第98話 悲しみの記憶(前編)
バロウズの基地と思しき建物……その暗がりの一室にて、サンダースと呼ばれたメタルノイドがモニター越しに誰かと言葉を交わしていた。液晶の画面には、バレーボールくらいの大きさの、宙に浮いた金属の球体が映り込む。
『バエル様……お預かりした手駒を全て失い、残るは私一人となった事、言い逃れする気はございませぬ。このたびは如何なる処罰も受ける覚悟であります』
画面に映る球体に向かって、サンダースが頭を下げて謝罪する。
彼が話しかけている相手は、他ならぬバロウズ総統バエルだった。さやかに破壊されたボディの修復が未だ完了しておらず、コア・ユニットのまま指令を出していたのだ。
「頭を上げよ、サンダース……十三の将を失った事、貴様だけの責任ではない。私にも任命した責任というものがある。むしろお前たちはよく戦ってくれた……これまで戦いを見届けてきたが、大いに楽しませてもらったぞ……ファッハハハッ!!」
画面の向こうのバエルが、とても愉快そうに笑う。
部下を失った事に対する喪失感は微塵も感じられず、面白い映像を見られた事を、まるで他人事のように満足していた。
「私は失態を咎めたりはせん。あの女どもに敗れれば、お前たちの命が無くなる……ただその事実があるだけだ。生き延びたければ、戦って奪って、殺して勝利せよ。それが結成以来、貫かれてきたバロウズの掟なり……」
あえて突き放すような言葉を送ると、モニターの通信が切れる。
部屋に一人残されたサンダースは、しばらく立ったまま押し黙っていた。
(貴重な戦力を失ったというのに、少しも悔しそうにしない……やはりあのお方にとって、我々など盤上の駒に過ぎぬという事か。我々とさやかのどちらが勝とうが、面白ければそれで良いのだろう……その気になれば、こんな星などあの方一人でも征服できるのだからな……)
バエルの態度について、思いを馳せる。
部下の死を何とも思わない主君に対して、彼なりに不満を抱いた。
メタルノイド間に友情があった訳ではないが、せめてもう少し気にかけても良いだろうに……そんな事を考えた。
バエルは元人間とはとても思えないほど、部下に対して冷淡だった。
サンダースは、たとえ心から忠誠を誓おうとも、そんな主君の態度を快くは思えなかったのだ。
(だが私とて、ここで死んで終わるつもりは毛頭無い……どんな手を使ってでもあの女どもを討ち果たし、駒なりの意地というものを、押し通して見せようぞ……ッ!!)
あれこれ考えた彼だったが、やがて覚悟を決めたように立ち上がり、力強い足取りで部屋から出ていった。
◇ ◇ ◇
フレイアを倒した日の夜、さやかは研究所の寝室のベッドで眠りながら、夢を見ていた。
夢として映し出される映像……そこに八歳くらいの幼さの、三人の少女がいた。
そのうち一人は昔のさやか自身だ。後の二人は顔や背丈が全く同じで、服装と髪型が異なっている。鏡に映したように瓜二つな外見は、一卵性の双子のように思えた。
三人は公園のベンチに座りながら、とても仲良さそうに言葉を交わす。
「ねえさやか、これから○○山に行こうっ!」
姉妹のうち一人がそう提案する。
「ええっ! なんで?」
さやかがとても怪訝そうな顔をした。如何にも行きたくないと言いたげだ。
「昔ね、お山のてっぺんに流れ星が落ちたんだって。そこにある石を持って帰れたら、なんでも願い事が一つだけかなうって、クラスで話題になったの。だから私、石を持って帰る。持って帰って、バリアのおそとにいるロボのバケモノを、いなくしてもらうの」
姉妹のもう一人が理由を説明する。大人からすれば馬鹿げた子供の噂話も、彼女たちは本気で信じていた。
「でも……あぶないよぉ。あの山、とっても険しくて、川の流れもはやい。登るのは大人でも危険だって、先生がいってた。せめておじさんか誰かに相談しないと……」
さやかは姉妹の提案に前向きでは無かった。ウワサが本当だと思えなかったし、山に登るのが危険だという事は、周囲の大人から嫌というほど聞かされたからだ。
連休に入るたびにニュースで遭難者が報じられた事も、警戒心を抱かせるのに拍車を掛けた。
「大人に相談したら、反対されるに決まってる。いいよ。さやかが行かないっていうなら、二人だけで行くから。絶対お願い、かなえてもらうもん」
姉妹はそう口にすると、手を繋いだまま公園から歩いて出ていこうとする。山登りを危ないと感じる様子は全く無い。
「ナオっ! ミオっ! 待ってーーーーーーっ!」
さやかは名を呼びながら、しぶしぶ姉妹に付いていった。胸の内に言い知れぬ不安を抱きながら……。
場面は一転して、山中へと切り替わる。
「ナオっ! さやかっ! 助けてぇえええっ!」
助けを求める少女の悲鳴が、辺り一帯に響き渡る。
姉妹は川で溺れていた。必死に手足をバタつかせるものの、水の流れが激しく、どうする事も出来ない。
「待って、ナオっ! ミオっ! 二人とも、絶対わたしが助けるからっ!」
さやかは用心のために家から持ってきたロープを木の幹に縛り付けて、流されないように自分の体を固定すると、迷わず川に飛び込む。
「ナオっ! 私の手に捕まって!」
「さやかぁっ!」
限界ギリギリまで腕を伸ばして、ナオと呼ばれた少女を助けようとした。
ナオはさやかの手に掴まると、今度は自分が手を伸ばしてミオを助けようとする。
「ナオ……ごめ……ん……」
だがあともう少しで手が届きかけた瞬間、ミオは川底に沈んで、そのまま下流へと流されてしまう。
「ミオーーーーーーーーっ!!」
妹を助けられなかった少女の悲痛な叫び声が、絶望の音楽となって山中に空しくこだまする。
(神様、どうかお願い……ミオを……ミオを助けて……)
少女の生還は絶望的な状況だった。それでもさやかとナオは、ミオが助かる事を心の底から祈ってやまなかった。
更に場面は移り変わって、病院の一室……。
「うわぁぁあああああんっっ!!」
ナオが大声で泣き叫ぶ。
病室のベッドの上に寝かされた、幼い少女……顔に布を被せられた様子から、それが水死したミオである事を疑う余地は無かった。
姉妹の両親は別室で医者や警察と話をしており、部屋にいるのはナオとさやかの二人だけだ。
「私のせいだっ! 私が山に行こうなんて言い出したせいで……そのせいで、ミオは死んだんだっ! 私がミオを殺したんだぁっ!」
亡骸に寄り添いながら、ナオが自分を責める。妹の死に責任を感じたあまり、この世から消えてしまいたい気持ちだった。あんな事言わなければ妹は死なずに済んだのに、なんて馬鹿な事をしたんだろう……そんな後悔の念が湧き上がり、胸が押し潰されそうになる。
「ナオは悪くないっ! 何も悪くないよっ! わたしが絶対助けるって言ったのに、助けられなくて……だからナオは、ぜんぜん悪くないよぉっ!」
さやかも負けじと自分を責める。そして妹の亡骸にしがみ付いて泣く少女を、背中から抱き締めた。責任を被った所で、死んだ少女が生き返る訳ではない。それでも、せめて少しでもナオの悲しみを和らげてあげたい……そう思わずにはいられなかった。
「さやかぁ……」
少女の思いが伝わったのか、ナオが抱かれたまま彼女の方へと振り返る。顔は涙で濡れて、真っ赤になっている。
「うっ……うっ……うぁぁあああああっ……」
さやかの優しさに甘えるように胸に顔をうずめると、またも大きな声で泣き出した。
さやかもナオを強く抱き締めたまま、堪えきれずに泣き始める。
そうして二人の少女は抱き合ったまま、誰にも止められる事なく涙が枯れるまで泣き続けた。
◇ ◇ ◇
「ナオ……ミオ……ごめん……」
十五歳のさやかは研究所のベッドで眠りながら、うわごとのように呟く。昔の悲しい記憶を夢に見て、目を瞑ったままボロボロと涙を溢れさせていた。




