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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第三部 「新」
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第102話 強制停止(フリーズ)ッ!!

 さやかが博士から連絡を受けて駆け出した頃、ゆりか・ミサキ・アミカ・エルミナの四人は、先に現場に到着していた。


 見晴らしの良いコンクリートの大地が、何処までも広がる工場跡地……何年も前に廃棄された土地であり、周囲に人の気配は無い。ただ乾いた風が砂を運ぶ音が聞こえるだけだ。


 閑散かんさんとした寂しげな場所に、既に変身済みの少女たちがたたずんでいると、彼女たちの前にある空間がバチバチッと音を立てて放電する。直後空間がグニャリと歪んで小型のブラックホールが発生すると、そこから一体のメタルノイドが姿を現した。


 その者は背丈6mほど、全身鎧をまとった西洋の騎士のような姿をしており、体格はどっしりしている。左胸には階級を表すらしき『星の紋章(スター・エンブレム)』があり、真紅のマントを羽織っている。

 右手には刀身が反り返ったサーベルのような剣を握り、左腰には剣を収めるためのさやが付いていた。

 太陽光を反射してキラキラと白銀色に光る鎧は、見る者に「並みの戦士ではない」という威圧感を与える。


『装甲少女の諸君、お初お目に掛かる。私はNo.014 コードネーム:アドミラル・D(ディー)・サンダース……バロウズの上級将校にして、十四人で構成された西日本侵攻隊のラストナンバー……最高司令官を務める者なりッ!!』


 男は出現するや否や、自らの素性について包み隠さず語る。

 腰に手を当てて、胸を前に突き出すようにしてふんぞり返った姿は、自分の強さや階級を誇示するようであり、何とも誇らしげだった。


「という事は、つまり貴様を倒せば、その西日本侵攻隊とやらは全滅するという訳だな?」


 男の言葉を聞いて、ミサキが不敵な笑みを浮かべながら、前に一歩踏み出た。

 これまで襲ってきた敵の総大将らしき相手を前にしても、一切物怖じしない。未知なる敵の能力を警戒すべき所だが、さやかが今この場にいない以上、自分が先陣を切って相手の能力を確かめなければならないという思いがあった。

 そして何より、この男を倒せば一時いっときでも平和が訪れるかもしれないという期待感が胸の内にあった。


「行くぞ……サンダースッ!!」


 挑戦する言葉を吐くと、両手で一本の刀を握って、地を蹴って駆け出していた。そしてまたたく間に攻撃の間合いに飛び込む。


『ヌゥンッ!!』


 サンダースが気合の篭った言葉を発しながら、剣を横ぎに振って少女を斬り払おうとする。だが刃の切っ先が触れようとした瞬間、ヒュンッと風が吹くような音が鳴ってミサキの姿が消える。

 彼女はタイミングを予測して、相手の攻撃が届く瞬間を狙って、移動速度を速めていた。


「我が剣、その身に受けるがいいッ! 冥王秘剣……烈風斬ッ!!」


 敵のふところに飛び込むと、大声で技名を叫ぶ。そして全速力で走りながら、相手の脇腹に必殺の斬撃を叩き込んで、その勢いのまま後方へと駆け抜けた。


「……ぐっ!」


 次の瞬間、ミサキが苦しそうに顔を歪ませた。巨大なかねを金属の棒で叩いたような振動が彼女の腕へと伝わり、ビリビリしびれた感覚に、危うく刀を落としかけた。

 後ろを振り返ると、刀で斬り付けた箇所にはかすり傷一つ付いていなかった。


「……なんて硬さなの」


 相手の装甲の硬さに、ゆりかが思わず驚嘆する。

 オメガ・ストライクや烈風斬は、並みのメタルノイドなら一撃で倒せる威力だ。それが通用するか否かは、強敵かどうかの判断基準ともなった。

 そして今、烈風斬が効かなかったサンダースという男もまた、紛れもなく強敵だという事を少女たちに理解させた。


『かつてザルヴァ如きに苦戦したお前たちでは、私を倒す事は出来んッ! パワーも装甲の硬さも、ヤツより私の方が上だからだッ! さすがに速さではヤツにがあるが……何にせよ、お前たち程度の力では私に致命傷は与えられんッ! 絶対にッ!!』


 サンダースが自らの強さについて語る。そして腕組みしながら、得意げに鼻息を吹かしていた。

 自分を殺す方法など存在しないから、諦めてやられろと言いたげな口ぶりだ。


「お前なんて、私一人でじゅうぶんッ! ママが来る前にやっつけてやるッ!」


 相手の傲慢な態度に、エルミナが怒りをあらわにする。感情のおもむくままに敵に向かってダッシュした。あえて挑発に乗ったのは、相手より自分の方が能力が上だという算段があったからだ。


 だがエルミナが向かってきても、サンダースは慌てる素振りを全く見せない。それどころか、余裕ありげにフフンッと声に出して笑っている。


CODE(コード)R(アール)M(エム)N(エヌ)……2089―4―25、P(ピー).000、9570EC(イーシー)……強制停止フリーズッ!!』


 少女に剣を向けると、突如暗号めいた言葉を口走った。


「……ッ!!」


 直後、エルミナが急ブレーキでも掛けたように立ち止まる。その姿勢のまま、全く動かなくなった。


「エルミナっ! どうかしたのっ!?」


 他の三人が、慌てて少女の元へと駆け寄る。何度も声を掛けたり、顔を手でペチペチ叩いたり、体を揺すったりしてみたが、全く反応を示さない。まるで金縛りに掛かったように硬直してしまっている。


「エルミナ……」


 アミカが思わず途方に暮れた。ロボット少女の身に何が起こったのか彼女たちには全く理解できず、ただ茫然ぼうぜんと立ち尽くす事しか出来なかった。


『フハハハハハハァッ!! そいつの頭部に積まれたメモリチップは、元は我々が開発したものだッ! それには万一敵の手に渡った時のために、強制停止するコマンドが仕込まれていたのだよッ! 組織内でも開発に携わった極一部にしか知られていない、秘密の裏技だがなッ!!』


 困惑する少女たちを、サンダースが声に出して嘲笑う。そしてエルミナが停止した理由を詳細に明かした。


『中身を書き換えられないまま使用したのがアダとなったなッ! ゼル博士なら、ふたを開ければ再起動くらいは出来るかもしれんが、そんなひまは与えんッ! 今この場で、貴様ら共々スクラップにしてくれるわぁっ!!』


 少女たちを亡き者とする事を、声高らかに宣言した。


 確かにエルミナの存在は脅威だった。何しろ彼女は、バエルの戦闘形態とまともにやり合えたのだ。いくらサンダースが強いといっても、彼女と正面からぶつかれば、とても勝ち目は無かった。


 だがそのエルミナを無力化した今、サンダースに恐れるものなど何も無かった。

 しかも現時点では作戦の成否が分からず、黒服の男がさやかの暗殺に成功したかもしれないのだ。サンダースは内心勝ったなと思い、ニヤリとほくそ笑んだ。


「アミカっ! 貴方は五倍速モードになって、エルミナを安全な場所に連れて行って! 貴方が戻ってくるまでの間、私たちだけで持ちこたえるわっ! 大丈夫っ! きっとさやかも今、こっちに向かってるからっ!」


 ゆりかが仲間に向かって的確な指示を出す。エルミナをこの場に置いたまま戦えず、むざむざと敵に殺させる訳にも行かなかった。

 彼女という貴重な戦力を失う訳には行かなかったし、何より彼女もまた大切な家族の一員なのだ。


「分かりましたっ! 出来るだけ早く帰ってきますっ! それまでどうか、無事でいて下さいっ!」


 指示に従いアミカが右腕にある三つのボタンのうち一つを押す。鉄のマネキンと化したエルミナを背中におんぶすると、敵が立っているのと反対側の方角を向いて、目にも止まらぬ速さで走り出した。


『逃がさんッ!!』


 サンダースが、すぐに後を追おうとする。


「行ったはずよ、私たちだけで持ち堪えるとッ! 貴方をここから先には一歩も進ませない……絶対にッ!」


 全力で駆ける騎士の前に、通せんぼするようにゆりかが立ちはだかった。強気な台詞セリフを口にすると、槍を手にして敵を迎え撃つように構えた。


『小娘がッ! 邪魔するというなら、貴様から先に血祭りに上げてやるッ! 私を止められるというなら、止めてみせろッ! その首を切り落として、綺麗きれいなまま保存して、戦利品としてバエル様に献上してくれようぞッ!!』


 サンダースも負けじと早口でまくし立てると、手にした剣を、目の前にいる少女に向かって一気に振り下ろす。


 ゆりかは力だけでは相手の攻撃を受け切れないと判断し、槍を前方に突き出したまま、刃の先端を中心として、シールド状にバリアを展開させた。

 だがサンダースの剣はバリアを紙同然に切り裂いて、槍をいともたやすく破壊して、ゆりかの胴を斜めに鋭く斬り付けた。


「うぁぁああああっ!」


 少女がたまらずに悲鳴を上げる。斬られた衝撃で後方へと弾き飛ばされると、地面に倒れしたまま、痛みにもだえるようにその身をよじらせた。


「ゆりかぁあああっ!」


 ミサキが名を呼びながら少女の元へと駆け寄る。


「ゆりか、大丈夫かっ! 死ぬなっ! ゆりかっ!」


 何度も呼びかけながら、慌てて傷口を覗き込んだ。

 傷口からは大量の血が噴き出して、コンクリートの大地が一面真っ赤に染まる。その出血量のあまりの多さに、ミサキは仲間が致命傷を負わされたのではないかと不安になり、内心穏やかではいられなかった。


「大丈夫……まだ戦えるわ」


 今にも泣きそうな顔になっているミサキに、ゆりかがさとすように微笑んだ。

 仲間を不安にさせまいと痛みをこらえて痩せ我慢しながら、自ら傷口に手を当てて、青い光で治療しようとする。

 彼女は相手の攻撃を防ぎ切れないと悟り、斬られる直前に後ろに退いて致命傷を避けていた。一瞬でも遅れれば命取りになる、まさにギリギリの判断だった。


「全く……大した女だよ、お前は」


 ミサキが仲間の冷静さを褒め称える。彼女が一命を取り留めた安心感が胸の内に湧き上がり、嬉しさのあまり思わず涙がこぼれ落ちた。


 そしてゆりかがサンダースの相手をしている間に、アミカは遠く離れた場所に逃げ去っていた。

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