちは、逃げられないように首輪型の爆弾を付けられておるんじゃ。もし彼らが脱走しようとすれば、メタルノイドが手元にあるスイッチを押して、電波塔から指令が送られて、首輪が爆発する仕組みになっておる。それで最初の一人が犠牲になった……彼らを生きて連れ戻す事など、不可能じゃ……」
誘拐された村人が、簡単には連れ戻せない事を伝える。そして深く絶望したように溜息をついた。
村長にとって、さやか達が村に来た事が決して嬉しくなかった訳ではない。彼女たちが救世主である事を疑ったりもしなかった。
だが彼女たちの力を以てしても、村人を無傷で連れ戻す事は不可能だろうという諦めの感情があったのだ。
「博士……」
ゆりかが思い詰めた顔をしながら、ゼル博士の方を見る。他の者も皆、一斉に彼へと振り返る。あえて口には出さずとも、どうにかして欲しいという思いが視線で伝わる。
当の博士は顎に手を当てて深刻そうな表情を浮かべて、考え込む仕草をする。そのまましばらく黙り込んだが、やがて結論が出たように手を軽くポンッと叩いた。
「……よし、分かったっ! 私が何とかしよう! だがさすがに、明日いきなりどうにかするという訳には行かない。三日から五日ほど待ってもらいたい。それと、人手が必要になる。村長、村の人間を何人か貸して欲しい。さっき量産型ロボと戦った男連中なら、言う事無しだ。道具もいくつか揃えてもらう事になる。それで構いませぬな?」
何らかの秘策を思い付いたのか、村長に対してあれこれ注文を行う。そして白衣のポケットから紙のメモ帳とボールペンを取り出すと、ブツブツ独り言を口にしながら、何やら数式のようなものを書き出した。
「おお、やってくれますかっ! 喜んで! 村人を救うためとあらば、何でもしましょう!」
博士の問いかけに、村長が歓喜に満ちた表情で答える。彼ならこの問題を解決してくれるかもしれないという希望を抱いたあまり、目をキラキラ輝かせていた。
「良かった……」
村を救う糸口が見つかった事に、さやか達四人もホッと一安心した。
バロウズと戦うには彼女たちの力が必要だ。だが力だけでは解決できない問題もある。そうした困難に直面した時、博士の存在が頼りになる。
さやかはこの時、博士がバリアの外に一緒に来てくれて本当に良かったと心の底から思った。
◇ ◇ ◇
ふと気が付くと、一行が村に着いてから数時間が経過していた。
外はだいぶ暗くなってきたため、さやか達は村長の屋敷に寝泊りする事となった。村長は広い屋敷に一人で住んでいたが、何かあった時には集会所として使っているらしく、押入れの中には人数分の布団があった。
博士は村長と共に二階にある寝室で眠る事になり、居間に三人分の布団を敷いたものの、さやかだけは一階の離れにある別室で眠る事になった。単にトイレに近い場所の方が良かっただけで、他に理由があった訳ではない。
時計の針が十時を回り、障子の外は完全な闇に覆われる。建物の周囲からは、風が木の葉を揺らす音がガサガサ聞こえたものの、眠りを阻害するものではなく、大自然に囲まれる風流さを感じさせた。
「みんな、もう寝たかな……私もそろそろ寝ようっと」
さやかはパジャマ代わりにタンクトップとホットパンツに着替えると、部屋の灯りを消そうとする。天井から吊るされた紐に手を伸ばそうとした時、入口の戸が開いているのが視界に入る。
よく目を凝らしてみると、一人の少女が戸の隙間から部屋の中を覗き込んでいるのが見えた。顔立ちは幼く、背は小っちゃくて、年齢は八歳くらいのようだ。
その少女は、さやか達が村長の屋敷へと向かう時に付いてきた子供達のうち一人だった。他の者は日が暮れると帰っていったが、彼女だけがここに残った。名前はアコと言う。
「どうしたの? アコちゃん。おウチに帰らないの? パパとママが心配してるよ」
さやかは部屋の入口まで歩いて向かうと、その場にしゃがみ込んで少女の顔を覗きながら、ニッコリ微笑んで優しく語りかけた。
「パパもママも、もういないの……」
さやかの問いに、アコが悲しそうな顔で答える。
(……ッ!!)
少女の言葉を聞いて、さやかはサーッと背筋が凍る思いがした。彼女の両親はメタルノイドに殺されたのではないかという推測が湧き上がり、しまった、不用意な発言をして少女を傷付けたと深く後悔の念に駆られた。
私は何て馬鹿な事を聞いたのだろう……と自分の無神経さを心の中で強くなじり、少女に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ママは私が生まれたすぐ後に病気で死んで、それからはずっとパパが一人で私を育ててくれた……でもそのパパが半年前に、悪いヤツらにさらわれたの」
アコは顔をうつむかせたまま、自分の両親について語る。それは彼女もまたバロウズの侵略による犠牲者の一人だという事実を伝えた。
さやかは自分の予測が外れた事を、不覚にも「良かった」と思ってしまった。
むろん少女の父親が誘拐された事実に代わりは無く、それは決して喜べる状況ではない。彼女の境遇を不憫に感じたのと同時に、卑劣な悪事を働いたバロウズに対する怒りがフツフツと湧き上がる。
「アコちゃん、私に任せてっ! 私が必ず貴方のパパを助けるから! 約束よっ!」
自信たっぷりに言うと、強気な笑みを浮かべながら、たくましさをアピールするように腕に力こぶを作る。その力こぶはとても大きく、金属の針を通さないほど硬そうに見える。完全にプロのスポーツ選手のそれだった。
「本当? 嬉しいっ! お姉ちゃん、大好きっ!」
アコは満面の笑みを浮かべて、大喜びしながらさやかに抱き着く。目の前にいるゴリラのように屈強な女性ならば、必ずや父を助け出してくれるだろうと確信を得るに至る。
「アコちゃん……おウチに帰っても誰もいないなら、パパを助けるまで、ここに泊まっていかない? 村長には私から話しておくから。今日は私と一緒のお布団で寝ましょう」
さやかは少女の頭を優しく撫でながら、穏やかな笑みで語りかける。彼女をこのまま一人にはしておけない思いがあった。
「やったーーーー!」
姉のように頼もしい女性の提案に、アコは大はしゃぎしながらウサギのようにぴょんぴょん跳ねた。
部屋の灯りを消すと、さやかは畳に敷いた布団にくるまって横になる。アコは毛布の中に入って、さやかと体を密着させる。
「お姉ちゃんの体、とってもあったかい……それに、いいニオイがする。ママって、こんな感じなのかなぁ……」
アコは自分を包み込む女性の体温を肌で感じながら、鼻をすんすん動かして、汗の臭いを嗅ぎとる。そうして全身で母の温もりを感じ取ると、モフモフの熊に抱かれたような心地になり、とても気持ちが和らいだ。
「ママ……おやすみ」
やがて寝言のように口にすると、すうすうと寝息を立てて眠りに就いた。
(この子の父親は……必ず助け出すっ!)
さやかは母親呼ばわりされた事を照れるように顔を赤くしながらも、強い思いを胸に抱いて、少女を両腕でぎゅうっと抱きしめた。
◇ ◇ ◇
夜も更けて、月が天に昇った頃……周囲を山に囲まれた採掘現場のような場所で、三体のメタルノイドが立ったまま向き合う。何やら話し合っているようだ。
三体とも背丈は6mほどだが、姿は夜の闇に包まれており、月明かりに照らされても全身を見渡す事は出来ない。
『なあ、バトラー……ザーヴェラー……今が最大のチャンスなんだよ。これまでヤツらと戦った連中は、バリアの中だから一体ずつしか挑めなかった。でもここはバリアの外だぜ? 俺たち三人で襲いかかれば、ヤツらを簡単に潰せるんだッ! だからよお、俺と手を組もうぜッ!?』
うち一体がそう提案する。そこで行われていたのは、さやか達を倒すために共闘するかどうかの話し合いだった。
『悪いが、ライノス……お前の提案には乗れん。私の能力は、一対多でこそ真価を発揮する……他の者と組むと、本来の力を引き出せんのだ。お前と組むメリットは無いに等しい。この会談には、最初から断るつもりで来た。私は一人でやらせてもらう事にする。さらばだ』
ザーヴェラーと呼ばれたメタルノイドが、にべもなく断る。向きを反転させると、歩いてその場から立ち去った。
『バトラー、お前はどうだッ!? お前は俺と組むだろう!? なっ! なっ!』
ライノスが、残る一体のメタルノイドに語りかける。何としても提案を受け入れてもらおうと必死だった。
『誰かと組む事自体を否定はしない。だがライノス……以前お前と組んだ時、お前は俺を罠に嵌めて、手柄を独り占めしようとした。その恨みは今になっても、忘れてはいないぞ。ライノス、貴様は信用するに値しない男だ。俺は他のヤツと組む事にする。アテがあるのでな……』
バトラーと呼ばれた男は、過去の出来事を理由に断る。言葉の節々からは、受けた仕打ちに対する怒りを滲ませる。
『ヤツらとは、貴様一人で戦うんだな……そうすれば、望み通りに手柄を独り占めに出来るぞ。ハハハハハッ……』
皮肉交じりに嘲笑すると、背を向けてその場から立ち去る。お前が仲間と組めないのは自業自得だと言わんばかりだ。
『チクショウッ! この分からずやの、バカタレどもがッ! だったら俺一人で、ヤツらをブチ殺してやんよッ! もし俺が……このサンダーヴォルト・ライノス様が大出世しても、その時はお前ら吠え面かくんじゃねえぞォォオオオオッッ!!』
場に一人残された男が、屈辱を浴びせられた怒りをブチ撒けるように、天に向かって大きな声で叫んだ。




