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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第三部 「新」
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第98話 悲しみの記憶(前編)

 バロウズの基地と思しき建物……その暗がりの一室にて、サンダースと呼ばれたメタルノイドがモニター越しに誰かと言葉を交わしていた。液晶の画面には、バレーボールくらいの大きさの、宙に浮いた金属の球体が映り込む。


『バエル様……お預かりした手駒を全て失い、残るは私一人となった事、言い逃れする気はございませぬ。このたびは如何いかなる処罰も受ける覚悟であります』


 画面に映る球体に向かって、サンダースが頭を下げて謝罪する。

 彼が話しかけている相手は、他ならぬバロウズ総統バエルだった。さやかに破壊されたボディの修復がいまだ完了しておらず、コア・ユニットのまま指令を出していたのだ。


「頭を上げよ、サンダース……十三の将を失った事、貴様だけの責任ではない。私にも任命した責任というものがある。むしろお前たちはよく戦ってくれた……これまで戦いを見届けてきたが、大いに楽しませてもらったぞ……ファッハハハッ!!」


 画面の向こうのバエルが、とても愉快そうに笑う。

 部下を失った事に対する喪失感は微塵も感じられず、面白い映像を見られた事を、まるで他人事のように満足していた。


「私は失態をとがめたりはせん。あの女どもに敗れれば、お前たちの命が無くなる……ただその事実があるだけだ。生き延びたければ、戦って奪って、殺して勝利せよ。それが結成以来、貫かれてきたバロウズのおきてなり……」


 あえて突き放すような言葉を送ると、モニターの通信が切れる。

 部屋に一人残されたサンダースは、しばらく立ったまま押し黙っていた。


(貴重な戦力を失ったというのに、少しも悔しそうにしない……やはりあのお方にとって、我々など盤上の駒に過ぎぬという事か。我々とさやかのどちらが勝とうが、面白ければそれで良いのだろう……その気になれば、こんな星などあの方一人でも征服できるのだからな……)


 バエルの態度について、思いをせる。

 部下の死を何とも思わない主君に対して、彼なりに不満を抱いた。

 メタルノイド間に友情があった訳ではないが、せめてもう少し気にかけても良いだろうに……そんな事を考えた。


 バエルは元人間とはとても思えないほど、部下に対して冷淡だった。

 サンダースは、たとえ心から忠誠を誓おうとも、そんな主君の態度をこころよくは思えなかったのだ。


(だが私とて、ここで死んで終わるつもりは毛頭無い……どんな手を使ってでもあの女どもを討ち果たし、駒なりの意地というものを、押し通して見せようぞ……ッ!!)


 あれこれ考えた彼だったが、やがて覚悟を決めたように立ち上がり、力強い足取りで部屋から出ていった。


  ◇    ◇    ◇


 フレイアを倒した日の夜、さやかは研究所の寝室のベッドで眠りながら、夢を見ていた。


 夢として映し出される映像……そこに八歳くらいの幼さの、三人の少女がいた。

 そのうち一人は昔のさやか自身だ。後の二人は顔や背丈が全く同じで、服装と髪型が異なっている。鏡に映したようにうり二つな外見は、一卵性の双子のように思えた。


 三人は公園のベンチに座りながら、とても仲良さそうに言葉を交わす。


「ねえさやか、これから○○山に行こうっ!」


 姉妹のうち一人がそう提案する。


「ええっ! なんで?」


 さやかがとても怪訝けげんそうな顔をした。如何いかにも行きたくないと言いたげだ。


「昔ね、お山のてっぺんに流れ星が落ちたんだって。そこにある石を持って帰れたら、なんでも願い事が一つだけかなうって、クラスで話題になったの。だから私、石を持って帰る。持って帰って、バリアのおそとにいるロボのバケモノを、いなくしてもらうの」


 姉妹のもう一人が理由を説明する。大人からすれば馬鹿げた子供のうわさ話も、彼女たちは本気で信じていた。


「でも……あぶないよぉ。あの山、とってもけわしくて、川の流れもはやい。登るのは大人でも危険だって、先生がいってた。せめておじさんか誰かに相談しないと……」


 さやかは姉妹の提案に前向きでは無かった。ウワサが本当だと思えなかったし、山に登るのが危険だという事は、周囲の大人から嫌というほど聞かされたからだ。

 連休に入るたびにニュースで遭難者が報じられた事も、警戒心を抱かせるのに拍車を掛けた。


「大人に相談したら、反対されるに決まってる。いいよ。さやかが行かないっていうなら、二人だけで行くから。絶対お願い、かなえてもらうもん」


 姉妹はそう口にすると、手をつないだまま公園から歩いて出ていこうとする。山登りを危ないと感じる様子は全く無い。


「ナオっ! ミオっ! 待ってーーーーーーっ!」


 さやかは名を呼びながら、しぶしぶ姉妹に付いていった。胸の内に言い知れぬ不安を抱きながら……。



 場面は一転して、山中へと切り替わる。


「ナオっ! さやかっ! 助けてぇえええっ!」


 助けを求める少女の悲鳴が、辺り一帯に響き渡る。

 姉妹は川でおぼれていた。必死に手足をバタつかせるものの、水の流れが激しく、どうする事も出来ない。


「待って、ナオっ! ミオっ! 二人とも、絶対わたしが助けるからっ!」


 さやかは用心のために家から持ってきたロープを木のみきに縛り付けて、流されないように自分の体を固定すると、迷わず川に飛び込む。


「ナオっ! 私の手に捕まって!」

「さやかぁっ!」


 限界ギリギリまで腕を伸ばして、ナオと呼ばれた少女を助けようとした。

 ナオはさやかの手につかまると、今度は自分が手を伸ばしてミオを助けようとする。


「ナオ……ごめ……ん……」


 だがあともう少しで手が届きかけた瞬間、ミオは川底に沈んで、そのまま下流へと流されてしまう。


「ミオーーーーーーーーっ!!」


 妹を助けられなかった少女の悲痛な叫び声が、絶望の音楽となって山中にむなしくこだまする。


(神様、どうかお願い……ミオを……ミオを助けて……)


 少女の生還は絶望的な状況だった。それでもさやかとナオは、ミオが助かる事を心の底から祈ってやまなかった。



 さらに場面は移り変わって、病院の一室……。


「うわぁぁあああああんっっ!!」


 ナオが大声で泣き叫ぶ。

 病室のベッドの上に寝かされた、幼い少女……顔に布を被せられた様子から、それが水死したミオである事を疑う余地は無かった。

 姉妹の両親は別室で医者や警察と話をしており、部屋にいるのはナオとさやかの二人だけだ。


「私のせいだっ! 私が山に行こうなんて言い出したせいで……そのせいで、ミオは死んだんだっ! 私がミオを殺したんだぁっ!」


 亡骸に寄りいながら、ナオが自分を責める。妹の死に責任を感じたあまり、この世から消えてしまいたい気持ちだった。あんな事言わなければ妹は死なずに済んだのに、なんて馬鹿な事をしたんだろう……そんな後悔の念が湧き上がり、胸が押し潰されそうになる。


「ナオは悪くないっ! 何も悪くないよっ! わたしが絶対助けるって言ったのに、助けられなくて……だからナオは、ぜんぜん悪くないよぉっ!」


 さやかも負けじと自分を責める。そして妹の亡骸にしがみ付いて泣く少女を、背中から抱き締めた。責任を被った所で、死んだ少女が生き返る訳ではない。それでも、せめて少しでもナオの悲しみを和らげてあげたい……そう思わずにはいられなかった。


「さやかぁ……」


 少女の思いが伝わったのか、ナオが抱かれたまま彼女の方へと振り返る。顔は涙で濡れて、真っ赤になっている。


「うっ……うっ……うぁぁあああああっ……」


 さやかの優しさに甘えるように胸に顔をうずめると、またも大きな声で泣き出した。

 さやかもナオを強く抱き締めたまま、こらえきれずに泣き始める。

 そうして二人の少女は抱き合ったまま、誰にも止められる事なく涙が枯れるまで泣き続けた。


  ◇    ◇    ◇


「ナオ……ミオ……ごめん……」


 十五歳のさやかは研究所のベッドで眠りながら、うわごとのようにつぶやく。昔の悲しい記憶を夢に見て、目をつぶったままボロボロと涙を溢れさせていた。

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