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お父さんは『勇者』さま  作者: 鴉野 兄貴
『黄金の鷹』と『真銀の隼』

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しゅくふくしろ。ふぃりあす

「ふりあす。来てやったぞ」


 私の名前はフィリアス・ミスリルです。

ローラ市国に住む淑女見習いで一五歳になります。

いったいどういったご用件でしょうか。フェイスちゃん。


 伯父の娘。フェイスちゃんは『顔』という名に反して顔が無いと自称している変装の、いえ変化の達人ですね。

特殊な体質で幼少のころから彼女の容姿は会うたびに変わります。

気まぐれで性別すらコロコロ変えることができるそうで。

『名を継ぐ』とひそかに誓っているのは伊達ではないのです。

もっとも、伯父は自分の代で廃業を誓っているのですが。

なんの仕事ですかって? 伯父の仕事は冒険者が出入りしてしまう各種乳や乳製品卸売のお店ですよ。表向きは。


 今は楚々としたエルフの淑女の姿をしていますが私に対する言葉遣いはいつも変わりません。

どうも幼少時から私のほうが実の娘である彼女より構ってもらっていると思われているようで。彼女の態度はいつもこう。

 これみよがしに完璧な所作でお茶を淹れると、私にすすめてきました。

一応、言っておくけど私はお茶の淹れ方とか味には煩いよ?

お父さんと伯父さんから小さなころから仕込まれているんだし。


 はい。

すっごく美味しいです。

負けました。

さすが伯父の娘です。


『結婚する』


 その美味しいお茶を噴きだしたのは不可抗力です。

だって私たち、ほとんど同い年なのですよ?!

しかもフェイスちゃん、普段は伯父と同じ幼女の姿ですけどッ?!

「相手は『じぇむじぇむ』さんですか」「ええ」

幼少のころよりたまに顔を合わせるのですが、彼女……いえ。彼女には厳密には性別がないのでした。

でもここはあえて彼女と言います。

フェイスちゃんの表情が嬉しそうに赤らむのをはっきりと見ました。

「父ちゃんは認めていないけど。表向きは。年が違いすぎるって。あとニンゲンだし」

ゼムゼルトさんは留守の多い伯父にかわって彼の家を出入りする冒険者で、魔導士ギルドの研究員が本職と伺っていますが面識はありません。

伯父に言わせれば『研究一筋20年。真面目すぎて面白くもなんともない。地味でつまらない男』だそうですが、その表情はとても晴れやかだったのが強く印象に残っています。

「私の顔に何かついているのか。ふぃりあす」「いえ。でも顔が赤いですよ」

確か、おむつが取れる前からの恋でしたっけ。

赤ん坊のころから懐いていたらしいですからよっぽどですね。

「この間、キスした」「ぶっ?!」二度噴きました。いつの間に。

「というより奪ったんだけど……って聞いているふぃりあす。刺すよ」「ちょ、ちょ、ちょっとむせました」うげっうへっ。ごほごほっ?!

あと、ちょっと不穏な事言いましたよね? そのナイフは仕舞いなさいッ!

この子、伯父と違って良心とか悪心とかそういったものもないのです。

だから私の力も通じません。笑いながら人を刺せる天性の才能の持ち主です。


 でも、恋心はあるんだ。すっごく意外です。

「『じぇむじぇむ』特別」「そうなのですか」

これは、絶対逃れられませんね。今から合唱しておきましょう。

「それは合奏」「アンサンブル演奏もできますか」「この姿なら可能」

彼女の特殊能力は姿に対応した能力すら得ることです。

「でも合掌ですね」「全力でボケてくるとは思わなかったから」それはあなたのほうです。

というか、血筋なんですね。そういうと『彼女』は苦笑い。

「私、フェイスちゃんの気持ちの入った表情、初めて見たかも」「やめて。『恥ずかしい』」

彼女の感情の精霊は死んでいるはずだったのですが、今は羞恥に悶える愛情の精霊が見えます。

「血筋はないけどあなただってお父さんにそっくりじゃない」あら。お言葉。

私はいつもお父さんと一緒でしたから。離れていてもね。

そういうと戸惑いを見せる彼女。不思議ですね。心が無いってご自分でもおっしゃっていたのに。

「私だってそうだ」「へぇ。その言葉、伯父に言えば喜ばれますよ」「絶対嫌」伯父ってそうですよね。


「何から話そう。人にいろいろ話すのは慣れていない。フィリアス」「口調が違います」「私は心を語ったことが無い。この姿はお母さんすら知らない」


 ゼムゼルトさんは恋人がいらっしゃったのですが異界から来た魔物に襲われ、脳髄を齧られて凄惨な死を迎えたこと。

そして、その魔物は脳髄を齧ることでその者の能力と記憶を奪い取る力を持っていたとも。

結果的に魔物の人格より恋人の人格が優っていたという悲劇も。

それから二〇年。ずっと彼女はいつも自分に優しい『じぇむじぇむ』の心が癒えるのを待っていたとも。

あれ。以前伯父が『何度も』戦って倒したと自慢していた魔物って。

「ダメだったけど。全然」「でしょうね」どういう意味と膨れる彼女。頼みますから没収したナイフをまたどこからか取り出すのはやめてください。

「だからキスした」「そうなの」

一瞬、ラフィエルの唇を奪ってしまう自分を想像して私まで赤面。

何故にラフィエルなのでしょう。こう見えても私はモテるのですよ?!

「絶対結婚する」「頑張ってね」「ありがとう」

「だから、その剣はあげる」

もう使う気はない。そういって彼女は席を立ちます。

「父が護衛している。していたアナタには挨拶しておきたかった」


 気が付くと私の腰には彼女の短剣がベルトつきで装着されていました。

空恐ろしい腕です。あれで伯父以下とおっしゃるのですから伯父も困った人ですよね。

「父がいなくなったら、私があなたを守ってあげるわ。この『みえざれどともにあるかぜ』が」

ありがたくもお断りしたい怖いセリフを残して彼女は『車輪の王国』に戻っていきました。


 私の名前はフィリアス・ミスリル。

お父さんの名前はファルコ・ミスリル。

私の親戚周りは。とても物騒です。

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